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星降る夜のクリスマス

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星降る夜のクリスマス
星降る夜のクリスマス 星降る夜のクリスマス

リアクション


●パーティへようこそ!(2)

「以上、楽しんでいってほしいのですぅ」
 イルミンスール校長、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の挨拶が終わると、温かい拍手が彼女を包み込んだ。
 喝采する姿のなかには、グレゴリーに連れられたマイシカ・ヤーデルードの姿もある。彼女はこの絢爛たる会場に、ただただ目を輝かせているようだ。
「大役、お疲れ様でした」
 にこにこしてミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)が、エリザベートにオレンジジュースのグラスを手渡している。
「お招きありがとうございます」
 彼女のところに真っ先にやってきたのは、秋月 葵(あきづき・あおい)エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)だ。
「お二人はデートですかぁ?」
「うん。そうそう。よくわかったね」
「なんとなく……幸せそうなので」
 ふふっ、とエリザベートは微笑した。
「お二人は恋人同士になって長いのですかぁ〜?」
「うん! エレンとは、つきあい始めてもう長いよね〜。デートもいっぱいしたし」
 と葵が笑いかけると、相性ぴったり、打てば響くようにエレンは返した。
「はい。でもクリスマスの日はやっぱり特別ですよ♪」
 そう、たしかに今日は特別の夜。せっかく来たのだ、たくさん食べてたくさん楽しもう。
 続けてザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)強盗 ヘル(ごうとう・へる)がエリザベートの元を訪れた。
「今日はもう顔を合わせていますが、改めて……可愛らしい招待状、ありがとうございます」
「どうしたしまして、ですぅ〜」
 にこりとエリザベートは笑った。本日昼に、ザカコとエリザベートは買い物に行ったのである。
「『主役は遅れて登場するもの』なんておっしゃっていましたが(※参照、無事パーティの開始に間に合いましたね」
「わたしが遅れたらいつまでも始まらない、なんて言われましてぇ〜」
「おやおや……」
 と笑って、
「それでは今宵も、よろしくお願い申し上げます」
 丁重にザカコは挨拶したのだが、ヘルは実に簡単に、ひょいと片手を上げただけである。
「ん、まあ、好きに飲み食いさせてもらうぜ」
「はいはい、ご自由にですよぉ」
 しかしエリザベートもその辺りは、特に気にしていないようだった。
「ところで……」とザカコが切り出すより先に、
「大ババ様ですよねぇ〜」あっさりとエリザベートが言ったので、思わずヘルは笑ってしまった。
「わはは、お見通しだねぇ」
「そうからかっちゃいけませんよぉ〜」
 エリザベートはアーデルハイト・ワルプルギスの姿を探した。ザカコもだ。
 すぐに彼女は見つかったが、どうも来客と話しているようだ。
「ま、しばらくは待ったらどうだ? さ、立食パーティー、立食パーティー……と。俺は食べまわりでもしておくぜ」
 そのままヘルは、慣れぬ正装に「肩が凝るなー」などと言いながら食事のテーブルに向かった。
 グランツ教ではずっと姿を隠してるから……こういう機会ではしっかり羽を伸ばしたい。それがヘルの考えである。グランツ教絡みの事件もそろそろ大詰めのようだ。気合を入れなおさなければ。

 会場はなかなかの盛況だ。といっても広めのスペースを確保したので、混雑し合うというほどのことはない。参加者たちはみな、思い思いに会話や食事を楽しんでいるようだった。
 フォーマル姿の参加者が多いが、各学校の制服姿や、もっとラフな普段着の者も少なくない。それでいい、というのがエリザベートの方針だ。今日は理解と親愛の席なのだ、楽しんでもらえればそれでいい。
 リラックスした顔が多い中、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)はどうにも、窮屈さを感じながら歩いている。顔にも、どことなく緊張した様子が漂っていた。
