空京

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創世の絆第二部 最終回

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創世の絆第二部 最終回
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リアクション



リファニー


 ドージェとドージェの闘いが止み、何もかもを激しい闘気でふっ飛ばされた周囲には、黒い砂も黒々とした雲も無かった。
 広大なクレーターの上には、北ニルヴァーナでは見られることの極端に少なかった青空が広がっていた。

 リファニーがドージェを見上げる。

「パラミタ大陸を支えるアトラスは、やがてその形を失うでしょう。
 あなたはパラミタ大陸へと戻り、アトラスの代わりに大陸をお支えください。
 それが出来るのは、おそらく貴方しかいません」
「…………」

 ドージェは黙したまま、リファニーへと背を向け、歩き出した。
 マレーナが彼の背からリファニーへと視線を向ける。

「ドージェ様はパラミタへ向かうご様子。
 その力の役目を変えるため。
 しかし、どのようにアトラスの代わりに大陸を支えれば?」

「本来、大陸を支える者となるにはシャクティ因子が必要です。
 現存のシャクティ因子は、ファーストクイーン様と私の分だけ。

 しかし、私のシャクティ因子はお渡し出来ません。
 “滅びを望むもの”を封じるには、今しかチャンスが無いのです」

 リファニーが蓮の花に似た秘宝シャクティ因子を見せ、
 それから、ドージェの背を見やって続けた。

「アトラスのパートナーである石原肥満はドージェ・カイラスという存在自体の研究を進めていた節があります。
 それは、彼らもまたアトラスを継ぐ者としてドージェ・カイラスを認めていたということ。
 きっと導きがあります」
「リファニー様はどうするつもりですの?」

 マレーナに問いかけられ、
 リファニーは、動きを止めたままの偽ドージェの方を見やった。

「“滅びを望むもの”は、今、ドージェ・カイラスを防ぐため、
 その意識をドージェの闘争本能として構築しています。
 ドージェの脅威が去った今、再び、元の意識体を再構築しようとしている。
 それを終えるまでにはほんの少しだけ時間が……」

 リファニーが偽ドージェにシャクティ因子を掲げる。

「“滅びを望むもの”を私の体へと移す唯一の好機」
「待って!」

 度会 鈴鹿(わたらい・すずか)の声に、リファニーが視線を向ける。
 鈴鹿の傍らに立つ織部 イル(おりべ・いる)は静かに告げた。

「リファニー殿……やはり、そなたは正気であったか」
「“滅びを望むもの”は私の精神を蝕もうとし、本来なら私にはそれに抗う術など存在していなかった」
「だけど……1万2千年前に死んだ本物のファーストクイーン様がリファニーさんの意識を救った。そういうことじゃない?」

 甲斐 英虎(かい・ひでとら)の言葉にリファニーは、わずかに息を飲み、やがて頷いた。
 英虎が続ける。

「ニルヴァーナの技術なら、ファーストクイーンの偽物なんか作り出さずに本物のファーストクイーンを蘇らせる術もあっただろうと思うんだ。
 だけど、それをファーストクイーンは許さず、自らが死ぬことを選択した。
 多分、“滅びを望むもの”を押さえるために」
「欠片となって“滅びを望むもの”を僅かにでも縛り続けていた
 ファーストクイーンの意識は、
 かつて黒い月のコアとされていた彼女の姉の意識と同様、
 細切れになりながらも、ニルヴァーナを案じ、いくつかの情報を私に伝えてくれました。
 それは断片的ではあったけれど、私自身がこの方法にたどり着くには十分だった」
「自身がイアペトスに代わって、ニルヴァーナを支える為の力になるつもりなんだね……。
 ……今の行動から考えると、“滅びを望むもの”そのものをその身に封じながら……?
 自らを殺してほしいと望むのは――」
「私自身が純粋な力のみの存在として存在するため。
 そうでなくては、“滅びを望むもの”を封じることは出来ません。
 かつてファーストクイーンはそれを察し、死を選んだのでしょう。
 “滅びを望むもの”がドージェとの闘いに疲弊している今なら、更に深く封じることができる。

