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建国の絆第2部 第3回/全4回

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建国の絆第2部 第3回/全4回
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リアクション



ヒダカ
 

 最初に触れたのは、風と匂い。
「……海だ」
 ジョシュア・グリーン(じょしゅあ・ぐりーん)はゆっくりと目を開けながら呟いた。
 遠くで鳴る波の音が耳を打つ。
 薄暗く曇った空の下にあったのはリゾート地だった。白を基調とした家々がゆったりとした幅を持つ道に並んでおり、そこを通る潮風がヤシの木を揺らしていく。
 ジョシュアは小さく息をつき、周囲を見回した。
 坂を下って行く道の先には海が見えた。エメラルドグリーンの海の果ては、曇天の色を喰って水平線と空の境界線を失っており、どこまでが海で、どこからが空なのかが曖昧になっている。
 夏場は海水浴客などで賑わっていそうだが、今はシーズン前であるために閑散としており、海の色と相まって妙に侘しい。
「なんつーか、しみったれてんなぁ。こんな所で療養してたら、ますます気が滅入っちまうんじゃねぇか?」
 神尾 惣介(かみお・そうすけ)が冗談めかすように言って笑いながら、ジョシュアの頭に手を乗っける。
「って、言ってるけども?」
 惣介の手に押されて前のめりになった頭をもたげ、ジョシュアは、白田智子の腕に絡む蛇――エルの方を見やった。
(さー? こころのサンクチュアリは人それぞれだろうしねぇ。僕なんかはキレーな子のムニャムニャのクニャクニャしたとこでフニフニしてると……)
 エルがゆらんゆらんっと智子の腕から頭を垂れて遊びながらテレパシーで伝えて来る。
 透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)が半眼で、揺れる蛇を見据えつつ、
「璃央、お前は少し離れてろ」
 言う。
「え?」
 璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)が少し戸惑ったように透玻へ視線を返す。
「しかし、護衛対象の方々から離れるわけには……」
 言いかけた璃央の言葉を軽く上げた手で留めて、透玻はエルを指差した。
「こいつ、ノーマルでも構わず妙なことしそうだ」
(ピー的な意味で?)
 くにゃん、とハテナマークの形になりながら、エルがやたら楽しそうにテレパシーで笑う。
 そんな彼らの後ろで、
「エル。君はやはり早く”品”というものを身につけるべきだよ。僕たちの美的感覚が破壊される前に」
 ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)が、親指の腹で口元を撫でながら零し、共にテレポートして来ていた面々の方へと視線を滑らせていた。
 と――。
「……来たのか」
 声がして、そちらの方へ振り向く。
 立っていたのは真田幸村だった。
 が、パッと見は彼だと分からなかった。なにせ、いつもとまるで格好が違う。軽快な色合いのアロハにチノパンと言った服装に加え、サングラスを掛け、ビーチサンダルまで履いている。完全にリゾートスタイルだ。
 手には大量の食料品らしきものが詰まった袋とアイスボックスを持っている。どうやら、近くの漁村で食糧を調達するために、一応、リゾート客に変装しているようだった。
 しかし――正直、全く着こなせておらず、完全に浮いていた。


「……そんなに変か?」
 幸村が、ヒダカの居る隠れ家へと皆を案内しながら自分の格好を見降ろす。
 惣介はくっくっくと笑い声を噛みながら「まあ、気にすんなって」と彼の背を叩いた。
「それより、ヒダカの様子はどうなんだ?」
「まさに抜け殻だ。島を滅ぼした塔が破壊された事と、忠誠を誓ってきた長アズールの死……それらによって生きる意味と気力を失っている」
 そう言った幸村自身もどこか不安定な様子を覗かせているように見えた。
 ジョシュアが彼をうんっと見上げ、
「きっと代わりになるものが必要なんだと思います」
「代わりになるもの?」
「大したものじゃなくても……何か、目標を。出来そうなところで、亡くなった人達のお墓を作るのなんてどうでしょうか?」
「……墓、か」
 幸村が、考えるように視線を俯かせ、
「だとすれば、ヒダカは地球上に設けたいと言うだろうが――簡単にシャンバラ新幹線に乗れる身分ではないから、難しいかもしれないな。だが、いつかは……」
「そう、ですか」
 ほんの少し落胆したように呟いたジョシュアの頭を、惣介はウリウリと撫でた。
「あぅっ、やめてよ、ソースケ」
「会う前から暗くなってどうするよ。え? こっちが笑って、あっちを笑わせてやるっつぅ勢いが大事だぜ?」
「そんなもの?」
「そんなもんだ。なあ、幸村――」
 と、幸村の方を見やると、彼は薄暗い瞳で虚空を見据えていた。ドロリとした気配が漂っている。
「……幸村?」
「おのれ……徳川……」
 低く擦れる怨嗟。
 惣介は、深く息を吸って、彼の耳元で――「わっ!!」と喚いてやった。ハッ、と我を取り戻した幸村が顔を上げ、
「俺は……何を?」
 戸惑いをあらわにしながら頭を振る。
 どうやら、ヒダカの気力が失われたせいで、幸村は邪霊に戻りかけているようだった。