 わかってはいる。今日は休暇なのだと。
 ゆかりは教導団大尉、生来真面目ということもあるが、責任ある役職として普段は心を緩められない日々を送っている。
 今年もクリスマスとは無縁――と思っていたものだから、それが休暇になったことに彼女は驚いた。そればかりか、イルミンスールのパーティに招かれたというのは二重の驚きだった。かくして今夜、パートナーのマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)共々、めかしこんで参加しているがそれでも、まだ状況に慣れないでいる。
 神経がピリピリと逆立っているというか、警戒が解けないというか。
 ひどく場違いなところに、場違いな格好をして来ているように思えて仕方がないのだ。
 いっそのこと要人警護の任務や、戦場そのものであればずっと楽だったのに。
 そも、パーティ会場を満たすこの『平和』な感覚が合わないのだろう。実際、パラミタはもちろん、ニルヴァーナも決して平和ではない。彼女はつい先日まで鏖殺寺院の残党狩りの任務に従事し、日常的に血腥い現場に身を置いていたので、そのギャップに戸惑っているだけなのかもしれないが。
 百合の刺繍をあしらった楚々たるドレスも白い手袋も、今のゆかりにとってはまず第一に『動きにくい服装』である。もちろん一人の女性として、お洒落も好みではあるのだが、戦闘行動のひとつでも取ろうとするのなら、種々の制約が課せられることに意識がいってしまう。その上、
 ――もし、ここに寺院のテロリストが潜んでいて、ここで自爆テロでも敢行したら……。
 つい、そんな想像が脳裏をかすめたところでハッと我に返る。
「ダメね……もう少し気分をゆったりとさせなきゃ……」
 ゆかりは頭を振った。どうも、重くなっていけない。
 そんなゆかりの気配を察したか、マリエッタは小さく溜息した。
 ――せっかくのパーティじゃない。楽しんだら?
 そう声をかけてもよかった。だが、『楽しんだら?』と言われてさっと気分転換できるゆかりでないことくらい、マリエッタは重々承知している。だからあえて、その言葉は控えた。
 ――楽しむ、って言ったって、ただ食べて飲んで……ってことに限られたものじゃないのよ。
 赤い小鳥のようなドレスで、マリエッタはくすくすと微笑した。
 こちらに近づいてくる姿が目に入ったからだ。
 仁科 耀助(にしな・ようすけ)だった。

 今夜はいくらか、緊張気味の上條 優夏(かみじょう・ゆうか)だ。
 なぜ緊張しているか。それは今、正装として崑崙道袍に身を包んでいるから……ではない。
 正しくは、
「ふふっ、今夜はエスコートありがとね♪」
 と、彼の顔を見上げるフィリーネ・カシオメイサ(ふぃりーね・かしおめいさ)のせいだ。
 優夏は自分からフィーをクリスマスパーティに誘った。ここが重要だ。夏のプールデートのときのように、フィーに誘われて連れてこられたのではない。優夏がみずから進んで、彼女を誘ったのだ。
 こんな日に限って、いや、こんな日だからこそ、フィーは普段よりずっと美しかった。目のさめるような桃色のドレスに星形の髪飾り、鎖骨をあらわにするなど、普段よりやや露出を増しているのもなまめかしい。
「そ、そっか。喜んでもらえたら俺も嬉しいわ」
 いくらか早口で優夏は言葉を返した。
「HIKIKOMORIの俺といえど、恩知らずとかやない。これはその、プールのときの……お礼や。フィーは前からイルミンスールに来たがってたからな。高名なアーデルハイト様に会える絶好の機会でもあるしね」
 話しながら正面を向く。
「あっ、もちろん俺自身もイルミンには興味あるんやで。ほら、伝説の『三十歳で魔法使いになった男』が使える魔法についても何かわかるかも、って思ってるし。パーティ終わったら大図書館にも行けたらええなあ」
「ふーん。それ、三十歳になることが重要な条件なの?」
「いや、そういうわけやなくて他にも条件が……ま、まあそれはまた別の機会に」
 コホンと優夏は咳払いする。
「それはそうとして、立食パーティはタダメシが食えるのがええとこやね。崑崙道袍を着て来てよかったで、フィーのマジカルプリンセスドレスと並んでも不自然やないし」
