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リアクション
●伝説の夜……雀夜
クリスマスイブのBGMは鈴、けれどこの場所だけは、牌の音こそ聖なる音楽。
牌がカチンとぶつかる。あるいはジャラジャラと、混ぜられる。
楽しく家族麻雀のようにして遊ぶ卓あり、気合いの入った雀ファイトを繰り広げる卓あり、はたまた脱衣麻雀となって燃える(萌える……?)卓ありで、コタツはコタツでもコタツによって、それぞれ異なる麻雀模様だ。
そんな中、セシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)は実に順当にまるで自分の行きつけの雀荘に着たかのように、すいすいのびのびと打っている。今回も、リベンジとばかりに張り切るレオン・ダンドリオン、何か色々あったらしくやたらと汗をかいているアッシュ・グロックを前に、ポンと以下の提案をしていた。
「レートはどうしましょう? 最初は大人し目に、1000点1000くらいでいいでしょうか」
さらには、
「赤牌は当然入れますよね。三枚? それともいきなり六枚いっちゃう?」
と言いのけた。
普通の人が聞いたらドン引きするような提案だが、セシルはこれが普通だと信じて疑っていない。つやのある黄金の髪を、さらりとかきあげて「いかが?」と問うた。
だがご存じのようにレオンもアッシュも、いわゆる『普通』の人々ではない。
「ああ……おれも教導団、本場仕込みの腕を見せてやる」
「俺様はなんでもござれだ。負けなきゃいいんだからな!」
無謀なのか自信家か、あっさりオーケーを出して赤牌を取り出した。
ところが常識人……いや、常識悪魔(?)がここにいる。八木山 バフォメット(やぎやま・ばふぉめっと)である。
「最初も申し上げましたがお嬢様、ここはお嬢様が大好きなラスベガスではありませんのでご自重下さいませ」
「けどバフォメット、せっかく二人とも乗ると言ってるのに……」
「いいえ」
ここで彼は小声で告げた。
「考えてもご覧なさい。いきなり高負荷は、あっさり逃げられて終わりとなりがちです。徐々に盛り上げていってトータルでドーン、とやったほうが」
光の具合か天の悪戯か、このときぴかっと、怪しく妖しくバフォメットの眼鏡が光った。
「う……確かに」
これにはセシルも引き下がることにし、かくてレートも赤牌も常識の範疇におさまった。
「結構」
海賊帽をちょっと斜めにして、つくねんとコタツに収まるセシルを見て、なにやらバフォメットはノスタルジーが刺激されたらしい。
「ふふふ……まだ幼かった頃のお嬢様を連れて、カジノで一緒に遊んだ頃が懐かしいですね」
などと眼を細める。
ちょっと待て、ということである。
要するに、セシルにカジノ遊びを覚えさせたのはこの男だということである。
「ようし、サイコロを振るぞ」
さりげなく大理石製の高級サイコロが、アッシュの手から零れて回転した。
幼少のみぎりからカジノ通いをしただけあって、賭博の嗅覚が鋭いセシルだ。東三局目に入る頃にはもう、このメンバーにふさわしい手牌の組み立て方を構築している。
それは打点よりも牌効率を優先し、スピードを最重視というもの。
大物狙いに走りがちなレオンを警戒するには最適だ。
アッシュのほうはそこまで大物狙いではないのだが、彼はきっとギャンブルに向いていない性格なのだろう。表情声色仕草のすべてで、自分の手牌を教えて回っているように見える。
一方、バフォメットは彼らしい打ち筋である。すなわち、トリッキーな打ち筋で対戦相手を煙に巻き、騙してニヤニヤすることを好むというもの。一枚切れの字牌、安い色の端牌、両スジ引っ掛け、四枚見えてる牌の隣など、出やすい牌、安牌に見える牌で待つことを好むのがその証拠だろうか。たまにその逆をついてきたりもするが、基本、スピード重視で蹴散らしやすい戦略と言えよう。
迷わずアッシュが捨てた牌を見て、
「それ、ロンよ。純チャン」
ごめんね、と言わんばかりにセシルのアホ毛がぷらーんとお辞儀した。
今回はペースが良かった。鳴きまくっての二翻役、防御が下がるが手牌からして、無理せず作れるこの美しい役は逃したくなかった。といっても清老頭を狙うなど、微塵も思わないのがセシル流、
「げーっ」
と悶えるアッシュだが、セシルとしては「これくらい読んでほしかった」と言いたいところだ。言わないが。
スピード麻雀と言いながら、軽いばかりではないのだ。リーチできるところでは、きっちりリーチもかけるセシルである。といっても大体十巡前後を目安として、先制できつつ打点が満貫以下なら……という条件はつくが。
雀力ではレオンも悪くはないが、徹底してセシルには相性が悪いようだ。
