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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回
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ヨシオタウンの攻防再び


 旧生徒会軍が、地平を埋め尽くすようにヨシオタウンに攻め込んできた。
 石原校長により反乱勢力とされてしまったものの、いまだ支持する者は多いのだ。むしろ、反社会的行動を好んで行うパラ実生故にわざわざ反乱軍に加担する者もいる。
 しかし、新生徒会軍につく者も同等数いた。
 というのも、旧生徒会軍の主要メンバーに懸賞金がかけられたからだ。
 賞金首となったのは、鷹山剛次バズラ・キマク、S級四天王の国頭 武尊(くにがみ・たける)、その契約者であるシーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)猫井 又吉(ねこい・またきち)だ。
 新生徒会軍に味方する者の中には当然賞金狙いがいる。
 このことは驚くほどの早さで荒野に知れ渡った。
 ヨシオタウンに集まったパラ実生の盛んな士気に、これを仕掛けたシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)は満足そうに薄く笑った。
 そもそもこの案はシャーロットの友人の諸葛涼 天華(しょかつりょう・てんか)が出したものだった。以前やられたことをやり返した、とも言える。
「さて、天華は今頃はミツエのとこですね。私達は予定通り巨人のところへ」
 一通り軍の様子を見回したシャーロットが、呂布 奉先(りょふ・ほうせん)へと振り向けば、黒いスーツをラフに着こなしている古代中国の武将の英霊は、これから立ち向かう敵との戦いを歓迎するような笑みで頷いた。

「わわ……来ましたよ」
 建物の陰から大気を震わせるような怒号をあげつつ迫り来る旧生徒会軍を見ながら、アレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)がその迫力に気圧されたように呟いた。
 彼はスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)から預かった配下も合わせて、戦場となる地帯ににせっせと堀を巡らせていたのだ。
 途中からは、打倒クローン・ドージェに燃えるカーシュ・レイノグロス(かーしゅ・れいのぐろす)とも協力したため、タウンの周りは堀や罠、逆茂木に守られていた。カーシュがヨシオタウンの地図を持っていたのも良かった。
「皆さんは、新生徒会に何を望みますか?」
「そりゃあ、自由だろ! 規則だの何だのうるさく言ってきやがったら、ぶっ潰しにいくぜ。校長がついてようが関係ねぇな。俺達は俺達のやりたいようにやる、それだけだ」
 なるほど、とアレフティナは頷いた。
 姫宮 和希(ひめみや・かずき)が細かいことをごちゃごちゃ言うようには見えないが、落ち着いたら伝えておこうと思った。
 そして、地響きと共に旧生徒会軍は来た。
 アレフティナと配下が掘った堀を越えるのに、彼らはほぼ狙い通りに時間を費やした。
 迂回して攻め込んできた軍勢は、この殺伐とした光景に似つかわしくない優雅さで微笑んでいるエリザベート・バートリー(えりざべーと・ばーとりー)を、最初に血祭りにあげてやろうと気勢を上げた。
 エリザベートの形の良い眉がわずかに歪められる。
「美しくありませんわね……敵も配下も」
 せめて剣の花嫁か機晶姫の軍団でしたら良かったのに、と残念がりながらエリザベートは敵勢に張り出すような円形状に展開させた配下のモヒカン勢に合図を送った。
 金属製の武器のぶつかりあう甲高い音や、殴りあう鈍い音に混ざり、エリザベートや数人の魔法を使える者達が飛ばす魔法の輝きが戦場を彩る。
 正面からやり合っているように見えて、エリザベート達は少しずつ後退していた。
 旧生徒会軍は、エリザベート達を撃破しようといっそう激しく攻撃してくる。
 そして、ついに中央を突破したと思った瞬間、彼らは足元を失った。意識も失った。
 見事に引っかかった旧生徒会軍の様子を、建物の屋根の上から眺めていたカーシュは「ざまぁみろ」と凶悪な笑みを浮かべる。横にはハルトビート・ファーラミア(はるとびーと・ふぁーらみあ)が静かに控えていた。
 カーシュは巨大な落とし穴を作ったのだ。ただ落とすだけではなく、穴の底には竹槍が仕掛けられている。
 事前にエリザベートが説明したにも関わらず、うっかり落ちてしまう味方もいたが、カーシュにとってはどうでもいいことだった。落ちたほうが間抜けなのだ。
 さらに別の場所では、仕掛けを踏んだために両側から板壁が跳ね上がり、そこから無数の釘が飛んできて体を真っ赤に染める者達もいた。
「クローンは……まだ見えねぇか」
 エリザベートのヒロイックアサルト『アイゼルネ・ユングフラウ』の餌食になった哀れなモヒカンを一瞥し、本当の敵を見つけようと遠くを見たカーシュの目には、まだその者は見えてこなかった。

