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星降る夜のクリスマス

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星降る夜のクリスマス
星降る夜のクリスマス 星降る夜のクリスマス

リアクション


●心も積もるホーリーナイト

 さて、それでは視点をパーティ会場に戻そう。
 三笠 のぞみ(みかさ・のぞみ)が回る。くるくると。回転にあわせてスカートの裾も拡がる。踊る。
 真上から見れば、花が咲いたよう、彼女が舞うのは華麗なワルツだ。
「いきなり踊りたくなって……クリスマスの音楽ってのは踊るのに適したのが多いよね」
「無茶ぶりをするもんだ。まぁ、いつものことだよな」
 ダンスパートナーを務めるのはミカ・ヴォルテール(みか・う゛ぉるてーる)、ミカは苦笑気味だが華麗なステップで、ややもすれば奔放になりがちなのぞみを支える。
 こぼれそうな笑顔を浮かべて、のぞみはまた一つ、大きくくるりと回転した。
「どう? こう見えて地球では社交ダンスを習っていたんだよ−!」
「そのようだな。芸術的にはどうか知らないが、楽しく踊れるならそれに越したことはない」
 ゆったり広い会場の一角は、ちょうど踊るに適した空間。だしぬけに踊り始めたのぞみだが、あまりに楽しそうなので、つられたかエリザベートも、
「わたしもぉ」
 とミーミルを相手に加わり、御神楽夫妻もエリザベートに誘われて参加した。請われて山葉涼司も、妻の加夜の手を取りそこに入る。これを期にさらに数組加わって、一角はなんとも晴れやかなダンスホールへと変貌を遂げたのだった。
 現在、会場の特設ステージで音楽を奏でているのは、琳 鳳明(りん・ほうめい)を中心とするバンドだ。鳳明の担当は、楽器は四弦のエレキベース、肩から下げたそのボディは、きっちりクリスマスカラーにコーディネイトされている。
「おっ、こうなったら私も張り切っちゃうよ」
 鳳明はバンドに指示して、クリスマスの定番曲をワルツ風に奏で始めた。
「ふぅ、一休み一休み」
 首筋に汗が浮くほど踊って、のぞみはテーブルのひとつに戻った。
「何か飲み物でも取ってこようか」
 ミカはそう言いかけたが、級に口をつぐんで振り返った。その動作に合わせるように、彼が背のところで編んだ三つ編みが、長い尻尾のようにシュッとうねった。
「どうぞ。コーラでいいですか?」
 恭しく一礼して給仕のように、ロビン・ジジュ(ろびん・じじゅ)がそこに控えていた。
 彼の手にあるトレーには、冷たいグラスが二つある。
「ありがとっ。喉がカラカラだったんだよー」
 素直にのぞみは受け取るも、ミカはあまりいい顔をしない。ただ、
「……ありがとな」
 と素っ気なく告げてこれを手にした。
「そんな顔をしないでください。僕は嬉しいんです」ロビンは相好を崩して言った。「お二人が楽しそうにしているのを見るのが」
 一見、温和な美少年。そんなロビンであるが、ミカは彼に心を許してはいない。なぜならロビンは悪魔で、のぞみと契約しているものの、「仲良くなって魂をもらいたい」と公言しているからである。
 ――やっぱりこいつは胡散臭いんだよな、まだ。
 ミカの険しい視線とは正反対で、のぞみは気軽にロビンの手を取った。
「ねえ、今度はロビンも踊ってみない?」
「いいんですか? 未経験なんですけど……」
「いいっていいって、あたしが教えてあげるよ」
「光栄です。ではお願いします」
 ひょいと一礼してロビンは応じようとするも、
「待てよ」
 ミカに言われて動きを止めた。
「ステップの基本くらいは身につけておくべきじゃねーか? ……ロビンが踊ってみたいというなら、教えてやらないこともない」
「本当ですか?」
 ロビンは悪意のない微笑を浮かべた。
「まあ、基本中の基本限定だけどな」
 ほら、こんな風に……と、ミカはロビンに手本を示した。
 胡散臭い、というロビンに対する印象はまだぬぐいきれない。
 けれど、歩み寄りはしたいとミカも思っている。
 ロビンだって、のぞみのパートナーなのだから。

