校長室
リアクション
● 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、魔物が蔓延る旧王都で戦いを繰り広げていた。 隣にはアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)がいる。三人はぐるりと円をつくるように背中同士を向け、各方向からの攻撃に対抗していた。 美羽とコハクはかつて、アイリスと敵同士だった。いや、敵にならざるを得なかったというべきか。友であるアイリスと戦うのは辛く、苦しいものだった。それは何者が悪いとも言うつもりはない。美羽たちが自分を信じて戦ったように、アイリスも、おのれの信じるもののために戦ったのだから。 だがいまは、こうしてともに戦うことが出来ている。美羽とコハクは、そのことがなにより嬉しかった。 魔物が、獰猛な雄叫びをあげて襲いかかってきた。不意を突かれた美羽は、行動が一瞬遅れる。が、アイリスの剣が代わりに魔物を切り裂いた。すると今度は、アイリスを狙って魔物が飛びかかってきた。美羽の脚撃が、魔物をふき飛ばした。 「アイリスが一緒に戦ってくれるなら、何が来たって絶対に負けないよ!」 すたっと、地面に降りたった美羽は叫んだ。 「ね、コハク!」 「うん、当然だよ!」 コハクも、美羽に賛同するよううなずいた。 二人を見て、アイリスはふっとほほ笑んだ。 「頼もしいね、二人とも。僕も……君たちと一緒なら負ける気がしないよ」 美羽は徒手空拳、コハクは日輪の槍、アイリスは両手剣と、三者三様の戦いになった。 拳が、武器が、次々と魔物をなぎ倒していく。 「悪いけど、どいてもらうよ!」 コハクが叫び、日輪の槍で魔物を引き裂いた。と、アイリスは、剣でもう一匹を切り裂き、跳躍する。その下から飛びだした美羽は、強烈な拳をあと一匹の魔物にあびせた。 派手な立ち回りは続く。結果的にそれは、魔物たちを引きつけることになった。 ● 宮殿にはアールキングの根がびっしりと生えていた。 まるで入り口を隠すように張り巡らされたそれを、エルサーラの操るトニトルスがソードで切り裂いていく。 躊躇はない。また同じように生えてきては面倒だと、ざくざくと刈り取った。 「よし、出来たわよ!」 道がつくられたところで、エルサーラが叫んだ。 魔物と応戦していた理子たちは、急いで宮殿へ向かった。いきなり、背後でずどんっと音がする。トニトルスが投げた根っこが、魔物にぶつかっていた。根も刈り取り、魔物も大事し、一石二鳥というわけだ。 理子たちは宮殿の前までやって来た。が、その前に、どす、どすっ、と、大勢の魔物が立ちはだかった。 「くっ……」 ジークリンデが悔しそうに歯噛みした。 「あと少しで宮殿に辿り着くっていうところで!」 理子が嘆くように叫ぶ。と、ずごんっ! と盛大な音がした。 上空から落下してきた何者かが、魔物を真っ二つに切り裂いたのだ。それはリネン・エルフト(りねん・えるふと)だった。遅れて、ヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)も落下してきた。こちらは弓矢を武器にかまえている。他、数十名の盗賊風の格好をした女たちが、一斉に空から魔物へと躍りかかった。 「間に合ったわね」 リネンは理子たちにふり返って言った。 ペガサスや飛竜の獰猛な雄叫びが聞こえる。『シャーウッドの森空賊団』。ヘリワードたちが自らそう名乗る空の義賊たちが、応援に駆けつけたのだった。 「あとのことはこちらに任せて、あなたたちは早く宮殿へ!」 ヘリワードが弓矢を射ながら叫んだ。 どす、どす、どすっ! と、矢が魔物たちを次々と貫いていく。他の義賊仲間たちも、剣、槍、弓という、それぞれの武器を手に、魔物と混戦を始めていた。 「ありがとう……。一生、恩に着るわ!」 理子はネフェルティティを連れ、宮殿の入り口に向かった。 「大袈裟ね……」 リネンはくすっと笑った。だけどまあ、気分は悪くない。 と、そのとき、背後から魔物が迫ってきた。牙が、爪が、リネンの背中を切り裂こうとする。が、リネンの目が輝いたとき、それはすでに遅いことを知る。リネンの剣は、振り返りざまに魔物を切り捨てていた。 ● 宮殿まであと一歩――。 理子とセレスティアーナ、それに他の契約者の仲間たちは、入り口を通過する。すこし遅れて、ジークリンデとネフェルティティも追いついてくるところだった。 が、入り口に迫ったそのところで、いきなり目の前に一匹の魔物が落下してきた。 「しまった……っ!?」 ジークリンデは目を見開き、脅えるネフェルティティを背後にかばった。 やれるか? いや、しかし、いま動いてはネフェルティティが危ない。ジークリンデは壁となることしか出来ず、魔物の鋭い爪が迫った。 