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リアクション
●心も積もるホーリーナイト(3)
きらきら光るクリスマスツリーに、フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)もその瞳をきらきらささせている。
「マスター、くりすますつりーって想像以上に華やかで綺麗ですね! それに雪です! 雪!」
猫はコタツで丸くなるけど、犬は喜んで庭を駆け回るんだったっけか――そんなことをふと、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は考えてしまった。ちょうど、ツリーの周辺だけ雪が降っているから。
「なぜツリーの周辺だけ雪が降っているのでしょうか? サンタ様からの歓迎の意……いや、サンタ様の得意な戦闘状況は雪中という意味……!?」
なんだかフレイは猛烈に謎なことを言っているが、まず気になるのは雪だとベルクは思った。
こういうことをやりそうな人間なら、ベルクは一人知っている。某秘密結社の大幹部で天才科学者などと自称するとんでもないやつ……なんとなく、彼の高笑いが聞こえたような気がした。
「まあ、雪はいいとしよう。毒でもなさそうだしな」
――だとすると、訂正しなければならないのはフレイの勘違いだ。
ベルクが視線を向けると、フレイは発言を求められていると思ったのか、早口で語りはじめた。
「これから待ち受けているものが楽しみです。昨年はくりすますの由来たる勉強と簡単な準備しかできませんでしたので……。この度は囮イベント……失礼、パーティのほうにはお知り合いの方も沢山いらっしゃるでしょうし……」
「あのな、その囮イベントってのはどういう……いや、いい。最後まで話してくれ」
「はい、話します。後は運よくサンタ様にお会いできれば良いのですが……あ、私はいつでも戦えますのでご安心を!」
ぐっ、とフレイは拳を固めた。やる気だ。(この場合『闘(や)る気』と書くらしい)
「やっぱりおかしい……おかしいよな……」
「お菓子はパーティ会場で食べるんですよ?」
「いや『おかし』じゃなくて『おかしい』、もっと言うと騙されてる、っていう話だ」
ピアノの鍵盤を複数、両手で一気に叩いたような音がした。
すなわち、ガーン。(ただし音がしたのは、フレンディスの頭の中限定である)
「な、何が変なのですか? 恋人同士が祝うものなのでしょう?」
「別に恋人に限定されないが、その認識は、まあいい」
「じゃあもしかして、私のこの扮装がいけないのですかっ!?」
とフレイは衣装がよく見えるように、両手で袖をつかんで手を挙げ、くるりと回った。
「……いや、それは、いいんだ」
むしろ内心、「グッジョブ!」と言いたいベルクだ。
いわゆるサンタコス。赤い衣装だが安っぽいものではなく上質、ちゃんと帽子もセットで、ベルクがプレゼントしたアクセサリーも着用中、薄化粧もあいまってなんともお洒落だ。素質は悪くないので、本当に可愛くなったと思う。
なお、このコーディネイトはレティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)の見立てだという。本日は不参加のレティシアだが、そこだけはあとで褒めてあげたい。
だがイベント内容の理解がダメだ。これもレティシアがフレイに教え込んだのだ。
レティシアの教えた内容をフレイが咀嚼して、現在の彼女の理解はこうなっているという。
以下、箇条書きでお伝えしよう。
・クリスマスとは十二月二十四〜二十五日にかけて男女ペアが極寒の中挑むイベント
・サンタ・クロースなる老公ながら武術の達人と従者トナカイがメイン登場人物
・サンタ老師とトナカイ師範代に勝負を挑み、見事打ち破った者に偉大なる栄光が与えられるという
・なお、クリスマスにつきもののパーティーは彼らを誘き寄せる囮イベント
「ぜんっぜん、違うからな。フレイ、まず妙な武闘派サンタの嘘伝説は今すぐ忘れろ」
「嘘だったんですか!」
「従者トナカイとかいう時点で気づけ! いや、もっと早く気づくべきだが……ったく、細かいことはおいおい説明するとして、要は冬の平和なお祭とだけ考えておけばいい。あれ」
と、クリスマスツリーを彼は指して、
「あの木も、それを象徴するお飾りだ。闘いなんてない。以上」
「なんだ……じゃあ、純粋に楽しめばいいんですね」
「そう」
やれやれ、とベルクは溜息をついた。
「世間じゃ結構な騒動がある最中だってのに、まったくここの連中はイベントごとには貪欲だな……っつーても俺らも人のことは言えねぇか。だからこそ頑張れるっつーのもある訳だしな……」
フレイ、今晩はちゃんとしたクリスマスを祝うぞ?、と声をかけて彼は気づいた。もうとっくにフレイは、会場のほうへ小走りしているということに。
「マスター! 闘いがないなら囮……いえ、メインのパーティに行きましょう。今宵は大変なことを忘れて楽しむのが一番ですよね。私、沢山楽しみます!」
彼女は振り返り、とっとっと……と、足踏みしながらベルクを待っていた。
「あ……いや、あと、ヤドリギの伝承についてだな……」
――しまった、ヤドリギの話を先にすべきだったか。
だがベルクはフレイの表情を見て諦めた。もう、色気より食い気の顔になっている。
今夜はフレイをロマンティックなムードにもっていくのは難しい……というより無理のようだ。
目指せ、キス以上の関係……と気負ってきたのにこの体たらく。
言っておくが『キス以上』になることは周囲も公認の恋人同士だしお互いいい歳だから問題はないのだ。しかしあまりにピュアなフレイに、そこまでもっていくのは茨の道のりらしい。
ハロウィンでは失敗、今夜も……失敗。
次はいつだろう。だが、ベルクは諦める気はなかった。
望みがある限り、彼女がOKと言うまでは挫けないし、諦めない。そもそも恋人同士になるだのだってあれだけ大変だったのだ。これくらいで負けてたまるか!
