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世界を再起する方法(最終回/全3回)

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世界を再起する方法(最終回/全3回)

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「――と、いう訳で結果報告は以上です。何かありますか?」
「御苦労様」
 イーオン・アルカヌムと樹月刀真による経過と結果の報告に、御神楽環菜は一言、そう答えた。
 相変わらずつれない返答をする、と、2人は内心で肩を竦める。
 フー、と環菜は息をついた。
「……今回のことに関しては、一応、それなりの評価をしているわ。
 これでいい?」
「別に、無理矢理褒めてもらおうと思ってはおらぬ」
 イーオンが苦笑する。
 刀真は今度こそヒョイと肩を竦め
「ではこれで」
 と、踵を返した。
「……刀真、待って」
 後を追おうとした漆髪月夜が、一旦くるりと環菜の方を向いて、
「環菜、これ、おみやげ」
と、ヴァイシャリー名産のゆるスター饅頭を手渡す。
「…………ありがとう」
「……環菜。あの」
 ちら、と刀真の様子をうかがって、月夜は声をひそめた。
 「『目の前にある闇が濃いほど、ちょっと後ろを振り向いてみれば、眩しい光がある』って意味、解る?」
「さあ」
 あっさりと、環菜は答えた。
 月夜は、そう、としょぼんとする。
「……あなたが、光になればいい、ということではないのですか?」
 横から、苦笑してそう言ったのは、環菜のパートナー、ルミーナ・レバレッジだ。
「え?」
「言われた状況は、よく解りませんが」
 もしも、刀真が闇に目隠しされてしまうことがあっても。
 自分は闇に堕ちたと思うことがあっても。
 光を、見失わないで済むように。
「……そっか」
 ぺこ、とルミーナに頭を下げて、
「……またね、環菜」
と、月夜は刀真の後を追った。


◇ ◇ ◇


 オリヴィエ博士とハルカが、旅費を稼いで帰ってきた。
「うわあ」
 惨状を見て、博士は思わず笑う。
「すごいことになってるのです」
 ハルカが、旅行に行く前よりも酷くなっている壊滅ぶりに、そう言った。
「いっそのこと、ここは放置してよそに引っ越した方がいいんじゃねえのか」
 光臣翔一朗も呆れて言ったが、
「うーん、それもねえ」
と、博士は乗り気ではない。
「ドアにメモが貼ってありましたよ」
と、高務野々が博士に紙片を渡した。博士はそれに目を落とす。
『帰ってきたら、大掃除だ』
 それは、ブルーズ・アッシュワースからのものだった。
「これは大変だ」
 勤勉なドラゴニュートの、この様を見た時の表情を想像して、博士は肩を竦めた。
「ではそれまで、少しでもゆっくりしていましょうか?
 台所を貸してください。お茶を淹れますね。
 何でも申し付けてください特にハルカさん。旅の疲れを、落としておきましょう」
 野々が笑ってそう言った。



 大方の予想を大きく上回って、ブルーズが覚悟をし(天音の目には張り切っているようにしか見えなかったが)、天音すらはたきを手にしたオリヴィエ博士の住居跡は、その数日後には、完璧に片付いたのだった。

 それは天音が
「片付けに、このゴーレムを使えないのかい?」
と、鏖殺寺院のグロスが大量に持ち込み、放置して行ったゴーレムを示したことが切っ掛けだった。
 かくて、機工士と手先の器用な者は漏れなく手伝わされつつ、
「ゴーレム制作の際に10日以上飲まず食わずで作業できるなら、これくらい何でもなかろう」
と、オリヴィエ博士はブルーズとヨシュアに半ば監視されて、殆ど徹夜で全てのゴーレムに改造を施したのである。
 それを全員で一体ずつ操って、通常の50倍の早さで、仕事は片付いてしまったのだった。