 ……もうあまり時間はありません」

 リファニーの掲げるシャクティ因子が
 ゆるやかに花開きながら、その光と力の重圧を増していく。
 鈴鹿の叫びも虚しく。

「お願いです! 待ってください!
 きっと何か違う方法が在る筈です!
 シャクティ因子の力を借りれば、きっと、何か――。
 あなたが見てきた世界は、まだほんの一部に過ぎません。
 もっと、沢山のものを見て、触れて、ルシアさんや皆様と感動を共有して欲しい。
 そして……幸せになって欲しいんです。
 滅んだりインテグラルにされてしまった、熾天使達の分も。
 だから……」

(ファーストクイーン様、本当に、世界を救うためならそうするしかないのでございますか?)
 甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)は、英虎が悔しそうに口元を震わせ、何かを一生懸命考えを巡らせている様子を横に、胸前で合わせた両手をくっと握りこんだ。

 リファニーの存在を感じ、追った多くの者たちもまたそれぞれの想いを胸に、その様子を見守っていた。

「って、素直に見守ってるわけないでしょ! こんなこと!」
 風馬 弾(ふうま・だん)が衝撃波に真っ向から対抗して、リファニーへと近づこうとする。
「せっかく一万年の眠りから覚めたんだから、もっとたくさんの風景を見て欲しい!
 それにキミが居なくなったら、ルシアさんたちや多くの人が悲しむんだよ!?」
「信じて欲しいんです。今、多くの人が崩壊を止めつつ、“滅びを望むもの”を倒す方法を探しています。
 誰かを犠牲にするのでは無い方法を」
 ノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)は弾と共に、衝撃波に逆らいながら、リファニーを止めようとしていた。
 エリス・スカーレット(えりす・すかーれっと)と共に駆けた神条 和麻(しんじょう・かずま)もまた同じ想いだった。
「何の為に、仲間達が戦ったと思っているんだ!!」
 光と衝撃波を掻き分けるように進もうとするも、その圧倒的な力に押し返される。
 それでも和麻たちはリファニーを掴もうとしていた。
「俺はお前の首根っこを引き摺ってでも仲間達の元に連れ戻す!!
 何が……それだけで十分? 世界を救う為に自分を殺せだと?
 ふざけんじゃねぇよ、てめぇが決意しても悲しむ奴は山ほど居るんだ!!」


 リファニー達から幾ばくか離れた地点。
「彼女は真剣だわ」
 天貴 彩羽(あまむち・あやは)はステルス機能を用いたイコンマスティマのライフルの照準をリファニーへと合わせながら呟いていた。
「熾天使として絶大な力を持つリファニーも、自ら殺されるため、完全無防備なタイミングを設けるはず。
 それこそ、命を懸けて、ね。
 その一瞬を絶対に逃さない……確実に彼女の願いを叶えてあげる」
 照準が揃う。
 コクピットの隅に下げた羽飾りのお守りが揺れる。
「シャンバラは先ほど、“リファニーを殺さない”と決定した。
 でも、私は、友も命も捨てて世界を救うという彼女の意思を尊重するわよ」
 モニターの中、リファニーを包み込んでいた光が収束していく。
 やがて、多くの契約者たちがリファニーを守るために彼女の元へと駆ける中――
 リファニーが“こちら”を見た。
 縋るように。
「……迷いが生じた? いいわ、代わりの覚悟は私がしてあげる」
 零し、彩羽はライフルを放とうとした。