「うーん、けどまだ『不自然』があると思わない?」
「何が?」
「エスコート、ってこういうことだと思うの♪」
 するりとフィリーネは優夏の腕を取った。腕と腕を絡ませるのではなく、両腕で優夏の腕を抱くような格好だ。
「ほら、これでカップルって感じ♪」
 ひゃ−! 優夏は髪が逆立つのではないかと思った。
 フィーの腕は柔らかく、暖かい。いや、柔らかくて暖かいのは腕だけではない。彼の腕に押しつけられているのは……。
「あ、ほら」
 と優夏は声を上げた。
「あそこにいるのアーデルハイト様やで。話すチャンスやないか!? あの人高名な魔法少女なんやろ?」
「え? あら本当。ご挨拶に行ってこようかな?」
「そうそうそうそれがええで。俺はHIKIKOMORIとはいえ、フィーの魔法少女としての評判を落とすのはイヤやし、その、なんや……」
 ところがそんな優夏を遮るように、フィーはふふっと笑んだのだ。
「別に評判なんて気にしてないわ。魔法少女の知名度がなくても特に誰かに認められなくっても、優夏が側にいてくれた方があたしは嬉しいわ」
 そうして彼女は、きゅっ、と両腕に力を込めた。
「え? あ、そ、そう……?」
 はにかむようなフィーの笑顔が眩しい。その言葉も、優夏の動悸を速めるには十分過ぎる。
 なんだこの状況?
 なんだこの状況?
 これじゃまるで……リア充?
 あああ、HIKIKOMORIのネ申がこんなことでは……。
「でも、それなら優夏のお言葉に甘えようかなっ」
 フィーの腕が解けた。「行ってくるよ」と言い残し、彼女はスキップするような足取りで、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)の元に馳せたのだ。
 ――ほっとしたような、名残惜しいような。
 なぜか暑くなってきたので、手でぱたぱたと自分を扇ぎつつ、優夏は彼女を見送った。
「アーデルハイト様、あたしは『ご当地系地域密着型魔法少女ミラクル☆フィリー』って言います!」
 元気にフィーが挨拶しているのが聞こえる。アーデルハイトのほうは「ほう、よろしくのう」とか返答しているようだ。伝説の魔女が相手でもなんら臆することなく、フィーは楽しく会話している。
 優夏の口元に小さく笑みが浮かんだ。フィーが楽しくすごしているならそれでいい。
 けれど少しだけ、ほんの少しだけだが……残念な気もした。
 あのとき、フィーがアーデルハイトの元に行かなければ、今頃自分たちはどうなっていただろうか。
 感極まり、越えてはいけない一線を越えてしまっただろうか。いや、やっぱり逃げ道に行っていただろうか。
 ――どちらにしろ、今の俺にはわからないことだ。
「お菓子を作る魔法は得意な方よ、さぁどうぞ」
 フィーはアーデルハイトに魔法を披露しているようだ。
「よし」
 と呟いて、優夏はあの輪に加わることにした。傍観しているだけじゃだめだ。ちょっと勇気が必要だが、今の自分ならできる気がする。
 
 グレーのパーティ用スーツに袖を通し、ネクタイはなし。ややラフな着こなしの桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)だ。
「エヴァっちとエリー、遅いな……」
 もうパーティは始まっているので、楽しげな声が聞こえてくる。ところが煉は待ちぼうけの格好だ。淑女二人は「会場に入る前にメイクを直す」と言い残して化粧室に行ったものの、なかなか戻ってこないのだった。女の支度は時間がかかるというが――煉は溜息した。
 そもそもパーティに行きたいと主張したのは、エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)エリス・クロフォード(えりす・くろふぉーど)なのである。煉はさして興味もなかったものの、ほぼ無理矢理に近い流れで二人に連れてこられたという経緯もある。いささか、釈然としない。
「やれやれ、ここは寒いんだが」
 彼の言葉に応じるように、肩にとまったカラドリウス・アウラー(からどりうす・あうらー)が、ぶるっ、と身を震わせた。
 そこにちょうど、設楽 カノン(したら・かのん)が通りかかった。彼女もパーティに参加するようだ。
「よう、設楽じゃないか。来てたのか」