 カーシュの罠を抜け、アレフティナの堀や逆茂木を越えた旧生徒会軍を待っていたのは、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)の放つ魔法だった。
 ギャザリングヘクスで強化されたファイアストームが、旧生徒会軍の進路を限定させていく。
 他にも、ブリザードやサンダーブラストなど、強力な魔法を惜しみなく使った。
 また、フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)が共に魔法を重ねることで、より広範囲に効果を増していた。
 パートナーならではの連携で、旧生徒会軍を追い込み、そこに武器を持った配下が斬り込んでいく。
 魔法が使える者はイーオンに合わせて魔法を放っていた。
 武器で戦う者が息切れするように、魔法で戦う者も集中力が途切れる時がやって来る。
 その時のためにイーオンは魔法部隊を交代制にし、攻撃に空白ができないようにした。
「手を休めるな! 死んだら骨は拾ってやる!」
 縁起でもないことを言うイーオンに、フィーネは小さく笑んだ。
 彼らしい言い方だ、と。
 すると、配下達からこんな注文が飛んできた。
「どうせなら、きれーなネェちゃんに拾われてぇな」
 フィーネに視線が集中する。
 彼女は、ふと赤い瞳を細くした。
「私は勲功を上げた者にしか興味はないな」
 とたん、今まで休んでいた者達がいっせいに立ち上がった。
「フィーネ姐さんが死に際に抱擁してくれるぞー!」
「待て、誰もそんなことは言ってないだろう!」

 骨を拾う→果てる間際に「立派だった」と抱きしめてくれる

 という多分に妄想の入った図式が配下達の中にできあがった。
 さらに、少数ながらも女子のパラ実生からはイーオンに熱い視線が送られている。
「……できれば、死なずに最後まで戦ってくれ」
 無視しきれなかったイーオンが低くそう言えば、彼女達は「よっしゃー! 生き残ってハグしてもらうぜ!」と気合を入れて愛用の鉄パイプと共に飛び出していってしまった。
 言い方は違うが、行き着くところは同じだった。
 士気が上がったのは良いのだが、体を張った代償が勝手に作られてしまった。
 イーオンとフィーネは顔を見合わせると、先のことは置いておいて、今は目の前の戦いに集中しよう、とやや現実逃避気味に頷きあったのだった。

 やがて、旧生徒会軍もこれら防衛線に対応し始めた。
 堀を埋め、逆茂木を撤去していく。罠の数にも限りがある。
 各リーダーが指示を飛ばし、戦況は次第に旧生徒会軍に傾きつつあった。
 厳しい表情でそれを見ているミツエに、大野木 市井(おおのぎ・いちい)がそっと近づき声をかける。
「俺も行くよ。あんたを守ろうという人は大勢いるから、あまり心配はしてないけど……もし、危機が迫ったらこれを」
 市井はポケットから『友情バッジ』を取り出し、ミツエに渡した。
「王のもとに必ず駆けつける。俺の騎士道と、この『友情バッジ』に賭けよう」
 ミツエはしばらく手の中のバッジを見つめた。
 そして、それを握り締めるとまっすぐ市井を見上げて頷いた。
「ここを守って、ニマを止めるわ。必ず勝つわよ」
 ミツエはこれまで二度、防衛戦に失敗している。今度こそという思いが強い。
 市井は、己の目的へ向かって突っ走るミツエのひたむきさに持ち前の騎士道精神を刺激され、力になりたいと思った。
 決意を確認しあう二人の様子を、やや離れたところからマリオン・クーラーズ(まりおん・くーらーず)が冷静に見ていた。
 マリオンは市井が手渡したものが何だかわかると、ふと遠い目をしてゆっくりと瞬きをした。
「……あの人の騎士道とやらは、缶バッジと等価ですか」
 開いた口から、呆れた、と漏れる。
 とはいえ、そういうマリオンとて和希の友人として力になることを誓っている。
 自身は蒼空学園生のため、周囲のパラ実生との関係を悪くしないためにも表立って和希を支えるのは難しいが、気持ちは十二分にあるつもりだった。
 自分達が和希にできることは何か。
 マリオンはいつもそれを考えていた。
 ミツエとの話しを終えた市井が戻ってくると、二人は小型飛空艇に乗り込み飛び立つ。配下は全て和希に預けてきた。
 操縦担当の市井はイーオン達のところへ向かった。
 彼らを囲み、押し潰してしまおうと展開する旧生徒会軍の一角へ、後部席で攻撃担当のマリオンがスナイパーライフルで牽制射撃を行った。
 上から足元に弾丸を撃ち込まれた旧生徒会軍勢は、驚き、たたらを踏んで上空の小型飛空艇を睨み上げる。
 そこをさらに数発の銃弾が掠め、彼らはたまらず盾をかざしてしゃがみ込んだ。
 市井が和希を探せば、そろそろ部隊をまとめて出撃しようというところだった。

