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リアクション
音子たちが戦っている間にも、探索隊は前進を続けていた。だが、相次ぐ攻撃で、さすがの強化盾もだいぶ傷んできた。
「代わりの盾を早くーっ!」
盾の裏側が点々と変色して来たのを見てパニックに陥ったセリエ・パウエル(せりえ・ぱうえる)が悲鳴を上げる。
「落ち着け、まだ大丈夫だ。……が、この調子では、強化型の機晶姫が出て来たらどうなることやら」
湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)はセリエをなだめながら呟いた。予備の盾を用意して来た生徒は多いが、セリエもランスロットも既に予備の方を使っており、これからまだ強い敵が出現するかも知れないのに、このままでは先が思いやられる。
行く手の、まだ照明の点灯していなかった廊下に明かりがともる。そこには、既に内蔵の銃器を準備してこちらに構えている量産型機晶姫と、壁と言わず床と言わず天井と言わず、ぎっしりとへばりついた多数の円盤がいた。機晶姫の中には、例の、茨の冠のような装置をつけたものもいる。それらが、いっせいに攻撃を仕掛けて来た。
「今度こそダメ! 早く盾を!」
セリエはもう一度叫んだ。
「い、今持って行くね!」
レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)のパートナー、剣の花嫁ルイン・ティルナノーグ(るいん・てぃるなのーぐ)が、よたよたと後方から出て来てセリエに盾を渡そうとする。が、敵がそれを待ってくれるわけもない。
「セリエ、ランスロット卿。なんとしてでも持ちこたえるわよ!」
急速に変色が進み始めた盾にも慌てることなく、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)はパートナーを励ました。
「そ、そんなこと言ったって、なんとしてでもってどうやって……!」
セリエが叫び返したその時、横からぬっと紙袋が差し出された。
「交代しましょう。お嬢さんはこの芋ケンピでも食べて、少し休めばよろしい」
セリエが紙袋から視線を上げると、そこにはセオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)が立っていた。
「あ、その盾はこちらへくれたまえ。限界試験の良い資料になるからな」
パートナーのドラゴニュートイクレス・バイルシュミット(いくれす・ばいるしゅみっと)が手を出す。
「はあ……」
セリエは英霊ヴラド・ツェペシュ(ぶらど・つぇぺしゅ)が掲げてくれた盾の陰で、大人しくセオボルトから紙袋を受け取って場所を交代し、イクレスに盾を渡した。
「こんな時にこんな所で食べてって言われても……」
紙袋を持って呆然としているところに、やっとルインが盾を持ってやって来た。
「こ、この盾重いねっ」
「そう?」
セリエはひょいと盾を持ち上げ、かわりに紙袋をルインに押し付けた。
「ル、ルインだって頑張ってるもん……」
ルインは涙目で唇を尖らす。
「じゃあ、そろそろ本気で行きますよー。『其は天に祈る人の怒り、我が一撃は天の一撃!!』」
レオンハルトのパートナー、剣の花嫁シルヴァ・アンスウェラー(しるば・あんすうぇらー)は、敵に向かって『バニッシュ』を放った。通路に閃光が満ちる。
「今です……って、あれ?」
これで道を開くことが出来る、と思っていたシルヴァは、敵の攻撃がまったく弱まらないのを見て首を傾げた。
「ええっ、何で? どうして?」
「……さすがに、前回風紀委員たちが苦戦したというだけのことはある……!」
レオンハルトは歯噛みした。当初の作戦では、この『バニッシュ』で道を開いてそこに他の仲間が突っ込むはずだったのだが、
「これでは近寄れないぞ、どうする!?」
鄭 紅龍の言葉通り、この状態で突っ込んでいってはそれこそ身がもたない。
「クローネ、何とか行かれませんか」
「味方の攻撃も敵の攻撃も見切って接近戦は、ちょっと無理ですね……」
フリューリング・アッヒェンバッハ(ふりゅーりんぐ・あっひぇんばっは)はパートナーのクローネ・シュテルンビルト(くろーね・しゅてるんびると)に訊ねたが、クローネもかぶりを振る。
「もしかしたら、視覚に頼っていないのかしらね? あるいは、建物のセンサーから情報を貰っている?」
