空京

校長室

【選択の絆】夏休みの絆!

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【選択の絆】夏休みの絆!

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第1章 夏だ! 湖だ! バカンスだ! 9

「わぁ………………きれい」
 初めてのヴァイシャリーの湖を前に紫扇 香桃(しせん・こもも)は目を輝かせた。
 少し遅れての到着になったが、まだまだ時間はたっぷりある。
「イリヤ、イリヤ、水遊びもできるみたいだよっ、遊ぼうよっ!」
「あぁ、そうだな」遊離 イリヤ(ゆうり・いりや)は落ち着いた声で応えた。楽しくないわけじゃないが、湖を見ただけでは香桃のようにはテンションは上がらない。
 煙草に火をつけて小さく一服。改めて湖を見渡してみると、これが意外と広いことに気がついた。そこそこ長いこと生きてきたが、ヴァイシャリーの湖を訪れたのは彼にとっても初めてのことだった。
 足の指から浸してゆく。湖の水は冷たくて、せっかくの一服ムードがぶち壊されそうになったけれど―――
「…………はしゃいでる香桃……可愛いな」
 水をパシャパシャしてる香桃を見ていると、すぐにまた落ち着いた気分になれた。
 このままのんびり、も悪くない。そう思い始めた矢先だった―――突然顔に飛沫がかかった。
「って……おいこら香桃」
「あっ、ごめーん、イリヤ。かかっちゃったー?」
「わざとらしいんだよ、つーかこら! 煙草の火も消えたぞおい!」
「そうだ! せっかくだから、びしょびしょにしちゃうおう!」
「何がせっかくだ! って、おい! マジで止めろって!」
 めっちゃ笑ってる?! なんて可愛さだ、天使かっ! ………………って違う違う、今は違う。
「こうなったらお返しだ!」
「きゃああっ!」
 手の平いっぱいに水をすくって香桃にかけた。水塊は見事顔面に命中、バランスを崩した香桃は転んで倒れて水浸しに―――
「うぅー! えいっ! えいっ! えいっ!」
「はははー、そんなの当たるか―――はぶっ……」
「あははっ♪ えいっ! えいっ!」
「ちょっ、止めっ…………んなろぉ!」
 ムキになって水かけ合って。
 スカートも執事服もびっしょびしょ。
 一通り濡らし合った後のこと。香桃は濡れた服やスカートの水気を絞るサービスショットを披露していたのだが、本人にその気はなかったようで。
 それどころかそれを見てニヤニヤしているイリヤにも最後まで気付く事が出来なかったという。
 無防備すぎるのも心配ものである。


 水浴びをして楽しむ者もいれば、水に入れずに苦しんでいる者もいる。
 せっかく水着を新調したというのに湖に入れないでいるのはキラ・ガロファニーノ(きら・がろふぁにーの)、小柄で若い魔女である。
「う………………」
 水面を睨んで意を決して……一歩を踏み出そうにも足が動かない。ダメだ、やはりどうにも水には入れない。
「冷たくて気持ちいい……」
 一足先に水に入ったティア・ジェルベーラ(てぃあ・じぇるべーら)は髪をかきあげながらに、
「ね、大丈夫だから、入ろう」
「………………」
 手を差し伸べられても応えない。彼女の気遣いが痛いわけじゃない、水に入ること自体がストレスになるだけだ。なぜなら―――
「うー、ティアの意地悪っ! 僕も泳げるもんなら泳ぎたいよーっ!」
「キラ……」
 キラはカナヅチだから。クロールをしようと腕を回せば体が回り、平泳ぎをしようものなら両肩を脱臼する。バタフライは……泳法として意味不明だ。
 八つ当たりで、しかも逆ギレなのは分かってる。でも、泳げない者の気持ちは泳げる者には決して分からないんだ。
 自棄になってやさぐれて、その辺にあったビールを適当に選んで一気に飲んだ。
「……!?」
 すぐに効果は表れた。ビールを飲むと表れる症状……すなわち酔いだ。
「誰だァお前。何ミテんだコラ」
「……キラ?」
「何を気安く呼んでくれてンだ、アマぁ!」
「え、、えぇっ……!?」
 赤提灯のような顔をして……と思ったら何と! あんなに嫌がっていた水にも何の躊躇いも無しに飛び込んだ―――と思ったら、
 ふーじーこちゃーん、と聞こえてきそうなダイブジャンプで飛びついてきた。
「きゃあっ!!」
 感じたこともない恐怖だった。痴漢や変質者に追われる感覚? 経験がないだけに余計に怖かった。
 それでも体は咄嗟に反応してくれて、どうにかこれを避ける事ができた。そのまま必死に逃げて水から上がった。これなら少しはまともに動ける。
 どうして急に。何か……誰かに操られてる?
 ん? これってさっきキラが飲んでた缶……んん? んんん?
「ってこれ! お酒じゃない! しかもアルコール度数82%?!!」
 よく死ななかったわね……じゃない、なるほどこれにやられたわけだ。
「うらーー! やってしまうぞー!」
 場所が場所なら即逮捕な発言をしている。
 水への恐怖も消えてたし、泥酔酩酊で豹変……というよりもはや別人だった
 これはもう……やるしかない。他人に迷惑をかける前に。
 武器は……パラソルの下か。
「キラ、ごめんっ!」
 不安だったが手刀で『面打ち』を繰り出した。頭部への打撃で気絶させてしまえば―――
「?!!」
 ティアの手刀を両腕を組んだ状態で受け止めた。なんて武闘派な防御方法だ……っていうかこんなの……。
「なにスンダてめぇ! やんのかコラァ!!」
「うぅっ……こんなのキラじゃない……」
 酒癖悪すぎるよ。
 でもダメ、このまま放置したら『火術』とか『ファイアストーム』とか使い出して他の人に迷惑をかけるなんて事に……。
「行くぞオラァ!」
「もうっ! 分かったわよっ!」
 完全に我を忘れたキラと悲しみに暮れるティアによる、2人だけの闘技大会がここに開幕したのだった。



