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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 5

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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 5
ようこそ! リンド・ユング・フートへ 5 ようこそ! リンド・ユング・フートへ 5

リアクション

 パーティー会場では、所狭しとばかりに仮置き場にしたテーブルの上にずらりと並んだ料理を、歌菜が上機嫌で見下ろしていた。
 その面には疲労もあったが、それ以上にやりきったという達成感と満足の方が強く浮かんでいる。
「お疲れさま」
 洗い物を終えた羽純からねぎらいの声をかけられて、歌菜の顔はさらに輝いた。
「羽純くんもだよ。みんなもお疲れさま。
 さあ、どんどん向こうに運んで行っちゃおう」
 歌菜の采配で、どんどんテーブル席で待つみんなの元へ料理が運ばれていくのを見ながら、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は気持ちのいいため息をつくと調理台の方を振り返った。そこでは水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)が、使い終えた器具を丁寧に洗って片づけている。
 これらも全部ゆかりが自身でクリエイトしたものだが、几帳面というか真面目な彼女はそういったものが使ったままの汚れっぱなしというのが気になるのだろう。使いました、用済みになったので消しました、は、あまりに味気ない。
「カーリー、どう? 大分気が晴れたんじゃない?」
 マリエッタからの問いかけに、ゆかりは洗う手を一時中断し、そちらを向く。
「まあ、少しは」
「んもう! せーっかくこのあたしが助手を務めてあげたんだからね! 少しじゃ駄目よ!」
 ゆかりの煮え切らない態度にマリエッタは怒ったような口ぶりで返す。
 せっかく別世界に来たというのに、まだ意識世界での鬱屈(うっくつ)を引きずっていたゆかりが、彼らが料理を始めたのを見て
「私も何かつくろうかしら」
 と言い出したときは驚き、賛成した。1つのことに集中して手を使うことは、いい気晴らしになるから。しかし料理となるとゆかりは人が変わることも知っているので、応援しつつ、
「じゃああたしは会場の方でおしゃべりでもしながら待ってるから」
 と後ずさりして逃げ出そうとしたのだけれど、やっぱり見逃してはくれなくて。以後、馬車馬のようになんやかやとゆかりにこき使われてしまった。
 ゆかりは無自覚か、そのへん容赦がないので、マリエッタはすでに疲労困憊だ。それでもこうして立っていられるのは、これからあの豪勢な料理を囲ってみんなで騒ぐぞ、と決めているからだ。
 だからあなたも大いに気分転換できてなきゃ駄目! というように腰に手を添えてにらんでくるマリエッタに、ゆかりは苦笑を返すしかなかった。
「そうですね」
「そんなんじゃ駄目! 気が晴れたって言うの!」
「はいはい。
 気が晴れました」
 無理やり言わされた感があるが、口にしてみると、意外にも胸がすっとした。
 間違ってはいない、と思う。
 洋食からはトルティージャ(スパニッシュオムレツ)、ジャンバラヤ、アクアパッツァ、キッチュ、パイ、ケーク・サレ、ローストビーフ、ほか各種煮込み料理、各種フライの盛り合わせ。サラダは羽純がつくってくれていたので、それに合わせるドレッシングを数種類。
 和食からは刺身やカルパッチョのような魚料理、巻寿司やから揚げ・野菜の和え物、焼き鳥や串揚げ、筑前煮や豆と栗の甘露煮、三色羊かんといった物を1皿ずつ、高知の皿鉢料理風に大皿に盛ったものを。
 そしてエビのチリソース煮やアワビのオイスターソース煮、チンジャオロースに回鍋肉、飯物として中華ちまきを大皿に山盛りにした。
 それらが乗った皿が整然とテーブルに並び、パーティー会場の方へ運ばれていっているのを見ると、達成感と疲労がないまぜになって、なんとも言えず気持ちがいい。任務の負荷に耐えかね、擦り切れて歪み軋んできた心が再び息を吹き返して、指先まで生きている実感を感じることができる。
「あー、みんな集まってきてる。
 ねえカーリー、あたしたちも早く行きましょ!」
 マリエッタに急かされるまま、そちらへ向かいかけたゆかりは最後にもう一度、調理台を振り返る。
 すべてがあるべき場所へ片し終えている。その秩序立った様子に満足すると、彼女はパーティー会場へ向かって歩き出した。