「ガード硬いなぁ……まだ安牌握ってたのか」
彼は舌を巻いている。強気で攻めると、セシルはまるでトコロテンのようにつるつると逃げてしまうのだ。それも、周到に取っておいた安牌を使って。
「追えば逃げる、それが女心と申します」
バフォメットはこう言って彼女を持ちあげるようでいて、
「もっとも、お嬢様を追いたいという男性がいらっしゃるかどうかは謎ですが」
などとチクリと付け加えるのを忘れない。
「ちょっと、今の発言、聞き捨てなりませんわね」
「おっと、聞かなかったことにしていただけると幸いです」
「その件については後でゆっくり『話し合い』をするとして……その牌、ロンだから」
「いやはや。お嬢様にはかないませんな」
あまり喜怒哀楽をあきらかにしないバフォメットだが、今のはそれなりにこたえたようで、眼鏡が少しずり落ちた。
かくてこの半荘はセシルの一人勝ち、しかもアッシュのハコテンという形で終わった。
「どうします? 次は……」
レートを上げてみましょうか、と美しき雀士セシルは微笑を浮かべたのだった。
小山内南はちょうど卓が空いたらしく、コタツでボンヤリとしている。
みかんがあったらよく似合う光景だろう。
「よう、休憩中か?」
ふわりとコタツ布団が持ち上がる。
「陣さん」
南はふわりと笑った。七枷 陣(ななかせ・じん)を見るとき、彼女はいつもそんな表情をする。
「南ちゃん、強いんだって? 麻雀」
「いやそれほどでも……陣さんは?」
「オレ? お恥ずかしながらネット麻雀くらいしかやった事ねぇんだよなぁ」
「パートナーの皆さんは?」
「そうだなぁ……まあ、ご覧の通りで」
陣が目で示したコタツには、リーズ・ディライド(りーず・でぃらいど)と小尾田 真奈(おびた・まな)が入っている。二人はイルミンスール生と勝負中だ。
「えっと……これって……」
リーズは完全な初心者らしく、『初心者ガイドルールブック』を片手に、何やら唸りながら熟考中である。ついには行き詰まったらしく、真奈に身を乗り出して聞いている。
「つぇーりゃんめん? って言うんだっけ?」
「あの……私も対戦相手ですので、聞かれると困るのですが……」
真奈のほうは心得があるらしく、彼女らしく凪の海のように静かに、乱れることなく打っている。
だがすぐに気づくだろう。
リーズは筒子にだけ注目するという打ち方。筒子以外は割と躊躇なく捨ててしまう。もちろん初心者なので結果なんか度外視、相手の捨て牌などまるで見ず爆走している。絶二門というやつか。
「麻雀は鳴けば運を逃がす。鳴かずに進めるのが鉄則っ!」
きりりといい顔をしているリーズだが、
「……ってこの本に書いてあった」
と、いった次第。
一方で真奈のほうは索子にのみ狙いを絞った牌の組み立て方だ。上がりや順位はやや捨てて、パズル的な組み方をしている。それでも、
「御無礼、ツモです。緑一色」
と、驚愕の役を上がったりしてしまうところが真奈のすごさだ。
リーズも上がらないわけではないが、
「えーっと……筒子の2〜8が二個ずつだから……たんやお! え、違う? んに? じゃあ……あ、コレだね、ちーといつ! それも違うの?」
どうにも初心者なのだった。それでも、楽しいから良いのだ。
「そうですか、お二人とも楽しまれていますね」
「私のほうは、これからだ」
と告げて、仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)が南の左隣に腰を下ろした。コタツ布団には入らない。窮屈そうに胡座になる。
「それで、カースケはどうした?」
「えっ、仲瀬さん、それはどういう……?」
「皆まで言わせるなって、南ちゃんとうちらで勝負しようって話だよ。つまり、ペア同士のチーム戦だな」
なんやてー、と、ベタベタな河内弁でカースケがやってくる。彼もどこかで一戦して戻ってきたようだ。
「今日ずっとペアでは結局でけんかったんや。それは嬉しい。けど、うちらチームってことは当然、コンビ打ちするで」
「判っている。それは自由だ。だが、あからさまな上家下家でやるイカサマを防止する為、私と小僧は対面で座らせてもらう。それだけが条件だな」
「よっしゃ決まりや! あんさん話が判る! やったるでー」
カースケは目をキラキラ光らせている。カエルの縫いぐるみが目をキラキラさせたところで別に可愛らしくないわけだが(しかもオッサン口調なわけだが)ともかく嬉しそうということは伝わってこよう。
そうと決まれば話は早い。陣もさっそく準備する。
「チーム戦のサシウマやな。25000の30000返し……負けた方は勝ったほうの言うこと、何でも一つ聞くってルールでどう?」
「何でも一つ……ですか、どうしようかな」
南は両手を胸の前で合わせて何やらニコニコしている。勝つ気満点なのだろうか。