 それじゃ行くぜ、と威勢良く和希に言ったのは羽高 魅世瑠(はだか・みせる)だった。
「では僕も」
 と、魅世瑠の横に並んだ楽園探索機 フロンティーガー(らくえんたんさくき・ふろんてぃーがー)に和希も魅世瑠も珍しいものを見たように目を丸くさせた。
「乙カレー、もうつくらないのー?」
 おなかすいちゃうよー、と心配そうなラズ・ヴィシャ(らず・う゛ぃしゃ)に、フロンティーガーは、ご心配にはおよびませんと後方を示す。
「配下の方達は厨房にいますので、いつでもお食事できますよ」
「一人で行くのか。あんま無茶すんなよ」
「無論です。僕の目的は従業員の確保ですから」
 言い切るフロンティーガーに魅世瑠と和希は、彼らしいと小さく微笑みあった。
 それから、魅世瑠とフローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)アルダト・リリエンタール(あるだと・りりえんたーる)を前衛に、ラズを援護に配し四人は八万人の配下を率いて出撃した。
 フロンティーガーもそれに続き、雄叫びをあげて剣や拳をぶつけあう両軍の中に突進していく。
 彼は胸の前で腕を交差させて叫んだ。
「オーバー・ザ・レインボー!」
 そのまま勢いを殺さず、向かってくる一人を正面から跳ね飛ばした。
 衝撃でフロンティーガーも後ろによろめくが、明らかに相手のほうがダメージが大きい。
 頭をくらくらさせている敵兵の上着を掴んで引き寄せると、フロンティーガーは真剣な声で言った。
「僕の下で喫茶店店員として働きませんか?」
「……んあ?」
 いきなりのことで何を言われたのかとっさに理解できず、首を傾げる旧生徒会軍の彼。
 熱心な視線を注ぐフロンティーガーの背後に白刃がきらめく。
 その持ち主をアルダトの盛夏の骨気で固めた拳が殴り飛ばし、危機を救った。炎の残像が空気に揺らめく。
「油断大敵、ですわ」
「これはどうも。ありがとうございます」
 花のように微笑むアルダトに礼を言ったフロンティーガーは、ぶっ飛ばされた男も引きずり戦場から少し離れたところで再び勧誘を始めた。
 別の場所では、アレフティナの銃部隊の弾幕援護を受けながら張角とゴブリン軍団も戦闘に参加していた。
 それにより出た大量の怪我人に、道明寺 玲(どうみょうじ・れい)はため息をこぼす。
「まったく彼らは……敵味方の区別はついているのでしょうかね?」
「玲さん、そんな心配してないで助けましょう!」
 レオポルディナ・フラウィウス(れおぽるでぃな・ふらうぃうす)が、疑問解決のために真剣に戦場を見ている玲の背を押して急かした。
 二人で傷つき呻く怪我人を一人二人と安全なところまで運んでいるうちに、協力する者が出てきてあっという間に救護所ができあがった。
 玲は協力者達を班に分けて向かう先を指示し、実際の治療はレオポルディナに任せた。
 まれに怪我人を運び出す者達を襲う者がいたが、そういう不埒者は見かけ次第玲が殴り飛ばしておとなしくさせていた。当然彼らも救護所行きである。
 玲は手当てをする者は選ばなかった。いや、選べなかったと言うべきか、始めのうちは協力者達に聞いていたりもしたが、途中から面倒になったのだ。
 ある程度の怪我人を回収したところでレオポルディナの様子を見に行くと、ある意味戦場になっていた。
 忙しく立ち働く人達の中にパートナーの姿を見つけると、彼女は誰かと話しているところだった。
「……そんなに報酬が欲しいなら、お金持ちの怪我人を手当てしたらどうです? 治療費、取れるんじゃないですか?」
 言われた人は手を打つと、礼を言ってレオポルディナから離れていった。
 何となく事情を察した玲は、この短時間で疲れた表情になった彼女を気遣い、
「お茶にしませんか」
 と、誘った。
 玲の姿を見たとたん、レオポルディナの顔から疲れの色が消えていく。
「ありがとうございます。いただきます」
 にっこりとしたレオポルディナに玲は満足そうに頷くと、彼女を手伝っていた配下達にも声をかけた。
「いっぺんに休憩に入るとここがからになってしまいますから、交代でどうですかな?」
 その言葉に、配下達の間でジャンケン大会が始まった。
 玲の淹れた紅茶にホッと一息ついたレオポルディナは、今も救護所に担ぎ込まれていく敵も味方も不明のパラ実生にそっとため息をこぼした。
「わたくし達、どうしてここにいるのでしょうね……?」
「まあ、いいではありませんか」
 レオポルディナの視線の先を追い、玲はうっすらと微笑む。
「それがしは気になりますからな。横山ミツエの行く末が」
「そうですか……」
 曖昧な返答をしてもう一口、とティーカップに口を付けた時、二人に呼びかける声があった。
 見ると、銀色の髪をツインテールにした少女が立っている。
「おぬし達があの救護所の管理人だと聞いてな。ちと相談に参った」
「何でしょうか」
 先を促す玲に彼女は、あそこで人材のスカウトをやってもいいかと聞いてきた。
「この戦いもじきに終わるだろう。その後の居場所を作る助けになったらと思ったのだ」
「かまいませんよ」
「すまんな」
 休憩中に邪魔をした、と礼を言って少女は救護所へ向かっていった。

