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世界を再起する方法(最終回/全3回)

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世界を再起する方法(最終回/全3回)

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Scene.15 深淵より来たる 
 
 聖地カルセンティンの守り人、アレキサンドライトは、朱 黎明(しゅ・れいめい)の姿を見て、意味ありげに笑った。
 黎明の手には、彼の姿にはあまりそぐわない、1本の錫杖があった。
 その錫杖に、アレキサンドラは見憶えがあったのだろう。
 それは、空京の果てに、墓の代わりに突き刺していた、地脈の精霊、『カゼ』の錫杖だった。
「怪我をしたとうかがいましたが……具合はいかがですか?」
 パートナーのネア・メヴァクト(ねあ・めう゛ぁくと)が心配そうに訊ねる。
 切断寸前まで切り裂かれた傷は、何とか目立たないくらいまでには回復している。
 治療したとはいえ、すぐに本調子、と単純に復活できるものではなかったが、アレキサンドライトは平然と笑った。
「ま、今回は何とかなったな。ありがとよ」
 心配に礼を言って、
「中の様子はどうなんです?」
と訊ねた黎明に、「よくはねえな」と答えた。
「あの野郎、結界の中で元気に暴れていやがるぜ。
 ったく、抑える方の身になってみやがれってんだ」
 そういえば、以前『カゼ』を結界内に封じた時、彼はそれを破って逃走した。
「結界が破られる可能性もあるんですか?」
 問いに、アレキサンドライトもその時の事を思い出したのだろう。
「あるな。だからあの時みたいな掛けっぱなしの結界じゃなくて、リアルタイムでそっちに集中してる。
 それなら絶対に大丈夫、ってこともねえんだがな。
 全く疲れるったらねえぜ」
 黎明は不穏な表情を浮かべて、錫杖を握り締めた。
 全く今迄の自分らしくない、と、自分でも思うのだが、純粋にカルセンティンを護りたいという思いから、彼はここにいるのだった。
 ただ、世界を護りたいとかいう、人徳的な動機ではなく、個人的な、我侭な気持ちからだ。
「……念の為、確認しますが」
 そんな内心を表には出さずに、黎明は飄々とした表情で訊ねた。
「結界内では、思いきりやらせていただいて構わないんですよね?」
 アレキサンドライトは肩を竦めた。
「好きにやってくれ」

 ふうん、と、アレキサンドライトはラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)の体に手をあて、軽く調べて呟いた。
 どうだ? と、ラルクは訊ねる。
「聖地の中に入れなかったりすんのか?」
呪詛を受けている自分は、穢れている、という状態に類されてしまうだろうか。
「駄目だな」
 あっさり言って、顔色を変えたラルクを見て、にやりと笑う。
「と、言ったら、聞くのか?」
 ぐっ、とラルクは言葉を詰まらせた。
 ぐぐぐ、と不本意そうに顔を顰めて、
「……俺は、自分のことなら無理をするが、他に迷惑をかけたりはしねえ」
 滲み出る不満を隠そうともせず、むっつりと、しかしそう言ったラルクに、アレキサンドラはくつくつと笑った。
「いいねえ。お前みたいなのは好きだぜ」
 ラルクの額を指で押した後、手の平をあてる。
「?」
「やれやれ、野郎にすんのかよ」
 ぶつぶつとため息を吐いた後、アレキサンドライトはラルクの胸倉を引き寄せて、その額にキスをした。
「!?」
 驚いて、ずざっ、とラルクは後ずさる。
「ててててめぇ! 俺には砕音という心に決めた……!」
「心配しなくても、そういうのは俺も全力で遠慮する。
 応急処置だからな、過剰な期待はすんなよ」
 ぽいっと手を離された。
「……は?」
「まあ、結界の応用みたいなもんだ。
 それでも危ねえと思ったら誰かに担ぎ出して貰え」
「合点でぃ」
と答えたのは、ラルクのパートナーの秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)だ。
そういうことか、と安堵したラルクに闘神の書は、
「安心してる場合かい。
 今のぉ誰かに写メでも撮られて、砕音に見せられたら、おぬしら、破局だぜい?」
 と冗談めかした脅しをかける。
「おい、マジでやめろよな。あいつ結構繊細なんだからよ」
 浮気を疑われたりはしないだろう。と、思う、多分。
 しかし動揺はさせてしまうかもしれない。
「まあ、誰も盗み撮りしていないことを祈れ」
「あのな……」
「……ラルクさん……」
 心配そうに、コハクが見上げる。
 ラルクは笑ってコハクの背中をばんばん叩いた。
「心配すんな! おっさんは大丈夫だ。
 こんなのは修行みたいなもんだ。
 ここまで来たんだ、最後までお前に付き合うぜ!」
 それに、聖地の中には、自分を治すものがあるのだ。行かない手はないだろう。


