空京

校長室

【選択の絆】夏休みの絆!

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【選択の絆】夏休みの絆!

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第1章 夏だ! 湖だ! バカンスだ! 4

 湖の上には一隻の豪華クルーザーがあった。
 祥子・リーブラ(さちこ・りーぶら)が借りたクルーザーである。ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)龍杜 那由他(たつもり・なゆた)もそのクルーザーに乗っていた。
 そしてもう一人。祥子が誘った発光する美女のエルキナも、クルーザーに同乗していた。
 エルキナはクルーザーの舳先の近くに立って、湖を眺めていた。
「おいあんた、そこにいると濡れちゃうぞ」
 声をかけたのは、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)だった。
 彼女は酒やジュースの瓶を両手に持っていた。後ろにはパートナーのサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)がいて、ビールを手にした武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)の姿もあった。
「濡れる?」
 風になびいた髪を押さえて、エルキナが聞き返す。
「ああ。クルーザーのスピードが出ると、水しぶきがかかるだろ? それでだよ。……って、こんなこと、あんたには関係ないのかな?」
 シリウスは固定されたテーブルに運んできた料理と飲み物を置きながら言った。
 エルキナは肩をすくめた。
「そうでもないわ。こんな身体でも、一応、あなたたちと同じような仕組みにしてあるから」
「へー。それじゃあ、「『こーじょーせかい』からきたから光で構成されてるーとかそういうのじゃなくて、普通に触れるの?」
 牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)がエルキナをのぞき込むようにしてたずねる。
「そうね。暑いとか寒いとかはないけど、触れるのは、触れるわよ」
 エルキナはそっけなく答えた。
「それじゃ、こんなのも出来るんだー」
 アルコリアはエルキナのほっぺをツンツンして、「うりうり〜」と言いながらむにむにした。
 なすがままにされるエルキナはそれを無視してテーブルの料理に近づいた。アルコリアはしばらく彼女の頬をむにむにし続けていた。
「未成年とかじゃないよな?」
 自分のものを片手に、もう一方の手でエルキナにビールを差し出しながら牙竜が聞いた。
「もちろん。でも、ビールとかいうのは初めてだけど」
 エルキナはビールを受け取って、それを一口飲んだ。
 あまりの苦さにエルキナはしかめ面になった。想像してなかった味だったらしい。牙竜はくすっと笑った。
「このヴァイシャリーで契約者が作ったオリジナルビールだよ」
「契約者というのは……なんとも奇妙なものを作る……」
 エルキナは飲むのをあきらめて、ビールを置いた。
「そういえば、光のヴァルキュリアの一人を保護したんだが――」
「ヴァルキュリアを?」
 エルキナは驚いた顔で牙竜を見つめた。
「ああ。だけど、名前をどうしたらいいかわからなくてな……もし名前があるなら、それで呼んでやりたいし、ないなら、俺たち自身でつけるつもりでいる。名前は大事だ。この世界に自分がいるっていう証でもあるからな……」
「そう……」
 エルキナは遠くを見ながらつぶやいた。
「それで? 名前はあるのか?」
「ないわ。でも、もし付けたいというのなら……『エンジェル』とかはどうかしら?」
「『エンジェル?』」
「あなた方の世界では、“神”からの『使者』をそう呼ぶのでしょう?」
 エルキナは探りをかけるようにたずねた。
 牙竜はしばらく黙ってしまった。途中、他の皆にビールを配っていた灯へ目線をやる。
 灯がこくっとうなずいたのを見て、牙竜はようやく口を開いた。
「……わかった。参考に、考えてみるよ」
「ええ、そうして。あの子も、あなた方が自分で付けてくれたほうが喜ぶと思うわ」
 それがどこまで本心かは、牙竜には分からなかった。
「一つ気になったことがあるのだが、たずねてもよいか?」
 エルキナに声をかけたのは、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)だった。
 アルコリアのパートナーである。エルキナはビールの代わりに果実のジュースを優雅に飲んで、「どうぞ」とうながした。
「なぜ、あの変装を見破れたのだ? 普通は見破れないはずだし、変装と気付いたとしても……ユニオンしていたら、体格などの見た目や、匂い、魂や魔力を見ても混ざり合って分からん物だと思うのだが」
「無駄よ。私には、いわゆる魂そのものが見えるから」
「魂?」
「どれだけ変装しても、どれだけ覆い隠しても隠せない、人の本質。内に秘めたる魂を、私は見ることが出来る。ある種、それに影響を与えることもね」
 エルキナはそう言って、クルーザーの後ろに視線を送った。
 機晶技術が用いられたクルーザーを細めた目で見ていたが、やがてすぐに彼女は視線を戻した。
「そうか……。いや、それだけ聞ければ満足だった。それじゃあ、ボクは警備に戻る」
「ええ。ご苦労様」
 シーマがクルーザーの後ろに戻っていくのを、エルキナは見つめていた。
「さてと、それじゃあそろそろ素潜り対決といきましょうか?」
 祥子が突然言い出した。
 ええぇぇぇ、と文句を口にする者もいれば、「対決!?」と目を輝かせる者もいた。
「遊びに勝負事を持ち込むのは良くないと思うが……競いたくなるものだな」
 ヴェロニカ・バルトリ(べろにか・ばるとり)も祥子の提案に賛同する。
「より深く潜り、より長く潜水、より早く湖底に到達できるか……試してみるか」
 バッと、ヴェロニカは服を脱いで水着になった。
 放り投げられたヴェロニカの服を被ってしまったポムクルさんたちが、「なのだー!?」とさわいでいる。
「よし、お前たちもともに潜ってみるか? 良いストレス解消になるだろう」
 ヴェロニカは泳げるポムクルさんたちを数匹つれて、肩に乗せた。
「うふふ、面白そうですわね。わたくしたちも参戦いたしますか」
 笑いながらラズィーヤが言う。
「私も、偉大なる魔女の子孫としては負けてられませんですぅ」
「あ、あたしも頑張る!」
 エリザベートと那由他が気合いを入れる。
「ってなると、ボクらも参加しないわけにはいかないよね」
 サビクが隣で腕を鳴らすシリウスにたずねた。
「もちろんだぜ! サビク! 負けねえからな!」
「こっちこそっ!」
 サビクとシリウスの二人はがっしと腕を合わせた。
「そのときはエルキナ! 水中でボクの剣舞を見せてあげるよ!」
 サビクは特殊な加工がほどこされた愛用の剣をエルキナに見せた。
 エルキナはくすっと笑った。
「それは楽しみね。じゃ、私も参加ということで」
「私たちはクルーザーで待ってますね」
 灯はそう言って微笑む。
 皆が食べた料理など、片づけなきゃいけないものもあるのだった。
「牙竜、あなたは?」
「俺も残るさ。…………デカイの見てもなにも楽しくないしな」
 ボソッと、牙竜はつぶやく。
「なにか言った?」
 耳ざとく聞きつけた灯にたずねられ、牙竜は慌てた。
「い、いや、なにもっ……ごほんっ!」
「はぁっ……」
 明らかにバレバレではあったが、灯はそれ以上追求しなかった。
「それじゃ、湖底を目指して、レッツゴー!」
 祥子の合図で、エルキナその他の契約者たちがいっせいに飛びこんだ。
 それを見送った牙竜は、誰にも聞こえないようにぼそっとつぶやいたのだった。
「ちっちゃい娘って、なかなかいないもんだな……」