 カノンは愛想笑いするでもなく驚くでもなく、足元を見つめたまま、うん、と頷いただけである。そうして、楽しいのか楽しくないのかよくわからないオーラを引きずりながら、黙って会場に入っていった。おおかた、山葉涼司でも探しに行くのだろう。
 それから数分待ったと思うが、やはり二人が戻る様子はない。
 ここの寒さはカラドリウスのためにもよくない。仕方がない、と呟いて煉は会場入りすることにした。
 しばらく、知人や学友を見かけては談笑していたのだが、
「よっ、パーティー楽しんでるか?」
 やがて煉の手は、パティ・ブラウアヒメルクランジ パイ(くらんじ・ぱい))の頭の上に乗っていた。
「ちょっと! 子ども扱いは止してったら、煉!」
 むすっとした顔を向けるパイは、暖かそうなセーター姿である。
「煉、久しぶり。元気してたか?」
 一方でローラ・ブラウアヒメルクランジ ロー(くらんじ・ろー))は、屈託のない笑顔で彼を迎えた。お揃いなのだろう。色こそ緑だが、ローラもパティと同様の服装だった。
 同じ境遇に育った二人というがかくも違うか。背が低く、下手をすると小学生に間違われそうな体系のパティと、ファッションモデルのような背と肩幅、グラマラスな肢体のローラでは、受ける印象は随分違った。いわばパティは可愛く、ローラは色っぽい。
「はは、悪い悪い」
 煉はパティに笑みを見せ、ローラにも、
「ローラ、先日の事件のとき……どうなるかと思った。こうして無事、戻ることができたのは嬉しい。まったく、あまり無茶はするんじゃないぞ」
 と言い、ともあれ二人とも無事にすんでよかった、と締めくくったのだ。
「なにその簡単なまとめかたは」
 パティは腕組みするが、ローラはそれをたしなめる。
「それだめ、パイ。あの事件では煉のおかげ、助かったこと多い。お礼、言うよ」
「それくらいわかってるわよ。まあ……ありがとう。一応」
「パイ、こんな言い方だけど、感謝の気持ち、本当ね。ワタシからも、感謝」
 結局パティはちょっと頭を下げただけ、しかしローラは合掌して深々と一礼した(どこでおぼえたジェスチャーだろう、ちょっと、タイの仏僧っぽい)。
「じゃあ再会と無事を祝して乾杯といくか。……ああ、わかってるわかってる。これはジンジャーエールだ」
 そのとき煉のグラスに、チン、とグラスを合わせる者があった。
 なんと、さきほど見かけた設楽カノンではないか。
「……メリークリスマス」
 蚊の鳴くような声でカノンは言って、肩を震わせていた。
「カノン?」
 煉はカノンと同じ天御柱学院所属だが、正直、そこまで親しいわけではない。
 どうしたわけかと思って山葉 涼司(やまは・りょうじ)の姿を探して、すぐに煉は察した。
 涼司はその妻である山葉 加夜(やまは・かや)と一緒にいる。しかも涼司の近くには、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)やエリザベート校長の姿もあるではないか。もちろん環菜の夫も一緒だ。
 揃って何やら談笑しているようだ。涼司も加夜も正装で、なんとも見栄えがいい。
 ――カノンとすれば加わりにくいメンバーであろうし、そも、妻がいる前でヤンデレ全開でいるわけにもいかないと遠慮しているのだろう。
 ちょうどさっき声をかけた縁でこちらに来ただけだろうか。カノンと特に親しい人間もいないようだし。
 煉はそのあたりにこだわるのをやめた。素直に祝おう。この夜を。
「ああ、メリークリスマス」
 グラスをローラと合わせる、パティとも。そしてもう一度カノンと……それに、
「え? 私も?」
「香菜も乾杯する。メリークリスマスね」
 なぜかこの乾杯の輪に、夏來 香菜(なつき・かな)も加わっている。ローラが見かけて呼び込んだようだ。香菜は赤いドレスを着ているが、その着方もどことなく教科書的で、良い意味で小さくまとまっている。
「えっと、じゃあ……メリークリスマス」
 実のところ香菜はパティのことをよく知らないのだが、まあいいか、と足を止めた。
「ああ、あなたがパティさんね。ローラから色々聞いてるわ」
「『さん』はつけなくていいわ。うん、まあ、よろしく」
 なんとなく性格に共通するものを感じたのか、香菜とパティはしばし話に花を咲かせている。そこにローラが加わり、煉も参加し、カノンは口を開かないがその場にとどまって……なんだか華やいだ雰囲気となった。
 ――なんだ、この状況?