 テーブルに料理が運ばれてくるのを見て、草原に散って思い思いの相手と雑談していた者たちが集まってきていた。
 光の宮殿へ見学に行っていた者たちもちょうど戻ってきたところで、彼らから向こうの様子を聞きたがる者たちとの会話でさらに談笑の声がふくらむ。
「みんな、グラス持ってる? まだの人は言ってね! いろいろそろってるから!」
 飲み物の入ったさまざまなグラスの乗ったトレイを手にして、葵がみんなの間を縫うようにして歩き、求める声に応じてグラスを手渡ししていく。
 飲み物がみんなの手に行き渡っているのを確認して、メルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)はきょろきょろ見渡してスウィップと目が合うと手招きをした。
「あたし? 何?」
 とことこやってきたスウィップが、彼の前に来た瞬間。
「なーっはっはっはっは! 俺様の名前を知ってるかー!」
 突然メルキアデスは周囲の声に負けない大声で叫んだ。
 スウィップはびっくりして思わず耳に手をあてる。
「知らない? じゃあ知っといて損はないぜ!
 俺様は、シャンバラ教導団の希望の新星! メルキアデス・ベルティ様だぜぇ!
 これからビックになる(※予定)の男の名前だ! 覚えておいて損はないぜ!」
 グッと親指で自分を指さしてメルキアデスが言い終えると同時に、メルキアデスの周囲で赤、黄、緑、青といったカラフルな光がキラキラ散る。
 スウィップは今まで受けたことのない、唐突な大声での自己紹介にひどくびっくりさせられて、目をぱちぱちさせたあと「はっ」と気づいてあわてて自分も名乗った。
「スウィップ・スウェップです。ここで筆頭司書やってます」
「よろしくな」
「よ、よろしく……」
 さっと出された手と握手をしているときも、まだスウィップは面食らっていた。
「あんたは呼んだ立場だから俺様たちのこと知ってるかもしれないが、俺様はあんたと口をきくのはこれが初めてだ。面と向かって話すときは、やっぱ、最初に名乗りあうのが礼儀ってもんだよな」
 ウィンクを飛ばして、メルキアデスはふっと笑う。
「ほんと、名前って大事なんだぜ。それは意識世界の住人だの無意識世界の住人だのに限らずだ。あんたがあんただって証拠を残すためにも、みんなの記憶にインプットさせてやるんだ。そして同じくらい、あんたも彼らの顔と名前をあんた自身の目で記憶のなかに残すんだぜ」
 言い終えるたメルキアデスはスウィップをくるっと反転させて両肩に手を乗せると、彼の第一声以来ずっとこちらの動向をうかがっているほかの参加者たちを見渡して叫んだ。
「よーっしゃ! 今をおいて良いタイミングはなし!
 さあスウィップ、空気をめいっぱい吸って、腹から声を出してー! 俺様と一緒にみんなに名乗っていこうぜ!!
 あんたはどっから来た、何て名前のやつか、みんなの記憶に残るようにちゃんと名乗って――」