 ゴーレムの改造を終えた後、昏倒するように眠ってしまった博士が、散々に惰眠を貪った後に起きた時には、既に全ては片付いていた。
「やれやれ。これでようやく、心残りがなくなった」
 ブルーズは溜め息を吐く。
「助かったよ。ありがとう」
「……まあ、我自身が我慢ならなかったからだからな」
 博士から礼を言われて、ブルーズは急に目をそらした。何だか意外な気がしたのだ。
「ブルーズ、照れているのかい?」
と、天音に言われて、そこは指摘しないで欲しかったところだ、とブルーズは黙り込んだ。
 解っていて口にするのが、彼らしいといえば彼らしい。
 くすくすと天音は笑った。
「それにしても、どうするんです? こんなにゴーレムが……」
 ヨシュアが、呆れたように言った。
 仕事が終わった後のゴーレムの群れは、今は天井が開いた地下1階に、静かに並べられている。
 売れば売れるだろうが。
「そうだね、君達、持って行くかい?」
「え?」
 博士に問われて、天音達は訊き返す。
「ここまでボランティアでやって貰って、何もお礼ができないというのも申し訳ないしね。
 私には必要無いものだし、よかったら」
 ふうん、と、天音はゴーレム達を見た。
「……皆、喜ぶと思うよ」



 申し合わせたように、オリヴィエ博士の仮住居に集まって、仕事納めとばかりに皆で改造ゴーレムによるその後片付けを手伝って、いつの間にか、飛空艇内外で宴会が始まる。
 勿論、あらかじめその場所に集まろうと示し合わせていた者達もいたのだが。

 空京でハックマン医師に礼を述べた後、緋桜ケイや鈴木周達は、博士への報告を兼ねて、ここへ来ていた。
 恐らく同じように集まる者はいるだろう、と、最初から宴会の準備万端だ。
 小鳥遊美羽は、空京のミスドでドーナツを大量に買い込んで、「食べ放題!」と皆に振る舞った。
 佐々木弥十郎は、気合いを入れて厨房にこもっている。
 クマラ カールッティケーヤは
「ごちそうもいいけどドーナツもいいけどお菓子も――!」
エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)にだだをこねて、
「これを励みに頑張ってきたんですしね」
とエオリアは快く、彼の為に心を込めたフルーツタルトを作ってやる。

 そして、そんな中に、聖地ブルーレースのヴァルキリー、イネスの姿があることに、周は浮かれていた。
 というよりも、イネスをお茶に誘う、というミッションを控え、ギラギラに燃えていた。
「ふっふっふ、彼女をお茶に誘うついでに、あんなことやこんなことを……待てレミ」
 嬉しさと期待のあまり、欲望が全て口から出てしまっている周の肩を、背後から無言でがっしと捕まれる。
「いや待て! コハク、助けろ、頼む!!
 おいレミ、関節の動く範囲には限界が痛ぇぇぇぇぇぇ!!!」
 イネスをガードしつつ呆れた目でそれを見やる悠久ノカナタと、横で笑いながらそれを見ているケイ、誰もそれを止めようとしない。
 助けを求められたコハクは、どうしようという面持ちで見ているが、その腕はがっしと美羽に掴まれているのだった。
「駄目だよ〜。ちょっとは痛い目もみないとねっ」
「充分見てるっつーの!!」
 訴える周に構わず、
「行こ行こ〜」
と美羽はコハクを連れて行く。
「いいのかな……」
 周を振り返るコハクに、しらっとカナタが答えた。
「構うでない。あれが愛情表現だ」
「愛情表現にも色々あるんだね……」
「ギブ! ギブ!!」
 叫び声は、聞えないフリをした。

「そうか、神子、誰か解ったんだな」
 集まって、話を聞いて、ケイはそう言った。
「とりあえず、お疲れ様、ってとこか?」
 コハクは首を横に振る。
「……終わってない」
 自分は、ファルを神子として覚醒に促し、重大な舞台へ彼を引き上げた。
 任せて終わり、にはできない。
 神子だと判明した途端、ファルは襲撃を受けたのだ。
「僕も、できるだけのことをしなきゃ……」
「殊勝な心掛けではあるが」
 カナタが、ふっと笑った。
「ひとつのことをやり遂げたのだ。
 今は肩の力を抜くがよかろうよ」
 折角集まって、宴会なのだしな。
 美羽と顔を見合わせると、美羽もそうだよ! と笑う。
「うん」
とコハクも笑みを浮かべた。


