空京

校長室

建国の絆第2部 第3回/全4回

リアクション公開中!

建国の絆第2部 第3回/全4回
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リアクション

 
リコ


 高根沢 理子(たかねざわ・りこ)と共に行く者や理子様親衛隊は、ジークリンデ討伐に向かうクイーンヴァンガード隊の後を追っていた。ジークリンデの居場所について考えが及ばなかった親衛隊は、彼らの後をこっそりと追って行くしか無かったのだ。とはいえ、クイーンヴァンガード側も場所を予測・特定するのに時間がかかっており、双方とも、出足はかなり遅れているといえた。
「魔剣奪還作戦、第42案!!」
 理子が、手に持った画用紙をずばんっと広げる。
 そして、画用紙に描かれた雑な絵を指差し、
「まず、麦茶の入ったポットを何気なくテティスたちのそばに置いてみる。そうすると、こう、それに気づいたテティスが『わーい、ちょうど喉が渇いてたのよう、これまたナイスタイミング』とポットの中のお茶を飲む――しかし、そのお茶の中には超強力な下剤がたっぷりと!」
「リコ、リコ」
 久世 沙幸(くぜ・さゆき)が口元をひくつかせながら、手をひょれひょれと振る。
 その隣で、藍玉 美海(あいだま・みうみ)が額に手を触れながら細く嘆息を零し、一言。
「却下ですわ」
「えーーーっ」
 理子が心底から不満げな声をあげる。彼女はツァンダを出てから、この『作戦』とやらを幾つも提案しては一緒に居る誰かにことごとく却下されてきた。
 携帯用結界装置をつけてパラミタでなんとか活動してはいるものの、パートナーが居ない今、彼女の能力は一般人並にしかない。その分がんばろう、と本人は、いたって真面目に考えているつもりなのだろうが……元々のがさつさに加えて焦りもあるためか、アバウト加減が酷い。
 端で彼女らを眺めていた朱 黎明(しゅ・れいめい)が、ふむと目を細めてから、理子たちの方へと歩んで行く。彼はパラ実の四天王であり、本来なら親衛隊などから警戒される立場かもしれなかったが、理子の言により、自由に同行することを許されていた。
 ネア・メヴァクト(ねあ・めう゛ぁくと)は黎明に付き従いながら、彼の背中を見つめた。彼が理子の元へ来たのは、ラングレイの言っていた呪いの話を信じ、パラミタを守るためだ。もしかしたら、かつて失った妻が生まれ変わるかもしれないパラミタを。
 彼が何かを守る、以前はそんなことなど考えられなかった。ネアは彼の変化にひっそりと喜びを感じていた。
 黎明が理子の方へ、
「魔剣に呼びかけることはやってみましたか?」
「呼びかける?」
 理子が首を傾げる。
 隣で、美海が、ふむっと顎に拳を当てながらうなずき、
「そういえば以前、別件で図書館の資料を見た時に、プリンス・オブ・セイバーと呼ばれた人物の資料を拝見いたしましたよね? 沙幸さん」
「え? あ、うん……あっ、そっか、もしかするとリコの魔剣スレイヴ・オブ・フォーチュンも、意思を持つ魔剣の一つかもしれないね!」
 沙幸が理子の方へ、くるりと振り返り、
「ねえ、リコ。ひょっとしたらリコが気づいてないだけで、魔剣とはまだ繋がりを持てているかもしれないよ。魔剣の事を強く思って、心で念じてみたらどうかな?」
「強く思って、心で念じる……?」
「うん。そうしたら、リコの手の元に戻ってくるかもしれないよ?」
 言われて、理子は、ぱちぱちと瞬きをしてから、黎明の方を見やった。黎明が微笑み、うなずく。
 理子は、少し戸惑いを残したまま神妙な表情でうなずき……なにやら両手をがしゃがしゃ動かしながら、妙な動きを見せた後――ピタリと動きを止めて皆の方へと、真剣な視線を向けた。
「心で念じるのって、どんな構えがいいの?」
「……いや、構えとかは、特にいらないと思う」
 沙幸がなんとなく疲れた様子で首を振る。
 理子はポリポリと頭を掻きながら、
「……でも、心で念じるって難しいよ。いまいち、つかめないっていうか……」
「大切な人を守りたい、と」
 黎明が言う。
「そう強く願いながら魔剣に語りかければ、あるいは応えてくれるかもしれません」
「大切な人を守りたい……」
「それが、おそらくリコにとって一番強い思いとなるはずです」
 黎明の言葉に、リコが表情を揺らす。黎明は小さく息をつき、
「私がリコに近付いたのは、魔剣や権力に惹かれたためですが――」
 その正直な言葉に、理子はほんの少し肩を震わせながら黎明へ向けていた視線を強めた。
 黎明が構わず続ける。
「今は少し違う。それは……リコの、私には無い、打算なく純粋に誰かを守りたいという輝ける魂に尊敬の念を覚えているからです」
 眼鏡の奥の瞳に見つめられながら言われ、理子は、少しばかり赤くなっていた。照れているのだろう。
「……ありがとう。私、やってみる。何度でも、届くまで」
 理子は自身に確かめるようにうなずいてから、ふと、黎明へ視線を返し、
「私も、黎明さんを尊敬してるわよ。頭いいし、クールで、かっこいいし――これで、おっぱいの人じゃなければねえ」
 冗談めかすように言った。

