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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

リアクション

1.復興

 まだ、傷跡も生々しく残る市街。あちこちで立ち上る煙は、廃材を燃やしているものだ。
 タングートの都は、以前の賑わいを取り戻しつつはあるが、まだまだその周囲に残る爪痕は深い。
 とはいえ、そこに働く悪魔たちの表情は明るいものだった。
「共工様、素敵だったわ〜」
「さすが私たちの女王様ね。さぁ、早く街を綺麗にして、共工様にお見せしなくちゃ」
 きゃっきゃと笑い交わす様は、腹をくくれば女の方がタフなのかもしれない、と思わせる光景だった。
「お嬢様方、こちらでよろしいですか?」
 物腰柔らかくそう尋ねた西条 霧神(さいじょう・きりがみ)に、「ああ、そうよ」と女悪魔たちがざっくばらんな口調で返す。愛想良く、とまではいかないまでも、それなりに受け入れられているようだ。
 先日のタングートでの戦の際、協力した者が多かったせいもある。
「良かったですね」
「うん」
 霧神の言葉に、額に浮かんだ汗を拭いながら、鬼院 尋人(きいん・ひろと)は頷いて。
「霧神って若干話し方がオネエ系だよね」
「そんなことないですよっ」
 真顔でそう口にした尋人に霧神は憤慨するが、尋人は「いや、だから、警戒されにくいんだろうなと思って」と弁解した。
「…………」
 彼らのやりとりを耳にしつつ、黙々と呀 雷號(が・らいごう)は瓦礫の撤去作業を続けている。壊れた石塀を持ち上げては、猫車に積み込む。男手がいると聞いてやって来たが、たしかにこれは、かなりの力仕事だ。
 最初はタングートに来るならば女装が必要と聞いて腰が引けていた雷號だ。
 「……女装はしないぞ」と意志を表明しつつ、まずければ雪豹に姿を変えればいいと思ってやってきていた。
 だが、実際にこうして来て見ると、歓迎ではないにせよ、敵意を感じるというほどでもない。
「オレだって、女性が慣れてなくて苦手なところもあるからさ。タングートの人たちだって、男性に慣れてないんだと思う。ゆっくり、親しくなれたらいいんじゃないかな」
「第一歩は、もう踏み出したようですしねえ」
 霧神は、周囲の女悪魔たちの様子を見やり、そう同意した。
(時間がかかる……か)
 それは、なにも、タングートの住民たちとの関係においてだけではない。
 レモ・タシガン(れも・たしがん)が今しようとしていることについても、そうだろう。
 ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)に請われ、自分の考えはレモへの手紙として置いてきている。今の尋人の気持ちは、そこにこめてきたつもりだ。
「ウゲンの置き土産……か」
 本当にもう、{SNM9998793#ウゲン・タシガン}は薔薇の学舎には戻ってこないのだろうか。まだ、尋人はそれを諦めきれずにいる。もしもウゲンが人々を試すためにカルマとレモを置いていったのだとしたら、それに対して人間として正しい道を選んでみせることで、ウゲンの心が動くかもしれない。
 そしてその正しい道とは、大きな力を独占しようとしないことではないかと、尋人は思う。
「はぁ……」
 無心に汗水をたらして作業を続けながらも、尋人はそんなことを、ずっと考え続けていた。
「尋人」
 少し休んだほうがいい、と雷號が目で告げながら、木陰を示す。あまり一度に根を詰めても、かえって効率は落ちる。
「そうですね。お嬢様方にも、お茶を振る舞いましょうか」
 霧神もそう言って、さっそくハーブティーの準備をし始めた。すると、そこに。
「……皆、精が出るな」
「相柳様!」
 いつもの甲冑姿の相柳が、現場へと顔を出した。都の復興作業の見回りをしているようだ。途端に作業をしていた女悪魔たちが姦しくさざめく。言葉少なに頷いてそれに応じてから、相柳はその視線の先に、尋人たちをとらえた。
「……協力、感謝する」
 短く告げた相柳に、霧神は穏やかに声をかける。
「よろしければ、香りの良いハーブティーをどうぞ」
「…………」
「タシガンでとれる薔薇の華と実を使っているんだ。よかったら」
 尋人に促され、相柳は逡巡しつつも「……では」と足を止めた。
「お嬢様方にも、どうぞ。こちらは美容にとても良いのですよ」
 美容、という言葉に彼女たちの目の色が変わる。そうして、一同が休憩している間にも、雷號は黙々と作業を進めることにした。尋人には休憩をすすめたが、雷號にとってはまだ疲労を感じるほどではないのだ。
「…………」
 薄いカップに注がれたハーブティーを、相柳は無表情のまま口にしている。
「いかがですか? お気に召していただければよいのですがねえ」
「あの、相柳さん。今度、タシガンに来てみませんか?」
 尋人の誘いかけに、ぴくりと相柳の細い眉が動いた。
「……タシガンへ?」
「うん。すぐでなくても、できたら。相柳さんたちって、馬はお好きですか? 食用ではなくて、乗馬の意味で」
「……私は、好きだ」
「それなら、オレが案内するよ。薔薇の学舎の、馬術部部長として」
 共通点を見つけ、尋人はぱっと笑顔を見せた。
 相柳としては、完全にパラミタの人々を信用する気にはまだなれない。ただ、恩義を感じるにはやぶさかではなく、なによりも、共工は「協力する」という姿勢でいるのは確かだ。
(……共工様に刃を向けぬ限りは、貴様らと手を組んでもかまわん。ただし、もしも共工様に刃向かうとなれば、容赦はしない)
 相柳の率直な感情としては、そういったところだ。
「……共工様がタシガンに向かうことがあれば、私も同行する。それだけだ」
 相柳は淡々と答え、カップを霧神に渡すと、踵を返す。無駄のない、武人らしい所作だった。
「待ってるね」
 その背中にもう一度そう声をかけ、尋人はほっと息をついた。
「思い切りましたねえ」
「だって、お互いに知ることが大事じゃないかなと思ってさ」
「まぁ、そうですね。……タシガンも新しい時期を迎えるのかもしれないですねえ」
 かつて、深い霧に閉ざされ、吸血鬼たちが外部に心を閉ざして暮らしていた土地だったタシガンだ。それが、薔薇の学舎が出来、また、当主の度重なる変遷を経ることで、その風土は変わりつつある。
 さらにタングートと交流をもつこととなれば、さらなる変化は必至だろう。
「良きにつけ、悪しきにつけ、なんであれ変化はするものです」
 雷號がぽつりと呟いた。
「うん」
 できるなら、その変化が良いものであればいいと尋人は願っていた。そしてその変化のなかに、ウゲンも含まれていればいい、とも。



