空京

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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者

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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者
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●神官軍の侵攻(04):The Escapees

 アエーシュマの足はなんとか止まったが、それとは別に大量の敵兵が、勢いを弱められつつも押し寄せてくる。兵の狙いはあくまで当初の目的、つまり避難民の皆殺しにあった。いくら倒されても後続は尽きず、いつしか避難民の前方に回り込む神官戦士も出現していた。
 この暴兵からカナンの民を守るべく、少なくない勇士が民衆の誘導に尽力していた。遠野 歌菜(とおの・かな)もその一人だ。「羽純くん、サポートお願い!」と言うなり、脱出路を切り拓くべく歌菜は炎の嵐を巻き起こした。真っ赤な旋風の威力いかばかりか、火炎に包まれた神官兵が、鎧を捨てて逃げ出した。火炎が得意のはずのヘルハウンドすら、鼻先を焼かれて哀れっぽく鳴いた。
 月崎 羽純(つきざき・はすみ)も同時に行動していた。「行くぞ、歌菜。速効で終わらせよう」と言うが早いか彼は、火に巻かれこれを叩き消そうとしていた敵兵を槍で押しのけ、倒れた避難民を助け起こした。
「立てるか? 大丈夫だ。怪我はすぐに治す」実際、羽純は大地の祝福を与え、彼らを立ち直らせていた。「愚図愚図している間はない。走らなきゃ死ぬ。さあ、急ぐぞ」
 クナイ・アヤシ(くない・あやし)は目を覆いたくなる光景を目の当たりにした。敵の投じたハルバードが、赤子を抱いた母親の後頭部を直撃したのだ。それでも子を守るようにして母親は倒れ、そのまま動かなくなった。途端、怯えたような声を上げていただけの赤ん坊が、火がついたように泣き出した。
「こんな……こんなことって……」クナイは肩を震わせた。母親についてはもう手遅れだ。既に絶命していた。赤子は生後半年くらいだろうか、母親の胸にすがって泣きわめいている。「許して下さい……」クナイは両膝を地に付いた。自分がついていながらなんということだ。
「クナイ……クナイ!」清泉 北都(いずみ・ほくと)がやや乱暴に、クナイの肩を掴んで揺さぶった。「こんなところで止まってどうするの、死んじゃうよ!」北都は超感覚を発動していた。敵の追っ手が続々近づいていることは音で判っていた。
「だけど」
「自分のことを責めたい気持ちは判るよ。僕だって悔しい。でも、だからといって、ここでこうしていていいはずがないよね」母親の死体にしがみつこうとする赤ん坊を、北都はやや強引に抱き上げて避難民誘導の先頭に戻った。「僕たちは、カナンの民を安全な場所まで誘導しなきゃならないんだ」
「あの……北都」クナイは彼の肩に手を置いた。「その子は、私が」と言って彼は、泣きわめく赤子を受け取って腕に抱いた。そして誓った。「この子は守りぬきます。必ず」
 北都は小さく頷いた。彼の耳にはやはり、迫る敵の足音が聞こえていた。そして……あまりにも不愉快なことだが、その足音には、神官でも神官戦士でも、ましてやヘルハウンドでもないものが混じっていることも察知できた。
 つまり――敵に寝返ったシャンバラ側の契約者がいるということだ。

