First Previous |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
Next Last
リアクション
Scene.16 ここに在る理由
「コハク、危ない!!」
響き渡る、絶叫ともとれる声に、全員が我に返った。
密かに闇に潜んでいた者が、周囲が再び闇に包まれたその瞬間を狙って、コハクに襲いかかる殺気を、後方で様子を見ていた橘 恭司(たちばな・きょうじ)が感じ取ったのだ。
「――!」
その大剣の刃を躱しきれず、湖に転倒したコハクは、水面に血が広がるのを見て、痛みより先にぎょっとした。
サルファの剣は、コハクの脇腹を裂き、上腕を掠めて、女王器を砕いた。
倒れたコハクを追って、サルファも湖に踏み込む。
「コハク!」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が、真っ先にそれを追って、迷わず湖に踏み込み、コハクとサルファとの間に飛び込む。
そのルカルカを、黒衣の男が、更に阻んだ。
「……何だっ!?」
ほのかな光源に照らされたその姿に、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は驚いた。
「2人いるぞ!?」
全く同じ姿の男が、2人。
そして、サルファの持つ剣は、1本ではなかった。
身長ほどの大きさの、全く同じ形の剣を、サルファは、2本、持っていたのだ。
「あれを二刀流かよ……!」
閃崎 静麻(せんざき・しずま)が眉を顰める。
そうか、と理解した。
最初に襲撃してきたあの男と、2度目にモーリオンで襲撃してきた男は、別人だったのだ。
出直す、と言いつつ、2度目に来た時も特に策を考えてきたように見えなかったと思ったのは、同一人物ではなかったから。
彼等がそれぞれ独自に行動していたからなのだろう。
彼等の本体であると思われる大剣はサルファの手に、そして彼等自身の手には、それぞれ別の剣が握られていた。
まずい、と、黎明は思った。
湖岸の水の深さは大したものではなく、コハクを溺れさせるほどのものではなかった。
転倒したコハクは、傷口を押さえながらすぐさま身を起こす。
「コハク、早くあっちへ!」
ルカルカはコハクをサルファから引き離そうとするが、
「邪魔よ!」
サルファが、片方の剣を薙いでルカルカを牽制し、コハクのところに飛び込んで、もう片方の剣を叩き下ろす。
ばしゃりと湖面の水が跳ねた。
――彼等は当然、”清め”など行わずにここまで来たはずだった。
加えて、あの闇に属しているとしか思えない邪悪な剣。
彼等が、聖水で満たす地底湖を踏み荒らしている。
このままでは聖水が穢されてしまう。彼等をここから引き離さなくては。
黎明は、咄嗟に魔法を使おうとして、しまった、と顔をしかめた。
大技の連発はできない。
魔力は使い果たしてしまっていた。
黎明が表情を歪めたその瞬間。
ぐん、と、彼の持つ錫杖が、何かに引っ張られた気がした。
――直後。
湖岸にサンダーブラストの雷が降り注いだ。
「……ちっ!」
それに追いやられるように、サルファは一旦後退し、コハクは慌てて翼を広げて、湖から上がる。
「ちょっ……!
