リアクション
【3】H部隊 2
一方、もう一機の戦艦BB‐75 マサチューセッツを指揮するのは、トーマス・ジェファーソン(とーます・じぇふぁーそん)だった。
トーマスは仲間の部隊が対処しきれない地上の敵を重点的に狙っていた。砲撃が地表をふき飛ばし、放射着地点から爆発が起こる。退避勧告はもちろん出しているが、残っている仲間がいるかも知れない。細心の注意を払っての攻撃だった。
そして、そのマサチューセッツの整備班にはキャロライン・エルヴィラ・ハンター(きゃろらいん・えるう゛ぃらはんたー)が同乗していた。
キャロラインはトーマスの契約相手だが、操縦と指揮はトーマスに一任してある。キャロラインは、本人が望み、最も才を発揮できる場所で、懸命に働き続けていた。
艦隊の直接援護を行うイコン閃電には、メインパイロットとして岡島 伸宏(おかじま・のぶひろ)、サブパイロットに山口 順子(やまぐち・じゅんこ)が乗っている。レーダー、赤外線、目視の全てを併用して索敵する閃電は、前線を突破して艦隊に向かってくる敵の迎撃に当たっていた。
「やれやれ、随分と豪勢なお出迎えだな。光条世界に恨みがあるならちょっとぐらいこっちに手を貸してくれりゃいいのによ」
言って、伸宏はぼやいた。すると、順子が「ぶつぶつと文句ばっかり言わないのよ、伸宏くん」と、彼をたしなめた。
「向こうは本能だけで襲ってくるような魔物やゴーストイコンの類なんだから。こっちの言い分なんて、聞こえたりしないわよ」
「わかってるって」
伸宏はうるさいのは勘弁だというように言った。
「敵さんがその気なら、こっちだって容赦はしないっての。さあ……どっからでもかかって来い!」
叫んだ伸宏は、ウィッチクラフトライフルとバスターライフルで敵を迎え撃った。部下イコンのプラヴァー二機が、順子の構築した戦術ネットワークに従って、同じようにビームアサルトを撃ち放つ。それでも、それを突破してきた敵イコンには、閃電も接近戦で対抗した。
大型超高周波ブレードとレーザーバルカン。巨大な光の刃と、連続した銃弾にやられた敵機は、次々と撃破されていった。
だが、もちろんこちらとて、エネルギーと弾薬は無限ではない。
「ちっ、まずいな……」
エネルギーが三〇%以下を切ったのを見て取ったところで、伸宏はやむなく閃電を後退させた。補給と修理を兼ねて、マサチューセッツのイコンデッキに戻ってくる。
「Hey,Come on! イコンはこっちに運びな!」
誘導したのは、キャロラインだった。
デッキで大きな声を張り上げ、彼女と、同じ整備班所属の大田川 龍一(おおたがわ・りゅういち)、天城 千歳(あまぎ・ちとせ)は、戻ってきた閃電や、他の大破した部下イコンたちの修理に取りかかった。
デッキにあいくつもの破損イコンが並んでいた。負傷したパイロットが救護班によってタンカで運ばれていくのも見られる。伸宏はその状況を見て、自分がその立場でなかったことを幸運に思った。だが同時に、凄惨な気持ちにもなった。一歩間違えれば、彼らと同じことになっていたかもしれない。そう思うと、必ず任務を達成しなければならないと、改めて思った。
「伸宏さん。一息いれてはいかがですか?」
千歳が、伸宏と順子の分の紅茶の入った水筒を持ってきてくれた。
「あ、ああ……」
そのカップを受けとって、一口飲んだ伸宏は、心が温まる思いだった。
「美味いな……」
つぶやいた彼に、千歳が言った。
「パイロットは英気を養うことも必要ですから。亮一さんもそう言っていましたよ」
「亮一が?」
今作戦のH部隊全体と土佐を指揮している友のことを思いだして、伸宏は笑った。
「あの人らしいな……」
そのうち、イコンの整備が終わった。
「伸宏! いつでも出られるぞ!」
龍一の呼ぶ声がして、伸宏と順子の二人は閃電に乗り込んだ。コクピットの中とメインシステムの情報を見て、伸宏は驚いた。ほんのわずかだが、動かしやすくなっている。龍一は操作システムの誤差を、伸宏が扱いやすいように微調整してくれていたのだ。
