百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

リアクション公開中!

魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

リアクション

 
 第1章 プロローグ

 ――パークス・地下製造所兼研究所
「はい。はいそうです。盗難事件の犯人はその2049年から来た未来人でほぼ間違いありません。未来人ですか? ええ、今ここには居ません。どこに潜伏しているかは不明ですが……」
 参謀課に所属する者として、ルーク・カーマイン(るーく・かーまいん)はシャンバラ教導団に盗難事件に関しての現状報告を行っていた。ルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)御神楽 環菜(みかぐら・かんな)から聞いたというパラミタの未来についてから犯人の目的、パークスという滅びた町の地下で何が作られているかまで。
「……はい。ではお願いしますね」
 こちらからも人員を送ると言われ、通話を終えてルミーナに電話を返す。レン・オズワルド(れん・おずわるど)も、テレパシーでザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)に連絡を取っていた。フランスに行っていたザミエル達の放牧場到着予定は今日だ。トラブルが何も無ければ、無事にラス・リージュン(らす・りーじゅん)と合流しているだろうと思ったのだ。
(……ああ、私が来た直後に一応のカタはついたが……2人組と、人型機械達の襲撃を受けていた)
 状況を確認するレンに、ザミエルはそう報告してきた。2人組は、ラスとピノ・リージュン(ぴの・りーじゅん)を殺害するつもりだったようだ。
(後、これは私も見たんだけどな……)
(もう1人のリン?)
 上空に一瞬現れ、人型機械の1体に話しかけて撤退していった女性の話を聞いてレンは不穏なものを感じて黙考した。リン・リージュンの記憶は、智恵の実に因って確かに戻った。その本人の居る場で、悔しそうな顔をしていたという彼女――
(分かった。ザミエルはそのまま2人とご家族の護衛を続けてくれ。今、そっちにリィナも向かわせている)
(リィナを?)
 リィナ・コールマン(りぃな・こーるまん)の名にザミエルは多少驚いたようだったが、彼女なら今回の問題の一助になるだろうと伝えると大方を理解したらしかった。
 レンは、未来でパラミタに住む者達に起きたという現象を『パラミタ大陸の意志』だとは考えていなかった。そしてリィナも、また。
 医者として、未来の異常についてフィアレフト・キャッツ・デルライド(ふぃあれふと・きゃっつでるらいど)に助言をするのがリィナの目的だ。だが同時に、彼女はリンの良き理解者にもなれるだろう。彼女は過去に娘を亡くし、その子供を取り戻そうと死霊術師としての知識を追い求めた存在でもある。
 娘を失う悲しみを知る者同士、通じるものがある筈だ。リィナの中にも、リンに会ってみたいという気持ちがあるだろう。
「……どうしますか? レン」
 ザミエルとの連絡を終えたレンに、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)が声を掛ける。
「そうだな……まず、あのつま先を探そう」
 広い空間をぐるりと見渡し、彼は施設内の探索を始めた。

「さて、久々の場所……と、感傷に浸ってる場合じゃないな」
 そして、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)もまた、巨大な乗り物を前に状況を見極めようとしていた。
「これだけ堂々と置いてあるとなると、へどろんは出ないということか。あるいは、捕まえて燃料にされてるか……そんなの乗りたくないけど」
「乗りたくないですね……」
「乗りたくないな」
 彼の言葉に、ルミーナと隼人・レバレッジ(はやと・ればれっじ)が実感のこもった相槌を打つ。
 ちなみに、へどろんというのは3メートル程のへどろと油のモンスターであった。非常にぷるぷるしていて、非常に良く燃える。稼動の傍らでモンスターが燃えているというのは、あまり気分が良いものではない。
 ――それはともかく。
「複数人乗るだけなら、アルバトロス型の小型飛空艇がある。わざわざ盗む必要もないはず……。それ以外の意味があるのか? こう扁平では貨物スペースも期待できそうにないが」
 調査しようと、エヴァルトは扁平型の乗り物に近付いていく。その背中を見送りながら、ルミーナは隼人に尋ねかける。
「隼人さんは、どうします?」
「俺か? 俺は……そうだな。ブリッジなる悪ガキの悪さを止めようかな」
 これまでの話を総合して考えると、『ブリッジ』が誰であるかということが隼人には充分に予測がついた。まず、間違いないだろう。その正体を考えると――彼にとっての『ブリッジ』はやはり子供だった。公園で悪戯をする子供を叱りに行くような彼の口調に、ルミーナはつい苦笑する。
「悪ガキ……ですか」
「人を頼るのが下手なガキ共を助けるのも大人の努めってことだな。ここで待っていればそのうち姿を見せるだろうから……皆と調査しながら待機するよ。……と、その前に……」
 隼人は、とある女性にテレパシーを使い始めた。基本的に、男子を叱る時は拳骨でいいと思う隼人だったが、一応人様の子供である。後でクレームが発生しないようにと、彼はテレパシーに驚く『彼女』に用件を伝え始めた。

