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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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 あえて各種ロックをかけたまま、皆でコクピットを取り付ける作業を行う。その中で、フィアレフトはリィナと共に彼女の提案をファーシーとブリュケに話していた。未来の存在である自分達と、まだ幼児であり赤子に近い自分達の身体を検査し、比べるという話だ。
「……フィーちゃんと、イディアの身体を……?」
 ファーシーは、フィアレフトが娘の成長した姿だと知って最初は戸惑いを隠せなかった。だが、ブリュケとの話を聞いていた彼女は、本人がそれを認めて真実の名前を名乗ったところでそれを受け入れ、親子としての話もしていた。イディアがここまで成長した事に、ファーシーは素直に安心した、と言った。フィアレフトは、自分がこれ以上成長しない事を黙っていたから。
 一通りの説明の後、リィナがファーシーに向けて頷く。
「ああ、未来で生活していた彼女と、今の彼女で違いが無いか調べたいんだ」
「私は、検査を受けてもいいと思っています。……ただ、それには……」
「……? ……え、あ、そっか」
 言い難そうに見上げてくるフィアレフトをきょとんと見ていたファーシーは、遅れて彼女の言いたい事に気が付いた。
「比べるのって、イディアと、なのよね……」
 改めて、目の前の少女と我が子の顔を重ね合わせる。まだ拙い言葉しか喋れず、合図や声の種類での意思疎通しか出来ない彼女と会話をしているという事が、不思議に感じると共に嬉しくも思う。
「はい。あ、あの、それで……」
「いいわよ!」
 特に迷わず、即答する。「え?」と驚かれて、「だって、必要なんでしょ?」と笑顔を浮かべる。機体を得てから、折に触れて検査を受けていたファーシーにはアクアが感じたような抵抗は無かった。ぽかんとしたまま「は、はい……」と答えたフィアレフトは、一拍後に訪れた安心感の後に幼馴染にも確認する。
「ぶ、ブリュケくんは? 出来れば、一緒に受けてほしいんだけど……」
「…………」
 彼女達を何か進んだものを見るような目で見ていたブリュケは、やや間を空けてから乗り気とまではいかないまでも承諾した。
「イディアが受けるっていうのに、俺が受けないわけにいかないだろ?」
 ピノ以外に原因があると仮定すると、大陸の意志なのかそうではないのかも含めて全てが五里夢中状態のふりだしになる。未来の人々の体を変質させた原因を掴めるかもしれないというのなら、それがどんなに微細な可能性でも試さないわけにはいかない。
 イディアの『体質』を考えると、最も比較対象として適しているのは自分の方だろう。
「……でも、母さんに本当の理由は言わないで欲しい。大人になった俺が来てる事は、知られたくないから」
「それなら、わたしがポーリアさんに連絡するわ。健康診断をするって言えば、大丈夫だろうし」
 実際、健康診断みたいなものだしね、と続けてからファーシーは電話を取り出す。電波が立っていないのを見て「あ、そっか」と言うと彼女はルミーナに携帯を借りに行った。ブリュケは作業に戻ろうと歩き出し、だが再び足を止めた。レンに話しかけられたからだ。
「聞いておきたいことがある。巨大機晶姫のつま先を盗んだ理由と、このパークスを拠点にした理由だ。まさか、俺やメティスを呼び寄せる為に仕組んだわけではないのだろう?」
「……仕組む?」
 ブリュケは片眉を上げ、何のことかという顔をした。それから「ああ」と軽く笑う。
「そうそう、君達を呼び寄せて人質にするつもりだったんだよ。ピノさんを脅して、死んでもらうためにね」
「…………」
 レンが渋面になると、挑発的な笑みを浮かべていた彼は呆れたように「ふぅ」と力を抜いて息を吐いた。
「冗談だよ。大体、あれを盗んだからって、何で君達を呼び寄せる事になるんだ? そりゃ、ファーシーさん達が気にするかなって全く思わなかったわけじゃないけどさ。問題視される程とも考えてなかったし。未来では、使い道のない不良在庫として誰にも知られずに処分された代物だからな」
「……お前は、あのつま先について、どの程度知っているんだ?」
 レン達が巨大機晶姫を破壊したという認識は無いようだが、ファーシー達と関連のある物だという事は知っているようだ。
「ファーシーさんや先生にとっての、先祖のような存在だというのは知ってるよ。……つまり、イディアにとっての先祖とも言えるかもしれないね。悪用を危惧されて壊されたそうだけど」
 そう話す彼の表情は、特に変わらなかった。本当にそれ以上の事は知らないのだろう。誰に聞いたのかは言わなかったが、レンは、彼がちらりとファーシーを見たのを見逃さなかった。イディアには話していないらしいのにブリュケに話したというのは、彼が聞き出したのかそれとも、彼が第三者だったからか――それは、今ここにいるファーシーに聞いても分からない事だ。