「ただ単に、直線の通路だから弾幕を張っていれば敵は近付かない、と判断しているだけかも知れませんが」
その様子を後ろで見ていた明花と太乙が言葉を交わす。その間も、敵の攻撃は続く。強化型の機晶姫の攻撃で、予備の盾の数もおぼつかなくなって来た。
「ほらほらっ、これ使ってください!」
一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は、祥子に二枚重ねにした強化盾を差し出した。
「ちょっと重いけど、この状況なら移動が少ないし、使えると思うんですよね。一枚でダメなら、二枚重ねれば漏れずに安心!でしょう?」
「ありがとう。使わせてもらうわ」
祥子は盾を受け取った。盾自体の性能が変わるわけではないが、二重にした分時間は稼げそうだ。
「元気注入するであります!」
アリーセのパートナーのリリ マル(りり・まる)は、もうへとへとになっている前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)や神代 正義(かみしろ・まさよし)に『SPリチャージ』を使う。
「よしっ、これであと十年戦え……はさすがにしないけど、あそこを突破する間くらい、何とか持ちこたえて見せるぜ!」
正義が気合を入れる。
「そうだ、もう少しなんだから頑張ろうぜ」
小さい身体を生かして、皆の足元の隙間から円盤を狙い撃ちつつ、セオボルトのパートナーのりす着ぐるみのゆる族館山 文治(たてやま・ぶんじ)が風次郎や正義を励ます。ヴラドも、『ヒロイックアサルト』で無数の杭を召喚し、敵に向かって飛ばす。
「円盤は食い止めますから、機晶姫を!」
壁や天井を這って来る円盤の攻撃を盾で止め、打ち返しながらフリューリングが叫んだ。
「弓で『轟雷閃』を撃ち込んでみる。敵の動きが止まったら、その隙に総攻撃してくれ」
弓に矢をつがえながら、ヴォルフガングが言った。
(隊列がだいぶ縦に伸びたが……李鵬悠が手柄を競わないと言うより、『白騎士』たちが突っ込んでいる感じだな。だが、李鵬悠も手柄は欲しいはず。ここまで来て、いったい何を考えているのか……)
ロブ・ファインズ(ろぶ・ふぁいんず)は、風紀委員たちと『白騎士』の動向を冷静に観察しながら、パートナーのアリシア・カーライル(ありしあ・かーらいる)、レナード・ゼラズニイ(れなーど・ぜらずにい)と共に隊列の最後尾に近いところに居た。先頭の『白騎士』たちは既に敵の最終防衛ラインと思われる所に到達しているのに、風紀委員たちはまだその後ろにいる。明花たちの護衛と後方警戒を理由にするとしても、いささか動きが遅すぎるようにロブには感じられた。
(何か、嫌な感じがするんだよねー……まあ、仕掛けて来るとしたらこの後だと思うんだけど)
『白騎士』と風紀委員たちの間にいる朝霧 垂(あさぎり・しづり)も、両者のもめごとを警戒している。
その頃。
「……まだです。ぎりぎりまで待ちましょう」
風紀委員に協力するグループ『新星』のリーダー、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)は、李鵬悠に耳打ちをしていた。
『新星』は、要は『白騎士』たちに露払いをさせて、彼らが疲弊したところで前に出ようと考えていたのだ。
「無理にはやるなよ。教官の前で『白騎士』ともめる姿は見せられん」
鵬悠は低く厳しい声で言った。
「しかし、このまま成果が上がらないと、風紀委員に対する団長の心象が悪くなるのでは?」
「風紀委員に対する中立派の教官の心象が悪くなる方がまずい。生徒なら団長の威光で押さえることも出来るが、教官相手だとそうも行かん」
クレーメックの問いに、鵬悠は小さくかぶりを振った。その時、
「委員長、一時的な混乱状態が発生するかも知れません」
香取 翔子(かとり・しょうこ)は鵬悠に耳打ちした。鵬悠は目を見開いて翔子を見返す。翔子は小さく頭を下げると、するすると隊列の後方に下がった。
(本当に、クレーメック様の考えていらっしゃることに間違いはないのかしら……。風紀委員に協力すると言いながら、李委員長のお考えとはまた少し違うように思うのだけれど……)
クレーメックのパートナー、守護天使クリストバル ヴァルナ(くりすとばる・う゛ぁるな)は、そんな様子を見ながら、心の中で呟いた。
最後尾に居たロブは、金属的な足音を聞いたような気がして振り返った。量産型機晶姫が、こちらへ向かって来る。
