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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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魂の研究者と幻惑の死神1~希望と欲望の求道者~

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 第7章 取引 

「タイムマシンを……。そうですよね……」
 葛葉の話を聞いて、フィアレフトの中で多くの事が腑に落ちた気がした。
 よく考えれば、当然の流れとしてそうなるだろう。
 ブリュケ達がこの時代に到着したのは、2024年1月の始め。彼は、LINがすぐナラカへ行った一方で、パークスの地下施設を自分の住処として活動を開始した。まず向かったのはエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の所で、彼はエリザベートにブリッジという未来人だと自己紹介し、『この時代での用が終わったら在るべき時代に戻してほしい』と話をした。だが、彼に十二分な胡散臭さを感じたらしいエリザベートは、それを断った。夏にフィアレフトがした話は思い出したかもしれないし思い出さなかったかもしれない。ブリュケの前で、彼女は事前に頼みを受けたとは言わなかったという。
 2024年でピノを殺したら――殺してしまった以上は、何が何でも未来に『確認』に行かなければならない。そうでないと、彼の行動は意味を為さない。
 ならば、他人に頼らずに未来に行く方法を編み出すしかない。
 それが――タイムマシンを造ること。
 ミンツ1体を連れてくるのがぎりぎりの時間移動にLINを連れてきたという事は(体積は大体同程度だろう)、彼はそれ以外の物を殆ど持ってこれなかった筈だ。タイムマシンを造るには、この時代で部品や資材を調達する必要がある。それが、ここ数か月起きていた盗難事件の犯人の『理由』だ。
 人型機械達を造ったのは、純粋に、手駒を増やす為だろう。
 そして、フィアレフトは思う。
(だけど、ブリュケくんは、やっぱり……)
 ピノを嫌いきれていない。彼は、ピノを自らの手で殺す事を恐れているのだ。彼女に対しての情が完全に消え失せていれば、自分で手を下さない為の手段を幾つも用意したりはしないだろう。葛葉やハツネに頼んだり、LINを唆して連れてきたりはしない。
「私達がバラバラになった理由のあの子を殺して、家族全員で、ナラカで暮らす……?」
 その『過去』の存在であるリンと共に、ラスと覚は葛葉を見たまま驚きを隠せない様子だった。彼等2人は、フィアレフトの世界ではブリュケが3歳の時点で死んでいる。記憶の彼方の存在――もしくは会った事もない存在である2人を巻き込むのにほぼ躊躇いは無かったのだろう。10ヶ月程、死期が早まるだけだと判断して。
「しかも、ナラカには本物のピノが……」
「「……!!」」
 呆然としたリンの声の調子に、ラスと覚はぎょっとした。『私もそうするわ』と言い出しかねない空気を感じたのだ。だが。
「私なら、やりかねないわね……」
 実際に続いた言葉の穏やかさにほっとした。『これから殺すわ』と言われるより幾分かは穏やかだ。彼等の様子に気付き、リンはぱっと明るい笑顔を浮かべる。
「? 何? 私もやると思ったの? やらないわよ。私がナラカに行けるなら思わずやっちゃうかもしれないけど……あ、でもそれなら私も死ねばみんなで……」
「! そこ気付かなくていいから! 第一、ナラカに住む気も無いから!」
「り、リン、別の事を考えよう。え、えーと……そうだ、皆で生き残る方法をだな。ほら、俺の脚を見てくれ震えてるだろう? この震えをだな、何とか止める方法を……」
 結局、このまま『家族心中移住計画』を立てかねない彼女にラスと覚が慌てる中で、葛葉が「ハハッ……」と投げやりな笑い声を上げた。乾いた目で眠っている保名を見遣る。
「……この依頼ももう失敗だ……それに、保名様、なぜこんなに消耗するまで……。あと少しで、土地の権利書と……智恵の実が手に入ったのに!」
「「智恵の実?」」
 悔しそうに言った葛葉に、リンとラスは同時に注目する。目を瞬かせて、リンは言った。
「智恵の実って……私の記憶を戻してくれた実のことよね?」
「そう言ってたな。ラスがどこかに預けていたものだと聞いたが」
「ああ。トルネなら持ってるだろうと思って行ったんだけどな。他に預かってるって言うから……」
 顔を見合わせた夫婦に目で問われてザミエルが答え、ラスがやっぱりか、と傍で呟く。一連の遣り取りを前に、葛葉は「……なっ!」と驚愕した。