「では……イディアの先祖として処分されるのが忍びなくて盗んだのか? そして、ここならば見つかる事も無いと?」
「そんな感傷的な理由で、わざわざ盗みになんか入らないさ。あれは、機晶姫を造る為の材料だよ」
「機晶姫?」
 ブリュケはそこで、フィアレフトに目を向けると彼女を気にするように歩き出した。「場所を変えようか」と言って向かう先は、恐らくつま先が置いてある別室だ。
「機晶姫は基本、ポータラカ人しか造れない……だけど、イディアはその機晶姫を、一から造れるんだ。改造とかじゃなくて、本当に最初からね。本人も何故そんな事が出来るか不思議がっていたよ。後からファーシーさんに訊いて、イディアが産まれる前に食べた智恵の実の所為だろうって結論になったんだけど……ああ、この話、イディアには内緒な。ファーシーさんは、ルヴィさんの話を必要以上にしたがらないんだ。訊けば答えてくれるけど……イディアには話さなかったと思うから」
 智恵の実の影響でイディアが『覚えていた』機晶姫製造に関する知識は、ルヴィのデータから喚び覚まされた、彼の知識と記憶で間違いないだろう、とブリュケは言った。
「イディアが時間軸を移動出来るのも、その技術を応用して時間軸を可視化する機械を造ったからだよ。まあナビゲーションシステムみたいなもんだけど。それを使って、俺達は80の時間軸を調査した……。皆に『子供達』を提供できたのも彼女のおかげだ」
 ブリュケが依頼者の遺伝情報をデータ化、人工知能化し、新たな『魂』――機晶石を造った上でイディアが製造した機晶姫の機体に取り付ける。そうやって、2人は『子供達』を人々に提供し続けていた。
「子供達にこの『つま先』は使ってない。そもそも、未来が平和になれば造られることのない存在だ。だから、彼等をもう一度造りたいとか、そういう理由ではなくて……」
 別室に入ったブリュケは、つま先を見上げながら話を続ける。
「ただ、未来が平和になった時……待ってくれているイディアの所にこの材料があって、それでまた機晶姫を造ることがあったら、それは、彼女の『子供』にも、同時に家族にもなるんじゃないかと思ったんだ。元が、ファーシーさんの先祖だからな」
 ピノを殺したら未来に戻る前に、自分達が研究所を建てる場所の地下につま先を埋めておこうと思っていたのだ、と彼は言った。
「そうすれば、研究所を建てる時に埋められたこれにも気がつくだろ? ファーシーさんなら、これが何かすぐに分かるだろうしな」
 彼がファーシーからこの地下に纏わる話を聞いた時は、既に巨大機晶姫のつま先は処分された後だったのだという。
「それは、感傷的な理由じゃないのか?」
「そうじゃない。古代からの機晶姫の材料は希少なんだ。利用価値が無ければ、盗んだりはしないよ。蒼空学園への侵入は、他と同じ方法じゃ出来なかったしね」
 どこかむきになったようにブリュケは話し、そろそろ電話も終わるんじゃないかな、と部屋を出る。
「わたし達でブリュケくんを迎えに行く事になったわ。あの空母で行けばすぐだしね!」
 ファーシーが報告してきたのは間もなくで、こうして、フィアレフトとブリュケの検査が行われることが決定した。

 ――座席は4つしかない。希望者全員を一度には運べない。未来には、何度か往復することになった。エリザベート達が到着したであろう時間に合わせる為に、フィアレフトから時刻を聞いて昨夜まで戻り、そこから2048年12月27日に時間移動する。それからこのパークスに戻って来るまでが一往復だ。時間軸の分岐は数限りない。この方式を取れば、先行したエリザベートと違う時間軸に到着する、という事故に遭う可能性は限りなく減る筈だ。
 ブリュケが検査で残る為、タイムマシンの操縦は朝斗が行うことになった。ゆかりとマリエッタが見つけた資料を確認したことに加え、彼はタイムマシンについて出来得る限り調べ上げていた。必要な事は、籠手型HC弐式にも記録してある。ブリュケと話し合った結果、操縦が充分に可能だということで、今、朝斗は操縦席に座って後部座席のピノとを振り返っていた。
「2人とも、シートベルトは締めた?」
「……は、はい。大丈夫です!」
「ばっちりだよ!」
「いつでも行けますよ〜」
 隣に座ったシーラもそう言い、エンジンをかけた朝斗は操作盤の年号を2024年、日付と時刻を昨日の夜に設定する。ブリュケが起動させた人型機械の1体が壁際のスイッチを押すと、円形に開いた天井から青空が見えた。天井からは、乾いた土の粉がぱらぱらと落ちてくる。
 車体を垂直に浮かせ、そのまま高度を上げて天井を抜ける。パークスの地を下に更に高度を上げ、廃墟の町の全景が臨める位置で停止して速度を上げる。「わぁ……」と景色を見下ろしていたピノが、期待と緊張を込めた声で朝斗に言う。
「ここから、400キロ出すんだね!」
「上空なら何かにぶつかる心配も無いからね。でも、一応気を付けて」
「うん! 諒くん手、繋ごっか!」
「そ、そうだね……うん、繋ごう」
 差し出された手をぎゅっと握ると、ピノは諒の隣で大人しくなった。彼女の顔を見返すと、楽しそうだった表情は影を潜め、そこには真剣さだけが残っている。飛行速度が一気に上がっていく中、諒はピノの手を握り直した。