「結界に隔たれているとはいえ、聖地の中で暴れるのは得策ではないのでしょう?
 その魔獣を氷術で固めて、外に運び出す、ということは不可能なのですか?」
 空京で、ヘリオドールから”結晶”を受け取ったベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が、それを手にカルセンティンに合流した。
 その”結晶”は今、モーリオンで入手したものと共にコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)の手にある。
 話を聞いたベアトリーチェは、そうアレキサンドライトに訊ねた。
「いい方法だとは思うがな。
 中は狭い。少なくとも深部の方に行くまではな。
 ずっと中まで入っちまえば、かなり広くはなるんだが……。
 アレを持ち出すには、あちこちぶち壊して通路を広げなきゃならねえし、下手すりゃ広げるどころか通路を塞ぐ。
 外に持ち出すよりはむしろ、出て来た穴に投げ込んだ方がいいだろうな」
 アレキサンドライトは、彼等と会話しつつ、鍾乳洞の中に入ると希望した面々に、”清め”を施しながら言う。
 中で暴れるなら意味はないかもしれないが、と言いつつ、ま、やらないよりはいいだろう、と、そんな様子に、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が、
「大雑把すぎるわよ」
と苦笑する。
「神経質になってる場合じゃねえからな。
 ――よし、もういい。アレックス、お前も休んでろ。おい、俺の剣はどこだ!?」
 小間使いのようにアレキサンドライトを手伝って動き回っていた少年が、目を見開いた。
 中で、大怪我をしたばかりなのに。
「アレキサンドライト様も行くんスかっ?」
「たりめーだろ。
 こいつらに任せっぱなしで、俺が行かねえでどうすんだ。
 結界は俺が張ってんだぞ」
 当然のように言い放って、
「よし、行くぞ。中に入る奴はついて来い!」
と歩き出す。途方にくれたようにアレックスはアレキサンドライトを見た。
 ――情けない。何の役にも立てない。
 アレキサンドライト1人にこの村の、聖地の責任を押し付けて、自分は護られているだけしかできない……。
「行きましょう」
と、リカインがパートナーのキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)空京稲荷 狐樹廊(くうきょういなり・こじゅろう)達とアレキサンドライトに続こうとする。
 はっとして、アレックスはリカインを見た。
 前の事件の時から、何度もこの村に来ていた。
 アレキサンドライトと親身に語り合い、契約者として、この世界に来た――
「あ、あのっ!!
 お願いします、僕と、オレと契約して下さいッ!」
 突然のことに、リカインはぽかんとする。
 アレキサンドライトも何事かと振り向いた。
「は?」
「もう……アレキサンドライト様に何もかも押し付けてるだけなんて耐えられないっス!
 ぼ、オレも何か、したいんス!」
 契約者となったら、もしかしたら、もうこの村に居続けることはできないのかもしれない。
 だが、今護ることができなければ同じことだ。
 その真剣な眼差しを受け止めて、リカインは横を見る。
「どうしたらいいかしら」
 相談を受けたキューは苦笑した。
 一応、他のパートナー達にも相談するという心掛けは殊勝だが、もう決めているくせに。
「好感が持てる少年だな」
「好きにすればいいでしょう」
と、狐樹廊も興味なさげに言う。
 ちら、とアレキサンドライトをうかがえば、面白そうに成り行きを見守っていた。
 憤っている様子はない。
 むしろ、弟分の成長を小気味よく見守っている風だ。
「解ったわ。契約しましょう。ええと……」
「アレックスっス!
 アレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)
 アレックスはアレキサンドライト様からいただいたアレックスっス!!」
 よろしくお願いします! と、アレックスは顔を輝かせる。
 生まれた時、当時今の自分よりも若い年齢で、既に”守り人”の任についていた彼の名を貰い、ずっと彼に憧れてきた。
 だからこの名前は誇りだ。
 くくっ、とアレキサンドライトは肩を揺らした。
「よし、じゃあお前も来い。
 そのねーちゃんに護られてるばっかじゃなくて、しっかり働けよ!」
「勿論っス!」
 アレックスは力強く頷いて、リカイン達の後に続いた。