「後方より敵! 量産型機晶姫だ!」
ロブは叫ぶと、トミーガンを構えて先頭の機晶姫の胴体に銃弾を叩き込んだ。
「ちくしょう、もう少しなのに!」
レナードが悔しそうに舌打ちをした。
「音子さんたち、突破されてしまったんでしょうか……」
ロブの攻撃のダメージで動きを止めた機晶姫に素早く接近し、膝の関節に素早く攻撃を叩き込んで移動不能にしつつ、アリシアは心配そうにつぶやく。
「わからない。だが今は、目の前の敵を倒すことに集中しよう」
ロブは次のターゲットに狙いを定める。
「円盤が近付いて来たら俺が攻撃するから、安心して戦ってていいぞ!」
レナードが、油断なく身構えながらロブとアリシアに言った。ロブとアリシアは、一体目と同じように連携して次の敵を倒そうとした。だが、膝を砕かれて移動不能にされたと言っても、先頭の機晶姫は機能が停止したわけではない。内蔵の銃器から攻撃を加えて来る。さらに後方からの機晶姫の数が増えて、アリシアの能力をしても攻撃がかわし切れない状況になった。
「加勢しましょう」
そこへ、翔子が下がって来た。風紀委員たちも駆けつける。しかし、思ったより後方の敵の数が多く、彼我の距離はだんだんと狭まって来た。そして、一人の機晶姫が、姿勢を低くしてこちらへ突っ込んで来た。翔子はそれを止めるのを失敗したふりをして、機晶姫を素通しにした。
「申し訳ありません、討ちもらしました!」
翔子は悲鳴を上げた。光の弾丸を絶え間なく吐き出しながら直接攻撃も行おうと暴れる機晶姫によって、隊列の後方が混乱に陥る。
「上手くやったな」
クレーメックは呟いた。
「しかし、一体だけではあまり派手な使い方は出来ないのでは?」
マーゼン・クロッシュナー(まーぜん・くろっしゅなー)が囁く。
「もう何体か来てくれれば、『白騎士』を誤射するとか、『白騎士』の中で破壊して爆発でもさせるとか、色々やりようもあったのでしょうが」
(もし、これが教官にばれたら、私たちこそ味方を窮地に陥れたと糾弾されてしまうのではないかしら?)
マーゼンのパートナーの吸血鬼アム・ブランド(あむ・ぶらんど)は、ひやひやしながらその会話を聞いていた。自分たちはまだ、李鵬悠にとって『絶対に必要な存在』ではないような気がする。いざとなったら、『氷の風紀委員長』は、自分たちを切り捨てることが可能なのではないか……。実際、乱入した機晶姫によって、風紀委員たちにも被害が出ているのだ。
「僕は、どんな手を使ってでも、強くなる、偉くなるんだ。自分たちにもっと力があれば、僕たちの手で教導団をまとめ、争いをなくすることが出来るんだから!」
その傍らで、ゴットリープ・フリンガー(ごっとりーぷ・ふりんがー)は自分に言い聞かせるように呟いていた。しかし、パートナーの剣の花嫁レナ・ブランド(れな・ぶらんど)は、そんなゴットリープを心配そうに見ていた。そんな、何かを切り捨てるような生き方では、彼の本来の良さが失われてしまうような気がして……。
その間にも、鵬悠は、翔子に『予告』されていたこともあってか、冷静に風紀委員たちを統率していた。
「味方への誤射を防ぐため銃は使うな。強化盾で攻撃を防ぎつつ、敵を押さえ込め。敵は強化型ではない。一体だけなら、囲んでしまえば勝機はある!」
(おや、李委員長は前へ出ないのですね。この混乱に乗じて、前へ出てシュミットと競ってくれるかと思っていましたが)
それを見て、ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)は軽く目を見開いた。
(まあ、仲間である風紀委員を置いて行ったら、リーダーの資質は問われるかも知れませんが……今回は風紀委員長に恩を売る作戦、風紀委員長が軍功を立ててくれた方が、わたくしたちはありがたいのですがね。少しつついておきますか……)
「委員長、ここは我々に任せて前へ!」
ハインリヒはゴットリープに合図をし、鵬悠を促した。裏方を自ら任じているゴットリープに続き、ハインリヒも『エンデュア』を使って魔法への抵抗力を高め、機晶姫の封じ込めに参加する。
「教官、こちらへ」
クレーメックのパートナー、守護天使桐島 麗子(きりしま・れいこ)も、明花と太乙をさりげなく前方へ誘導する。もう一人のパートナーである剣の花嫁麻生 優子(あそう・ゆうこ)は、隊列に乱入した機晶姫によって負傷した生徒たちを治療する。