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リアクション
第2章 未来へ行く理由
(……未来では、大変なことになってるのね……)
ラウンジでは、様々な理由で放牧場を訪れていた契約者達が見聞きした未来での事象について話していた。公務でツァンダを訪れていたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)と共に『リュー・リュウ・ラウンで不審な襲撃事件が発生したため、すぐに現場へ急行せよ』という緊急命令を受けてここへ来ていた。
リュー・リュウ・ラウンといえば、今日ドルイド試験のあった所だ。襲撃されるような場所ではない筈だが、何があったのかと駆けつけてそこで、犯人の動機と未来情勢を聞いた。
――にわかには信じられないような現象だ。恋人はどう思っているのだろう、とセレンフィリティの方を見ると、彼女は何か物思いに耽っているようだった。表情は、明らかに沈んでいる。
(……セレン?)
どうしたのかと思ったその視線に気付いたのか、セレアナと目を合わせた彼女は真顔ではっきりと言った。
「決めた。あたし、未来に行ってみる」
セレンフィリティの決意には、好奇心とは違う真剣さがあった。
フィアレフトの語った『未来』が真実なら、酷い状況であることは間違いない。互いに愛し合っているとはいえ自分達の場合は女同士だ。子供ができないという事に関して言えば、いずれにしろ養子を取ったり、人工授精で妊娠しない限りまず子供は望めない。……尤も、セレンフィリティは幼い頃、組織から逃げ出そうとして受けた暴行の結果として子供の産めない身体になってしまった。
自分の血を残すことは永遠にかなわない身であり、自分自身のことは諦めがつく。
――だが、それが人類全体となると、どうしようもなく暗い気分になるのだ。
だから、彼女はセレアナに言う。
「これが数百年先とかならまだしも、たかが20数年後よ? 戦死でもしない限り、あたしたち確実に生きてるわ。冗談じゃない。あたしはそんな未来で生きたいと思わない」
未来に行ったところで、自分が出来ることなんて何もない。そうも思う。
「――それでも。少なくとも知らないよりは知った方が、何か悪あがきするネタを見つけられるでしょ?」
目の当たりにするであろう世界が、どんな風になり果ててしまったのか。
それは正直に言って、正視に耐えないような光景だろう。
だが、未来を変えようと思っても、『どうしてそうなってしまったのか』という現実を知らない限りは変えられるものでもない。
「だから、実際に行ってこの目で未来を見てみるわ」
そこまで聞いた時には、セレアナの気持ちも決まっていた。もとより、恋人の決意の目を見た時点で他の選択肢を選ぶ気も無い。
「……そう」
彼女に淡く微笑みかけ、そっと寄り添う。そして、廊下に近いドアの側では、遠野 歌菜(とおの・かな)が体を震わせながら片手で目元を拭っていた。
「そんな悲しい未来、絶対に嫌……!」
今しがた聞いた『未来』の話が実現したら、月崎 羽純(つきざき・はすみ)は殺されてしまう。その怖さは、計り知れないものだった。
「……歌菜」
羽純は、未来での自分達は『処分』にどう立ち向かったのか。それを考えながら歌菜の手を握る。
(未来の俺が歌菜から離れようとする、とは考え難いが……)
人々の幸せを思って自ら死を選ぶ光景を思い描き、その可能性が限りなく低い事を自覚する。自分なら、歌菜を悲しませない為なら何でもする。勿論、最後まで2人で生きる道を探す筈だ。
「……未来を変える為にも、様子を見に行かなくちゃ。私、1人で未来に行ってくる。羽純くんは、ここで待ってて」
そう考えた最中に彼女からこう言われ、羽純は反射的に「俺も行く」と返していた。自然と強い口調になった彼を見上げ、歌菜はぶんぶんと首を振る。
「だって、私、羽純くんが居なくなったら……どうなっちゃうの?」
彼女はそれを想像するだけで、震えと涙が止まらなくなるのだ。『剣の花嫁』を見つけた未来人が拘束に来たら、彼が殺されないように、自分も、未来の自分も、何が何でも戦うだろう。
でも、守り切れないかもしれない。
絶対に守れる保証は無いのだ。
だから、彼には現代に残っていてもらいたい。
「歌菜を、1人で行かせられる筈がない」
だが、羽純は譲らなかった。彼は誓ったのだ。歌菜と共に、幸せになると。
「一緒に未来を変える為に、一緒に未来を見ておこう」
「羽純くん……」
その目を見て、歌菜は彼の意思を覆すことはできないと理解した。