 猛暑というのは時として人の頭をおかしくする、と日下部 社(くさかべ・やしろ)は思う。
 つまりはそういうことだ。響 未来(ひびき・みらい)はこの暑さにすっかり脳みそをやられてしまっておかしくなってるし、湖畔ビーチで涼しむ予定だった自分が心配になって彼女とポムクルの後をつけるのも、つまりはそういうこと。
「おーい、未来ー。なにするつもりなんやー」
 社は未来に向けて声を張り上げた。
「うっさい! マスターは黙ってて!」
 一刀両断された。
 未来はすっかり社を無視して、ポムクルたちを目の前にノリに乗った仕草でくねくねしながら言い放った。
「ヘイヘイヘイ、YOー! ポムクルたちー! 夏を満喫するたった一つの方法を、この未来ちゃん、いや、ミライ・ザ・ピーポーが教えてやるゼ!」
「なのゼー!」
 ポムクルたちもすっかりやる気みたいで、拳を高くあげる。
「こほん」
 未来は息をついて、落ち着きを取りもどした。
「いい、ポムクルたち! 海での出逢いは心も体も開放的になっているのよ! まあ、ここは湖なんだけど……。そんなことはとにかく関係ない! バカンスを楽しむコツは男女の出逢いにあると言っても過言ではないわ!」
「なるほどなのだー!」
 ポムクルたちは感心した。
 もっとも、社はんなわけねーだろと思っていたが、いまの未来たちには何を言っても無駄なようだ。「リア充は爆発しろー!」と言っていた未来たちの矛先は、ついに社へと向かった。
「マスターも手伝ってもらうわよ!」
「いいっ!?」
 社は後ずさった。
「んな、ナンパとかせんでも俺にはもう恋人おるし……。これから夏を満喫する予定もあるわけで……」
「きいいいぃぃ、裏切り者ー!」
「そもそも仲間にすらなっとらんわっ!」
 社は言い捨ててから逃げ出した。未来とポムクルが襲ってきたからだ。
「ぎああぁぁぁ、やめろおおぉぉぉ!」
 未来のそれなりにやわらかいお尻に敷かれた社は、ポムクルたちによってロープでぐるぐる巻の簀巻きにされた。
「さあ、これでリア充の邪魔者はいなくなった! いざ、ナンパの旅へ!」
「いくのだー!」
「あっ、こら待て、お前ら!」
 社は呼びかけたが、その前に未来とポムクルたちは水着ギャルたちのもとに一目散だった。
「ねえねえ、そこの彼女! 一緒にスイカ割りまくらな〜い!」
「フッ……君の瞳がまぶしいぜなのだー」
 さっそく誰かに声をかけている。ビーチに転がされた社が顔をあげると、その正体は発光する謎の美少女だった。
 もう、あからさまに怪しいし、危険である。
(そんなヤツに声をかけにいくなんて……未来、おまえは死ぬ気なんかっ!?)
 未来からスイカと木刀を渡された美少女は、怪訝そうにしばらくその二つを見つめていた。
 が、やがては答えが出たらしい。
「ああ……なるほどね」
 エルキナは次の瞬間、決め顔の未来とポムクルをボコボコにした。
 ヒューンッ、と飛んでいった未来とポムクルたちはビーチに頭から突っ込んだ。ちょうど社の目の前だった。
「勝負は私の勝ちね。それじゃあ、戦利品はありがたくもらっていくわ」
 エルキナはそう言い捨てて、スイカを持ったまま立ち去った。
 ズボっと、砂浜から顔を引っ張り上げた未来とポムクルたちは、茫然自失の顔で言った。
「む、無念……」
「なーのだー……」
 気を失った未来とポムクルたちを見て、社は言う。
「自業自得だっての……」
 が、しばらくそのままでいた社は、はたと気づいた。
「だ、誰かほどいてええぇぇぇ――――ッ!」