空京

校長室

【選択の絆】夏休みの絆!

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【選択の絆】夏休みの絆!

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第1章 夏だ! 湖だ! バカンスだ! 3

 『かき氷』、『アイス』、『じゅーす』――。
 三つの暖簾が、湖の涼風で揺れている。
 弁天屋 菊(べんてんや・きく)はその暖簾の前で腰に手をやり、満足そうな顔をしていた。
「よしっ、これで準備はバッチリだろ!」
 準備というと、もちろん屋台の準備だった。
「おーい、菊ー。こんなもんでいいんかねー?」
 カウンターの奥から、ガガ・ギギ(がが・ぎぎ)の声がする。
 菊が回り込むと、そこにはなにやら得体の知れないなにかを醗酵させているガガの姿があった。
「おっ、出来たかい?」
 菊はガガが見守る寸胴をのぞき込んだ。
 どういう仕組みで、どういう経緯かは分からないが、とにかくそこにはアイスが出来上がっていた。さらにそれは氷でキンキンに冷えていて、実に美味しそうである。
 ヴァイシャリー湖畔の果実で作ったジュース(じゅーす、と書くのがこだわりだ)と、古き良き手回し型のかき氷器で作るかき氷。
 商品がそろったところで、菊はさっそく呼び込みを開始した。
「らっしゃいらっしゃい! 良いのが揃ってるよー!」
 江戸っぽいというか、任侠らしいというか。
 活きの良い呼び込みに誘われて、お客さんも少しずつ立ち寄るようになる。
 特に醗酵アイスが好評で、菊はどんどん醗酵に注文をかけていった。
「ガガっ! 急ぎな! お客さん待たせることになるよ!」
「ひいぃ〜、勘弁しておくれよ!」
 商品を作るガガの悲鳴が、湖に響き渡った。



 夏と言えばカレーである。
 という考えから、カシス・リリット(かしす・りりっと)はカレー屋を出店することになった。
「だからって、水着とは聞いてないです!」
「そうかぁ?」
 怒鳴ったのは、ビキニできわどい形の水着を着ている魔装 アイリスローブ(まそう・あいりすろーぶ)で、とぼけた顔をしたのはカシスだった。
 アイリスローブは巨乳である。Fカップもある。となれば、水着になれば自然と男たちも寄ってくるだろう。
 それがカシスの考えだった。
「うぅ……こんなちっちゃい水着着るなんて、恥ずかしいですよぉ……」
 アイリスローブは涙目になりながら、うったえた。
「どうせ湖じゃみんな水着なんだし、恥ずかしがることはないだろう。我慢しろ」
「うぅー……」
 とにもかくにも、カレー屋はオープンした。
 メニューはシンプルに夏野菜カレーと水しかない店である。
 お客としてやってきたポムクルさんたちには、無料で一杯だけ食べさせることが出来る。
 それはカシスの厚意で、噂を聞きつけたポムクルさんたちはおおぜいカレー屋に顔を出しに来た。
「美味しいのだー」
「絶品なのだー」
 小さいお皿にのったカレーをぱくぱく食べるポムクルさんたち。
「か、かわいい……」
 思わずアイリスローブの心は鷲掴みにされた。
「ぎゅっ、て……ぎゅってしてもいいですか!?」
「却下」
「なぜぇっ!?」
 カシスに即答されて、アイリスローブはヨヨヨと泣き崩れた。
 その姿を見て、カレーを食べてたポムクルたちはきょとんと首をかしげた。



 七尾 蒼也(ななお・そうや)は発酵食品造りにチャレンジしていた。
「…………」
 泡立っているいくつもの木製樽を目の前にして、蒼也は両腕を組んでじっとそれを見つめている。
 味噌・醤油・漬け物が主なラインナップだ。ポータラカのかもし技術で、すでに醗酵は終えていた。
 ここまでは十分だ。あとは、味であるが……
「なのだー?」
 足もとにいたポムクルさんの一匹が、首をかしげながら蒼也を見あげた。
「うん、出来れば、誰かに味見してもらいたいところだな」
 蒼也はポムクルに向かって返答する。
 きょろきょろと辺りを見回し、ちょうど近くにあった『ゐる民』の出張屋台を見つけて手を振った。
「おーい、ベルディーター!」
「はい?」
 振り向いたのは、ペルディータ・マイナ(ぺるでぃーた・まいな)だった。
 蒼也のパートナーで、『ゐる民』食堂の店長をしてる機晶姫だ。
 そのベルディータが、蒼也のもとに駆け寄ってきた。
「なに? あたし、食堂でも忙しいんだけど……」
「ちょっとぐらい、アルバイトに任せてもいいだろ。それより、醗酵品が出来たんだよ。もしよかったら『ゐる民』でも使えないかと思ってさ」
「『ゐる民』で?」
 それは願ってもないことだった。もちろん、より良い食材や素材で料理を提供できればそれに越したことはない。
 だけど――、とベルディータは思った。
「……それって、本当にだいじょうぶなの?」
「わからん」
「…………」
「そんな目で見るなって! 食べてみりゃ分かるだろ! だから呼んだんだよ! ほらっ!」
 蒼也は味噌や醤油や漬け物を小さく取って皿に乗せたものを、ベルディータに突きだした。
「…………」
 ベルディータはいかにも疑わしげな目をしている。
 だが、ようやく覚悟が出来たのか。目をつむって息を吸うと、彼女は意を決して味噌に手をつけた。
 指先についた味噌を舐めてみる。
「あれ?」
 ベルディータは、もう一度、今度はしっかり全てを舐めきってみた。
「美味しい……」
「だろっ! なっ、なっ!」
 ベルディータは今度は醤油や漬け物にも手を伸ばした。
 そのどちらも、味噌に負けずおとらず美味しかった。
「蒼也! これならいけるよ! 『ゐる民』でも使えるかも!」
 ベルディータはさっそく蒼也の作った発酵食品を持って、食堂に戻っていった。

 『ゐる民』食堂はお客さんで大盛況だった。
 冷やしうどんやそばなど、冷たくて元気の出る夏料理がたくさんあった。
「夏こそ、スタミナつけてくださいね!」
 お客さんに笑顔で対応しながら、そう言って笑うベルディータの姿がある。
 店のテーブルの一つに座りながら、フラッペとあんみつを食べる蒼也とポムクルは、さっそく料理に自分たちの作った醤油が使われているのを見た。
 そしてお客さんの一人がふと言う。
「あれ? 素材変えた? なんだか、前より美味くなってるような……」
「そうなんですー。実はちょっと、新しい仕入れ先があって」
 ベルディータがそうやって話しているのを聞きながら、蒼也とポムクルの二人はお互いの顔を見合わせた。
「やったな!」
 蒼也が笑顔でぐっと親指を立てる。
「なのだー!」
 あんみつを口の周りをつけたポムクルが、スプーンを持った手を元気よくあげた。