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リアクション
第4章 乱入
「グルル……ガァァァァ!!!」
ラウンジの窓から飛び込んだ、「白面九尾」となった天神山 保名(てんじんやま・やすな)がラウンジの窓から飛び込んで来る。最愛の夫と娘の危機を感じて神速で駆けつけたのだ。野生ながら、彼女は必死だ。
「…………!」
修理途中であったフィアレフトは、ファーシーやアクア達と共に身を硬くした。それからはっとなって母を守ろうと身構える。
(……隙が出来たの!)
ハツネは自分に向けられていた視線が一気に外れた事を感じ、フラワシの能力で葛葉と自分を拘束していたものを切り裂いた。絶妙な力加減で、自らの肌には一切傷を付けずに自由になると、破片まみれで唸りを上げる保名を見て走り出した。
「……たまには保名も役に立つの! この隙に標的を壊してあげるの!」
クスクスと笑いながら、この場に居ない標的を求めて階段に向かう。視力を奪われても、ピノが上の階で休んでいる事は聴力があれば把握出来た。フラワシと自身の能力をフルに使い、一度目と同じように行動不能にして殺そうと2階へ上がる。
「……っ!」
彼女と鉢合い、ラスと、彼の前を歩いていたノートとザミエルは咄嗟に武器に手を伸ばした。だが、3人の後ろに立つリンを見て、ハツネは殺気を霧散させる。
「依頼者のお姉さんなの? なんでここに居るの?」
「え、依頼……?」
2人がきょとんとした目を見交わした時、疾風迅雷でハツネに追いついてきたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が背後から少女の両腕を確保し自由を奪う。そのまま押し倒して「セレン!」と叫び、「OK!」とそれに応えたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がハツネの手足を縛り上げた。つい先程までと変わらぬ状態になったハツネは、リンを見上げてまたクスクス笑う。
「大好きだから壊したい……すごくすごく共感出来るの♪」
「依頼……私は、何を依頼したの?」
「忘れちゃったの? そういえば、お姉さんは忘れんぼだったの……」
前に出たリンに、ハツネは笑いながら無邪気とも言える口調で告げた。
「……大好きな人達をナラカに送って、一緒に暮らしたいんだって」
「ナラカに……?」
どこかで聞いたことのある、しかしそれが“何か”までは知らないリンは、何のことかという顔をした。その彼女に対し、不思議そうにハツネは続ける。
「そういえば、今日は黒髪の女の子……『ピノ』って子は居ないの?」
「ピノ……黒……黒髪!? 生きてるの!? 会ったのね、ピノは……やっぱり……」
「リン……リン、落ち着け、リン」
一度『死』を受け入れた存在が生きていると匂わせられ、リンは自己認識に混濁を起こしながらハツネに迫った。妻が再び異常を来し始めていると察した覚が、彼女の手を握って声を掛ける。呼吸を乱して答えを求める彼女に、ハツネは親切心さえ覗かせて、楽しそうに言った。
「どうせなら、一緒に壊してあげるの♪」
「! 馬鹿言わないで! あなたの壊すっていうのは、殺すってことでしょう!」
激昂して睨みつけるリンの態度を、ハツネは理解出来ないようだった。小さく、首を傾げる。
「……なんで怒るの? あの子を一番壊したいって言ったの、お姉さんなの♪」
この頃には、彼女の発言を聞いた誰もが、その中にある歪み――勘違いについて気付いていた。ハツネは、目の前のリンを自分の依頼者――恐らく、上空に現れたもう1人のリンだと思っている。そして、もう1人のリンが『壊したい』と言った本来の相手は金髪のピノであり、彼女は黒髪のピノと一緒に居るのだ。
⇔
「ガァァァァ!!!!」
「……そんな! 保名様!!」
戦闘をする場所としてはラウンジは狭く、置かれていたテーブルや椅子が倒れた部屋で、保名は四つ足状態で暴れ続けていた。
「何故来たのですか!! おやめください!」
彼女の乱入に驚いた葛葉は、暴れる度に、誰彼構わず七曜拳や等活地獄を繰り出す度に反撃を受けて傷ついていく妻を見て冷静さを失った。止めるように必死に叫ぶが、保名が止まる事は無い。その内、攻撃を防ごうと紫月 唯斗(しづき・ゆいと)や椎堂 朔(しどう・さく)が正中一閃突きや一騎当千を使う度に彼女は葛葉の側へ追い詰められ、放牧場のスタッフ達も含めたラウンジに居た面々に囲まれて退路を失っていく。