こんな味方入り乱れてるところで何て魔法を使ってんだ!」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が叫んだが、黎明は苦笑した。
それは、彼が放った魔法ではなかったのだ。
しかも、何故かその雷撃は、味方を器用に外していた。
何が起きたのか、正直黎明にも良く解っていない。だが。
――湖面が小さく渦を巻いていた。
「……何!?」
それに目ざとく気付いたルカルカが、サルファを追うことを一瞬忘れて目を凝らす。
すうっと細い水柱が上がり、それが人の形を作り出して、あっと思った。
その姿に、ルカルカ達は見憶えがあった。
「……ルサルカ?」
ダリルが呆然と呟く。
それは、聖地モーリオンで戦った、地脈の精霊だった。
彼女は、あの戦いの時、呪縛から解放され、あの場から消え失せたはず。
水と幻影が重なったような姿で、彼女は笑みかけた。
その手に、湖から吸い上げた、黒く淀んだものがある。
ぱちん、とそれが破裂して消滅し、水の精霊は、もう一度微笑んで、消えた。
「カッティ! サルファ2号と剣を引き離す!」
イレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)の声に、カッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)は
「わかった!」
と叫び返した。
「でもどっちの!? 剣の方? 人間の方!?」
「剣の方だ。だが人間の方も引き離せれば尚良し!!」
「りょーかいぃぃ!!」
とりあえず、地底湖からは引き離された。
あとはサルファを剣と離してしまえば、サルファの攻撃力を削ぐことができるとイレブンは考えた。
警戒すべきは剣だ。
サルファ自体には、自分達にとって脅威となるほどの戦闘能力を持っているようには思えなかった。
「また会ったな、魔剣。
これが三度目の正直か」
一方で、閃崎静麻が、もう一人のグランナークに、堂々と正面から挨拶する。
いや、これは宣戦布告だった。
「二度も戦って俺を沈め損なったことを後悔させてやるぜ」
自分にとっては三度目だが、彼等にとっては二度目になるわけか。
心の中で訂正して、面倒だな、と思う。
どうせ、彼等の表情から見て、そんな細かいことは憶えていないだろう。
「後悔?」
冷たい眼で、グランナークは静麻を見据えた。
「ごちゃごちゃ煩いわ。あんたら邪魔よ、どきなさい!」
サルファが一喝した。
コハク以外の者達など、彼女にとって余計な障害物に過ぎない。
サルファの叫びと同時、ゴッ、と2本の剣が漆黒の炎を噴き上げた。
この狭い洞窟の中にあって、熱は感じられなかった。
しかし空気が一気に重みを増す。
押し潰されそうなプレッシャーは、麻痺ではなく、まるで心臓を掴まれたかのような痛みと恐怖だった。
「――あたし達以外にも、剣の種族が存在していたなんて……」
事情を聞いたその時。
剣の花嫁であるユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)は驚いてそう言葉を漏らし、ベスティエ・メソニクス(べすてぃえ・めそにくす)がにやにやと笑った。
「魔剣とはね。鏖殺寺院も、手が早い」
その存在は、まだあまり知られていない。
どこから見つけて来たのかは知らないが、随分先駆けているものだとベスティエは呟いた。
どうやら魔剣とサルファは契約者同士であるようだ。
いやはや、経緯を聞いてみたいものだ、と、面白がって思う。
そんな不謹慎なベスティエをキッと一瞥した――。
「……魔剣は、あなただけではありませんわ」
精一杯睨みつけるユーベルに、グランナークは、怪訝そうな顔を向けた。
「どこにいると?」
彼女の種族が解らないわけではないだろう。
なのにユーベルを前にして、どこに魔剣がいるのか、と問う。
ベスティエはくつくつと笑い出し、ユーベルは表情を険しくした。
「教えてやろう、『鞘』の女」
そんな感情の現れになど興味を示さず、グランナークは冷たく言い放つ。
「剣は屠る為のもの。混沌をもたらすものだ」
「……あなたにだって、まだ、できることはあるはず……こんなことじゃなくて……!」
剣を振り上げるサルファに向けて、リネン・エルフト(りねん・えるふと)が声を振り絞る。
身体の支配を奪われようとも、覚悟では負けない、という気概があった。
驚いたように目を見張って、サルファは、くっと笑った。
未来、というものが想像できなかった。
自分に”未来”があるとは、思えなかった。
けれど、世界には沢山の人がいて、例え自分が死んで、自分の世界が終わっても、彼等の世界は続いて行く。
自分に”先”はなくても、世界には、際限の無い、”先”があり、自分に”先”はなくても、”先”を護ることは、できるのだと思った。
その思いが、今、リネンを生かしている。
「そうね。その通りよ。
私は、私ができることを探してる」
そうだ、結局は、それだけだ。
