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第1章 どうぶつえんのこどもたち

 2024年の初夏。
 地球の動物公園に、パラミタから沢山の子供達が動物を連れて訪れた。
 ……そのほとんどが、リーア・エルレン(りーあ・えるれん)の薬で幼児化、動物化した契約者だ。
「なるほど、トラブルが起きないよう、一時的に契約者の力を失わせての遠足――子供になっての遠足か! いいよな」
 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、百合園女学院の教師でもある。
「世話役は任せとけよ。今は押しも押されぬマジモンの教師だぜ」
 そのため、引率として子供達の世話をする気満々だった。
 胸を張って満々だった……。
「……ワン? ワワン!?」
 しかし気づけば子供達は自分より大きくなっていた。
 いや、シリウスが縮んで――子犬になっていたのだ。
「ワン!? クゥン?(ま、まさかさっきつまみ食いしたクッキーも……)」
 そう、動物化する薬入りのお菓子だったのだ!
「シリ、ウス……?」
 情けない鳴き声を上げている三角耳の子犬を、リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)が見下ろす。
「クゥーン(そうそう、オレ、シリウス……)」
「つまみ食い、しましたね……」
「クゥーン……(スマン、相棒……)」
 言葉は分からなったが、鳴き声でリーブラは全てを理解し、ため息をついた。
「仕方ありませんわ。引率はわたくしが代理しますから……ご迷惑おかけしますわ……」
 シリウスを抱き上げて、リーブラはリーアたちと、地球で合流をした風見瑠奈(かざみ・るな)のもとに歩いた。

「てぃせら〜。ぱっふぇる〜。どうぶつみる? それともゆーえんちであそぶ!?」
 シリウスが引率を名乗り出てくれたこともあり、セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)も幼児化して、親友のティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)パッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)と楽しそうに園内に入っていった。
「にゃーん」
 ティセラの足下には黒色の子猫――猫化した祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)がいた。
「ちいさなどうぶつがみたいですわ。このこみたいな」
 にゃーんにゃーんと、抱っこしてそうに見上げている子猫を、ちっちゃなティセラは両腕で抱き上げて頬を寄せた。
「つやつや、きもちいいですわ」
「にゃー」
 嬉しそうな微笑を浮かべるティセラの顔を、黒猫祥子はぺろっと舐めた。
「ふふふ」
 リーブラは、ティセラたちと一緒に歩きながら、その微笑ましい姿に笑みをこぼす。
「ワン……! ワン(子供の人数に対して、引率者の人数が少ないよな)」
 名乗り出た身として情けなくもあり、シリウスはリーブラの腕の中から飛び降りた。
「ワワン!(出来る限り、協力はするぜ! 犬なら鼻も利きそうだし。よし、みんなこっちだ!」
 シリウスはきょろきょろうろうろしている子供達を可愛らしい吠え声を上げて注目させ、皆を先導しようとする。
「どうぶつがどうぶつえんあんない……おもしろい」
 パッフェルがとてとてシリウスについてきた。
「皆様、可愛いですわね」
 リーブラは、黒猫を抱きしめているティセラに微笑みかけて、一緒に歩いて行く。
「けれど、なんだか不思議な気分ですわ。お姉さまとこうして並ぶのも……」
 大人の姿のリーブラと、幼児のティセラ。
 双子の様に見える2人だが、今は姉妹というより親子に見える。
「長く生きている皆が縮んでわたくしが大きいままというのも。わたくしちいさくなったら、やっぱりお姉さまと同じになるんでしょうか……」
「そうかもしれませんし、ちがうかもしれませんわ。つるぎのはなよめは、けいやくですがたがかわりますし、ね」
 今は似た姿をしている2人だけれど、互いに剣の花嫁であるため、ずっと同じ姿のままとは限らないのだ。
「それにしても、ふしぎな、きもちですわ」
 ティセラがリーブラを見上げた。
「ええと……あの……」
 思考回路も幼児化してしまっているため、ティセラは自分の気持ちを上手く言葉にできないようだった。
「たのしい、です。おもしろいですわ」
 興味がかき立てられるといった感情を、ティセラは子供らしい笑顔と言葉で表現した。
「ワンワン、ワワン♪(さ、皆行くぞー。猿山はこっちか〜♪ うおお、動物がいっぱいだ〜♪)」
 その間。シリウスは張り切って走り回り、皆を先導しようとしていた。
「ちょっとそこのわんこ、あぶないわよ、ほら!」
 セイニィが言った途端。
「ギャン!」
 よそ見をしていたシリウスは、花壇にぶつかってしまう。
「あっ!」
 そのシリウスに躓いて、子供が転びかけ……。
「ワンッ!(危ねぇ!)」
 とっさにシリウスは子供の下に飛び込んでクッション代わりになる。
「フギャン……(うう、すげぇ衝撃……)」
「……シリウス。ちょっと静かにしてもらえますか?」
 微笑みながらもリーブラの目は笑っていなかった。
「ワ、ワン(わかった。わかった、リーブラ。だからこっち睨むな! 怖いって)」
「ほらわんこ、いくわよ」
 セイニィが手を差し出してきた。
「ワンワワン(いや、ここはオレが先導を……あ、ハイ)」
「よし、いいこね。ついてらっしゃい!」
 シリウスはリーブラの冷ややかな視線を受けて、大人しくセイニィにお手をして撫でられる。
「きかなくても、あのわんちゃんがどなたなのか、わかりますわ」
 にこにこと微笑むティセラ。
「ええ……ご迷惑おかけいたします。皆様の安全は、わたくしが守りますわ」
「ありがとうございます。あんしんしてあそべますわ」
 ティセラもシリウス犬をひと撫でして、皆と猿山の方へと歩いていった。