 やがてワルツが一通り終わると、鳳明はバンドを下がらせてマイクを取った。
「メリークリスマス! 続いては、秘密特訓してきた成果を披露させてもらうよー!」
 使う楽器はこの一本、と鳳明はベースの弦をじゃらんと撫でた。
「ご存じかもしれないけど、私ここ一年くらいロックアイドルユニット『ラブゲイザー』のベース担当をやってるのね。いつも相方さんに引っ張ってもらってるから、今日は敢えてソロ演奏に挑戦しようと思うんだっ!」
 いいかな? と鳳明がステージから問いかけると、グラスを持った手が挙がり拍手が起こって、歓迎の意を返してきた。
「鳳明さん、がんばって下さい」
 声の方を見れば、それはユマ・ユウヅキ(ゆま・ゆうづき)ではないか。大人っぽいドレスに身を包み、カクテルグラスを手にした彼女は、谷間に咲く白百合のような印象があった。憧れるような、けれど、意外なものを見た、という顔をしているユマを見て鳳明は気づいた。
 ――あ、そういえばユマさんには音楽やってる私って見せたことなかったよね。
「ユマさん……私も色んなことに挑戦してるよ」
 マイクを通さずそっと呟いて、鳳明は弦に指を走らせた。
 独演がはじまった。リズミカルに、だけど自由に。
 バンドだと裏方のように思われがちなベースだが、本当は実に表現力豊かな楽器なのだ。ソロでも色々な表情が出せる。
 まず鳳明が手がけたのは『聖しこの夜』。丁寧に奏でる。静かに、空気に染み入るように。
 透明度の高い演奏だ。観衆が引き込まれていくのが判る。
 最後の一弦をふるわせながら、曲は終わった。
 そしてその余韻が消える前に、今度はアップテンポなリズムが刻まれ始めた。すぐに皆気づいた。
『赤鼻のトナカイ』だ!
「手拍子をお願いね!」
 鳳明は片手でマイクスタンドを引き寄せ、明るく声を上げた。
「それと、一緒に唄って!」
 たちまち、灯りがともったようになる。
 皆、すぐに応じた。
 エリザベートが手を叩いている。アーデルハイトが歌っている。ローラが楽しそうに、パティが照れくさそうに応じているのが見えた。それに、あのユマまで応じているではないか。歌詞は近くの人に、聞いて教えてもらっているようだ。
 明るい。本当に明るい。キラキラした演奏となった。
「ありがとう! じゃあ、パーティを楽しんでね!」
 大好評のうちにステージを終えると、
「お疲れ様です」
 ユマがシャンパンを手に迎えてくれた。心なしかユマも、白い肌を上気させているようだ。
「あはは、びっくりした? 音楽やってるってこと、言わなかったもんね」
 照れ笑いしながら鳳明はグラスを受け取る。
「ええ、それに本当にお上手で……。今夜の鳳明さんはとっても格好いいです」
「いやあ、格好いいだなんて、私もまだまだだし……」
 くすくすと笑いあう。こうして話していると、ステージの疲れも吹き飛ぶようだ。
「じゃ、乾杯」
 とグラスをあわせて、気泡のはじけるシャンパンを口にした。甘酸っぱくてて少し、刺激的な味だ。
「実はね。ソロを人前で披露するのって今日が初めてだったんだ」
「そうなんですか。堂々としているから手慣れているのかと思った」
「いやあ、空元気だよ。空元気。でも思い切ってやって良かったと思う。挑戦って大事だからね」
「挑戦……今年は鳳明さんに、そのことをたくさん教えてもらった気がします」
「そういってもらえると嬉しいな。ユマさん……私もユマさんに言うだけじゃなくて、自分も色んなことに挑戦してるんだ。一緒に今の自分を『もっと素敵な自分』に変えていこうっ!」
「……はい。そう思って過ごすと毎日充実しますね」
 充実か……ユマさんの毎日がもっと充実するといいな――鳳明は思うのだ。
 そしたらきっと、ユマさんはもっと自分の事を……自分を含めた周りの皆も好きになれるはずだから。
「ところで今日は、パートナーの皆さんは?」
「ああ、実は皆、お出かけなんだよ。だから私、今日は一人なんだよね。……片思いな彼はこの時期とても忙しいので、会いに行くタイミングが掴めないのでした。まる」
「そんな寂しいことを言わないで下さい」
「ははは……ユマさんがいるから寂しくないよ。でもユマさんはこの後きっと、素敵な人からお誘いがあったりするんだよね?」
「そのことなんですが……」
 ユマは目を伏せ、言いづらそうな様子だったが思い切ったように告げた。
「実はご相談が……」