「母様!! おやめください! それ以上はもう……」
「グルルル……」
宿儺の声には反応せず、保名はハツネを探そうと方々に首を巡らす。元々消耗気味な体であった彼女はかなり弱り、葛葉は自分の拘束が解けていた事を自覚した瞬間に妻の体を庇うように抱きしめていた。囲む皆に訴える。
「僕の事はどうしても構わない! 君達が知りたい事も喋る! ……だから、保名様だけは見逃してください」
そうして、彼は先刻宿儺がしたように土下座した。
「……土下座すれば何でも許されるわけではありませんよ」
静まり返るラウンジで、アクアは苦々しさと多少の呆れを込めて言った。この家族に土下座されるのは、これで通算3度目だ。ひとこと言いたくもなろうというものだ。
「何か、この場面だけ切り取ると、俺達が悪役みてえだよなあ……」
爆炎掌を嵌めた拳を下ろし、唯斗はフィアレフト達を振り返る。
「怪我はねえか?」
「は、はい……」
「あんなこと言ってるが、どうする?」
片膝を立てたまま体を緊張させていたフィアレフトは、戸惑った様子でファーシーを見る。意見を求められたのが分かったのか、ファーシーは言った。
「そうね……もう危ないことをしてこないなら、戦う必要は無くなるわよね」
「ですね。でも、さっきと同じで、彼が降伏する気でも彼女が静まってくれないと……」
こちらは攻撃の手を止められない。
「話が通じる状態ではないようですし……」
「あれ、保名も負けちゃったの?」
そこで、2階に行っていた7人が拘束されたハツネを連れて降りてくる。
「グル……!」
娘の姿を見て保名は一瞬殺気を膨らませたが、その直後、何かの糸が切れたように気絶した。既に、彼女の体は限界を迎えていたのだ。
⇔
散乱した机や椅子が元通りに整えられていくと同時、宿儺が保名をフューチャー・アーティファクトで治療していく。それを葛葉が沈鬱な表情で見守る中、志位 大地(しい・だいち)はラウンジに残って“彼”について考えていた。襲撃事件後の説明で、フィアレフトは“彼”の固有名詞を言うのを忘れていたのだ。
――イコン部品や鉄材を盗み、パークスで人型機械と謎の乗り物を造っている人物、『ブリッジ』――
リュー・リュウ・ラウンを襲いに来た人型機械を纏い、紛れていた可能性のある“彼”とは、ブリュケ・センフィットのことだろう。
ピノやイディアに関わりが深い人物で、機晶姫で、今後、アクアを通して魔術に接する機会もそれなりにあるだろうことに加え、フィアレフトが言っていた『わかりやすい偽名』ということを合わせると、全てに当て嵌まる該当者は彼以外にはいないだろう。
『ブリッジ』は英語で橋、ドイツ語で橋はブリュケだ。
(そうなってくると……)
大地はファーシーに目を移す。彼女が先程、アクアと話していた時の事を思い出した。
(ポーリアさんちにイディアを預けているというのはどうなんでしょうか……)
ポーリアはブリュケの母親だ。彼女の家には、この時代の“彼”が住んでいる。ファーシーは何も気にしていないようだったが、そこにイディアを預けるというのはあまりよろしくなかったりはしないだろうか。
……分からない事は、誰かに聞いてみればいい。
そう思った大地は、フィアレフトに聞いてみることにした。
「全く……これだけの騒動にしてしまうとは……よっぽど彼……未来のブリュケ君は相当に追い詰められているらしいな」
「うん……これは、あの子が乱暴な方法を取った結果だものね」
「すみません……私が彼を止められなかったから……」
フィアレフトは、朔とファーシーと一緒にラウンジの隅で話をしていた。しゅん、とした母と一緒に、肩身狭く縮こまる。生まれた直後からブリュケを知っているファーシーにとって、今回の事を悲しく思わずにはいられないのだろう。
「いっちょ、説教したいが……私にも彼の心情がわかってしまうからね……」
「フィアレフトさん」
保名が飛び込んできた窓ガラスが、ダンボールで補修されている。それを見ながら朔がそう言ったところで、大地はフィアレフトに話しかけた。
「? どうしたんですか? 大地さん」