(猿がおおきい! 見えたかが普段と全然違うわー)
 子猫と貸した祥子は、ティセラの腕からは下りたが、彼女から離れることなく、動物を観賞していた。
「にゃーん?」
 ふと、ゲージの中でバタバタ暴れている兎の姿が目に留まった。
(かわいい。体の大きさも同じくらいだし〜)
 祥子は近づいて、猫パンチでちょいちょい。
「キー!」
「にゃん(構ってほしいのね)」
 反応が面白かったので、ゲージを開けて、中に入っていた毛の長い茶色の兎(ゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん))を出してあげて、飛びついた。
「にゃーん、にゃんにゃん(ふかふか、ふわふわ、うふふふ)」
「キィキィ!(こら、やめろ)」
「にゃん? にゃー(あら、あなたも契約者なのね。いいじゃない少し遊びましょう」
 逃げようとする兎を追い掛け回しては飛びついて、ふかふか温かな感触を味わう。
「キー!(重いー!)」
「にゃん、にゃ(失礼な兎ね、お仕置きよ)」
「キィキー!(や、やめろ……く、くすぐったい)」
 のしかかってぎゅーっと抱き締めて、思う存分ふかふか感を堪能する。
「つぎにいきますわよ、こねこちゃん?」
「にゃ、にゃーん!(あ、はーい、ティセラ。今行くわー)」
 ティセラに呼ばれると、猫祥子は即兎を開放して彼女のところに走っていった。