 ふと煉は考えた。
 気がつけば周囲は美少女ばかり。
 パイ、ローラ、香菜……三人に囲まれている煉である。カノンも加えていいだろう。
 期してそうなったわけではないだけに奇妙な気持ちだった。
 このとき突然、肩に止まっていたカラドリウスがバタバタと羽ばたいたのである。
「どうした?」
 ローラの話に声を出して笑っていた煉は、ひょいと視線をカラドリウスに向ける。
 カラドリウスは言葉を発しないが、なにか必死で伝えようとしていた。
「……!」
 ――なんか後ろからすごい殺気を感じる!
 振り向いたらダメだという気が凄くするのだが、恐る恐る彼は半身をひねって背後を見た。
 予想してしかるべきだった。
 鮮やかに着飾ったエヴァとエリスが、氷のナイフのような眼でこちらを見ていた。
 二人の足元から黒いオーラが、ぶわあっ、と噴き出しているような気がする。
 煉と目が合ったとたん、エヴァはにっこりと笑った。
「おい、エリスいくぞ」
「えぇ、エヴァいきましょうか」
 エリスもやっぱり、不気味なくらい完璧な笑顔を見せている。
 普段、仲の悪いはずの二人だがこのときばかりは見解が完全一致したようで、ぴったりと歩調を揃えてこちらに近づいてくる。気づいた周囲の客が、さあっと左右にはけていく。
 ――なんであいつあんなに大量に女に囲まれているんだ。人がせっかく準備してきたのに
 ――せっかく煉さんのために時間を掛けてドレスアップしたというのに。
 二人の淑女の考えていることが、なぜか煉には手に取るようにわかった。
「エヴァっちとエリー……二人とも、一段と綺麗になったな……」
 そんな煉の言葉はスルーされきっていた。
「さって、いくぞ煉」
 彼の右腕をエヴァが捉えた。
「行きましょうか」
 同じく左腕をエリーが捕まえた。
 タスケテ、という視線を煉はカラドリウスに向けたが、カラドリウスは静かに首を振って、ぱたた、と彼の肩から離れテーブルの一つに着地したのである。まるで、「私には無理ですごめんなさい……」とでも言うかのように。
「じゃ、『これ』はもらっていくから」
「お邪魔しました」
 エヴァとエリーは周囲に一礼して、あとは問答無用、ズルズルと煉をどこかに連れ去っていった。
 グッドラック、煉。どうか佳いクリスマスを。

 かつて二人はライバルだった。
 御神楽環菜とエリザベート・ワルプルギス。
 いや、今だってライバルとはいえる。だがかつてのような、意地の張り合いのような足の引っ張りあいのような、いがみ合うような関係ではないのだ。
 環菜が死を経験して考え方を改め、エリザベートが環菜を喪失して、その大切さを知ったことが影響しているのだろうか。今の二人は友人同士、ライバルとしても、お互いを尊敬し高め会う予期競争相手なのだった。
「よく来てくれたですぅ。環菜が来ると場が華やいでいいですよぅ」
「そういうエリザベートも最近、主催者らしくなってきたと思うわ」
 今日の環菜は忙しい。実はついさっきまでシャンバラ宮殿のクリスマスコンサートに出席していたのである。それをテレポートでここに飛んできたといった次第だ。そもそも、午前中もビジネス上の会議や要人との会談が立て続けにあり、とてもではないがのんびりしたクリスマス休暇とはいかない。明日だって予定が目白押しだ。世間並みのクリスマス休暇など、環菜にとってはまだ先なのだ。
 それなのに環菜はまるで疲れを見せていない。それこそ、悠々と会場入りしたように落ち着いており優雅ですらある。疲れている時間すら、ないかのように。
 しかし彼女の夫御神楽 陽太(みかぐら・ようた)は思う。
 だから環菜は素晴らしいのだ。自分も、できるだけのことをして環菜を支えたい。
「去年のクリスマスは何をしてたんですかぁ〜」
「そうね……去年は大人しく、夫婦でイチャイチャして過ごしたわよ。詳しくは夫に聞いてね」