 そこで突然ボクン! という鈍い音とともに、メルキアデスの頭が大きく前方向に振られた。

「こんな所でまで何やってんですか、隊長! みんなとまどってるじゃないですかっ」
 前のめりになったメルキアデスの後ろから贖罪の銃を握ったマルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)の姿が現れる。どうやらこれで後頭部を殴ったようだ。
「だ、大丈夫? メルキアデスくんっ」
 突然両手で後頭部を押さえた格好でうずくまったメルキアデスに、スウィップは手を出していいかも分からずわたわたしている。
「……ええ? だって、マルティナちゃん……」
 激痛が過ぎ去って、ようやくメルキアデスは、なさけない声とそれに似合う表情で後ろに仁王立ちしているマルティナを見上げた。
 マルティナは、はーっと聞くからに重いため息を吐き出す。彼女の全身が、言っても無駄だと言っている。
 うつむいていた顔が起きたとき、マルティナの面にはなぜか満面の笑顔が浮かんでいた。
「メルキアデス隊長。そんなことをしている場合じゃありませんよ。気づかれていないようですが、任務の時間です」
 ぽん、と右手に割烹着、左手に食器用洗剤をクリエイトして、まだしゃがみっぱなしのメルキアデスの前に差し出す。メルキアデスは何が何やら理解できないままそれを受け取った。
「これ……?」
「受け取りましたね? ではあちらの片付けをよろしくお願いします」
「って……ええ!? マルティナちゃん! 俺様ここまで来て部室以外にも掃除しなきゃダメなん!?」
 しゃがみ込んでる場合じゃない。
 後頭部の痛みも吹っ飛んで、あわてて立ち上がったメルキアデスに、マルティナは笑顔のまま今度はテディベアのぬいぐるみを見せる。
「大丈夫です。ちゃーんと隊長の代わりはかわいいこの子が務めてくれますので。席がなくなるとの心配はご無用です」
「いや、席より料理――」
「ご無用です」
 先までからずっと変わらぬ笑顔でずずいとにじり寄られ、メルキアデスは無言の圧に押されてこくこくうなずくことしかできなかった。
 彼女には逆らえない――彼のなかの、言うなればヒエラルキーが、そう告げている。
「――ちッ、しょうがねえ。
 アポカリプス隊長として、どうせやるなら徹底的に、マジでやってやんよ!」
 鍋だろうがフライパンだろうが何でも持ってこーーーーい!! すべてピッカピカにしてやるぜ!!
 ためらいがふっきれたメルキアデスは、渡された割烹着と洗剤を持って調理台の方へ向かってずんずん歩いて行く。
 この展開に驚いたのは歌菜だった。
「え? でも……」
 あとで自分たちでしようと思っていた歌菜は、汚れ物がそのままになっている調理台へと向かうメルキアデスの背中を見て、自分も一緒にするべきかとまどう。
「いいんです。やらせてあげてください。本人もああしてやる気を出しているんですから。あとでもっと、お皿も洗っていただきましょう」
「彼女の言うとおりだ。やる気になっているのに俺たちが水を差すのも野暮だろう。せっかくだから、甘えさせていただこう」
「そう……だね。そうしよっか」
 羽純の言葉に歌菜も納得してうなずく。
「あ、でも、あとで忘れずにお礼を言おうね」
 そして自分たちも食事の席へとついたのだった。



 料理と飲み物がひととおりすべてのテーブルに行き渡り、全員が席についたところで、こほっと空咳をしてリーレン・リーン(りーれん・りーん)が立ち上がった。
 めずらしく、かしこまって神妙な顔つきをして、手にはオレンジジュースの入ったグラスが握られている。
「えー、皆さん、本日はようこそおいでくださいました。本来なら招待主があいさつをして音頭をとるのでしょうが、呼んだ本人が祝われる立場だし。それもおかしいんじゃないか、ということで、急きょあたしが任されました。
 ついさっき決まったばかりだから、何の話の用意もありません。ので! はなはだ申し訳ないんですが、あたしが頭をひねったところでどうせひとのためになったり感心するようなネタが出てくるはずもないので、この際かたっくるしいあいさつは全部抜きにさせてもらって、さっそく乾杯に移らせていただきたいと思います。
 それでは! リンド・ユング・フートのさらなる発展と、そこの筆頭司書であるスウィップのご多幸とご健勝を祈念いたしまして、乾杯したいと思います。
 皆さん、グラスを手に、ご唱和ください! 乾杯!!」

