空京

校長室

選択の絆 第二回

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選択の絆 第二回

リアクション


【3】宮殿を目指せ

 土佐から地上へ降りた、理子、セレスティアーナ、ジークリンデ、ネフェルティティの四人は、地上ルートで旧王都へ向かっていた。
 それを守るのは、旧型イコンカウスを操るエルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)と、ディオロス・アルカウス(でぃおろす・あるかうす)。それにトニトルスを操る、エルサーラ サイジャリー(えるさーら・さいじゃりー)ペシェ・アルカウス(ぺしぇ・あるかうす)だった。
 もちろん、イコンだけじゃない。ネフェルティティたちのそばにつき、生身で護衛に当たる者たちもいた。
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)芦原 郁乃(あはら・いくの)秋月 桃花(あきづき・とうか)佐倉 美那子(さくら・みなこ)吾妻 奈留(あづま・なる)、が、そのメンバーだ。
 カウスとトニトルスは、左右から挟むような形でぴったり守りについている。徒歩のメンバーも、中心にネフェルティティをおき、あとは出来るだけ固まるようにして、護衛をつとめていた。日陰の中で。
 荒野だというのに、日陰なのはどうしてか? どこからか飛んできたイコン用のマントを、まるで天蓋のように広げているからだ。集団の四隅に当たる者が、マントを掴んで飛ばないようにしている。荒野は日射しもきつい。すこしでも日陰を通ることができるのは、ずいぶんと助かることだった。
 地上とはいえ、魔物はいる。さすがにゴーストイコンは、上空の味方のイコン部隊と戦っていたが、旧王都のアールキングから生み出される魔物たちが、地上を徘徊していた。
 エルシュとエルサーラのイコンは地上から、上空の魔物やゴーストイコンを狙った。まるで砲台のようだ。どうんっ! どうんっ! と、ライフルが発射され、魔物を撃ち落とした。
 制御はディオロスが担当していた。エルシュは射撃に専念している。地上から狙うのも、楽ではない。相手は空を舞い、滑空し、スピードに緩急をつけるからだ。もちろん、カウスも飛べなくはなかった。機動力を気にしなければ、だが。カウスの性能では、空の魔物相手に、同じ空で対抗するのは厳しかった。
 次々とカウスとトニトルスが敵を撃ち落とす一方で、エースらは地上にいる魔物に対応した。
 先陣を切り、露払いを担当するのは郁乃だ。
「私のもてる力の全てをかけて……いきます!」
 郁乃は敵のなかに突っ込むと、奉神の宝刀を振るった。ばったばったと、魔物を切り裂いていく。
 手加減できるほど器用なわけでもない。立ちはだかるものはなぎ払う。その精神が、郁乃を駆り立てた。
 桃花はそんな郁乃のサポートに回った。パワーブレスが郁乃の力を底上げし、歴戦の回復術が、些細な傷はすぐに癒した。
「ありがとう! 桃花!」
 郁乃は桃花をちらと見て感謝した。
「いえいえ。桃花の役目は、郁乃さまの力になることですから」
 桃花は柔和な笑みを浮かべて言った。
 美那子は郁乃たちの後ろから、弓矢を射放った。
「お願いだから、あっちいってええええ!」
 わめいているが、腕前は見事。諸葛弩の矢は連続して十本放たれ、どどどうっ! と敵に突き立った。
 エースは後ろにさがっていた。もちろん、退いてるわけじゃない。理子やジークリンデが、美那子たちに加勢して戦いに出たので、ネフェルティティの護衛に回ったのだ。
 魔物への攻撃は、魔法を使った。
 グランドストライクの魔法は、大地を引き裂き、そこから尖った岩をぼこぼこと生み出して敵を攻撃する。メシエはファイアストームや裁きの光を放った。炎の渦と、強烈な稲光が、魔物たちをなぎ払った。
 負傷する仲間がいるのも見逃していない。エースとメシエは、郁乃や美那子が傷ついているのを見ると、すかさず癒やしの魔法を唱えた。ホーリーブレスや、命のうねりだ。聖なる光の息吹や、大地からあふれる生命力の光は、見る見るうちに郁乃たちの傷を回復させた。
 戦いながら、エースたちはすこしずつ前へ進んだ。間もなく旧王都の入り口が見えてきた。
 アイシャたちを脅し、次なる女王になろうと画策するグランツ教。そんな連中に、パラミタを渡すつもりはない。
「それにしても……」
 エルシュは思案深い顔をして言った。
「これだけアールキングがアルティメットクイーンに都合のいいように動くなんて……なにかあるのか?」
「グランツ教……というか、光条世界が暗躍しているのかもしれませんよ」
 通信機を通して、ディオロスが答えた。
「光条世界か……」
 エルシュはつぶやいた。
 その可能性も、大いにある。なんにせよ、まだまだ知らないことだらけだ。どこで裏が動いているか、わからなかった。でも、もしもそれが活発に動きだし、ひどい大惨事が巻き起こったら? そのときは、この旧型イコンでは戦いに不利かもしれない。
「新型、買おうかなぁ……」
「ちゃんと使うのなら、買ってもいいですよ」
 ディオロスはくすくすと笑った。
 目指していた旧王都は、もう目前だった。