「さすがだな……」
伸宏は、その精巧な技術に感嘆した。
と、カタパルトに乗ってしばらくしたところで、出発の合図が出る。
「さあ、ぶちかましてきなさい! Go! Goodluck!」
整備リーダーのキャロラインが叫んだのを聞いて、閃電は再び戦場に飛び立った。
●
地上の薔薇学生徒たちを指揮する
ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)のそばに、
ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)と
ウィリアム・セシル(うぃりあむ・せしる)がついていた。
ヴィナはルドルフに、医療チームにトリアージタッグを導入したことの報告と、陽動と気づかれないよう兵を配置すべきだということを進言した。もちろん、ルドルフもそれは承知済みだ。彼自身はあえてそのことに直接的に触れはしないが、理子やセレスティアーナたちを、そして彼女たちが守ネフェルティティを、宮殿まで辿り着かせないといけない。そのためにも、陽動に見せかけたバックアップが不可欠なのだった。
「バーリー卿」
ヴィナがウィリアムを呼んだ。その名は特別な時にしか呼ばれない、敬称だった。
「はっ」
ウィリアムは恭しくそれに答えた。
「前線の様子は?」
「クリストファー・モーガン率いる陽動チームと、天御柱学院の生徒を中心としてつくられたH部隊が主に敵勢力の分断に成功しております。H部隊の土佐級戦艦に乗ったアムリアナ前女王の妹君ネフェルティティ様や、それを護衛する二人の代王は、土佐から降りて地上ルートで旧王都へ向かっている模様です」
「なるほど……」
ウィリアムの報告に、ルドルフは静かなうなりをこぼした。
「では、僕ら薔薇学のイコン隊は、出来る限りその分断を維持しなければならないね。すでに命令は行き届いているのかい?」
「ええ、もちろんです」
と、ヴィナはほほ笑んだ。
すでにルドルフの思考は予見済みだ。ヴィナはイエニチェリとして、ルドルフの副官として、その右腕にふさわしい仕事をした。ルドルフは笑みを浮かべ、「さすがだ」と言った。
「あとは地上の化けものたちがどう出るか……。無事、皆が王都に辿り着けるといいね」
ルドルフはそう言う。ヴィナはそれに、「はい」とうなずいた。
●
戦艦の指揮所にいる
堀河 一寿(ほりかわ・かずひさ)は、薔薇学イコン隊が次々と空に飛びあがっていく様子を見つめていた。
一寿はイコン隊の情報管理を任されていた。戦闘区域にいる敵機の位置や陣形を観測し、味方に流すという役割だ。レーダーに映った影を、的確に情報にしていく。が、同時に一寿は、薔薇学イコン隊だけではない、別の部隊にも情報をフィードバックしていた。
それはH部隊や、百合園、パラ実といった他学園だった。
「こんなことして大丈夫なの? 一寿」
ランダム・ビアンコ(らんだむ・びあんこ)が不安そうにたずねた。
一寿は隣にいるビアンコにふり向いた。
「問題ないさ。任務はちゃんとこなしてる。これはそのついでだよ」
そう言って、一寿はほほ笑んだ。
だけど、なんだか緊張した顔に見えた。不安もあるんじゃないだろうか? ビアンコは思ったけど、口にしなかった。それは野暮ってもの。一寿がそれでいいっていうなら、いいじゃないか。
「グランツ教の教祖に女王の座を渡すなんて、僕だって不本意さ」
一寿はモニター前のボタンを操作しながら言った。
「だから、もしも女王を選べといわれるのなら、僕は迷わずネフェルティティを選ぶ。これは、その気持ちの証なんだよ」
「そう……」
ビアンコは小さな声で答えた。それから、一寿に気づかれないようにボタンを操作した。
通信回線が開く。通話の相手は、薔薇学の顔見知りだった。