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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 最終回
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星帝とS級四天王と


 ヨシオを討つために鏖殺寺院から派遣されたネクロマンサーは、同じくS級四天王としてヨシオ討伐に出た国頭 武尊(くにがみ・たける)と対面していた。
 暗い瞳のネクロマンサーは武尊の参戦にニヤリとした。
「お前が来てくれるとは心強い。ふむ……では俺はヨシオを追いかけている女を狙うとしよう。お前はヨシオを。両方消してしまえばミツエ軍の士気はガタ落ち、うまくすればヨシオ信奉者から攻撃を受けるかもな」
 とは言うものの、このネクロマンサーはミツエのことなど眼中にはなく、狙いはあくまでヨシオであった。
 彼は鏖殺寺院の中でもダークヴァルキリーを盲信し、闇龍による破壊を望んでいる急進派に属する者である。
 恐れているのはヨシオの実力ではない。
 予想外の威力を持ってデマを広めていくわけのわからない能力だ。今はヨシオタウンのみの勢力だが、放置しておけばどんな勢力に成長するかわからない。どこからともなく人が集まってくるのだ。
「アンデット兵を少し預けよう。存分に使ってくれ」
 不気味に笑い、ネクロマンサーは武尊の肩を数回叩いて去っていった。


 荒野を、異様な集団が突き進んでいる。
 集団はただ人が群れているだけではなく、きちんと隊列を組んでいた。
 その中心にいるのは御人 良雄(おひと・よしお)だ。
 ヨシオの傍には用心棒のように吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)が周囲に目を光らせている。
 馬鹿デカイ改造バイクに乗るヨシオを囲み、壁のように守っているのはいんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)率いる、どこからともなく集まった秘密教団の信者達だ。
 彼らの纏う法衣は何故かとても魚臭い。きっとヨシオと竜司もすでに魚臭くなっているだろう。
「いあいあいあいあいあいあいあ……」
 どういう意味なのかはヨシオにも竜司にもわからなかったが、何かの呪文のように途切れることなく唱えながら信者達はヨシオと共にドージェを目指す。
 ぽに夫が組んだこの隊列は『わーわーフォーメーション』と彼は名づけていた。不思議な名前だが、これでどこから敵が現れても対応できるとぽに夫は考えていた。
 竜司の反対側にいるぽに夫が、ふと思い出したようにヨシオに話しかけた。
「そういえば、良雄様もスフィアをお持ちとか」
「そうなんスよ、いつの間にか持ってたんス」
 これこれ、とポケットから手のひらに乗るくらいの玉を取り出す。
 明るく輝いてはいるものの、どこかくすんでいた。それは、闇龍が空を覆い、せっかく作ったピラミッドの頂上でるると天体観測する夢を、ずっとおあずけにされているせいかもしれない。
 その玉を見たぽに夫は、黒い瞳を興奮に見開いた。
「な、なんと! これはだごーん様秘密教団、秘密のしおりにも描かれた伝説の玉!」
「えぇっ!?」
「七つ集めると光龍が現れ、どんな願いでも叶えてくれるそうです! どうかお大事にしてください」
「そうなんスか!? どんな願いも……」
 ヨシオはうっとりと夢見る顔で「るるさん……」と呟いた。
 竜司は額を押さえて呆れたように天を仰いでいた。
 そんなヨシオにヴォルフガング・モーツァルト(う゛ぉるふがんぐ・もーつぁると)が囁きかける。
「ドージェに追いつくまでにまだ間がありましょう。どうです、るるさんに喜ばれるメッセージでも考えませんか? 心配していると思うのですよ」
「……そうだ、俺、るるさんに何も言わずに……ヴォルフガングさんは経験豊富そうっスね。どんな言葉が喜ばれるか、一緒に考えてほしいっス」
 端正な顔立ちのヴォルフガングはさぞモテただろうと判断したヨシオが、気の利いた手紙文──この場合メール文だ──の教えを請うと、彼は快く引き受けてくれた。
「恋愛曲もプレゼントしましょう。こういうのはどうです?」
 馬に揺られながら歌いだすヴォルフガング。彼のあふれる才能は、ヨシオと会話をしているだけで新たな曲を生み出していっていた。
 曲の良し悪しなどヨシオにはわからないが、曲そのものを感じることはできる。
 ヨシオはヴォルフガングが紡ぎだす旋律に、るると一緒に星空を見上げる自分を夢見た。
 だらしない顔になっている後輩に内心で苦笑した竜司は、全部終わったら、と話しかける。
「全部終わったら、野球でもしねぇか?」
 呼びかけに、現実に戻ったヨシオは不思議そうに首を傾げた。
「野球っスか? 唐突っスね。けど、楽しそうっス。みんなを呼んで盛大にやってみたいっスね!」
 それには立派な球場が必要っスね、とヨシオは竜司の話に笑顔で乗った。