「かわいい……なんて可愛いんだっ」
 セイニィたちと動物を見て回っているパッフェルを、円・シャウラ(まどか・しゃうら)はカメラ付き携帯を手に、追いまわして……いや、観察をしていた。保護者的立場で見守っているのだ。危険に巻き込まれないよう監視しているのだ。
 フードをかぶって、邪魔にならないように隠れたり、でも良い写真が取れそうな場所では近づいたり、前に出たり。ニヤニヤ笑みを浮かべているが全く怪しくない、怪しい大人ではないはずだ。たぶん。
 動物園を半分くらい散歩したところに、広場になっている場所があった。
 芝生やベンチに座って休憩ができるようだ。
「まどか……」
 セイニィ達から離れて、パッフェルが円に近づいてきた。
「みてて、くれて……ありが……!」
「うーん、かわいいなぁ、かわいいなぁ!」
 パッフェルが言葉を言い終わらないうちに、円はパッフェルを抱き上げてくるくると回り始めた。
「まどか? まどか?」
 パッフェルは不思議そうな顔をしている。
 それがまた可愛くて。
「あああ、癒される、癒されるよ〜」
 円は春に百合園女学院を卒業し、働き始めた。
 働くことの大変さを知って、少し疲れていたのだけれど、その疲れた心がパッフェルの可愛らしさで癒されていく。
「癒されるよ! ふっふふー!」
「まどか……まどか……しあわせ、そう……ふふ」
「ああもうだめ、我慢できない」
 ぎゅーっと抱きしめて頬ずりして、またくるくる回って。
「天使だ! 天使が居る!」
 子供達以上に、円のテンションは高まり、子供達以上にはしゃいでいた。
「まどか……おかし、くずれちゃう」
「あっ! パッフェルお菓子持ってきたんだ!」
 こくんと頷いたパッフェルを、円はようやく解放して。
 芝生の上にレジャーシートを敷いて先に座る。
「パッフェル、膝に乗ってみる?」
 そう尋ねると、パッフェルはこくんと頷いて円の膝の上に乗っかった。
「わーすごい、感動……いつもと反対。あっ、お菓子、手作りだね。美味しそう! あーんしてあげるよ、あーんして!」
「まどか……」
「うざい? ごめんね!」
 謝りながらも円の笑みは止まらず、手はパッフェルを撫で続けていた。
「のみもの、もらってきましたわー」
「ちいさくなるやつじゃないから、みんなでのめるよ」
 ティセラとセイニィが缶ジュースを手に、近づいてきて、一緒にレジャーシートに座った。
 そして、パッフェルた作ってきたクッキーを食べ、皆で休憩をする。
「あっちのごりらと、ちんぱんじーは、しんせきなんだって」
「きょうだいなの?」
「んとね、おとうさんのおかあさんの、いもうとの、だんなさんの、いとこの、ともだちの、こどもらしいよ!」
「とおいしんせき……」
「ああああ、そんなキミ達も愛おしくて仕方がないよ」
 3人のちょっと不思議な会話を聞きながら、円の心はきゅんきゅんし通しだった。
「よし、3人でまた遊んでおいでー」
 お菓子を食べ終えた後は、再び3人を送りだす。
 そして、自分自身もまたカメラを手に、3人を尾行……いや、守るためについていく。
「まどか、まどかがみたいところ……いこ?」
 パッフェルがティセラとセイニィと手を繋いで歩きながら振り向いてきた。
「んー? 見たい動物? 大人だから、パッフェルたちの好きなの見てもいいんだよー」
 と言いながらも、円の目はペンギンコーナーに釘づけだった。
「それじゃ……つぎは、ペンギン、みたい」
「うん、ペンペンみにいこー」
「いきましょう」
 パッフェルが2人に言い、ペンギンコーナーへと歩き出す。
「パッフェル、パッフェルもペンギン見たかったんだね……! じゃなくて、小さいのにボクの気持ち察してくれた?」
「わたしも、まどかとおなじ、だから……」
「そっか、うん、それなら楽しもう〜」
 意気揚々と円は3人と一緒にペンギンコーナーに向かって。
 可愛いパッフェルの姿。3人で楽しんでいる姿。
 そしてペンギンとパッフェルのツーショットをたくさん写真に収めていくのだった。

 尚、家に帰ってパッフェルが戻ってから。
 円は今日パッフェルをとことん可愛がった分、お返しとしてパッフェルにたっぷり可愛がられたのだった。