 少し時間を巻き戻そう。
 バンドを下がらせて一人舞台に進んだ鳳明に拍手して、柴崎 拓美(しばざき・たくみ)は同行者たちを振り返った。
「なかなか楽しいパーティです。たまにはこうやって皆さんとゆっくりお話したりしたりして過ごすのもいいですね」
 ふんわりと微笑を、アース・フォヴァード(あーす・ふぉう゛ぁーど)ミリア・シェフィールド(みりあ・しぇふぃーるど)に向ける。
「な? 来てよかっただろ?」
 アースはいささか得意そうに言い、手に持った皿の料理を頬張った。衣がふんわりしたフライドチキン、ついさっき揚げたてらしくさっくりした歯ごたえだ。
「うん、そこは同感ね」
 ミリアも返事して、瑠璃色のグラスを傾けた。
 ――さて。
 二人に気取られぬように半歩ほど下がり、深みのある青い瞳で拓美はミリアとアースを眺める。
 まるで一枚の絵。
 上背があってがっしりした体格のアースと、華奢で可憐なミリア。二人とも今宵はめかしこんでいて、なんともお似合いだ。
「あぁ、そういえばあちらのテーブルにも食べ物が色々あるね。結構種類が多そうだよ……見える? アース」
 アースに話しかけたので、拓美の口調はくだけたものになる。
 そうだな、とアースは応じた。
「さすがイルミンスール、まさか魔法で作ったんじゃないだろうな」
「では、何があるのか見てこようかな」
「俺も行こうか」
 というアースの言葉に、
「いや、僕一人で十分だよ。なにか適当にみつくろって持ってくる。僕のほうで探すから二人とも移動していいよ」
 軽やかに返して拓美はその場を離れた。
 特別なところは何もない言葉と動きだ。……ただ一点、去り際にミリアに、短く意味ありげな視線を送ったことを除けば。
「……!」
 ミリアはたちどころに悟った。
 拓美が気を利かせたということに。つまり、アースと二人きりにしてくれたということに。
 きっと彼はあの視線に、「ミリアさん、折角のクリスマスですし頑張ってくださいね」という意を込めたのだろう。
 さあ、意識してしまうと大変だ。心の中に破裂性の花火を、ぽいと一つ放り込まれたかのよう。
 その花火は痛みをともなうものではない。ただ、なんとも熱っぽい。
「それにしても、また拓美は喰い物を取りにいくのか……今日は珍しくよく喰うなぁ」
 ところがアースとはいえば、拓美の配慮にはまるで気がついていない様子だ。まあ、それがアースらしいところではあるのだが。
「クリスマスだから拓美でも浮かれてるのかもな」
 と言いながら、『浮かれる』とはあの拓美には似つかわしくない表現な気もしたが、あまり深く考えても仕方がない――とあっさりアースは結論を出してミリアに言った。
「まぁ、いいや。ミリア、何か向こうが賑わってて面白そうだから行ってみようぜ」
「あー……うー……」
 アースは知るまい。ミリアの心境を。
 嬉しいような、ガッカリのような――この複雑な心を。
 なぜって、こんなにも彼の事を意識しまくりな自分と違って、アースは丸っきり普段通りで、拓美と同様に接してくれているから。親しくしてくれて嬉しいけれど、あまりに通常通りなのは……残念かも。
 カッカと熱くなる頬を隠すように、ミリアはうつむき気味に首を縦に振った。
「おう、じゃあ行くとするか」
 アースは実に暢気に告げて、もう歩き出している。
「……あ、待って……」
 その大きな背を見失わないよう、ミリアは顔を上げてアースを追った。
 せめて、意識しすぎることなくちゃんとアースと話したい。話して思い出を作りたい。
 拓美はきっと、それくらいの時間的余裕を与えてくれるつもりだろうから。