 その頃立川 るる(たちかわ・るる)は、平和に進んでいるヨシオとは正反対の状況にあった。
 鏖殺寺院のネクロマンサー率いるアンデット兵団に襲われていたのだ。
 不意打ちを食らわなかったのは、ヨシオのために作ったお守りのおかげだった。これには禁猟区を施してあったのだ。
「メニエス様ではないようですわね」
 接近してきたスケルトンを高周波ブレードで薙ぎ払いながらフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が言った。
「それはいいけど、どうして僕達を狙ってくるのかな!? ヨシオちゃん、ここにはいないのにっ」
「それはこの一軍を率いている人でないと、わかりませんねぇ」
 不満気にこぼしたセシリア・ライト(せしりあ・らいと)に、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)がいつものようにゆったりとした口調で答えた。その手には、たった今骸骨の頭部を粉砕したウォーハンマーが握られていた。
 ウォーハンマーを振り抜き、動きに間ができたメイベルを背後から襲おうと腐った腕を伸ばしていたゾンビを、るるの放った火の玉が弾き飛ばして燃やしていく。
「と、とにかく、ここから何とか抜け出さないと……!」
 不意打ちはされなかったが、あっという間に数に囲まれてしまったるる達。
 るるはそう言うが、包囲を抜け出す隙間が見当たらない。
「ええ〜っ、このままじゃヨシオ君に会えないよ〜っ」
 るるの叫びは、墓場のにおいをぷんぷんさせるアンデット兵団に飲まれていった。

 ゆるゆると、大地が動いている。
 いや、大地に見えたのは荒野の色に服や装備を塗装されたパラ実生の大群だった。
 その先頭を行く女は、ふと足を止めて前方に立ち上る砂塵に目をこらす。
「おや。さっそく出番ですかね……」
「もう追いつかれてたのか」
 女の名はミツ右衛門。仮の名だ。一部の者には『ツァンダのさすらいの同人バイヤー ミツ右衛門』のほうが通りが良いかもしれない。本名は支倉 遥(はせくら・はるか)だが、今はそれほど重要ではない。
 そして、横に立った背の高い男が助さん……伊達 藤次郎正宗(だて・とうじろうまさむね)
 助さんがいるならもう一人、格さんは……迷彩塗装の群に紛れていた。蒼空学園ではベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)と呼ばれている。配下に迷彩塗装を施したのは彼だ。
「さぁて、行くとしようかご隠居?」
「それだけですか? よく見てください。衣装が違うでしょう? これはですね……聞いてますか、格さん」
「……知らん」
 地球で十年以上前に放映されていた時代劇の衣装の微妙な変化について言われても、ここにいる格さんは困るばかりだ。
 それを察したのか、別のもっとわかりやすい違いを言ってみる。
「胸は前回より大きくしてみました。どうです?」
「確かに増えてるな」
 素知らぬ顔でミツ右衛門の胸に手を伸ばした助さんに、彼女は「殿と言えども、タダはいけません」と、その手をピシャリと叩くのだった。
 叩かれた手を大げさにさすった後、助さんは護国の聖域を張ると村雨丸の柄に手を添えるとがらりと顔つきを変えて配下に号令を下した。
「アンデット兵団を殲滅しろ──!」
 大地が吼え、津波のようにアンデット兵団へ襲い掛かった。