 山田 逢写(やまだ・あいしゃ)の武器はビーチパラソル、「体制側によるぅ〜、市民の弾圧はぁ〜、絶対にぃ〜許せない行為ぃ〜ですぅ〜」と、間延びした口調ながら信条を述べて、どすどすと大股に敵に迫ると、だしぬけにぶうん、とこれを突きだした。二メートルと二十センチを超える長身からの一撃だ。その勢いの早いこと強いこと、ビーチパラソルを受けたヘルハウンドは、ぎゃいんと鳴いてゴムボールのように吹き飛ばされた。
「あ〜、きれいな一撃だったのです〜っ! 写真、撮れたらよかったのにですぅ〜」
 からからと逢写は笑って、さらなる敵を求めた。写真撮影は後回しだ。まずは、避難民を狙う悪党どもを一掃しよう。
 一方、逢写のパートナーたる櫻 魂魅(さくら・たまみ)は、「敢えて言おう。自分は戦闘が、大の苦手である!」と宣言し、避難民に混ざってその逃走を手伝うのだった。
 叶 白竜(よう・ぱいろん)は、シャンバラの代表としての使命感に駆られていた。(「教導団として、今の自分ができることをしなければ……」)教導団はシャンバラの国軍、その一員として従軍したからには、国を背負う覚悟であった。民の人数や様子を把握して、避難が遅れる事がないよう奮闘するのだが、敵の接近攻撃が繰り返されそれもままならならい。
「怪我人を頼みます」幼い少女を担ぎ上げ、白竜は世 羅儀(せい・らぎ)のバイクが牽引するソリに乗せた。「命に別状はないが重傷です。刀傷を受けています……止血と基本的な治療は済ませたので落ち着かせてあげて下さい」
 どこか事務的な口調だったが、白竜の言葉尻に、微妙にやりきれないものが込められているのを羅儀は悟った。刀傷ということはつまり、神官軍の兵が彼女を突いたということだ。軍人が民間人を襲う、それも、このような年端もいかぬ少女を……白竜が感じている怒りは羅儀にも伝わった。
「うん、任せて」少女を怖がらせないよう、羅儀は柔らかな笑みを浮かべた。「大丈夫ーお兄ちゃんたちが安全なところまで連れていってあげるからねー」
 ショック状態らしく少女は一言も発さず、感情のこもらない目で羅儀を見上げた。
 羅儀も紛争地域の生まれである。白竜はなにも言わなかったものの、少女に親、ないし保護者たるべき者がない理由は直感的に察することができた。殺されたのだ。
(「生まれた場所が悪かったとか、時代のせいだとか、そう言うのは簡単だよね……だけど、この子の悲しみは消えないんだ」)羅儀は唇を噛みしめた。浄化の美名の元、無抵抗の民を殺す神官兵、その使役する巨人に魔獣、全部八つ裂きにしてやりたかった。しかし今は、自身の任務こそが最優先だ。(「オレもはやく、でっかい魔物と戦れるようにならなきゃな……」)との思いを胸に秘め、羅儀はけん玉やヨーヨーなどを見せて少女をなぐさめようとした。

 いくらシャンバラ陣営が奮闘しようと、敵はあまりにも膨大だ。守るべき避難民も決して少なくない。ほうぼうで虐殺が展開されはじめていた。
 神官戦士の集団が、片足を怪我した老婆を取り囲んだ。一人が彼女の背中を突き刺し、もう一人が腕を肩から切り落とした。そして血震いした三人目が、瓜でも扱うように彼女の頭を真二つに割った。ところがその三人とも、直後ミサイルを浴びて砕け散った。
「鬼畜め」アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が怒りを露わにするのは珍しい。口調こそ物静かながら、その目には炎が宿っていた。直後アインは身を反転すると、再度六連ミサイルポッドを放射してさらに敵を討った。
 アインは瞬時、目を伏せた。先の三人が惨殺したと思わしき一家の死体がさらに見つかったのだ。中には、十歳前後と思わしき子どもの遺体も転がっていた。死体には、数え切れない程の切り傷があった。
「……」
 アインもまた、二人の子を持つ父親の身である。自分の子らがこんな目に遭ったとしたら……それを想像するだけで凄まじい怒りと悲しみが押し寄せてきた。(「救えなくて、すまない。だが仇は討った」)これ以上の悲劇はもう見たくない、アインは誓った。(「カナンの民は必ず、僕が守る」)
 アインは敵陣に向かって仁王立ちした。ここから先には、一人の神官軍とて通すまい。
 そのアインの身を案じながら、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)は避難民の誘導を行っていた。「大丈夫です。私たちを信じて下さい。怪我をした人、連れの姿が見えない人はすぐに教えて下さい」
 朱里も必死だ。逃げまどう避難民はややもするとパニックに陥りそうになり、身を守るものも持たぬゆえ怪我をしやすい。迷子も頻発した。それでも、声を枯らしながら朱里は、懸命に人々を支えるのだった。
 朱里は思った。絶対に諦めない、と。