「乾杯!!」

 乾杯の声が景気よく、一斉に上がる。
 風に乗り、草原じゅうに広がったその声は、彼らが上ってきた坂の向こうにまで響いていた。
「しまった。お茶会、もう始まっちゃった?」
 足を止めて、芦原 郁乃(あはら・いくの)はなだらかな坂の上を見上げた。
 カチャカチャとグラスをかち合わせる音や人の話し声、大勢の人の気配が向こうからしている。
 これはまずい。
「急ごう」
 数歩後ろの蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)に声をかけ、郁乃は走り出す。が、縦に長いシルクハットにタキシードスーツ姿の郁乃と違ってブルーのワンピースに白エプロンという姿のマビノギオンは、すぐにふくらんだスカートが足に絡んで転びそうになってしまった。
「きゃあ!」
「えっ?」
 悲鳴で振り返った郁乃の前、マビノギオンは地面に両手をついて座り込んでいた。
「大丈夫!? 立てる?」
「は、はい。なんとか……ご面倒をおかけしてすみません」
 郁乃の手を借りて立ちながら、マビノギオンはちょっと恥ずかしそうにする。
「ううん。あたしが急かして走ったりしたからだもん。
 ドレスも無事みたいだね」
「はい」
 あちこち目を配ったが、どこも破れたりしているところはなかった。汚れも、たたけば取れる程度のほこりだ。
「じゃあ行こうか」
 今度は転んだりしないようにと手を差し出す。手をつないで坂をのぼり切ったところで、2人の前にパーティー会場の様子が開けた。
「……あり?」
 みんなが料理を囲って飲食している様子に、郁乃は首を傾げる。
「パーティーって……『アリス』じゃなかったのかな?」

 スウィップに招待されてリンド・ユング・フートへ降りていく途中、今度はパーティーだということで、郁乃とマビノギオンはてっきり「パーティーのシーンから始まる本のリストレーション」だと考えたのだ。
 パーティーで即『不思議の国のアリス』だと思うこと自体いささか早計だが、それしか思いつかなかったのだからしかたない。
 そして郁乃が
「アリスだとやっぱ【気違いのお茶会】だよねぇ」
 と言いだして、マビノギオンが
「ええっと…それは帽子屋が出てくる場面ですね」
 と答える。
 ――まずこの時点で、ストーリーを思い出せるということは知識を修復する必要がないということに気づかなくてはいけなかったのだが、やっぱり頭が回っていなかった。
「そうそう♪ だってパーティーっていったらあれでしょ?」
「それでしたら、それらしい装いをしないといけないですね」
 それで郁乃はそのシーンを再現するべくマッドハッターに、マビノギオンはアリスに紛しているのだった。

「うーーん……」
 自分の格好を見下ろして、考えること数秒。
「ま、いっか。べつにパーティーに出てそんなおかしい格好っていうわけでもないし!」
 思い切ると郁乃は下に向かって駆け出した。
「おーい、スウィップーっ!」
 呼び声に振り返ったところでガシッと首にしがみつく。
「お招きありがと♪」
「こっちこそ。来てくれて、ありがとう」
 最初わけが分からなかったスウィップも、耳元でした郁乃の声に笑顔になってハグを返す。
 追いついたマビノギオンが郁乃の肩越しに笑顔で「ご招待をありがとうございます」と告げた。
「てっきりさあ、今回も本の修復かと思ったんだけど、違ったんだね」
「うんっ。そっちはなんとか終わらせることができたんだよ。これはそのパーティー……あっ、そうだ! 今まで手伝ってくれてありがとう!」
 肝心の言葉を言い忘れていたと、あわてて言うスウィップを見て、郁乃は笑う。
「今日は普通にパーティーなのかぁ。残念だなぁ、せっかく【きらきら光るコウモリさん】練習したのに」
「え? 何それ?」
 郁乃の使った言葉に興味津々といった顔でスウィップが大急ぎ振り返る。
 きっとそうなると思っていた郁乃は、もったいぶった意味深な笑みでスウィップを見返していた。
「リストレしないんだもん、内緒だよ」
「えー? やって見せてよ!」
「だーめ」
「主……」
 ひとが悪い、とマビノギオンがとがめるように名前を呼んだが、郁乃はわははと笑うだけで、適当に空いた席を見つくろってそちらへ向かう。
「うひゃー、おいしそうな料理ばっかり。2人とも、早くおいでよ。
 せっかくのパーティーなんだから、たっぷり楽しもうね!」