 しかし…………

「っ……動かない? 何故ッ?」
「選択……」
 夜愚 素十素(よぐ・そとうす)の呟く声が聞こえた。
 振り返る。
「契約者たちの選択が“彼女を生かす”ことに傾いたから、装備異常が起こったと言いたいの?
 ナンセンスだわ」
 そこまで言ってから、彩羽は顔をわずかに顰めた。
「あなた、誰? 素十素じゃないわね」
「私はファーストクイーン。
 遙か昔ニルヴァーナの国家神をしていました。
 それで、このナノマシンはお借りしました。少しの間だけ。
 私に僅かな時間をくれた方にお礼をしたかったし、
 あなたの選択もまた、間違ったものではない、と告げたかったから」
 そう残し、素十素から、その何者かの気配は消えた。
「……あれ〜?」
 正気を取り戻したらしい、素十素から早々に視線を離して、彩羽は撤退を始めた。
 モニターに映るリファニーは、既に隙を失っていた。
 意識はかろうじて留めているようだったが、酷く不安定な感じを受ける。
(本物のファーストクイーンが蘇った?
 ……一体、どういう――

 いえ、最早どちらでもいいわ……もうリファニーを殺してあげることは出来ない。
 そして、世界がこれからどうなるのかは誰にも分からない)
 小さく舌打ちを打って、彩羽はマスティマを撤退させたのだった。




「な……ぜ、私……殺……」

 リファニーの体は明らかに変質し始めていた。
 その背後では、“滅びを望むもの”が抜けた偽ドージェの体が黒い砂となって崩れ、散っていく。

 キン、とハウリングの音が鳴り響き。
 {SFM0040524#蔵部 食人}のヤドカリ型イコン{ICN0003991#魔甲神ヤドカリプス}はソニックブラスターをスピーカー代わりに大音量をぶちまけた。

『自分を犠牲にして皆を救おうとするリファニーさんは本当に凄いよ。 
 でも、それだと俺達が何も出来ずにアンタを見殺しにしたみたいじゃねーか!』

「食人、さん……」

 リファニーの体が虚空に溶け込むように消え始める。
 何か巨大な気配が再び目覚めようとしているのを、その場に居た全員が感じていた。
 半身を消失し、その瞳からも正気の光が消え始めていたリファニーがヤドカリプスの方を見やる。

『わざわざ後味の悪い結末を提示しやがって!
 俺は怒ったぞ!
 “次に会ったら”デコピンかますかんな! 絶対だかんな!
 ばーかばーか!』

 食人の子供じみた罵倒が響き渡るだけ渡っていく。
 やがて、リファニーはその姿を完全に消したのだった。

 ばーか!

 という言葉の残響が、青空の下の荒涼としたクレーターに消えていく。

 ヤドカリプス機内。
「……消え、ちゃった」
 {SFL0040783#魔装侵攻 シャインヴェイダー}の呟きを聞きながら。
「……俺は、怒ってるぞ。本当に、怒ったぞ」
 食人は静かに言った。




 “王”の内部。

『……あの熾天使は役目を果たせなかったみたいだね』

 マンダーラは言って、ファーストクイーンの頭に触れた。
 子供のように体を丸めた格好のファーストクイーンがマンダーラを見やる。

『彼女に失望を向けるのは、お門違いです。
 それに、本物のファーストクイーンが彼女に“役目”を与えたとは、私には思えません。
 彼女に与えたのは選択です』
『そうかもしれないね。
 さて……君には、僕から役目を与えよう』
『偽りでも、国家神としてニルヴァーナを助けることが出来るなら』
『応急処置だよ。
 正しい滅びを妨げる“滅びを望むもの”と歪みを正すまで持てば良い。

 今、リファニーによって“滅びを望むもの”はイアペトスの体から剥がされた。
 しかし、イアペトスはもう食い尽くされて、その中身は空っぽだ』
『シャクティ因子を用いた私の力で、その器を満たすのですね』
『君の力は、その機能は本物のファーストクイーンを模していても、圧倒的に質と量が足らない。
 リファニーは“滅びを望むもの”を自身の力で封じ込めることで質と量を高めようとしていたが、今、君にはそれに代わることも出来ない。
 ただ、出来るのは己の身を削り、時間を稼ぐことだけだ』
『……構いません』

 彼女の言葉に何人かの契約者が反対を述べようとした。
 それらを遮るように、マンダーラは契約者たちへと言った。

『方法は全て伝えた。
 用事は済んだんだ。戻ろう』