サルファを動かしているものは。
――失敗作である自分にも、できることはあるはずだ、と。
リネンの、言葉と共に乗せた思いは、サルファに届いたようには見えず、サルファの返答に感慨は含まれていない。
「地獄の業火。その身に焼き付けて死ぬがいい」
サルファは剣を振り下ろした。
「う、おおおおぉぉぉぉぉッッ!!!」
ラルク・クローディスが雄叫びを上げた。
プレッシャーを、気合いと根性で無理矢理跳ね除けた。
「何だと?」
グランナークは驚いたが、すぐにはっとする。
モーリオンで、あの男に傷を負わせた、と思い出したのだ。
「そうか」
気合いと根性もあるのだろうが、何よりも、ラルクが今片足を突っ込んでいるものと、同じ属性を持つものだった為に、破ることが容易だったのだ。
「うらぁ! その剣、へし折ってやるぜ!」
「はっ!」
ラルクの攻めを、サルファは嘲笑いながら2本の剣で受け止める。
集中力が途切れたか、剣から炎が薄れ、他の者の硬直状態も解けて、ユーベルはリネンに駆け寄った。
微かだが、息はある。安堵しつつ、治療する。
「死なせません、リネン……!」
すっとラルクの対極に回って、期を見計らい、カッティがサルファの足を狙い、背後からタックルをかました。
「積年の恨みチェストぉぉぉぉ!!」
どかっ! とサルファがバランスを崩す。
転がそうとして足首に手を伸ばしたが、サルファは身を捻りながら、剣をかき回すようにカッティに斬り付けた。
至近距離なのに、大剣は予想外に器用に動く。
カッティは離れながら、サルファの手首に蹴りをお見舞いしたが、サルファの手からすっと浮いた剣は、柄を軸にしてくるりと回ってすぐに持ち直された。
そこへイレブンが、サルファの手を狙って、攻撃を仕掛けた。
手首どころか、カッティごと巻き込む轟雷閃の一撃を、しかしサルファは素早く気付いて、大きく飛び退く。
「ちょっ! イレブン!」
「すまん」
カッティの抗議の叫びに、イレブンは短く謝った。
後でヒールすればいいだろう、と、巻き込んでも構わないと思ったことは秘密だ。
呪縛は跳ね飛ばしたものの、そのせいで、闇の浸蝕を一気に深めてしまったラルクは、呻きながら蹲った。
「しっかりしろってんでぃ!」
闘神の書が、彼の身体を抑えつける。
グランナークが攻めこんで来たのに気付き、乱撃ソニックブレードで応酬した。
「近づけさせねえぜぃ!」
◇ ◇ ◇
洞窟の中は、小さな横道や死角が多い。
鬼崎 朔(きざき・さく)は、その内の一つにじっと身を潜めて、攻撃の隙を伺っていた。
サルファが、彼等との戦いに疲弊し、やられて満身創痍にでもなってくれれば、やり易い。
息の根を止めることだけは、絶対にこの手で、と考えていた。
鏖殺寺院に与する者を、この手で殺してやる。と。
「……今日の朔様は怖いのであります」
彼女の為なら、力を尽くして協力するつもりだが、パートナーの
スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)は、朔の鬼気迫る様子を心配していた。
いつもの朔に戻って欲しい、と思う。
復讐心に駆られる朔も朔だけれど、いつもの優しい朔の方が、好きだから。
「軟弱な。復讐に狂う様こそが、朔の本質ではないか」
だが、他のパートナー達は、誰もスカサハのようには思っていなかった。
「もっと復讐心に染まればよい。
それでこそ、わたくしの僕に相応しい」
むしろ、更に煽るように、
アンドラス・アルス・ゴエティア(あんどらす・あるすごえてぃあ)がうっそりと笑みを浮かべ、某小麦粉によってテンションの上がっている
テュール・グレイプニル(てゅーる・ぐれいぷにる)の肯定は、半ばハイになっている。
「そっスよ!
俺も〜、ビリョクながら力になれるよう、姉御の為に、頑張るっす!」
「悪ぃけど、それは勘弁してもらうぜ」
彼等が潜んでいる所へ、仮面の男が声をかけた。
「お前ら、隠れてたって殺気がまるわかりだぜ。
お前等に、あいつは殺させねえよ」
知られた以上は、隠れている理由はない。朔は潔く横道から姿を現した。
「……貴様も、鏖殺寺院か」
「まあな」
返答に、朔の形相が変わる。
「……ならば、貴様も殺す!」
「殺されねえよ!」
3対1だが、
トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)のパートナー、
ジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)が、スナイパーライフルで援護についている。
この戦いで、全ては終わる。
この戦いが終われば、サルファの心の呪縛も解けるのではないか、と、ジョウは思っていた。
自分とサルファは、似ている気がする。
これが終わったら、改めて、友達になりたいと伝えたかった。
First Previous |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
Next Last