「ここ最近とある方々から要望あるのよ」
 と、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)は言った。
「ネコ耳メイド成分が足りないと……!」
「いやそんなことを言われても」
 榊 朝斗(さかき・あさと)は返すのだが、逃亡の試みがあっさりと失敗したためか、その声は弱々しい。(ところで『とある方々』って誰だろう?)
「にゃーにゃー」
 なんだか嬉しそうに、ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)が声を上げる。なお本日のちびあさは、サンタクロースの扮装をし、ワイヤークローを手にしている。いいよね、ワイヤークロー。クリスマスらしいよね……?
 そのワイヤークローは、朝斗の逃亡を阻止するのに役立ち、現在は彼を拘束するために使われているということを申し添えておこう。
 これは本日、
「朝斗! 今回はクリスマスVerという事で着てもらうわよ! この『ミススカ(ハイニーソ付)サンタ服』を!」
 と、欲望に忠実に朝斗を女装(というかネコ耳メイド装)させようとしたルシェンから朝斗は逃れようとしたものの、ちびあさのワイヤークローに妨害され、その後ルシェンの触手植物の蔦とワイヤーの双方で縛られ、あっという間に変身させられたということを意味している。
 捕まった直後の、
「ちびあさ、思う存分やっちゃいなさい!」
 このルシェンの言葉は、朝斗にとっては死刑宣告のようであった……。
 会場入りしてワイヤーが解かれたが、解放されたのはただの朝斗ではなかった。
 解放されたのは、ネコ耳メイドあさにゃん★ミススカ(ハイニーソ付)サンタ服バージョンとなった朝斗であった。
「……うう、いつもいつもこんな目に……。酷いよう」
 恒例行事といえば恒例行事、それでも慣れぬ朝斗である。(慣れてしまったらそれはそれで怖い気もする)
「酷いなんてとんでもない。可愛いわよ」
 屈託なく笑うのは、先日からすっかりキャラの変わったアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)だ。
「可愛い。可愛い」
 通りかかったローラもやってきて手を叩いた。
「はあ……まあ、個人の趣味には口出ししないけどね」
 パティまでそんなことを言う。
「僕の趣味じゃないって! ルシェンの趣味なんだけど……」
 スカートの丈が短すぎて寒いのか、あさにゃん(朝斗)は内股気味になっていた。その肩にはちびにゃんが乗って、やたらとニコニコしている。
「あ〜、朝斗、諦めて『趣味』として受け入れたほうがいいんじゃない? どうせこうなる運命なんだから」
「うわ、言い切らないでよアイビス」
 半分ベソをかいているような朝斗と、口元に手を当てて微笑むアイビス、なんとも対称的な表情だ。
 本当にアイビスは変わった。それは誰の目にも明らかであり、アイビス自身、現実として受け止めている。
 今夜のアイビスはドレス姿、フリルの多いゴシック調で、翠玉色と象牙色を基調とした色彩が目に優しい。左金翼のヘアアクセサリも、髪の透き通るようなエメラルドグリーンを引き立てていた。このいでたちだって、以前なら『人形に服を着せた』ような印象があっただろうが、現在のアイビスは自然に優雅に、そして可憐に着こなしていた。まるで本当のプリンセスのように。
 ――朝斗には悪いけど、こういう楽しい時間が何時までも続くと……いいなぁ。
 もともと容姿端麗なアイビスである。こうやって微笑すると本当に絵になる。
 このときふと、アイビスはまばたきした。
 なんだか、眩しいような感覚があったからだ。
 けれど鳳明が立っていたステージにはもう脚光はなく、飾られているクリスマスの電飾も、そこまで強烈なものではない。
 すぐにアイビスは悟った。この『眩しさ』は自分の内側から来ているのだと。
 フラッシュバックが訪れているのだと。
 ――何だろう、この映像。
 彼女の脳裏に、ある光景が浮かんだ。
 それは幸せな光景。母と思わしき人物と、クリスマスイブを祝った夜の……。
 ――お母さん……かな? 優しくて、温かい……。
 母は、アイビスとよく似た顔をしている。
 ――いつも何かに取り組んでて、一緒にいる時間がなかったお母さん。でもこの時は違って、ずっと傍にいてくれた。ずっと私の手を握ってくれてた……。
 アイビスは思い出す。一人だけの寂しさも不安も、この時だけ感じなかったことを。
 一緒にいてくれるだけで本当に嬉しかったということを。
 ――どんな贈り物でもずっと嬉しかったよ、お母さん……。
 こんなフラッシュバックならいつ訪れてくれたっていい。いつもの暗く哀しい記憶の断片ではない。幸福な気持ちが底にあった。
「ありがとう」
 と、アイビスはそっと呟いた。
 良い記憶を思い出させてくれてありがとう。
 朝斗、ルシェン、ちびにゃん、それにたくさんの友達のおかげだ……。