 猫井 又吉(ねこい・またきち)はいろいろなことに怒っていた。
 まずは、ミツエがもとに戻ったとたん、いつの間にか彼女のもとに帰っていた曹操に対して。
 これは前回曹操に渡された当帰という漢方薬に秘められた暗号によるものなのだが、そんなことは往時の曹操に関わった者でもないかぎり知らないだろう。
 当帰は、曹操が元部下を呼び戻すために送った漢方薬で、送られた者がそれを投げ捨てたら『戻る気はなし』、受け取ったら『戻る気あり』という意味が込められていたのだという。
 だから、前回曹操を襲撃した者達は、彼がそれを受け取ったことを見るとさっさと撤退していったのだ。
 次に、ヨシオとミツエが手を組んだことに怒りを覚えていた。
 二人が手を組まなければ、武尊は乙王朝を撃破して生徒会でさらなる栄達を果たしていたはずだった。
 そうすれば、又吉ももっと上の地位にいたはずだ。
「……チッ」
 苛立ちに舌打ちをもらし、又吉は武尊に預けられた二十万の配下と先鋒に据えたアンデット兵へ、ヨシオを守る連中を蹴散らすよう指示を出したのだった。
 腐臭を放つアンデット兵団を見たヨシオは、真っ青になって慌てふためいた。
「ぎゃー! が、が、骸骨ー!? こ、骨折……!」
「おい、闇龍やっつけて好きな女に告白してぇんだろ? こんなんで弱気になってどうすんだ!」
「う……ぁ、け、けど竜司先輩」
「オレが手本を見せてやる」
 そう言って竜司は舎弟に矢継ぎ早に指示を飛ばした。
 隊列を組み火術を使えるものはそれを使って一斉に放つ。使えない者はアンデット兵の手足を狙って移動力や攻撃力を削ぐか、頭部を潰せ。
 そして竜司は武者人形を補佐に立たせた。
 舎弟達だけでは完全にアンデット兵団を消せないだろうと踏み、できるだけ一箇所に集めるように、とも付け足した。
 そんな竜司をヨシオは頼もしそうに見ている。
 ヨシオにぽに夫が声をかけた。
「今のうちに進みましょう。あのトロール……失礼、先輩なら大丈夫ですよ。僕のところから補佐を少し置いていきますから」
「聞こえてるぞ、誰がトロールだと!?」
「いあいあ、頼りにしてますよ」
「チッ。良雄! こんなとこでくたばるんじゃねぇぞ! てめぇはいずれオレが倒すんだからな!」
「ひぇっ」
 竜司の迫力にヨシオは身を縮めた。
 とは言うものの、竜司はだいぶヨシオに情が移ってきていた。『竜司先輩』と、何かと頼りにされているうちに可愛い後輩に見えてきてしまったのだ。
 言った言葉に嘘はないが、複雑なところであった。
 ぽに夫の配下に守られ先に進もうとしたヨシオだったが、又吉の指揮で一部の配下が進路に回りこんでいたのだ。
「ぽ、ぽに夫さんっ」
 ヨシオが怯えに裏返った声を出した時、その一団に襲い掛かる別の一団があった。
ヴォルフガング・モーツァルト(う゛ぉるふがんぐ・もーつぁると)の配下だ。
 馬上からランスを指揮棒代わりに振って配下を動かしている。
「なめんなよ!」
 又吉はヨシオを襲わせようとしていた配下への指示を変えた。それを囮にし、別の配下集団を刺客にしようとしたのだ。
 変化に遅れまいとヴォルフガングも必死に食らい付いていく。
 突如、旧生徒会軍の一画から剣戟と怒号がわきあがった。
 ヨシオ勢を押し包もうとしていた旧生徒会軍に南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)の一団が特攻してきたのだ。
 彼らの頭上を流星のように火矢が飛んでいく。オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)が指揮する配下の放ったものだ。
 光一郎とオットーの配下にはヨシオ支持者が多い。光一郎もまたヨシオに好感を持っていた。
「鏖殺寺院てのは、人んチの庭で何やってんだろうねぇ!」
 爆炎波で旧生徒会軍を強襲しながら、光一郎はアンデット兵団へと突き進む。
 気に入らないのは鏖殺寺院だった。
 援護部隊にしては多い人数を率いるオットーは、出発前にこの編成のわけを光一郎に尋ねたのだが、その答えは、
「部隊の前進を支援するための援護部隊さ。怯んだり物怖じしたりする味方が出たら困るじゃん」
 という、物騒なものだった。
 そのことに返す言葉もなかったオットーだったが、それが杞憂であったことはすぐに証明された。
 もともとヨシオ支持者多かったことや血の気の多いパラ実生は、光一郎の指揮のもと嬉々として突撃し、またオットーの部隊にしても味方をも巻き込みそうな危険な援護をして得意気にする者ばかりであった。
「好都合だな」
 暴走気味なのはそれはそれで困りものだが、士気が低下しているよりは良いだろうと前向きに取ることにした。
 竜司と戦っているアンデット兵団へたどり着いた光一郎は、そこにネクロマンサーがいないことに愕然とした。
「何で!? ネクロマンサーは?」
「オレに聞くな」
 配下達がうまいこと集めたアンデット兵へ爆炎波を叩き込む竜司。
 光一郎は目標がいないことに顔をしかめたが、少し離れたところでぽに夫の配下に守られながら不安そうにこちらを見ているヨシオに気づくと、気持ちを切り替えて目の前のアンデット兵や旧生徒会軍勢に集中した。