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リアクション
第3章 漆黒の眠り姫
幸い、消息を心配された黒乃 音子(くろの・ねこ)たちも、敵を深追いしている間に背後を抜けられてしまっただけでかすり傷を負った程度で皆と合流した。負傷者の手当てと食事、休憩を終え、探索隊はまだ周囲を警戒しながら、空白部分の探索に出かけた。しかし、防衛システムは既に完全に沈黙しており、探索隊はそれ以上攻撃されることはなかった。
未調査だった区画からは様々なものが発見された。中でも一番とんでもないのは、身長20mほどの人型兵器だ。パイロットが内部に搭乗して操縦するものらしい。
「教官ー!」
興味しんしんで操縦席によじ登ったサミュエル・ハワード(さみゅえる・はわーど)が明花と太乙を呼んだ。
「コレ、あの銀色の機晶姫たちがかぶってたヤツじゃナイ?」
そこには、例の茨の冠のような装備があった。冠から伸びたコードは、操縦席に接続されている。
「何にでも接続できるっていうことなのかしら。それとも、もともとこのために作られたものを、量産型機晶姫たちが流用したのかしら」
「資料が残っているといいんですが……」
操縦席を覗き込んで、明花と太乙は顔を見合わせる。
そして、一番奥にあたる部屋にあったものは。
「機晶姫……?」
それを発見した一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は、カプセル状の装置をのぞきこんだ。一部が透明になって中が覗けるようになったそのカプセルの中には、茨の冠をつけた一体の機晶姫が眠っていた。身体は黒い装甲で覆われ、顔の下半分も黒いマスクで覆われている。髪も黒く、ただ目と額のあたりだけが白く露出している。
「明花」
太乙が明花を呼んだ。部屋の隅、彼の足元には、既にミイラ化した遺骸があった。投げ出された手のあたりに、薄黒く文字が書き付けられている。
「だいぶ薄れていますが、かろうじて読めますね。古いパラミタ語です。……『黒き姫を目覚めさせてはならぬ。其は災厄を招く嵐、血風を呼び起こす者なれば』」
「黒き姫……彼女のこと?」
明花はカプセルを覗き込んだ。機晶姫は何も語らず、ただ瞳を閉じて横たわっている。
その後の調査で、未調査だった区画からは他にも様々なものが発見された。車両や工作機械などである。
ただし、発見された物はどれも、どのような仕組みで制御され、動作しているのかが不明で、ある程度資料が残っていそうだとは言え、調査研究には相当な時間がかかるものと思われた。
「とにかく、資料の精査が先ね。持ち出せるものは持ち出して、ここはいったん封印しましょう」
明花は人型兵器を見上げて言った。
「このまま、ここを教導団の拠点にすれば良いのでは?」
松平 岩造(まつだいら・がんぞう)は不思議そうに明花に言った。だが、明花はかぶりを振った。
「大掛かりなことをやるためには、まず樹海を切り開いてここまでの道路を敷設する必要があるし、ここの防衛システムを完全に把握しないうちは、危なっかしくて中をおちおち歩けやしないわ。どうせなら復旧して、侵入者の阻止に使いたいし。道路を敷設している間に資料の解読と精査をして、大掛かりな調査はその後よ」
《工場》の中に眠っていたのは、大型・あるいは据付けの装置が多く、結局探索隊が持ち出せたのは、資料の一部と量産型機晶姫が使っていた茨の冠のような装置が十二個だけだった。もう一つ、カプセルの中の機晶姫がつけているものがあるが、明花と太乙は古代人の残したメッセージを重視し、カプセルを開けようとはしなかった。
そして、探索隊が《工場》から戻ってみると、『黒面』との戦闘は既に決着していた。
「『黒面』は一人二人取り逃したかも知れんが、敵はほぼ壊滅状態と見ていいだろう」
と林は言う。林と明花は《工場》の扉をいったん溶接して封じ、警備の生徒たちの一団を残した上で、その他の生徒たちを連れて本校に帰還した。後日、重機を使って《工場》への道が敷設され、今回持ち出した資料を元に、再度本格的な調査が行われることになるだろう。
本校へ帰還した後、太乙はじめ、古代パラミタ語に詳しい技術科の教官や生徒たちが頭を寄せ集めて持ち出した資料を解読した結果、どうやら《工場》は古代パラミタ人が兵器の研究開発を行っていた施設であるらしいこと、そして、茨の冠のような装置の正体が判った。
『《冠》を戴き《御座(みくら)》に登る者に、勝利の栄光を与えん』
「……つまり、これはもともとは、あの巨大人型兵器と搭乗者をつなぐ装置なのよ」
強化樹脂のケースに収められた《冠》を見下ろし、明花は言う。
「しかも、使用者の能力を増幅して、接続された兵器に伝える。私たちが作った兵器にも接続できるかどうかは、これから詳しく調べてみないと判らないけど、量産型機晶姫がしていた使い方を考えると、おそらく光条兵器や、機晶姫が内蔵している武器には接続可能でしょう。使い方や、使う者の能力によっては、とんでもないことになるわ……。《冠》をつけていた量産型機晶姫と、つけていなかったものの本体に違いはなかった。おそらく、本体のみの能力では我々に太刀打ち出来ないと思って、内蔵の兵器をつないで能力を強化しようと考えたのね。『侵入者を排除しろ』という命令は受けていたけど、個体ごとに状況判断して動く能力は持っていたようだから」
そして明花は、部屋に集められた技術科の生徒たちを見回した。
「さあ、これから忙しくなるわよ。まずは、これが私たちの作っている兵器に接続可能なものかどうか。そして、機晶姫以外のパラミタの住人も使うことが出来るのか。地球人はどうなのか。調べなくちゃならないことは沢山あるわ」
間もなく、教導団では秋の大運動会が行われる。技術科の生徒たちは、いつにも増して忙しい思いをすることになりそうだった。
「……そうか。『白騎士』とは痛み分けか」
帰還した鵬悠と妲己が事の次第を報告すると、金鋭峰(じん・るいふぉん)は少し残念そうに言った。
「申し訳ありません。私の力が及びませんでした」
鵬悠は頭を垂れる。
「いや、明花や他の生徒たちの前で表立ってもめるより、よほど良い」
鋭峰はそう鵬悠を労った。
「しかし、『新星』については何か対応を考えねばならんな。『白騎士』も叱責せねばならん」
「私もそう思います」
鵬悠はうなずく。
後日、戦闘中に口論となった者たちは、『白騎士』『新星』、どちらにも属さない者の区別なく明花から叱責を受け、三日間の謹慎を命じられることになった。戦闘の真っ最中であったことを考えれば、当然の処分であったと言えるだろう。
今回の件を通して、教導団内の勢力図はどう変わっていくのか。《工場》から発見されたものは、そこに……そして、教導団と他校との関係に、どう影響を及ぼすのか。
嵐は過ぎたのではなく、まだほんの吹き始めにすぎないのかも知れなかった。