 イチャイチャ!――陽太はびっくりして飛び上がりそうになった。環菜の言いそうな言葉ではない。
「ええ〜、どんな〜?」
 興味津々といった雰囲気で陽太に向かってエリザベートが問うたので、はい……と彼は応じつつ横目で環菜を見た。
 ――あ、笑ってる。
 環菜がまるで小動物のように、くすくすと笑っているのが見えた。環菜流のイタズラというわけだ。
 仕方ない。しどろもどろになって彼は言う。
「え、ええと……夫婦で仲良く、一緒にケーキを食べたり思い出話をして過ごしました」
「ええ〜、それって『イチャイチャ』って感じじゃないですよぉ」
 今日はフォロー役がいないせいか、エリザベートはなおも訊くのである。
「あと……それと……キスも、何度か」
 いくら夫婦とはいえ……顔から火が出そうだ。
 これを聞いて、きゃー、なんて言ってエリザベートは頬に両手を当てて喜んでいる。
「もう〜環菜、何言わせるんですか、勘弁してくださいよっ」
 陽太の眉が八の字型になったので、環菜は声を出して笑った。

 さて、ゆかりはと言えば、生来の美しさもあって、なんだか男性陣の注目を浴びている。
 何人か下心丸出しで声をかけてきた者もおり難渋したが、中でも彼こそが最大の障害だろう。
 つまり……仁科耀助が。
「ねえねえ、オレ、教導団の子って知り合いが少ないんだ。ぜひ携帯の番号とアドレスを教えてよ〜」
 耀助と、そのパートナーの身に起こったことをゆかりも聞いていた。彼のパートナーは八岐大蛇なる怪物の復活の鍵を握る人物で、行方不明になっているという。知っているだけに、それでなおこの調子の彼には少なからず驚きがあった。
 戸惑うゆかりをカバーするように、耀助の相手をするのはマリエッタだ。
「そうねぇ……どうしよっかなー」
 といった具合で焦らせる。
「まあそう言わずに! 迷うくらいなら教えちゃおうよ! 減るもんじゃなし」
 するとますますヒートアップするのが耀助という人物だ。身を乗り出さんばかりにしている。
「うーん……なら……」
「よし! 今すぐメモするよ!」
 さっと手帳を取り出した耀助を笑い飛ばすように、マリエッタは舌を出した。
「やっぱダーメ。残念でしたー」
「え……マジ?」
「うん。ダメ。言い換えれば不許可」
「そりゃないよー」
 耀助は「ヤラレター」と言わんばかりの顔をしている。今、耀助を漫画化したとすれば、目はきっと大きな『×』印になっていることだろう。
 にしても、さんざ気をもたせたあげくこれとは……マリエッタ・シュヴァール、見た目とは裏腹になかなかの鬼である。いつか背中から刺されやしないだろうか。
 ゆかりは溜息した。
 本当はマリエッタのように楽しむべきなのだろう。この状況を。パーティを。
 色々と思い悩むのはやめよう。悩みは忘れよう――そうゆかりは思った。少なくとも、この聖なる夜くらいは。
 すごすごと引き下がる耀助に「じゃあねー」と手を振りながらマリエッタは、何気なく……本当に何気なく、会場内を見渡した。
 ――いない。
 少なくとも、今のところは。
 苦しい恋をしている。おそらくは実らない不毛の恋を……。マリエッタも本当は、悩みなき心境ではない。
 不安だった。いつか想い人はこの会場に現れるのではないか。いや、大きな会場のどこかにもう来ているかもしれない。
 できれば彼女には逢いたくない。
 ……でも、一目逢いたいという想いもある。
 矛盾した祈りを抱えながら、マリエッタはゆかりに微笑みかけた。
「何か食べない? お腹空いちゃった」

 いつもと違って着飾って、柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)は会場にいる。
 落ち着かない……それは服のせいではなく。
 ――ローラのやつはどこだろう?