 それから、何度か試してはみたものの、リコの手に魔剣が戻ってくる気配は無いようだった。

 ◇

「聖なる森、ですか?」
「うん、それって、どこのことなのかなぁって」
 テレス・トピカ(てれす・とぴか)の問いかけに北条真理香は、一つ間を置いてから、
「東京都内にある、聖なる森のことです」
「東京都内……」
 森乃 有理子(もりの・ありす)が考えるように小首をかしげた。
「森といえば……代々木公園……高尾山……あ、新宿御苑?」
「いえ。東京都内で、もっとも神聖な地といったら決まっているでしょう?」
「あっ……」
 有理子は、ようやく得心して手を打った。
 テレスが有理子から聖なる森の意味を聞き、ふぅん、と片目をかしげる。
「ちょっと気になってる事があるんだよね〜。リンデちゃんのこと」
「ジークリンデ様のこと?」
「この間、公開された御筆先あったでしょ。それで……リンデちゃんもお姫様か何かだったっけ?」
「さあ、それはわたくしにも分かりませんわね」
「ボク、昔のこと忘れてるから気のせいかもだけど――リンデちゃんって黒髪で青い目だし育ちもよさそうだし、なんとなく女王様に似てる気がするんだよね」
 聞いて、真理香が、つぅっと目を細め、
「それは使えそうですわね。ジークリンデ様が女王家の血筋を引いた方かもしれない、とすれば、攻撃者に迷いを生じさせる事もできましょう。それに――理子様のパートナーという事を考えれば、本当にその可能性があってもおかしくありませんわ」
 と――
「北条さん。話があるんだが、いいかな?」 
 真理香は酒杜 陽一(さかもり・よういち)に呼ばれ、振り返った。

 ◇

「そんなの絶対に駄目!」
 理子の張り上げた声を陽一は静かに受け止めていた。
 理子が続ける。
「酒杜先生を犠牲にするなんてっ」
「そうだ。その役目は、隊長であるこの俺が負うべきだ」
 前原 拓海(まえばら・たくみ)が憮然と言う。
 理子はそちらの方へとキッと視線を向け、一度地団駄を踏んだ。
「だからっ、誰かが犠牲になるとか、そういうのは駄目なんだってば!」
 陽一の声が差す。
「今回の行為は、おそらく世界の未来に必要なこと。しかし、学園の意志に背いたことによる政治的非難はまぬがれません」
「でも……」
「理子様と皆――国の信用を守らねば、2600年の歴史を血と汗で築いてきた日本の先人の尊厳を傷付け、ひいては日本の同胞に危機を招きかねないのです」
 言って、陽一は拓海の方へと視線を向けた。
「すまないが、先に手は打たせてもらってるんだ、前原さん。理子様のこと、この方と日本のために尽くす皆のことを頼む」
 そして、フリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)北条真理香の方へと言う。
「そういうわけだ、北条。先ほど話した内容で皆の口裏を合わせてくれ。――貴様と新日章の諸君が真の愛国と忠義の徒なら、私達が泥を被る意義が解る筈。それが、理子殿と祖国の為だ」
「ええ」
 真理香は感極まった感情を押し殺すように口元を引き締めながらうなずいた。
 そして、陽一の方に向き直り、強く短く息を吸った。
「あなた方の真意……大和魂は歴史の表に残らずとも、わたくしたち日本人の血と心の中に永遠に受け継がれていくことでしょう」

「……こんなのって……」
 理子は、そんな彼らのことを複雑な表情で見やっていた。