「智恵の実があるのですか! ……お願いです。その実を譲ってくださるなら何でもします! だから、保名様を……私の妻を助けてください」
『…………』
 頭と耳を下げて懇願する葛葉に、一同は驚いて彼を見たまま数秒間動きを止めた。
「どういうことだ?」
「はい。実は……」
 ラスに見下ろされた彼は、全てを吐かないと許さないという圧力の中、保名について説明した。そして、「白狐の里」の地にて智恵の実を食べさせ、「自身がこの土地の地祇」だという事を思い出させた上で魂練成の法を使い、分霊として再度、和魂「保名」を呼び戻すことだと話をする。
「へー……」
「智恵の実が必要なんです。ただでとは言いません。……! そうだ、LINさんからあなたがたを守ります。それで、実を譲っていただけませんか?」
 裏切った以上、ブリュケから報酬は貰えない。今となっては、これが最後の砦だ。平身低頭、必死の思いで頼み込むと、ラスは「断る」と即答した。
「……!! そ、そんな! 事情を聞いておいてそれはないでしょう!」
「お前、自分達が何やったか分かってんのか? そんな奴に守られるくらいなら、教導団を選ぶだろ普通。……まあ、教導団に頼る気も無いけどな」
 そこで、それまで黙って経緯を見守っていたソフィアが「良いんですか? それで」と確認する。
「未来っつっても随分と身内の話みたいだし……軍を使うわけにもいかないだろ。ピノだけは多方面から狙われる可能性があるから気に掛けてもらえるとありがたいけどな」
「なるほど……分かりました」
 ソフィアはそれだけ言うと身を引いた。その間に、希望を断たれた葛葉は全身から攻撃的な空気を放散し始めていた。今にも襲ってきそうな雰囲気だ。それを、ハツネがクスクスと笑いながら一瞬の隙も逃さぬように見詰めている。
「実をくれないのならば、力づくで奪いますよ……?」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ」
 それを押し留めたのは、危険をひしひしと感じた覚だった。葛葉をどうどう、と宥めてラスに言う。
「俺は彼の妻を救いたいという気持ちは解るし、守ってくれるって言うなら良いんじゃないのか? 智恵の実ってのは、まだあるんだろう?」
「……ああ、まあ……」
 まだあるというか、トルネの店に行けば売っている。
「それなら1つくらいあげても構わないだろう。彼が味方側になれば他の2人も暴れなくなるだろうし、安全を確保する為にも頼みを聞くという手はあるんじゃないか?」
「……そうね。そうすればこの施設も安全だし、ピノも安心して休めるわ」
 良い案だとばかりに、リンも覚に同意する。にこにことした彼女につられて覚も笑みを浮かべ、微妙に場違いな空気を醸し出す両親を前に、ラスは渋面を作った。
 葛葉達の襲撃に遭っていないからこそ言えるのかもしれない。個人的な感情を抜きにすれば、葛葉の提案も2人の意見も最善に近いことは確かだ。――だが。
(何か嫌な予感すんだよな……)
 葛葉達に護衛を頼むことが良い結果に繋がるとは思えず、躊躇してしまう。この2人は、何か爆弾を持っているような気がするのだ。
「どうしますか? おじさん……」
 フィアレフトが迷いを含んだ目で伺いを立ててくる。彼女も、同じような危惧を抱いているらしい。しかしそれは、直接攻撃してきた相手を信用出来ないという、体験から来る感覚に過ぎないかもしれず――
 それだけの理由で、危険な3人が牙を収める機会を逃すのは得策ではないかもしれない。
「分かった。これは『仕事』だ。お前達は、俺達を全力で守れ。それが出来たら、報酬に智恵の実をくれてやるよ」
「……絶対ですよ」
「そっちこそ、絶対に攻撃してくんなよ」
「分かりました。……後、アクアさんでしたっけ」
「……?」
 名を呼ばれて眉を顰めるアクアに、葛葉は「一つ勘違いしてますが……」と、拘束前に外で交わした会話の続きを始める。
「何も知らないわけじゃない。むしろ僕はね、元々は魔科学の実験動物兼弱者だった身。だからこそのあの発言です」
「…………」
 若干の時は経っていたが、アクアにはその言葉の意味は理解できた。しかし、それだけの事であり、特に心は動かなかった。ただ視線を向けてくる彼女に、葛葉は挑戦的な笑みを浮かべる。
「……まあ、その理想論がいつまで保てるか……見物ですね。ぜひ、清明……宿儺と一緒に足掻いてみてくださいよ」
「……言われなくとも、そのつもりですよ」
 そうして、アクアは宿儺に目を遣った。葛葉達が『敵』でなくなった今、もう拒む理由もない。宿儺が家事手伝いから昇格するのも、そう遠い話ではないだろう。