「……うん、わかった」
握られた手を握り返し、2048年に行ったら絶対にこの手を離さない、と彼女は思う。そして、何か未来を変える手掛かりを見つけられたら……。
⇔
「リン、そろそろ行くぞ」
ピノの涙を前にしんとした室内で、サトリ(覚)・リージュンはリンに席を立つように促した。激しく首を振る彼女に、覚は厳しめに言い添える。
「気持ちは分かるが……この子にとって、お前は今日会ったばかりの相手に過ぎないんだ。いつまでも傍に居たら、ピノちゃんもゆっくりできないだろう」
「…………」
リンはそれでも、すぐには立ち上がらなかった。眠っているピノの顔を離れ難そうに見詰め、握る手に一度力を込めてから椅子を空ける。
「そうね、ごめんなさい」
完全には納得していないようだったが、覚に背を抱かれてリンは部屋の戸口に近付く。ラスが彼女の背を見送っていると、シーラ・カンス(しーら・かんす)が彼の前に立ってほわんといつも通りの笑顔を浮かべた。リンと入れ替わるように椅子に座ってピノの手を握る薄青 諒(うすあお・まこと)をちら見してから口を開く。
「ピノちゃんは私達が見ていますから、ラスさんも休んでくださいね〜」
「え、あ、そうだな……」
歪みない気遣いに多少の焦りを見せるラスの手を、シーラは両手で包み込む。ますます「!」となった彼の目を真っ直ぐに見詰めて、彼女は思ったままに言葉を続ける。
「あんまり無理しちゃだめですよ?」
「! わ、分かったから! する気もないから!」
慌ててそう答え、手を何とか自由にして廊下に出る。一度閉まったドアが開き、残っていたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が顔を出した。
「俺達も残るよ。また何があるか分からないし……護る人数は多い方がいいだろ」
「ああ……よろしくな」
ラスはそう言って、下への階段へと歩いていく。それを見送りながら、エースは改めて気を引き締めた。
(生命を奪う以外にも、精神的に殺すって方法もあるからな。油断しないようにしないとね)
(……パークスへ向かう前に、からかっておきますか)
一方、現状を知ってパークスに行こうと判断した風森 望(かぜもり・のぞみ)は、ラウンジに戻る最中にラスに言った。
「ラスおいたんは女性に弱いようですね。先程もアクア様から好意を向けられていると知って、満更でもないようでしたし」
「「…………!」」
それを聞いたラスとアクア・ベリル(あくあ・べりる)は、ぴた、と足を止めて望を直視した。
「迷惑だから訊いたんだろーが! う、自惚れてるとかそういうのでもなくてだな……」
「な、何を聞いていたのですか望! 私は『違う』と……私がす、す……」
誤解を解こうと抗弁するアクアの顔が、再びプラムのように紅潮する。
「あ〜はいはい」
後に続く名前を必死に口に出そうとする彼女に分かってますよ、と宥めながらも聞き流す。
「アクア様は、あれですかね? 残念系男子が、タイプなんですかね? まぁ、確かに? 完璧超人なんかよりも、多少抜けてたり、足りない所がある方が支えがいや頼られがいがあって良いのでしょうけど」
そこまで言って、滑らかに回っていた口を止めて望は「何ですか?」とそ知らぬ顔を2人に向けた。
「2人揃って、何かとても言いたげですけれど」
「お前なあ……黙って聞いてりゃ人を抜けてるだの足りないだの……」
「……そ、そう言う貴女はどうなんですか! 貴女のタイプは……」
ラスに半眼で睨まれても、余裕なくまだ顔が桃色なアクアに詰め寄られても、望は平気な顔で階段を降りていく。
(残念系がタイプというのは否定しないんですね……)
ふむふむ、と望がアクアの台詞を思い返していると、先行していたファーシー・ラドレクト(ふぁーしー・らどれくと)が階下から見上げてくる。
「どうしたの? 何か大事な話?」
「い、いえ、全く大事ではない話なので気にしないでください! 全く……。!」
必死に関心を逸らそうとしていたアクアは、ファーシーより更に先にいたリンと目が合ってびくっとした。
「ち、違います、違いますから!」
力強く否定すると、リンは「そう?」と首を傾げてまた歩き出す。彼女から空恐ろしいものを感じたアクアは、ラスに確認しないではいられなかった。
「貴方の母親はもしや……独占欲が異常に強かったりとか……」
「……昔はあそこまでじゃ無かったんだけどな……」
その問いに返ってきたのは、若干持て余したような、肯定の言葉だった。
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