と、そこに飛びこんできた男の影が、強烈な魔法を放った。 「我は射す、光の閃刃!」 甲賀 三郎(こうが・さぶろう)だった。 手のひらから放たれた光の刃が、魔物に直撃した。ズタズタに身を引き裂かれた魔物は、ぐら……と揺れると、そのまま、ずぅん! と倒れてしまう。遅れたところで、本山 梅慶(もとやま・ばいけい)が追いついてきた。 「やれやれまったく……三郎。わしをおいていくんじゃねぇですよ」 梅慶は呆れながら言った。 三郎は無視し、ネフェルティティのそばに近づいている。 「あ、ありがとうございます……三郎さん」 ネフェルティティは素直にぺこりと頭をさげてお礼を言った。 と、いきなり、三郎はその場に膝をついた。 「遅れて申し訳ない、陛下。我は陛下に永久の忠誠を誓う者……。このような失態は、許されるものではないというのに」 「へ? え、えっと……」 ネフェルティティはどうしたらいいか困って、きょろきょろとした。 ジークリンデは肩をすくめてる。梅慶を見ると、やれやれといったように首を振っていた。 「我が主は陛下を置いて誰でもなく、陛下の御身を御守りいたすのが我が天命。我が一命をとして、我の全身全霊を以て、敵となる障害をすべて取り払う所存です」 三郎は強い口調で告げ、すくっと立ちあがった。 魔物どもはまだ、諦めてはいない。背後から近づいてくる魔物たちに向け、三郎は身構えた。籠手を掴む。中に仕込んである刀が、じゃきっと突き出てきた。 「行きましょう、ネフェルティティ」 ジークリンデがネフェルティティの肩を掴んで言った。 「え、で、でも……」 「ここはあの人たちに任せておきましょう。それが、あの人の為でもあるんだから」 ネフェルティティはすこし躊躇するように三郎を見ていたが、ジークリンデにうながされて宮殿のなかに入っていった。 「いいのかな? 追いかけなくて」 梅慶が訊いた。 「かまわん」 三郎は真っ直ぐに魔物たちを見つめたまま、答えた。 来るなら来い。たとえこの命尽き果てても、この入り口は死守する。 「――我は煉獄の甲賀三郎なり」 どんっ、と、三郎は地を蹴った。 「我が刃に塵と消える愚か者は、遠慮せず前に出よ!」 ● 宮殿のなかにもぐったネフェルティティに、イコンから降りてついてきたペシェ・アルカウス(ぺしぇ・あるかうす)はこんな質問をした。 「ネフェルティティさんは、女王になったら最初に何をしてくれる?」 まだ女王になるかどうかもわからない。気が急きすぎだと思う者もいたが、ペシェの質問はごくごく無垢なものだったので、無碍にしようとは考えなかった。 ネフェルティティはすこし考えて、答えを出した。 「まだ、わかりません。戴冠式をしようということですら、私には実感がないのです……」 「そっかー……」 ペシェはちょっぴり残念そうだった。けど、気持ちをすぐ切り替える。 未来のことを考えて、ペシェはうんうんとうなった。 「そうだ。だったら僕は、お野菜がたくさん食べれるといいなー」 いつの間にか、自分の希望を口にするようになった。 だけどもそれは、なんとなく誰もが抱く希望につながっている気がした。 「大荒野にも植物が生えるといいなあ……」 もう、独り言になってしまってる。けれどおかげで、改めてネフェルティティは、女王について考えるようになった。 と、ふっと、ネフェルティティの頬にやわらかいものが添えられた。それはハンカチだった。目をやると、佐倉 美那子(さくら・みなこ)が苦笑してた。 「えへへ……ネフェルティティさん、根っこのとげとげで、頬切ってたみたいだから」 そういえば……。まったく気づかなかった。 「女王様は綺麗にしておかないとね」 美那子はほほ笑んだ。と、吾妻 奈留(あづま・なる)が思いだしたように言った。 「そういえば……アイシャ様もとてもお綺麗だったわね」 その言葉で、みんなアイシャを思い浮かべた。長い間、女王として頑張り続けてきた結果、ついには意識を失ってしまった娘。次なる女王の座をアルティメットクイーンに渡したくないのもそうだが、アイシャの命を守りたいというのも、理子たち全員の願いだった。 「長い間頑張ってきたアイシャさんに、『お疲れ様、ゆっくり休んで下さい』って、言いたいわね……」 奈留はしみじみと言った。 少しずつ、少しずつ、事は中心に、心は深い決断に、近づこうとしている。 誰もがそう感じながら、一歩ずつ、宮殿の奥へ歩を進めた。 ● ここから先は、宮殿の奥で起こったことになる。いまはまだ誰も知らない。 女王になるのは誰だろう? それは誰にもわからない。仮に知っている者がいるとすれば、そいつは運命という名前のやつだ。 ただ一つ、記するとすれば。 運命を変えることは、不可能ではない。 |
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