「おう、あったあった」
 オリヴィエ博士の仮住居、飛空艇の貨物室、倉庫になっているそこに、翔一朗は目当てのものを見付けた。
 今年のお正月、彼等の家(飛空艇)の入口を飾った”門松”だ。
 天音らには”オヴジェ”としか称されなかったそれだが、最悪捨てられているかもしれないという危惧は外れて、ちゃんと保管されていた。
 確かに、あまり上手くは作れなかったかもしれない……と、ちょっと心残りでいたのだ。
「みっちゃん、何してるのです?」
 ごそごそと貨物室に篭っている翔一朗に気付いて、ハルカがやって来る。
「おう。ちっとな。これ直しとったんじゃ」
 丁度、作業は終わろうとしているところだった。
 うん、今度はちゃんと門松に見える、と自画自賛。
「来年の正月にも飾れるようにな」
「楽しみなのです」
 言ったハルカに
「ま、その前にもうすぐ夏じゃけえ。皆で遊べるように、今度は筏でも作るけえの」
 来年のことも楽しみだが、すぐ先のことも。
「皆で?」
「皆でじゃ」
 ハルカは嬉しそうに笑った。



「ハルカさん」
 また暫く、別れることになる前に、言っておこう、とソアはハルカに声をかけた。
「まだ、パートナーが見つからなくて残念ですけど、きっと、イルミンスールに来てくださいねっ。
案内する約束、勿論私も、忘れていませんから」
 ハルカが約束を大事にしてくれていて、とても嬉しかった。
 だから、その約束を確認しあう。
「ハルカさんがイルミンスールにきたら、皆で歓迎会をしましょう。
 他の学校の皆さんも、皆呼んで」
 きっと楽しいお祝いになりますよ、と。
 ハルカは嬉しそうに微笑んだ後、内緒話をするように、声をひそめた。
「あのね、なのです」
 ソアと、ベアにだけ、思いを教える。
「ハルカ、はかせとパートナーになれたらいいな、と思ったのですけど、はかせは誰とも契約しないって、ふられちゃったのです」
 だから、また別の人を探すまで待っててね、と。
「……へーえ……」
 ベアが剣呑な笑みを浮かべた。
 心なしか、指を鳴らしているように、ソアには見える。
「じゃあ、あの博士をその気にさせたら、万事解決ってわけだな!」
「ベア、ベア! 手荒なことしちゃ駄目ですよー!」
 すわった目でフフフと笑いながらオリヴィエ博士のところに突進して行きかねないベアを、ソアは必死で引き止め、何故かその姿が周囲には微笑ましく写ったらしく、何も知らない博士も他の人達と一緒に笑顔を向けていた。



◇ ◇ ◇



 一人、静かに佇んで、どこか、彼方を見やっている。
 見つめているのは、視界にあるものか、その先か。
「はかせ、どうしたのです?」
 とことこと歩み寄ったハルカが訊ねて、オリヴィエ博士は視線をハルカへ移した。
「……女王が復活なされたそうだね」
「そしたら、この国が平和になるのです」
 ハルカがふわっと笑う。
「……そうだね。
 ――そうなれば、いいけど」

 精神の復活を遂げた女王は、再びこの世界を護る神としての力を取り戻せるのか。
 世界は再起への道を進むのか。
 それとも、同じことが繰り返されるのか。
 行き先を示す女王器は、もう、壊れてしまった。
 けれど。
「なるのです。
 だって女王様には、皆がついてるのです」
 ハルカは迷いの無い表情で、きっぱりと笑った。
 見なくても知っている。聞かなくても知っていた。
 この世界に来て出会った、沢山の人達を、ハルカは理屈とは別のところで信じていた。
 ふ、とオリヴィエ博士も微笑んで、再びその目が何処かを見上げる。
「ああ――そうだね。きっと…………」

 必ず。