 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、魔物が蔓延る旧王都で戦いを繰り広げていた。
 隣にはアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)がいる。三人はぐるりと円をつくるように背中同士を向け、各方向からの攻撃に対抗していた。
 美羽とコハクはかつて、アイリスと敵同士だった。いや、敵にならざるを得なかったというべきか。友であるアイリスと戦うのは辛く、苦しいものだった。それは何者が悪いとも言うつもりはない。美羽たちが自分を信じて戦ったように、アイリスも、おのれの信じるもののために戦ったのだから。
 だがいまは、こうしてともに戦うことが出来ている。美羽とコハクは、そのことがなにより嬉しかった。
 魔物が、獰猛な雄叫びをあげて襲いかかってきた。不意を突かれた美羽は、行動が一瞬遅れる。が、アイリスの剣が代わりに魔物を切り裂いた。すると今度は、アイリスを狙って魔物が飛びかかってきた。美羽の脚撃が、魔物をふき飛ばした。
「アイリスが一緒に戦ってくれるなら、何が来たって絶対に負けないよ!」
 すたっと、地面に降りたった美羽は叫んだ。
「ね、コハク!」
「うん、当然だよ!」
 コハクも、美羽に賛同するよううなずいた。
 二人を見て、アイリスはふっとほほ笑んだ。
「頼もしいね、二人とも。僕も……君たちと一緒なら負ける気がしないよ」
 美羽は徒手空拳、コハクは日輪の槍、アイリスは両手剣と、三者三様の戦いになった。
 拳が、武器が、次々と魔物をなぎ倒していく。
「悪いけど、どいてもらうよ!」
 コハクが叫び、日輪の槍で魔物を引き裂いた。と、アイリスは、剣でもう一匹を切り裂き、跳躍する。その下から飛びだした美羽は、強烈な拳をあと一匹の魔物にあびせた。
 派手な立ち回りは続く。結果的にそれは、魔物たちを引きつけることになった。



 宮殿にはアールキングの根がびっしりと生えていた。
 まるで入り口を隠すように張り巡らされたそれを、エルサーラの操るトニトルスがソードで切り裂いていく。
 躊躇はない。また同じように生えてきては面倒だと、ざくざくと刈り取った。
「よし、出来たわよ!」
 道がつくられたところで、エルサーラが叫んだ。
 魔物と応戦していた理子たちは、急いで宮殿へ向かった。いきなり、背後でずどんっと音がする。トニトルスが投げた根っこが、魔物にぶつかっていた。根も刈り取り、魔物も大事し、一石二鳥というわけだ。
 理子たちは宮殿の前までやって来た。が、その前に、どす、どすっ、と、大勢の魔物が立ちはだかった。
「くっ……」
 ジークリンデが悔しそうに歯噛みした。
「あと少しで宮殿に辿り着くっていうところで!」
 理子が嘆くように叫ぶ。と、ずごんっ! と盛大な音がした。
 上空から落下してきた何者かが、魔物を真っ二つに切り裂いたのだ。それはリネン・エルフト(りねん・えるふと)だった。遅れて、ヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)も落下してきた。こちらは弓矢を武器にかまえている。他、数十名の盗賊風の格好をした女たちが、一斉に空から魔物へと躍りかかった。
「間に合ったわね」
 リネンは理子たちにふり返って言った。
 ペガサスや飛竜の獰猛な雄叫びが聞こえる。『シャーウッドの森空賊団』。ヘリワードたちが自らそう名乗る空の義賊たちが、応援に駆けつけたのだった。
「あとのことはこちらに任せて、あなたたちは早く宮殿へ!」
 ヘリワードが弓矢を射ながら叫んだ。
 どす、どす、どすっ! と、矢が魔物たちを次々と貫いていく。他の義賊仲間たちも、剣、槍、弓という、それぞれの武器を手に、魔物と混戦を始めていた。
「ありがとう……。一生、恩に着るわ!」
 理子はネフェルティティを連れ、宮殿の入り口に向かった。
「大袈裟ね……」
 リネンはくすっと笑った。だけどまあ、気分は悪くない。
 と、そのとき、背後から魔物が迫ってきた。牙が、爪が、リネンの背中を切り裂こうとする。が、リネンの目が輝いたとき、それはすでに遅いことを知る。リネンの剣は、振り返りざまに魔物を切り捨てていた。