「あれや、陣はんにチューしてもろたらええんとちがう?」
「ちょっと! な、何言ってるんですかカースケったら!」
南は目を見開いてカースケに飛びつき、ギューと首を絞めたりしている。
「じょ、冗談や冗談……絞めたらあかん……死ぬる……」
「あの……冗談ですからね、冗談。カースケのうわごとです」
それを言うなら「たわごと」では、と思いつつも、陣はそ〜っと振り返った。
――良かった。リーズも真奈も聞いていない。
聞かれたら真奈より十戒責めだったかもしれないし、リーズにはどんな体罰を受けるかわかったものではない。ともかく、良かった。
安堵のほうが先に立ち、陣はカースケの言葉の意味など考えもしなかった。
「じゃあ、その条件でええわけね?」
「もちろんです。勝ちます」
南はガッツポーズなんかしている。彼女らしからぬ行い……というよりは、彼女が変わりつつあるのだろうか。
「グッド!」
とある有名ギャンブラー風にそう言い放つと、陣はゲーム開始の宣誓としたのである。
「……賭けるのは好きにすればいいが、負けたときにややこしい希望や命令を言われても私は知らんぞ」
言いながら磁楠はサイコロを振った。この勝負に限っては席は固定。親決めのためだけのダイスだ。
結論から書くと、かなりの好勝負となった。
コンビ打ちという意味なら南とカースケはこのところずっと組んでいたらしく上手だ。もともと二人とも雀力がある上、いわゆる『通し』のサインもまったく不自然なものはないのに、いつの間にか意思疎通してどんどん役を作っていく。
だがコンビネーションという意味に絞れば、やはり陣と磁楠のほうがより優れている。それは、そもそも磁楠の正体を知る者であれば容易に理解できるだろう。
磁楠はトス役に徹し、序盤は陣からの誘導を経て、南やカースケを直撃して削る方針を採った。
しかしこの方針は、南たちが削られる以上に役を組み立てて上がることを悟って一変した。
「相手のテンポを崩そう」
声には出さないが目線だけで、陣がそう告げたのを見たのだ。
すると今度は、磁楠は鳴き、空リーチなどの牌誘導を繰り出す。当然、南やカースケのリーチには鳴いて一発消しも忘れない。
南とカースケは二人で戦っているが、陣と磁楠は二回打てる一人が戦っているような状態。当然、より動きがいいのは後者であろう。
「タンヤオのみ。悪いな」
磁楠が南の親を落として次局、
「よっしゃ! その降りは実は直撃なんだよな小三元と来た!」
どかんと爆弾を炸裂させたようなものだ。この一撃で『陣たち』(あえてこう書く)は完全に流れをものにした。
終わってみれば完全勝利、かくて、陣は南を下したのだった。
「完敗です……でも、良い勝負だったと思います」
負け惜しみではない。それは彼女の表情が物語っていた。
「気持ちのエエ麻雀やったで、うん」
カースケとて同じ気持ちのようだ。
「さて、約束通り、一つ言うことを聞いてもらうで」
ニヤリと笑って、陣は二つの紙袋を取りだした。
「メリークリスマス。それは南ちゃんとカースケへのプレゼントや」
ひとつは南に、もうひとつはカースケに手渡した。
「それを来て、メインパーティ会場の方へ御出立してもらおうか」
十分後。
瀟灑な純白のパーティドレス、そして純白のストケシアの花飾りを髪につけた少女が会場に現れた。社交界デビューのように華々しく、また、はにかんで、彼女つまり小山内南は赤い絨毯を踏む。誰もが振り返るような美しさだ。
これをエスコートする紳士のいでたちは、英国の喜劇王を彷彿とさせるタキシードにステッキ、シルクハットの三点セット。カエルのカースケの晴れ姿だった。
「可愛い、すっごく可愛いよ、ねえ」
リーズは手を叩いて喜び、
「実はすべて手作りなんです。気に入って頂けたら嬉しいです」
真奈もそれに唱和する。
「悪くないやろ?」
陣は得意げだ。
嬉しさと恥ずかしさとその他諸々で南に言葉はない様子だ。ただ、彼女は小さな声で
「ありがとうございます……」
と言った。
「プレゼントなら、素直に渡せばいいものを」
さして興味もなさそうに磁楠は言ったが、ただ、最後に、「よくやった」とでも言うかのように、ポンと陣の肩を叩いたのだった。
「なんやこういう晴れやかなカッコしてると、娘を嫁に出す親父さんの気分やな」
かっかっかとカースケは大笑した。
「南、嫁ぎ先でも幸せにな。旦那はん、うちの娘をよろしうたのんます……なんつったりしてな」
「もうっ、誰が嫁ぐんですか誰がっ」
南がカースケを追い回す、そんな姿を目で追いながら、
――嫁ぎ……つまり、結婚かぁ。
そろそろオレも心を決めるか、なんて、ふと思う陣なのである。
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