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リアクション
ひととおり食事が済むと、席移動が始まった。
みんなが思い思いの場所に移動して、混雑するパーティー会場でやはり人気をさらったのは子どもたちである。ハリール・シュナワと一緒に来たジェド・トゥンナーン7歳や東カナン12騎士、騎士長のオズトゥルク・イスキアの6人の養子たち――うち2人はすでに14を越えて、青年の部類だったが――は、「かわいいー」を連呼する女性陣に囲まれて、あちこち撫でまわされている。
なかでも一番注目を浴びているのは、アナト=ユテ・ハダドの抱いている双子の赤ちゃんアルサイード・バァル・ハダドとエルマス・セウダ・ハダドだった。生後6カ月になったばかりの双子はまだ奥宮の育児室から外へ連れ出されることはほとんどなく、城仕えの者たちですらめったに目にすることのない東カナンの至宝とも言うべき存在だ。双子を見たのは、空京大学の留学制度を使って東カナンに留学中のティエン・シア(てぃえん・しあ)とそのパートナーの高柳 陣(たかやなぎ・じん)以外、このときが初めての者たちばかりだった。
「かわいいなあ……。
ねえアナトさん、抱っこさせてもらってもいい?」
「いいわよ」
草原に座り、双子の眠るかごをそれぞれ両脇に置いて揺らしているアナトに、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がお願いをする。アナトは気軽に応じて、普段からおとなしいアルサイードの方を抱き上げて手渡した。揺られて浅い眠りから起きたのか、美羽の腕のなかに移った瞬間アルサイードはぱちりと目を開く。
美羽を大きな青灰色の目が見上げる。眠る前は母親の腕のなかにいたのに、と不思議そうだ。
「うわぁ、大きな目! こうして見ると、本当にバァルにそっくりだね!
ね? もう離乳食なの? 私、食べさせてあげてもいい?」
「いいけど……まだ始めたばかりだから、もどしちゃうかも。服が汚れないように気をつけてね」
「うんっ。ありがとう!」
美羽はアルサイードのぷよぷよの手で顔をぺちぺち触られるくすぐったさに笑いつつ、一番近くてアナトからもよく見えるテーブルに移動した。
そこにはベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)やコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)もいて、さっそくアルサイードを囲み、楽しそうにあやし始める。
ベアトリーチェがつくったつぶしがゆを受け取って、美羽が小さなスプーンをアルサイードの口元へ運ぶのを見ていると、エルマスも起きたのかむずがる声を発したのでひざに抱き上げる。アルサイードがそばからいなくなったのを感じているのだろうか。早くも個性が出てきていて、エルマスはアルサイードと違って活発で少し気難しい。体を前後にゆすって、泣き出しそうなエルマスをなだめていると、となりにだれかがしゃがみこんだ。
それはティアン・メイ(てぃあん・めい)で、アナトの腕のなかを覗き込み、まっすぐ見上げてくるエルマスにほほ笑む。
「とても利口そうな目の光をしているのね。かわいいわ」
さらさらの前髪をそっと分けて、白い額に指先でちょこんと触れる。すぐにエルマスが反応して、ティアンの手を掴もうと両手をふり回した。
ティアンはわざと捕まってあげて、そのひんやりとして柔らかな、小さな指の感触を楽しむ。
「ありがとう」
「あなたに似てるわ。この鼻のあたりとか」
「まあ。あなたもそう思う? うれしいわ。みんな、バァルさまに似てるって言うの。わたしもそう思うけど――あなたも肖像画を見たら分かると思うけど、歴代の領主は全員とてもよく似てるのよ――でも、エルのこの鼻筋はね、絶対アーンセトだと思ってるの」
うれしそうにラインをなぞると、むずがゆかったのか、エルマスが顔をしかめて手で払う仕草をした。けれどティアンを放すことはせず、握りっぱなしだ。
「あなたを気に入ったみたい」
くすくすという笑いをふと止めて、アナトはティアンを見た。
「あなた、いいの?」
「えっ?」
「さっきからずっと、向こうを気にしていたでしょう?」
アナトはティアンの肩越しに見える向こう、高月 玄秀(たかつき・げんしゅう)がいる方を視線で指す。
気づかれていたのかと、ティアンは内心少し動揺しつつ、でも面には出さず「いいの」と言うように素気なく肩をすくめて見せた。
「そう」
深入りを避けたのか、アナトはそれで納得したようにうなずくと、また話題を赤ん坊に戻してあたり障りのない会話を続けたのだった。
(そんなにあからさまだったかしら?)
アナトのそばを離れたあと、ティアンはあらためてそのことについて考える。
たしかに向こうの方が気になっていた。玄秀と……あの魔神が何を話しているのか。大体の想像はつく。むしろ、つくからこそ、そのことがうとましく感じる。
玄秀が本音で話せる、数少ない相手。玄秀が彼女のことを想っているとは思わない。たしかに彼女はほかの者とは違う、特別な存在かもしれないけれど、それは嫉妬する関係ではないはずだ。
だけど、彼女を見ると――正確には、玄秀といる彼女を見ると――あの、嫌な時期の自分がぶり返してくるようで、心が穏やかでいられないのは事実だった。
(ばかね、私ったら)
どちらもそんなふうには互いを見ていないと、分かっているのに。
でも、玄秀がちょっかいをかけていたのは事実で……つまり彼女はそういう対象として玄秀が見ることのできる存在で。そのことを思うとどうしてもそわついてしまうのだった。
玄秀に本気で迫られれば心を揺らさない女性などいるわけないと、そう思うのは欲目?
ああいっそ、彼女にも特別な存在がいれば、まだ安心できるのに。
「ねえ、ヨミちゃん」
名前を呼ばれて、ヨミは前のめりになって一心不乱に食べていたスープ皿から顔を上げて振り向く。
「何なのです?」
「ロノウェさん……あれから、恋人とかできたの?」
突然話しかけられたと思ったら唐突にそう訊かれて、ヨミは頭をひねる。そして何か答えようとしたときだった。
「知りたいことがあるなら直接本人に訊けばいいだろう」
すぐ後ろから玄秀の声がして、ティアンは飛び上がりそうなほど驚いた。
「彼女はすぐそこにいるんだから」
「シュウ! ……あ、あの……話は、すんだの?」
「すんだ。
訊くことがあるならおまえも来ればよかったんだ」
「それは……だって」
どこまで聞かれただろう?
周囲はそこそこ騒々しい。肝心の部分が聞き取れていなくてもおかしくないと、まごつくティアンを見つめて、ふっと息を吐く。
「おかしなやつだな。あんな、離れた所から見てたりして。何も遠慮することなんかないだろうに」
アナトに気づかれていたのだから、玄秀に気づかれていてもなんら不思議はない。
「……遠慮してたわけじゃ……」
「まあいい。彼女もしばらくいるそうだから、またあとで訊きに行くといいだろう。
それにしても、すっかりのどが乾いたな。何か飲み物は……」
ティアンが確保してくれていた席へと向かう途中、玄秀は周囲を見渡して、飲み物を配って歩く葵の姿を探す。
トレイの上に並んだ空のグラスと一緒に、1つだけ残っているのを見て、そちらへ手を伸ばすと同時に、その指先をかすめるようにして一瞬早く別の方向から伸びた手がそのグラスを取っていく。
それを見た瞬間、玄秀は反射的に叫んでいた。
「あーっ! 僕の梅サワー!!」
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