「いかがですか?」
「こりゃいいな!」
「素敵ですわー」
 やんやと褒めそやされ、藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)はにっこりと……やや妖艶に笑った。
 彼女が作っているのは、新たに建設中の家の柱に彫り込まれた彫刻だった。様々な表情を浮かべた首が、いくつも積み重なっている柱は、ぞっとするような迫力がある。かなり禍々しいトーテムポールといったところだろうか。
 『シュトゥルム・ウント・ドラング』も併用した作品だから、出来もさることながら、見る者の心を鼓舞することは間違いない。そして、なにを鼓舞するといえば、優梨子の作品である以上、物騒な衝動なわけで。
 多少、この柱のまわりでは治安が悪くなるかもしれないが……。
「器用なんだね、アンタは」
「いえ、それほどではありませんのよ。お恥ずかしいですわ」
 謙遜をしつつ、優梨子は頬を染めている。
(ふぅ……たまりませんわ)
 彫塑に利用しているのは、優梨子の体内から生えた鋭い触手だ。『クラーケンピアース』、それも二本使いであり、おまけに『黒檀の砂時計』の能力も利用しているため、その仕事ぶりは相当の早さだ。
 ただし、クラーケンピアースの触手は、出す際に苦痛を伴い、それがやがて快感に変わってゆくという代物だ。
 優梨子にとっては、猟奇殺人だの大量殺戮のほうがはるかにエクスタシーの度合いは強いとはいえ、これはこれで悪くない。
「優梨子は、もう地上に戻らなくてもいいんじゃないか?」
「悪魔以上にあんた悪魔らしいよ」
 笑いながらではあるが、割合本気の表情で、親しくなった女悪魔が優梨子の肩を抱く。
「まぁ、ありがとうございます、お姉様方。でも、まだまだ世界には、私が見たことがない世界が待っていますので」
 そう、まだまだ、到底優梨子には見たりない。流れる血も、苦悶の声も、猟奇的快楽も、だ。
「まぁ、優梨子がそう言うなら仕方ない。……けど、また来てくれよ?」
「ええ、もちろんですわ。……そうそう。あの柱をお気に召していただけたのでしたら、ひとつ、我が侭を申し上げてもよろしいでしょうか?」
「なんだい? なんでも言ってくれよ」
「このたびの戦いをモチーフにした彫刻など、どこかに刻ませていただければと思いまして。いかがでしょう?」
「戦勝記念か。そりゃいいな!」
 彼女らは優梨子の申し出を快諾し、どこがよいかを話し合った。そこで、どうせならと言うことで選ばれたのは、タングートの大通りの南端。修復の済んだ羅城門の彫刻を任されることになった。
「ここなら、タングートに来る奴は必ず通るからね。どうだい?」
「まぁ、光栄ですわ!」
 優梨子は喜び、さっそく図案を考え始める。
 ――そして、できあがった門は、その凄みのある彫刻の貫禄から、羅城門ではなく、いつしか羅刹門の愛称で今後タングートを守ることになるのだが、それはまた別の話である。