 救護所には、黄巾賊や味方のパラ実生、たぶん旧生徒会勢力のパラ実生まで様々な所属の者に満ちていた。
 ドロシー・プライムリー(どろしー・ぷらいむりー)はこれだけいるなら手応えはありそうだ、と連れてきた配下に指示を出して自身もフロンティーガーの喫茶店店員の勧誘に乗り出す。
「おぬしも一生黄色い頭巾でいるわけにもいかんだろう。どうだ、フロンの店の従業員になれば、好きなだけ乙カレーが食えるぞ。何ならわらわが盛り付けてやろう」
 よくわからない誘いの言葉で黄巾賊と思われる者に声をかけるドロシー。
 スカウトされたほうもポカンとしたいたが、最後のフレーズだけは頭に残ったらしい。
「ようじょも悪くないか……」
「ようじょは余計だ」
 そんなことを繰り返しながら失敗と成功を五分五分に、ドロシーは根気強く勧誘を続けた。
 こんなふうに熱心にやるのは、全てフロンティーガーのためだった。
 ドロシーは、今の自分は生活面では彼に頼りきっていると思っている。だから、少しでも彼の思うように動いてほしいと考えていた。
 そしてそのフロンティーガーが、自身の出世がドロシーの生活の安定に繋がると信じて一生懸命になっていることを、彼女は知らない。


 瞬きも忘れたようにじっと戦場を見つめるミツエに、護衛として傍にいるイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が静かに告げた。
「ミツエの居場所は隠されたはずだ。たっぷりと偽情報を流したからな。配下に紛れて進めば、余計な敵には会わずにニマのところまで行けるだろう」
 クローン・ドージェの影が、激しい戦闘により巻き起こった砂埃の向こうにかすかに見えた。
「──行くわよ」
 見え隠れするその影から目をそらさないまま言ったミツエに従い、曹操孫権劉備の三人の英霊が続く。
 何を思っているのか読み取れないミツエの顔をちらりと見て、イリーナはこの場に来ることのできなかった戦友を思った。
(お前の分も、ミツエを守り抜く)