 ローラ・ブラウアヒメルを探しているから。
 会いたい。会って話をしたい、という気持ちはもちろんある。
 だがその反面、会うのが怖いという矛盾した気持ちも彼にはあった。
 なぜならあの日以来桂輔は、ローラに会っていないから。あの日……ローラを助けるためとはいえ、彼はとっさに彼女にキスしてしまったのだ。(※参照
 その反応を知るのが怖い。嫌われているのではないか……それを考えるのが一番怖い。
 長身でモデル並みの体型だ。ローラはすぐに見つかった。もっとゴージャスな格好かと思いきや、地味目のセーターだ。しかし着飾っていないところが、彼女らしいという気もした。
 反対方向に逃げたくなる両脚を叱咤して、桂輔はローラの元へ向かった。
 やっ、と手を挙げる。
「桂輔?」
「ええと……その…………元気? この前助けた後、体に何か問題とかないか?」
 イタズラを教師に見つかった小学生のように、気まずげに桂輔は彼女を見上げた。
「……う、あー……ワタシ? 元気よ。問題ないね」
 ローラは目線を合わせないように返事した。あの後、色々考えたのかもしれない。身長は高いし理想的なプロポーションをしているとはいえ、やはりローラは乙女なのだ。顔だって、年下に見えるパティよりずっと幼い。
 嫌われてはいない、と思ったので少し安堵して、桂輔はローラを観察した。
 彼女がこちらを見ないのは、照れているからだと思いたい。
 ローラの視線は外に向いている。その方向にあるのは……、
「……クリスマスツリー?」
 外に見える巨大なツリーだ。
 試みに提案することにした。心持ち背伸びして桂輔は言った。
「さっきからクリスマスツリーが気になるみたいだけど、行ってみるか?」
「えっ!?」
「いや、ずっと見ているから……」
「クリスマスツリー……見たい。けど、今から約束ある、から……後で」
 顔を覆うようにしてローラは、小走りで去っていく。
「約束って!?」
 慌てて彼は問うた。ローラが何か言った。
 ――どういうことだ?
 桂輔は立ち尽くしてしまった。聞き違いだろうか。
 だってクリスマスパーティで、あろうことか『闇鍋』という単語を聞いたのだから。
 ともかく、約束はできたわけだ。ローラが戻ってきたら、一緒にクリスマスツリーのところに行こう。 

 しゃきっ、と敬礼して葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)はパーティ会場に入った。
 だが目指す場所はここではない、とすぐに察し、
「失礼するであります!」
 敬礼してどんどん進む。
「うむむ……パーティ会場を去ると?」
 イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)はなんとも惜しそうな顔をするのだが、吹雪はまったく意に介さずどんどん行く。仕方なく彼も続いた。
「そんなに急いでどこへ行く? せっかく会場には食べるものがたくさんあるというのに」
「食べ物であれば、これから行くところのほうが豊富なはずであります」
「ほほう? 初耳だな。それは一体……?」
 すると、眩しいくらいに澄んだ眼差しで吹雪は言ったのである。
闇鍋コロシアムの会場であります!」
「我は帰る……」
 と、逃れようとするもすでに、吹雪にしっかりと腕(の一本)を掴まれているイングラハムであった。
「おおお、悪い予感が……悪い予感がするぞ、我は!!」