待ちわびたとき、という意味なら、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)だって相当なものだった。
クリスマスイブ。
ツリーの下。
プレゼントも用意した……とここまで条件が揃えば、あとは覚悟を決めるほかない。
――今日こそは告白を……!!!
必ず想いを遂げる、とばかりに秋日子は、気合いを入れてパーティに来ていた。パートナーの要・ハーヴェンス(かなめ・はーう゛ぇんす)と一緒に。
最初はパーティに参加して、知り合いと挨拶を交わしたり料理を食べたりした。
それでまずはリラックス。要も楽しんでいるようだ。
やがて会場は人が増え、なんだか暑くなってきた。これはいい口実ができたといえよう。
「外のクリスマスツリー……見に行かない?」
恐る恐るそう切り出して、首尾良く秋日子は要とツリーの下を歩くことに成功したのだった。
「会場と違って外は寒いよねー……まあ、冬だから当たり前だんだけど……はは、なに言ってるんだろ、私」
「いえ、ちょうど暑いと思っていたところなんで気持ちいいくらいです」
要は実に落ち着いて、普段通りの物腰だ。
普段通り、あの人に似ている。とりわけ横顔は。
いつからだろう。
秋日子の中で要が、『憧れの人にそっくり』というパートナーから、『憧れの人』そのものになったのは。
――いや、もうはっきりとしよう。
秋日子は認める。憧れというより、要は彼女の最愛の人だ。
彼のことを考えるだけで、体温は上がり心臓は動きを早める。汗なんかかいてしまったりして大変だ。もう、要のいない人生なんて考えられない……それくらい想っている。
でも、と秋日子は悲しく思う。
きっと要は、同じ気持ちではないだろう。そりゃあ、ただの友人よりは上だと思うが、秋日子の気持ちは知らず、ましてや恋愛対象だなんて思ってくれていない……はずだ。
だから今夜、秋日子は一歩を踏み出す。
この場所で。この雰囲気で。
さあ!
「要!」
出し抜けに大きい声が出てしまったので、要はもちろん、秋日子自身びっくりしている。
周囲に人の姿はない。今しかない。
ブレーキはとっくに壊してしまった。暴走列車みたいに秋日子は言葉を続ける。
「実は……ずっと好きだったの!これ受け取ってください!!」
――うわー、言った! 言っちゃったぁあああ!!!
秋日子の心の中ではもう一人の秋日子(自分を客観視している)が、カチカチ山のタヌキ級に大騒ぎしているが迷いはない。
ばっ、とプレゼントを取り出して、両手で拝むようにして彼の手に預けた。
「ずっと好きだった? ええっと、それはつまり……!!」
手の中のものを見て要は得心した。この箱と重さ、手作りケーキに違いない。
「………! 秋日子くんってお菓子づくりがそんなに好きだったんですね!!」
一瞬でも勘違いしそうになった自分が哀しい――要は手に汗かきながら思った。とんでもなく自分勝手な誤解をするところだった。
――だってあの秋日子くんが……そんな、夢みたいなこと俺に言ってくれるはずがないから。
要は落ち着きを取り戻して、少しだけ寂しそうに微笑した。
ああ、悲しいすれ違い。
秋日子にとっても。
要にとっても。
まさしく玉砕。爆弾が破裂して壁が粉々になったような感覚。ぐらりと思わず卒倒しそうになったが、秋日子は気合いで持ちこたえて叫んだ。
「ええと、そうじゃなくて! 私が本当に好きなのは…………かっ……!」
「……か?」
「飾り付けなのよ、クリスマスツリーの!」
「ああ、飾り付けですか! 楽しいですよね。じゃあ後で一緒にこのツリーの飾り付け、ちょっと増やしちゃいましょうか」
はは、と笑って要はケーキの箱を開けさせてもらった。
本当だ。飾りつけが趣味らしく、実に丁寧にデコレートされている。苺のこびとが何人も集って、一緒にクリスマスソングを歌っているような素敵なデザインだった。
ただ一点、気になることがあった。
ハート型したチョコレートのプレートが落ちかかった状態で乗っているのだが、そこにホワイトチョコのペンで書かれた文字が妙なのだ。
『女子です』
と書いてある。アイ・アム・ア・ガール、ということか?
