空京

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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者

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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者
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●カナンの民との交流(03):For Tomorrow

 プラントピアの上の空は素晴らしく晴れていた。なのでエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)も思わず笑顔を浮かべていた。そしてそのとき彼の手には、その笑顔にも負けないくらい活き活きとした赤い実が、生命の象徴のごとく輝いていた。
「みんな、見たことあるよね。これ、ミニトマトなんだ」
 エースはそのうち一つをとって口に投げ込んだ。噛むと、張りのある歯触りと、じゅっ、と甘い味が口中に拡がった。思った通り、集まったカナンの民の視線は皆、エースの手の残った赤い実に集中していた。
(「トマトは乾燥にも強く、赤い瑞々しい実がより明るい未来を象徴するようだね。エース、トマトの苗を選ぶとはなかいいアイデアじゃないか」)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)はエースの背後に控え、微動だにせぬまま思った。口元にかすかな笑みが浮かんだ。
「なので今日は、お近づきのしるしとしてこの苗を配ろう。カナン土着系ミニトマト、愛情もって育てればぐんぐん伸びて元気で甘い実をつけるはずだよ!」
 エースがこう宣言すると、数十人の観衆がわっと沸いたのだった。
「さあ、持ってきたぞ」サイアス・アマルナート(さいあす・あまるなーと)が、苗の詰まった大箱を持ってやってきた。ここに集まった人数分なら充分事足りそうだ。
「今はこれで……育てて、下さい。大地が……緑になったら、どうぞ植えて下さい」と言ってクエスティーナ・アリア(くえすてぃーな・ありあ)が、苗を和紙の小鉢で配りだした。我も我もと手が伸びる。「お水は、少しでも大丈夫……です。可愛いお花を楽しんで、実が赤くなったら、食べちゃえます」渡しながらクエスはにこやかに説明した。小鉢の中の土は、プラントピアで安全性を確認したカナンの土だ。また、鉢が和紙なのは、鉢ごと土に還せるからという理由があった。
 このミニトマトはクエスによって、『夜明けのルビー』と名づけられていた。暗い時代が開けるように……という思いが込められているのは言うまでもない。カナン土着のトマトを品種改良したものだから、生態系にも優しいという。
 エースはもちろん、その弟エルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)も配布を手伝った。「プラントピアには、植物(プラント)の理想郷(ユートピア)の意味があるんですよ」、エルシュは施設名の由来について語った。まさにここから、緑溢れるカナンの地に戻ってほしい、そうした願いが込められているのだ。
「配った苗が出来るだけ沢山実を結ぶといいねぇ。あ、詳しい育て方については、この注意書きをみてほしい」メシエも協力した。こういう作業は気持ちが良い。
 大きな箱から鉢植えを取り出しつつ、ディオロス・アルカウス(でぃおろす・あるかうす)は周囲を眺め回した。(「これがカナン……初めて訪れましたが、興味深い土地ですね。今は地球の中世程度でも、かつて古代遺跡の稼働していた時代ははるかに進んでいたと思われます……」)
 しばしディオロスは物思いにふけっていたが、
「つっ!」
 というエースの声に振り返った。箱の縁で切ったらしく、エースは指先から血を流していた。
「おやおや兄さん、トマトを食べたからか血が綺麗だね」すっと音もなくエルシュが寄ってきて、エースの右手を取った。「なら僕は、その兄さんを食べるとしよう♪」
 ちゅーっ、と音が聞こえるくらい色っぽく(?)、エルシュは兄の血を吸ったのである。
「いやあの……あ、ありがとな」弟の妙な愛情表現にエースは困ってしまった。
 その頃佐々良 縁(ささら・よすが)は、エース達とは反対側の場所で土地に杭を打ち込んでいた。ガン、ガン、と力を込めてハンマーを打ち込む。
「これもあると安心かなぁと思って〜」杭を打つこと自体が目的ではない。杭で囲った部分に防風網を張るのが目的なのだ。「このくらいの目の網を張ると、風が通ると乱れ崩れて弱くなるんですよぉ」周囲に説明しつつ作業を進める。老若男女のカナン民が彼女に手を貸し、忙しく働いていた。
 そこに佐々良 皐月(ささら・さつき)も参加して、「これ、よかったら使ってくださいね?」とタオルを配って歩くのだった。
 労働しているうちに絆が芽生え、縁も皐月も、気軽にカナンの人々を言葉を交わしていた。単身働くなら地味なだけの作業だろうが、こうやって和気あいあいと協同するのであれば、精神的にも健康になれるような気がした。

 ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)もプラントピア周囲のフィールドに出て、砂漠化を防ぐための研究を実施していた。
「ん〜、緑化するのって大変だね。ただ植えるだけじゃいけないみたいだし……」
 ネルガルによって汚染された土壌は、緑化には手こずりそうに思えた。しかし千里の道も一歩から、ここで諦めるつもりは毛頭ないミレイユなのである。「緑化……緑化といえば……」
 このときふと、ミレイユはパートナーのモス マァル(もす・まぁる)のことを思い出した。フィールドの土を試験管に詰めながら問うた。
「まぁるも元は植物だよね? 砂漠に友達いないの?」
「……」ところがマァルの変事はない。
「まぁる? どした?」
「まぁるちゃん コケだから お水無いと……」
「えっ!?」振り向いたミレイユは、パートナーの危機を知った。カサカサになったマァルが、西部劇で見るあの丸っこいやつのように風に吹かれ転がっていたのである。「ま……まぁるぅ!」
 慌ててミレイユが、近くにあった水をかけるとマァルの危機は収まった。「じゅぅぅー!」と、スポンジ並の吸水を終え、もとのぷにぷにたぷたぷに戻ったマァルは、
「ふぅー みれいゆ ありがと」
 と、ニコニコとして答えたのだった。
「ところでマァル……あれ? 何の話しようとしてたんだっけ?」

 藍澤 黎(あいざわ・れい)も住民と協力し、大がかりな作業を行っていた。草方格だ。砂地を耕作地に変える場合の代表的な緑化方法である。砂丘の風上側斜面中腹にワラ束を、約一m間隔で格子状に並べて突き刺す。こうすることによって、やがて風が砂丘を削ることになり、草方格の斜面を残しほぼ平坦な地面が作られるというわけだ。
 このように理論上は単純であるものの、実際に作業するとなると話は別だ。作業は困難を極めた。砂地の作業ゆえただでさえ手間がかかる上に、慣れる身では綺麗にワラを並べられないのだ。
「にゅ、むずかしいのですよ〜」あい じゃわ(あい・じゃわ)もなかなか上手くいかず、困り果てたような声を洩らしていた。
 それでも、と、足腰がきつくなってきたにもかかわらず、黎は何時間も地道に働き続けた。「簡単にできるなど、我とて思ってはいない」白い制服が砂土に汚れた。まとまらぬワラが、ばさばさと散らばって銀の髪に絡まった。しかし黎は投げ出さなかった。厳しい環境下でも互いに助け合い生きていく術を確立したくて黎はここに来たのだ。この程度の苦労、苦労のうちには入るまい。
 六時間近く作業してようやく、ほんの数メートルとはいえ草方格が完成した。これは、広大な砂漠に挑むという計画からすれば小さな一歩にすぎなかったが、カナンの未来にとっては輝かしい一歩となったことだろう。