「彼の実家にイディアを預けて未来に行くのって大丈夫なんですか?」
特にオブラートに包むこともなくド直球に聞いてみると、フィアレフトは「?」という反応をした。彼が考えているような危険には思い至っていないらしい。
大地が自分の危惧を伝えると、彼女は「そうですね……」と顔を曇らせた。
「大丈夫だと思いますけど……さすがに、2歳児を狙ってくるような人はいないと思いますし……」
そう言いながらも、フィアレフトは内心で不安が募るのを感じていた。2歳児だからこそ、この時代に来て放牧場を襲おうとする前に今のうちに――と考える誰かがいるかもしれない。彼女達の知人の中にはいなくとも、話を聞いてどこかでブリュケの名前を耳にした誰かが。
「…………。ふむ、決めた」
ファーシーも、話を聞いて心配気な表情をしている。少しおろおろし始めた彼女達を見て、朔は迷いない明るい口調で3人に言う。
「私はポーリアさんの所に行こう。今回の件の余波が子供の彼に及ぶかどうかはわからないが、放っておくわけにもいかないからな」
「え?」
驚いた顔をしたファーシーは、慌ててラウンジ内を見回した。『未来に行く』と発言したことを思い出したのだろう、ピノがいる2階に一瞬目を遣ってから、朔に向き直る。
「……ありがとう。でも、いいの? わたしも行った方が良いんじゃ……」
「何、子供の面倒を見るくらい訳ないさ」
謎料理以外の家事なら、完璧にこなすこともできる。
「それなら、私達も行きます。万が一のことがあるといけませんからね。人手はあった方がいいと思いますし……」
そこで、出かける準備をしていたアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が榊 朝斗(さかき・あさと)、ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)と一緒に近付いてきた。アイビスの肩には、ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)が乗っている。
「にゃー」
ちびあさにゃんは『ボクも行くよ!』と書かれたメモを持っていた。更に、
「にゃにゃ〜(本当なら朝斗達について行きたかったけど、たまには朝斗とルシェンだけにしてあげるのも優しさじゃないかなと思ってね〜)」
と、続ける。こちらはメモには書かなかったが。
「……にゃ(……それに、こっちはなにか面白そうなことできそうだしね)」
と、こちらもメモには書かなかったが。
「僕達はこれからパークスに行くよ。ジェットドラゴンに乗っていけばすぐだからね」
「……はい、よろしくお願いします」
朝斗とフィアレフトが挨拶をし合っている横で、ルシェンは先日、アイビスから聞いた話を思い出していた。彼女に連れられ、ファーシーの家に行った時だ。道すがらに聞いた時は信じられない思いだったが、帰る時に『やっぱりそうだった』とアイビスは教えてくれた。朝斗は今も、気付いていない。
(やっぱり、まだ朝斗にはフィアレフトさんのことは伏せておいた方がいいわね)
イディアと同一人物というのは驚いたが、事が事なだけに。
「イディアちゃんの子守は何度かしてるし、ファーシーさん達が迎えに来れるまで任せてください」
「うん、ありがとう。よろしくね!」
「今はこれぐらいしか出来ないけれど、いつでも協力するからね」
アイビスがファーシーに笑顔を浮かべ、「じゃあ行こうか」と朝斗達に言って歩き出す。朔も、少し離れた場所にいたスカサハと満月・オイフェウス(みつき・おいふぇうす)に簡単に事情を話し終えて彼女達に続くことにした。
「スカサハ、満月……ファーシーとフィー君の事、頼んだぞ」
「了解であります!」
「分かりました。お母さんも気を付けて」
スカサハは、ファーシー達だけを未来に行かせる訳にはいかないと彼女達についていく事を決めていた。満月も、イディアが行くなら2024年に残る気はない。
2人は、外へと向かう朔をそれぞれの笑顔で見送った。ブリュケの両親、ポーリアとスバル(昴)の家は同じツァンダ内にある。郊外の放牧場からは多少の距離があるが、到着までそう時間は掛からないだろう。
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