 ◇

 開け放たれた窓から入り込む潮騒と緩やかな風が、薄いカーテンを揺らしていた。
 妙に間延びしたテンポで波音が寄せて、引き去っては重なる。そこにあったのは、そういう静けさだった。
 幸村に引き連れられたスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)たちが部屋へ入っても、部屋の隅のベッドに横たわっていたヒダカの反応は無かった。
「聞きしに勝る無気力っぷりだな、これは」
 スレヴィが小さくボヤいた横で、アレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)が、うんっと自分自身にうなずくようにしてからヒダカの方へ近づいた。
 そして、アレフティナは、なにやらスゥっと手鏡を取り出し、それをヒダカの顔の前へと差し出した。
 生気のない、ぼんやりとした瞳が鏡に映る。
「そんな暗い顔で亡くなった島民の前に行ってはいけませんよ。彼らに心配をかけるのが望みですか?」
 アレフティナに問いかけられても、ヒダカの反応は薄かった。彼の乾いた唇が億劫げに薄く開く。
「俺の魂など、消え失せるか闇龍に呑まれるかするだけだろう」
 声に覇気は無かった。抑揚もなく、生返事の延長といった調子で零される。
「皆と会うことなどない……」
 言って、ヒダカは一度ゆっくりと瞼を落としてから、もぞっと少し体を丸めた。
 打っても、まるで響かない。
「うぅっ……」
 アレフティナが言葉を探す。
 スレヴィは、一つ小さく息を落としてからアレフティナの後頭部をぺんっと軽く叩き、言った。
「代われ」
「……はう〜」
 肩を落としたアレフティナのことは置いといて、スレヴィは”ある物”を取り出した。
「話を変えよう――ヒダカ。これが何だか分かるか?」
 取り出したものを、ヒダカの前に広げてやる。
「……?」
「葦原房姫による御筆先だ。ここには、こうある――暗き宝珠に導かれ、闇が街々を喰らう。だが輝く宝珠は闇を遠ざける――大事なのは、ここからだ――宝珠を作りし、黄泉之防人は滅ぼされた。それ以前に蒼き海の世界に旅立った族長の子孫がいれば力になるだろうに。だが彼の住む島は、大戦で消滅した
「…………」
 ヒダカがムクリと体を起こし、スレヴィの持っていた御筆先を手に取る。
 そして、ハルディア・弥津波(はるでぃあ・やつなみ)が、穏やかに紡ぐ。
「僕は、皆が言うほどアズールさんの事を悪いとは思えないんだ。君を助けてくれたんだもの」
 御筆先から上げられたヒダカの目をハルディアは真っ直ぐに見返した。
「でもね、間違えちゃいけない。強い思い込みは恩を仇で返すようなものだからね――ちゃんと思いだしてあげて。怨念なんかじゃなくて……生きて、笑って、怒って、泣いていた頃の家族の事を」
 言って、ハルディアはベッドのそばの床に膝をついた。
 そして、黄泉乃防人はマホロバにおける亡者の番人であるということ……そして、彼らが邪霊を浄化する力を持っていたことをヒダカに告げ――彼はヒダカの手を取った。
「君のご両親の血と力は、ここに……君の中に、ちゃんと受け継がれているんだよ。君は黄泉乃防人の力を正しく使えるんだ」
「俺の力は……本当に、黄泉乃防人の……」
 ハルディアが傍らに立つ幸村の方を見上げる。
「ここにいる幸村さんが、その証拠だよ」
「だが、今はどうも、怨霊に戻りつつある」
 神尾 惣介(かみお・そうすけ)が少し難しげな顔を向けながら言う。幸村自身が困惑したように惣介へ視線を向ける。
 惣介はその視線を受けながら、努めたように気楽な笑みを浮かべた。
「そんな気にすることじゃねえって。多分、ヒダカの気力が低下してるからだと思うぜ」
「なら、ヒダカが気力に満ちればいいわけだ?」
 スレヴィは少し笑んでから、
「実は、御筆先がもう一巻ある」
 更に別の御筆先を取り出して見せた。どちらの御筆先もコピーなどではなく現物だった。ヒダカ説得に熱心である葦原明倫館が快く貸してくれたのだ。
「こっちは葦原明倫館の倉で見つけたものだ」
 読む。
「――今にして思えば、我々は姫君の警告に耳を貸すべきだったのではないか?
 民は富と栄華に酔い知れ、臣下は仕えるべき主を軽んじていたのかもしれぬ。
 さすれば姫が狂う事もなく、偉大なる主を亡くす事もなく、祖国が割れ、そして世のすべての敵として滅する事もなかったのではあるまいか。
 我らは最早シャンバラにいられず、このマホロバの地へと逃れた。
 あのような悲劇を繰り返させてはならぬ……

