校長室
リアクション
● 新婚旅行で訪れる場所と言えばどこを思い浮かべるだろう。 ハワイ? グアム? いやいや古い。 ヨーロッパ? 東南アジア? ただの旅行かよっ! 何を言っているのか若人よ。どこに行くのかではない、誰と行くのかが重要なのだ。 元LA市警SWAT隊員であるジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は、愛する新妻フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)と共にヴァイシャリー湖畔を訪れている、のだが――― 「み……」 尋常じゃなく緊張している。愛妻が水着姿だからだろうか、それとも手を繋いで歩いているからだろうか。 「みずうみ……だな……」 煌めく水面でも、さわやかな風でもない。ひきつった顔から出た言葉は、まさかの事実確認のそれだった。 「いや……違う」 「違う? 湖がですか?」 「……いや………………湖だ、間違いない」 「ふふっ。はい、湖ですね」 照れている様が可愛らしい。それを誤魔化すかのように缶ビールを一気に呷るあたりは可愛いくもあり、カッコ良くもある。 もっともっと一緒に居たい、傍に居たい。そう思えることが何よりも嬉しいことだとフィリシアは噛みしめていた。 「わたくしにも頂けるかしら」 「ん? あ、あぁ、これか。いや、ちょっと待て」 そう言って彼は軍服のポケットからもう一缶、いや、二つ、三つとビール缶を取り出した。 「まぁ、いくつあるのかしら」 「2人で飲もうと思ってな。これで全部だ」 そう言って取り出した一つを手渡そうと――― 「そちらを頂けますか?」言って指差したのは飲みかけの缶だった。 「いや……これは、その」 これを渡すという事は、彼女がこれを飲むという事は、口を付けるという事は自分が口を付けた所に彼女の唇が触れるということであり、それを世間一般では間接キスと称するもので―――いいや待て待て違ういや違くない、問題はそう、自分が先で彼女が後という事は間接的に相手の唇に触れるのは必然的に後に触れた者ということになるわけで、どうあっても何が起ころうとも自分が彼女の唇に触れる事はない、彼女だけが我が妻だけが自分の自分が触れたその箇所に自分に代わって自分の代わりに彼女の唇を――― 「どうかされました――――――!!! ………………んむぅ」 酔いも回って混乱してて。 それでも最後は男らしく、妻の唇を奪ってみせたのだった。 双丘が男を魅了する。 胸部のそれ、臀部のそれ。大きな一つのそれではダメだ、二つあるからこそに美しい。 双眼鏡を覗きながらに大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)は女体の美麗さについて、論理をこねくり回していた。 浅瀬で水遊びをする美女、ビーチバレーをする美女に笑顔で散歩する美女美女美女。びしょびしょなら尚良しだが、この際贅沢は言うまい。美しいラインを堪能できるだけでも感謝しなければなるまいて。 「剛太郎」 大洞 藤右衛門(おおほら・とうえもん)の声がした。声の聞こえ方からして背を向けたまま言っている、といった所だろう。いつもよりボリュームが小さいのも、きっとそのせいだ。 「ビール、取ってくれるか」 「了解」 ゲルバッキー印のビール。パッケージも変だが味はもっと変だ。独特と言うか、かんに障ると言うか。とにかくイラッと来る味だ。 「ペース、速いんじゃないか?」 「そうかのう? まぁ、天気もロケーションも最高とあっては酒もすすむというものじゃ、あっはっは」 「ロケーション? って、何を覗いている?」 「覗きっ?! 失礼な、わしはそんな事はしておらん」 いまさら遅い。横顔しか見えなくても、頬はだらしなく緩んでいる。明らかに景色を堪能している者の表情ではない。 「ご、剛太郎こそ、そ、双眼鏡で何を覗いていたんじゃ」 「じ、自分はただ美しい湖畔を眺めていただけで、決して女子を見ていたわけでは―――」 「わしだってそうじゃ―――」 2人が苦しい言い訳合戦を始めた時だった。2人の前を発光している美女が通り過ぎて―――。 「おっ」 「むふ」 反射というのは恐ろしい。 目視できる距離だというのに双眼鏡を構えて、2人揃って双丘を追っていた。 「………………」 「………………」 見ていた部位は違うのかもしれないが、もはや言い訳は不可能だった。 「はは……ははは」 「あははははは」 顔を合わせて苦笑い。気まずい空気から逃げるように2人は一気にビールを呷るのだった。 |
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