空京

校長室

【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者

リアクション公開中!

【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者
【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者 【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者

リアクション


●カナンの民との交流(05):魂鎖蛙斗穂織屡、伝説の幕開け(前)

 さあ、ここで、西カナンで最もエキサイティングな場所を紹介しよう。
 その名は魂鎖蛙斗穂織屡(コンサートホール)、新築の屋内演奏場だ。その名にふさわしく、一気に数千名を収容できるほどの客席規模と、すばらしい音響を誇る文化施設なのである。昔ながらのオペラ、コンサートの開催はもちろんのこと、客席を移動させればファションショーや格闘技大会の開催も可能とされていた。
 そして本日は、魂鎖蛙斗穂織屡のこけら落としの日なのだった。
 まだ客入りがまばらな時間帯、吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が手始めに、マイクテストを兼ねてリサイタルを行った。ステージで輝く。竜司の見事なスキンヘッドが輝く。
「よーし、オケ(=オーケストラ)、準備完了だ。ぶっとばすぜェ! グヘヘ!」
 なんとも上品に笑って、竜司は戸板がぶち抜けるほど足を踏み鳴らした。すると、さっと英霊ヴォルフガング・モーツァルト(う゛ぉるふがんぐ・もーつぁると)が、指揮棒を振るってオーケストラに指示を送ったのだ。流れ出すは勇壮なる音楽、そして爆発するは、強力無比なる竜司の歌声だ。

「オレは 強いぜ 吉永 竜司
 どんなに 強いやつも
 この竜司には かなわない

 オレの名前を聞いただけで 
 気の弱いやつは気絶しまくり
 もう二度と立ち上がれない」


 暴走気味の歌詞だが歌唱力のほうはもっと暴走気味、ここまで来ると音痴を通り越して前衛音楽である。なまじっか音響がいいだけあって、酷い歌声の酷さはより際だった。客がまだほとんどいないのが幸いだったといえよう。しかし、
「これが僕の求めていた理想の音楽に違いない!」
 指揮を執りながらモーツァルトは一人、はらはらと涙を流していた。彼は生前とは、音楽の趣味が一変していたのだ。大丈夫か、音楽の神……。
 さてそんな暴音がかすかに、屋外にも漏れ聞こえていた。
「何か騒音が聞こえるな……? まだチューニングが合ってないのか?」渋井 誠治(しぶい・せいじ)は麺をほぐしつつ頭上を見上げた。なんだか、ご飯が不味くなりそうな怪音だ。ならこちらも負けてはいられない。誠治は威勢良く客寄せの声を上げた。
「へい、らっしゃい! シャンバラらしい食材を使ったシャンバラ流のラーメンだぜ」
 彼は魂鎖蛙斗穂織屡の前で、ラーメンの屋台を出しているのだ。
「店の名前は麺屋渋井。シャンバラの種モミの塔にある店だけど、今日は特別出張して屋台を出しているの」ヒルデガルト・シュナーベル(ひるでがると・しゅなーべる)も呼び込みを手伝う。
 カナンにはラーメンという食べ物はないので、誠治のラーメン屋はいきなり大繁盛とはいかない。しかしこの麺もスープも、彼がカナンの民のことを考えてじっくり選んだものだ。彼が根気よく呼び込みを続けていくと、興味を持つ人も増えていった。今日はシャンバラ食材だけで作ったラーメンだが、ゆくゆくは、カナンの地にぴったりの現地ラーメンも開発したいと誠治は考えている。
「それに今日は」と誠治は一段と声を張り上げた。「全店無料出店の大サービスなんだ。お代はいらない! 食べなきゃ損だよ!」
 そう、今日のコンサートも、食べ物も、すべてが無料なのだった。困っているカナンの人々のための催しゆえ、彼らは持ち出しでボランティアを行っていた。もちろんこれは、ナガン ウェルロッド(ながん・うぇるろっど)佐伯 梓(さえき・あずさ)の運営するポップコーンの屋台でも同じだった。
「ポップコーン無料配布っすよォ、ついでに歌とかどうよォ?」ナガンは大音声で呼ばわった。
「じゃんじゃじゃんじゃんじゃん!」それにクラウン ファストナハト(くらうん・ふぁすとなはと)が、奇妙な節をつけて歌う。
 これはカナンの人々にも好評で、いきなり長蛇の列ができていた。
 せっせとポップコーンを袋詰めつつナガンは言った。「パラミタトウモロコシは役に立つねぇ、燃料に食料になんでもござれだ。亜種を使えばポップコーンもこの通りさ」
「それにしても、ウェル、優しいんだなぁー」梓が言った。
「優しい、とはまた耳慣れぬお言葉で? どういうことかい?」
「カナンの人達にボランティアで屋台を開くなんてさー。俺、思いつかなかったよー」
「なぁに、ナガンめはピエロでござい。ピエロの仕事は人を笑わせること。こんなものでも笑顔が見られるなら、これに勝ることはない、ってね……さ、二十袋ばかりできたよ」
「よし、配ってくるよー。イルも呼び込みをがんばってがんばってー」
 梓もまた満面の笑顔で、ポップコーンを一抱え持つと、並んでいる人々に手渡すのだった。
「むぅー、なんで呼び込みをボクがー……」ぶつぶつ不平を口にしつつ、イル・レグラリス(いる・れぐらりす)は梓から手渡されたメガホンを握った。手伝わされるのが不満そうだ。といってもそれは梓の前だけであって、実際に呼び込みをするときは、「さあ、こちらで美味しいポップコーンを配っていますよ。もちろんお代はいただきません。たくさんありますので、どうぞこちらへ」と元気よく礼儀正しく呼びかけるのである。
 屋台といえば、これはホール内だが、弁天屋 菊(べんてんや・きく)も弁当屋台を開店していた。
「秋葉原四十八星華として、地味に売名行為をしていかないとね」
「あたい思うんだけど、『地味』という言葉と『売名行為』ってなんか矛盾してない?」と親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)がツッコむのだが、そこはそれというやつだ。
 菊はアイデアマン、カナンの気候風土に合った弁当を用意していた。基本はサンドイッチなのだが、カナンの調味料を使って慣れ親しんだ味を演出し、砂漠地帯でも日持ちがする材料だけを厳選した。砂の付いた手で触っても大丈夫な簡易包装も自慢だ。なお、それぞれに秋葉原四十八星華のメンバーの名前をつけ、ブロマイドまでつけていた。