「これは……イコンではない? ですよね……」
 扁平型の乗り物を前に、富永 佐那(とみなが・さな)はその正体を推し量りきれていなかった。エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)と共に機体を眺めながら、それが何であるのかを検証する。
「巨大機晶姫と何か関連のあるものなのでしょうか……いえ、一概にそう決め付けるのは早計に過ぎますわね。先入観は選択肢を狭めますから、あらゆる可能性を考える必要がありそうですわ」
 エレナの意見を聞きながら考える。この乗り物がイコンではないにしろ、あまりにも巨大な機械建造物であることは確かである。
「これが機晶姫なのだとしたら、イコンなどよりも余程脅威レベルは高いと言えます。操縦が必要なイコンに比べ、自らの意思で自在に四肢を使役し得るという点ではイコン、というよりもインテグラルナイトに近いものを感じます」
「……取り敢えず、運転席を見てみましょう。……どういう操縦系統なのかを見て、これがどのような乗り物であるのか、あたりを付けますわ」
 エレナはそう言って、まだコクピットが取り付けられていない乗り物の運転席部分に入り込む。
「どうですか?」
「そうですね、コクピットを取り付けた場合の運転席は……ここでしょうか。メーターが幾つかと……攻撃機能と防御機能、それに飛行機能もついているみたいですわ。最高速度は……時速400キロまでは出るようです」
「攻撃機能……」
 インストルメント・パネルを見ながらのエレナの言葉に、佐那は1人考え込む。
「……破壊力はイコンと同等かそれ以上、ということもありえますね」
 気になるのは、これがどのような用途の為に造られたものかということだった。断定は出来ないが、この乗り物が有力な兵器である可能性を佐那は感じていた。他の用途に使うのであれば、そもそも、このような巨体にする必要性がないだろう。
(……何より、此処に集められたパーツは全て無断で持ち出された盗品。その様な物で造った兵器が、マトモである筈はありません)
 パーツは、知識がある人間が正しく組み上げて、初めて真価を発揮する物だ。それを、無理矢理巨大機晶姫に組み込んだりするのは、あまりに危険だと言わざるを得ない――
「どうしますか? 佐那さん」
「……そうですね、まず、前回作成した盗難パーツのリストとこの乗り物に使われているパーツのシリアルナンバーを照合していきましょう」
 ――そう考えた佐那は、この乗り物を動かすわけにはいかないと強く思った。
「分かりました。ナンバーが一致していた場合は……」
「その時は、機能のひとつひとつにシステムロックを掛けていこうと思います。……盗まれたのは、巨大兵器1つ分を遥かに上回る量です。これらを1個に束ねた場合、それは最早、れっきとした大量破壊兵器に他なりません」
「大量破壊兵器……」
 それを聞き、エレナは僅かに眉を顰めた。操縦席であろう場所から戻ってきた彼女は、改めて乗り物を正面にして黙考する。
「サロゲート・エイコーンと違い、学校ごとに管理されているわけでもありませんから、兵器としての完成度も未知数……潜在的には、空京を丸ごと灰燼に帰す程度の破壊力は秘めていると見積もっても過大ではないでしょう」
 一方で、佐那は、持っていたリストをめくりながら乗り物に近付いていく。解体使用を考えると全ての照合は出来ないかもしれないが、可能な分は確認しようと彼女は作業を開始した。

              ◇◇◇◇◇◇

 電話が掛かってきたのは、自室で眠りに落ちていた時だった。気分の悪い盗聴任務が終わり、行きずりの男と一夜だけの恋をして、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)と2人で官舎でシャワーを浴び直して。
 やっと少し、穏やかさを思い出しかけていた布団の中で、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は自らの所属する情報科から呼び出しを食らった。
「……………………」
 眠りについてからまだ数時間。人使いの荒さにいい加減キレそうになっていたが、それに気付いているのかいないのか、沈黙するゆかりに上司は配慮も遠慮も無く次の任務について説明していく。最後に「分かりました、すぐに向かいます」と言って電話を切り、ゆかりはつい溜息を吐いた。
「……なんだか、休まらないときは本当に休まらないわね……」
 任務とあっては仕方ない。今度の任務は、イコン部品や投棄鉄材を盗んでいた犯人の拠点の調査だ。情報科でも事件についての調査は行っていたが、それは盗まれた部品や場所のデータの収集・纏めに終始していて、科としても「ジャンクパーツ専門の窃盗団が大がかりな仕事をしているだけ」としての認識しかしていなかった。だが、別に記録していた裏社会関係のデータから手掛かりが得られ、調査を続けていた参謀科団員の報告で、それがパラミタの未来が関わっている特殊な事案であると判明した。
 急遽、現場に応援を送ることになり――すぐに動員可能な人員として白羽の矢が立ったのが彼女達だった。応援は他にもいるようだが――
 マリエッタに声を掛けに行くと、「えっ、もう!?」と相棒は物凄く不本意そうな反応をした。ぶつくさ言いながら出掛ける支度を始める彼女の部屋を通り過ぎ、ゆかりは本日3度目のシャワーを浴びようとバスルームに向かった。
 今度のシャワーは、眠気覚ましだ。