 宮殿まであと一歩――。
 理子とセレスティアーナ、それに他の契約者の仲間たちは、入り口を通過する。すこし遅れて、ジークリンデとネフェルティティも追いついてくるところだった。
 が、入り口に迫ったそのところで、いきなり目の前に一匹の魔物が落下してきた。
「しまった……っ!?」
 ジークリンデは目を見開き、脅えるネフェルティティを背後にかばった。
 やれるか? いや、しかし、いま動いてはネフェルティティが危ない。ジークリンデは壁となることしか出来ず、魔物の鋭い爪が迫った。
 と、そこに飛びこんできた男の影が、強烈な魔法を放った。
「我は射す、光の閃刃!」
 甲賀 三郎(こうが・さぶろう)だった。
 手のひらから放たれた光の刃が、魔物に直撃した。ズタズタに身を引き裂かれた魔物は、ぐら……と揺れると、そのまま、ずぅん! と倒れてしまう。遅れたところで、本山 梅慶(もとやま・ばいけい)が追いついてきた。
「やれやれまったく……三郎。わしをおいていくんじゃねぇですよ」
 梅慶は呆れながら言った。
 三郎は無視し、ネフェルティティのそばに近づいている。
「あ、ありがとうございます……三郎さん」
 ネフェルティティは素直にぺこりと頭をさげてお礼を言った。
 と、いきなり、三郎はその場に膝をついた。
「遅れて申し訳ない、陛下。我は陛下に永久の忠誠を誓う者……。このような失態は、許されるものではないというのに」
「へ? え、えっと……」
 ネフェルティティはどうしたらいいか困って、きょろきょろとした。
 ジークリンデは肩をすくめてる。梅慶を見ると、やれやれといったように首を振っていた。
「我が主は陛下を置いて誰でもなく、陛下の御身を御守りいたすのが我が天命。我が一命をとして、我の全身全霊を以て、敵となる障害をすべて取り払う所存です」
 三郎は強い口調で告げ、すくっと立ちあがった。
 魔物どもはまだ、諦めてはいない。背後から近づいてくる魔物たちに向け、三郎は身構えた。籠手を掴む。中に仕込んである刀が、じゃきっと突き出てきた。
「行きましょう、ネフェルティティ」
 ジークリンデがネフェルティティの肩を掴んで言った。
「え、で、でも……」
「ここはあの人たちに任せておきましょう。それが、あの人の為でもあるんだから」
 ネフェルティティはすこし躊躇するように三郎を見ていたが、ジークリンデにうながされて宮殿のなかに入っていった。
「いいのかな? 追いかけなくて」
 梅慶が訊いた。
「かまわん」
 三郎は真っ直ぐに魔物たちを見つめたまま、答えた。
 来るなら来い。たとえこの命尽き果てても、この入り口は死守する。
「――我は煉獄の甲賀三郎なり」
 どんっ、と、三郎は地を蹴った。
「我が刃に塵と消える愚か者は、遠慮せず前に出よ!」



 宮殿のなかにもぐったネフェルティティに、イコンから降りてついてきたペシェ・アルカウス(ぺしぇ・あるかうす)はこんな質問をした。
「ネフェルティティさんは、女王になったら最初に何をしてくれる?」
 まだ女王になるかどうかもわからない。気が急きすぎだと思う者もいたが、ペシェの質問はごくごく無垢なものだったので、無碍にしようとは考えなかった。
 ネフェルティティはすこし考えて、答えを出した。
「まだ、わかりません。戴冠式をしようということですら、私には実感がないのです……」
「そっかー……」
 ペシェはちょっぴり残念そうだった。けど、気持ちをすぐ切り替える。
 未来のことを考えて、ペシェはうんうんとうなった。
「そうだ。だったら僕は、お野菜がたくさん食べれるといいなー」
 いつの間にか、自分の希望を口にするようになった。
 だけどもそれは、なんとなく誰もが抱く希望につながっている気がした。
「大荒野にも植物が生えるといいなあ……」
 もう、独り言になってしまってる。けれどおかげで、改めてネフェルティティは、女王について考えるようになった。
 と、ふっと、ネフェルティティの頬にやわらかいものが添えられた。それはハンカチだった。目をやると、佐倉 美那子(さくら・みなこ)が苦笑してた。
「えへへ……ネフェルティティさん、根っこのとげとげで、頬切ってたみたいだから」
 そういえば……。まったく気づかなかった。
「女王様は綺麗にしておかないとね」
 美那子はほほ笑んだ。と、吾妻 奈留(あづま・なる)が思いだしたように言った。
「そういえば……アイシャ様もとてもお綺麗だったわね」
 その言葉で、みんなアイシャを思い浮かべた。長い間、女王として頑張り続けてきた結果、ついには意識を失ってしまった娘。次なる女王の座をアルティメットクイーンに渡したくないのもそうだが、アイシャの命を守りたいというのも、理子たち全員の願いだった。
「長い間頑張ってきたアイシャさんに、『お疲れ様、ゆっくり休んで下さい』って、言いたいわね……」
 奈留はしみじみと言った。
 少しずつ、少しずつ、事は中心に、心は深い決断に、近づこうとしている。
 誰もがそう感じながら、一歩ずつ、宮殿の奥へ歩を進めた。



 ここから先は、宮殿の奥で起こったことになる。いまはまだ誰も知らない。
 女王になるのは誰だろう? それは誰にもわからない。仮に知っている者がいるとすれば、そいつは運命という名前のやつだ。
 ただ一つ、記するとすれば。
 運命を変えることは、不可能ではない。