「秋日子くんが女子なのは、わざわざ宣言しなくても判っているんですが……」
悲しいすれ違いその二だ。
賢明なる読者諸氏ならすぐに気づいたかもしれない。これは『好きです』と書いてあったものが、秋日子が倒れそうになったときの揺れで落ちて『き』の文字がつぶれ、おまけに『好』の字の間隔が空いて『女』『子』に見える状態になったというものである。不幸!
「あははは、女子、そうね。私ほら、ちょっと男っぽいとこあるからー」
顔で笑って心で泣いて……東雲秋日子一生の不覚。
「そんなことないですよ。素敵な女性ですよ。女性、女性だから……」
彼の言葉を聞きながら、心中、私のばかぁああああ!! と叫んでいる秋日子である。
ところが聖夜の奇蹟がここに起こった。
要が、秋日子の頬にキスしたのだ。
「え……」
「あ、あの……突然で、失礼かなと思ったんですが。ええと、クリスマスなので!」
――夢、じゃないよね……?
我を忘れ魂が飛んでいったようになる秋日子を前に、彼は一生懸命説明する。
「ほら、ここってヤドリギの飾りがあるんですね。ヤドリギの下にいる女性にはキスをせよって言い伝えを思い出しまして……ほら、さっきも言いましたが秋日子くんは素敵な女性ですから、キスをしないとルール違反かと……」
秋日子は笑顔を取り戻した。それこそ、閉じていた蕾が開いたかのように。
気負いすぎていたのが今日の失敗の原因だ。
でもまあいいか。チャンスはこれから先まだまだある。
それに……なんとも思っていない相手には、要だってキスはしないだろう。
「………うん! そうだね!! クリスマスだもんね!」
結論はお預け、でも、ちょっぴり前進はしたと思いたい。
着慣れないなぁ――というのが、正装に対するキルラス・ケイ(きるらす・けい)の正直なイメージだ。肩のところがつっぱっていけない。胸元のボタンにも落ち着かないし、いちいちパンツの裾が気になったりもする。どうもスーツを『着ている』というより、スーツのほうに『着られている』ような気がして仕方がなかった。
――それに比べてアルと言えば……。
同行者のアルベルト・スタンガ(あるべると・すたんが)を横目で見る。
胸板が厚いせいか、それともフォーマルの場数を踏んでいるせいか、なんともはや、惚れ惚れするくらいスーツが似合うアルベルトだ。ブランドものとはいえ量産品のスーツのはずなのに、オーダーメイドの一点もののようにフィットしている。正直、「それってズルい」と言いたくなるではないか。なにがズルなのかは巧く説明できないけれど。
とはいえ楽しいパーティだ。なんといっても食べ物が豊富なのがいい。『アルベルトが格好良すぎる』という困った悩みは、料理の数々の前に霧消していった。
「なあ、どれから食べたらいいだろ?」
キルラスの目はキラキラと輝いている。今や彼のメインの悩みは『どれから食べたらいいか迷う』に変わっているようだ。
「食い物は逃げねぇよ。手近なところからいけばいいさ」
まったく――と、子どものお守りをしているような気分でアルベルトは言った。まるで大きな子どもだな。とてつもなく無邪気で、だからこそ、可愛い。
あれにこれ、これにあれ……と連れだって一通りグルメを楽しんで、腹具合も落ち着いた頃にアルベルトは切り出した。
「なあ、外に出てみないか」
さりげなく口にしながらも、アルベルトはキルラスの反応を激しく意識している。
どうして? なんて訊かれたら、どう言い訳するか苦しみそうだし、寒いし嫌だよ、なんて拒否されたら、ショックで正月くらいまで寝込みそうだ。
ところが心配無用、キルラスはごく簡単に「そうするかねぇ」と白い歯を見せて笑ったのだ。
屋外に出る。息が白い。
超がつくほど巨大なクリスマスツリーの下に、二人はたどりついた。不思議なことだがツリーの周囲だけふわふわと、綿毛のような雪が降っている。演出だろうか。しかし、それはそれでいいものだ。
会場からはいくらか距離があるが、電飾のおかげで周囲はほの明るい。
何があるんだろ――これはキルラスが最初に思った言葉だ。
いつの間にかアルベルトは、彼の手をとり、引っ張るようにして先導している。どうしてもここに来たかったと、言葉ではなく態度で語っていた。