 そこで、スレヴィは一つ息をつき、ヒダカの方を見やった。
「島を滅ぼしたのは、狂わされた姫でも女王でもなく、この悪臣たちなんじゃないか? そして、もしかしたら――その悪臣たちは今も生きて悪事を企んでいるかもしれない」
「貸してくれ」
 言ったヒダカの声には力が宿っていた。
 殲滅塔を破壊し、それで終わりでは無かった。その可能性を突き付けられ、彼の目は失われていたはずの生気によってギラつきを取り戻していく。しかし、それは以前のように憎悪で彩られた気配とは違っているようだった。
 と――ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)の腕がヒダカを、抱き締める。
「君は絶望している場合じゃない」
「…………」
「目を開け、前を見据え、何が起きているかを知り、君と同じ思いをする者が出ないにはどうすべきか考えなさい」
 まるで親が子へ伝えるように、それは強く紡がれた。
「何かを奪う復讐ではなく、これからの自分、その自分が生きていく未来の為に考え、育む為の行動をしなさい」
 波の音がしていた。
 薄くはためくカーテンの合間に見えていた、曇り空の下の穏やかな海。
 ヒダカの目はそれを見ていた。
 同じように海の方を見ていたロジャー・ディルシェイド(ろじゃー・でぃるしぇいど)が、
「僕もかつて、大切な人を殺され、復讐しました。だから……」
 言って、一つ息を置く。ヒダカの視線が彼へ向けられる。
 ロジャーもまた、復讐を果たした後に訪れる虚無を知っているのかもしれない。それでも彼は微笑みを浮かべ、ヒダカを見つめた。
「これからのあなたが、僕と同じように、復讐以外に生きる意味を未来に見出してくれることを願っています」


「……未来、か」
 御筆先を横に置いたヒダカがベッドから離れ、小さく床が軋む。
「そうです!」
 アレフティナは、ぐっと拳を作った。
「ヒダカさんには、まだ役目があるんです。私たちが目指しているのは新王国。その新王国を、古王国の轍を踏ませないように導く――それは被害者であるヒダカさんだからこそ果たせる役目。復讐に命を燃やすよりずっと立派なことです」
 と、ヒダカがアレフティナの方を、見やり、
「立派かどうかなど、どうでもいい」
 一言の元に切り捨てた。
「っ――はぅ〜」
 再び両肩をがっくりと落とし、若干撃沈じみのアレフティナの横を、氷見 雅(ひみ・みやび)が抜け、ヒダカの前にズバンっと何やら自信満々な様子で仁王立ちする。
「そう、どうでもいいのよ。まさにそうよ。建国がどうだこうだなんて難しい話はどうでもいいの! でも、あたしは、やっぱりこんな戦いや危機はさっさと終わらせて、みんなと楽しくワイワイしたいわ」
 そこで、彼女は、ズビシッとヒダカの方を指さし、
「君が手を貸してくれるのなら、あたしの部下にしてあげないこともないわ! そしたらワイワイ出来るのよ、友達同士として、もれなく楽し過ぎてしまうことは保障するわ! どうこれ! ほら、楽しい、もう楽しい! って、ちょっと、聞いてるの? ねぇ――っのぎゃ!?」
 唐突に。
 タンタン・カスタネット(たんたん・かすたねっと)の放った右腕が雅を床に打ち倒した。
 ずしゃっと床に崩れた雅を見下ろして、言う。
「無駄、極まりなくハッスルし過ぎです」
「だ、だからって、この実力行使は……」
 床に倒れている雅がふるふると震える手を上げる方を、タンタンの目が、のそりと横へ向いて、
「いつもワタシの頭を投げて遊んでいる罰なのです、ふわぁ」
 語尾の後に続いた欠伸。
 その様子を見ていたヒダカが、ほんの少し――