              ⇔

「……てことで、『いちおう』、この建物に危ない奴は居ないってことになったから」
 保名を療養させる為――彼女に『安全な場所に居る』のだと認識させる為――彼等にも部屋が1つ与えられることになった。葛葉には、保名が目を覚ましたら『自分達はもう捕われの身ではない』という事を言い聞かせるように言ってある。
「だから、ピノちゃんは安心して休んでて良いのよ」
「うん……」
 どこか不本意そうに報告するラスと、優しく布団を掛け直すファーシーの言葉に、ピノは熱い息を吐きながら少し笑った。熱はまだ高いが、先程のエース達と諒の話が、彼女の心を元気づけていた。仮に、自分が『原因』じゃなかったとしても、未来で起こってしまった『現象』は変わらない。それでも――
 自分1人の行動が、沢山の人達を殺したわけじゃない。
 そう思うことができただけで、心はかなり軽くなっていた。
「すみません……大丈夫ですか?」
 その時、部屋の戸がノックされた。扉の前に立っていたのは、先日ファーシーと知り合った橘 美咲(たちばな・みさき)と、そのパートナーのマーリン・フェリル(まーりん・ふぇりる)工藤 源三郎(くどう・げんざぶろう)だった。美咲はファーシーに誘われ、ドルイド試験を見学に来ていたのだが――
「なんか……凄いことになっちゃいましたね」
 そろそろと室内に入ると、美咲は驚き覚めやらぬ様子で言った。
「ごめんね、何か巻き込んじゃって……こんな事になると思わなかったから……」
「……うん。あたしも……狙われてるって知ってたら……」
 試験に来て無関係のスタッフを始め、受験者達や楽しみに見学に来た人達、動物達を巻き込むことはなかった。
 またちょっと落ち込んだピノとファーシーに、美咲は「いえいえいえ」と慌てて胸の前で両手を振った。
「少し驚いただけで、別にファーシーさん達を責めるつもりはないですよ」
 そして、目を合わせてくる彼女達に向けて「だって」と続けた。
「ファーシーさんもピノさんも、何も悪いことをしてないじゃないですか。皆、それぞれの人生を精一杯に生きて、自分と自分の周りの、ほんの少しの人達と幸せになるのを願っていただけじゃないですか」
 フィアレフト達の語った未来の話を思い出すと、自然と口調に力が入る。理不尽だという思いが込み上げてくる。
「……それが、将来悪い結果に繋がるからって襲われて、殺されるなんて割に合わないと思います。むしろ、怒っても良いくらいです。『それがどうした』、『ふざけるな』って」
「「…………」」
 ピノもファーシーも、彼女を見たまま目を丸くしていた。ややあって、2人同時に笑い出す。
「……! な、なんで笑うんですか!」
「え? う、うん。なんか……怒ってるんだなあって思って」
 笑いながらのファーシーの言葉に、美咲は「え」と驚いてから自覚したらしく肯定する。
「そうです。怒ってるんですよ私は」
 それから、口調と表情を和らげて、でもはっきりと「大丈夫」と彼女は言った。
「私はファーシーさんとピノさんの味方です。今はまだ辛いでしょうけど、そうやって笑いながら、負けないでいきましょう!」
 むん! と拳を作って気合を示してから、笑顔で片目を瞑ってみせる。
「……ね?」
 ファーシー達は、「うん」と頷いた。

「お嬢……」
 部屋から出ると、源三郎は美咲に心配そうに声を掛けた。これから彼女が取る行動の是非について、その結果について、確信を持てないでいるのだろう。だが、美咲は彼を振り返ると、先程と同じように頼もしげな笑みを浮かべた。
「大丈夫。きっと上手くいきますよ」
 次に行く先は、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)の所だ。