「はぁ……近くでみるとホント、でっかいなぁ」
キルラスはツリーの根元に近づいて、溜息するように言った。
「見ろよアル、それに満天の星空だ。プラネタリウムだってここまで見事じゃないよなぁ」
星降る夜とはよく言ったもので、ずっと見ているとこの真っ黒な空から、ダイヤモンドのような星々が降り注いでくるような錯覚を覚える。
視界の隅に、ツリーの飾りをキルラスは認識していた。
「ああ、確かありゃ、ヤドリギってやつだぁ」
ヤドリギには何か言い伝えがあったような気がしたが、思い出せない。
そのときキルラスは両肩に力を感じた。アルベルトだ。その手で振り向かされたのだ。
「んぁ?」
どしたぁ? と言いかけたが、キルラスの唇からその言葉が出ることはなかった。
彼は目にしていた。これまでにないほど、真剣なアルベルトの顔を。
両肩をつかむ手が熱いとか、何でそんな真剣な顔してるんだぁ? とか、キルラスに言いたいことはたくさんあるのだが、言語として結実することはない。ただ、ショート寸前になった頭を、そんな概念がぐるぐる巡るだけだ。
――アルの顔が近づいてくる。
やるべきことは一つしかないように感じた。
キルラスは、近づいてくる顔に目を閉じた。
アルベルトはといえば、もう心は決壊寸前だ。コンクリートで塗り固めた、頑丈なダムのような心のつもりだったが、あふれそうになること四度を数え、もう今夜ばかりは持ちこたえられそうもない。
――多分まだ、キルはわかってないだろう。
そう思うと、口が苦笑気味に歪む。けれどわかっていないなら、わかってもらうしかないではないか。
そのために舌があるのだ。
そのために、言葉があるのだ。
「初めて会った時から、俺は……」
意を決してアルベルトは言った。
もう、認めてしまえばいいのに……。
銃を好きになったきっかけが、俺だったらいいのに。
一人の人として、好きになってくれたらいいのに。
頭の中で何か、細い糸が切れたようにアルベルトは感じた。
同時にこの瞬間、キルラスは思い出していた。
アルベルトと初めて出逢ったときのことを。
――あの頃はまだ地球にいて……。
そう、あの頃キルラスはまだ地球にいて、パラミタなんて知らなくて、特殊部隊に拾われた孤児で、初めて見た機関銃のモデルガンに一目惚れして、それから……。
――気付けば今までずっと離さず持っていて、あの頃から銃が好きになったんだったっけ。
銃を抱いて眠るときの、冷たくて重くて、それなのに妙に安心できた、あの気持ちは今でも生きている。生きているというより、もう自分の一部だとキルラスは思う。
あの銃がポータラカ人だとキルラスが知ったのはつい最近のことだ。だけど、アルベルトがどのパートナーよりも長く一緒にいたのはまぎれもない事実だ。
あぁ、そっか――キルラスは、ふっと謎が解けたような気がした。腑に落ちる、というのはこういう状態をいうのだろう。
――いつの間にか、一人の人として、アルに惹かれていたのかもしれない。
謎の答、それはあまりに簡単なことだった。心が軽くなった気がする。
簡単すぎて、遠く困難に感じていたのかもしれない。青い鳥の童話みたいだ。探し続けていたもの(青い鳥)は、もっとも近いところにあったのだ。
理解と同時にキルラスの目から、熱くて苦いものが一条、零れ落ちた。
涙だった。
「なあ、アル……俺さぁ」
「言わなくていい」
答はもう、知ったから。
まっすぐなキルラスの視線は、一時間語り合うよりも雄弁に、気持ちを伝えてくれている。
キルラスの視界の片隅、アルベルトが背負った夜空に、星がひとつ、流れ落ちるのが見えた。
その星に打たれたかのように、ヤドリギの飾りが揺れたような気がした。
クリスマスにまつわるヤドリギの約束……それを唐突にキルラスは思い出した。
だから目を閉じた。約束を果たすことに、もうためらいはない。
アルベルトは指でキルラスの涙を拭った。
そしてそのまま……アルベルトの唇を自身の唇で塞いだ。
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