(え……今、少しだけ、笑いました?)
 一瞬のことだったので、アレフティナはパシパシと瞬きを繰り返し、ヒダカを見つめながら首を傾げた。
 すでに無感動な表情を浮かべていたヒダカの方へ、やれやれ、と頭を掻いた透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)が向かい、
「なんにせよ……現状のままなら、貴様の同族である黄泉乃防人の想いが無意味になるかもしれないのだ。彼らは、滅ぼすためにスフィアを作ったのではないだろう……。急に心から絶望を払うのは難しいだろうが……スフィアの書き換えはできなくはないはずだ」
「……それもまた黄泉乃防人の力、か」
 ヒダカが幸村の方を目だけで見遣りながら言う。幸村に先ほどまで漂っていた不安定な気配は消え去っているように見えた。
 ヒダカの視線が透玻へと戻される。
「いいだろう。本当に俺が黄泉乃防人なのか試してやる」
「決まったな」
 イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)が言って、その場に居る全員を見渡した。
「では、早速この結果をハイナ総奉行に伝え、核攻撃中止に向けて各国首脳に働きかけてもらおうと思う」
 彼のパートナーであるカッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)は、そのために今、総奉行の元に居る。
「おのおの方、宜しいかな?」
 反対する者は居ない。
 そうして、イレブンは満足そうにうなずき、携帯を取り出した。

 ◇

「終わりましたよ」
 ヒダカらの居る別荘の中から出てきた璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)が言った。
「……そうか」
 デイビッド・カンター(でいびっど・かんたー)は、うなずき、別荘の様子を覗いた。確かに、来たばかりの時と雰囲気が少し変わったように感じる。
 デイビッドたち数人の生徒達は、教導団のドラゴンキラー作戦を警戒して、別荘の外で警備にあたっていた。
「来ませんでしたね」
「おそらく、この場所を探りだせなかったんだろう――ヒダカは?」
「スフィアの書き換えに応じてくれる、と」
「そうか」
 彼の気持ちが少しでも前に進んだ、ということなのだろう。
 デイビッドは、またうなずき、他の場所で警戒にあたる連中へ状況を伝えるために歩き出した。

 ◇

 葦原明倫館の一室。
 どこからか獅子落としの聞こえて来るその部屋で、カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)は正座をし、静かに目を閉じていた。目の前に置かれていたのは白紙の紙と筆。
 と、携帯が鳴り、カッティは即座に出た。
「で!」
 携帯向こうのイレブンの言葉を目の前に紙に書き写し、パァンと勢い良く携帯を仕舞うと紙を引っ手繰って、彼女は部屋を飛び出た。
 そのまま全速力でハイナ総奉行の元へ向かう。
 そして、彼女は、すっっぱーーん、と戸を開き、
「このような結果となりました!」
 結果を書きつけた紙を総奉行の前に叩きつけた。

 その結果に勢いよく膝を叩いた総奉行は、すぐに本国アメリカへ伝令を向かわせた。
 伝令がシャンバラ新幹線を経て地球に降り、大使館に連絡を取って経緯を伝え、その結果をパラミタに持ち帰ることが出来るのは、明朝になる。
 おそらく、いまだ未確定のスフィアがある事と闇龍を抑え込む根本的な方法が未発見のままであるため、核攻撃の体勢自体は変わりはしない。しかし、今回のヒダカ説得の結果は、闇龍へ核攻撃を行う可能性を若干減らすことになる。それは、アメリカ海軍第7艦隊が警戒レベルを下げることに繋がると予測された。