◇ ◇ ◇


 鍾乳洞の中は、入口から入って暫く、言われたように狭く、身体がようやくぎりぎり通る、というような場所も少なくなかった。
 這って進んだり横歩きになったり、大柄な体格でありながら、アレキサンドライトは慣れているらしく、器用にくぐり抜けて先に進んでいたが、初めて中に入る者にとってはそうはいかない。
 身体自体は通れても、コハクの有翼種の翼は、このような狭いところでは本当に邪魔で、あちこちで引っ掛かる。
 足元は水が張ってあり、滑りやすく転び易かった。
 時に足首の上まで水に浸されることも多い。
 それに加え、上から水滴がぽたぽた落ちてくる。
 暗いところで、突然冷たい水が頭や背中にぽとりと落ちてくるので、何度も女性陣から悲鳴があがった。
 そうして一体何十分歩いたか、
「よし、ここからはマシになるぜ」
と、アレキサンドラの声が聞こえ、広いところへ転がり出た時には、一同はすっかりズブ濡れだった。
「いい具合に濡れ鼠だな」
 ふわりと周囲が明るくなる。
 アレキサンドライトが、光の翼を出したのだ。
 その外見と性格で忘れてしまいそうになるが、彼は守護天使だった。
「……まさかこれも、”清め”の一環なの?
 ここにある水は全て、聖水?」
 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)が訊ねた。
「『聖水』と呼ばれているものは別にあるが、これが”清め”なのは、そうだな」
 アレキサンドラの答えに、フレデリカはパートナーの
ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)を見る。
 彼女は、敵に操られてしまったことがある。
 そんな彼女を”聖水漬け”にすることによって『浄化』してやれないか、と、そんなことを考えていたのだった。
「もう少し行くと、下にもう一階層あって、聖水はそっちにある。
 で、上にももう一階層あって、魔獣はそっちに封じた」
「上の階層を経由しないと、下の階層に行けない、というわけですね」
「そういうことだ」
 ルイーザの言葉に、アレキサンドライトは頷く。
 先に聖水を確保するのは不可能ということか。
 フレデリカは渋い表情を浮かべた。
 もしも聖水が入手可能なら、それを武器にして魔獣と戦うこともできるはずだと考えていたのだ。
 世界が繋がっていながらも今迄出てきたことが無かった。
 ならば聖地は、魔獣には居心地が悪い場所のはずだから。
 その予測は当たっているのだろう。言えばアレキサンドラは頷いた。
「だからヤツは、早くこんなところは出たいだろうな。
 暴れているのは、そのせいだ」
 勿論アレキサンドライトもさっさと出て行って欲しいのだが、ただ解放しては聖地は滅茶苦茶に荒らされてしまう。

 一行は更に先に進むが、アレキサンドライトは水を得た魚のように、翼で飛んで進んだ。
 歩く方は、基本的に均された道ではない上、足元が水なので障害物が見えずに転びまくる羽目になる。
「ずるい!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が抗議すれば、
「此処は足で歩くヤツを前提にはしてねえんだよ」
と、アレキサンドライトは涼しい顔である。
 広くなって、光翼の片翼も出し、足元を気にする心配のなくなったコハクを、美羽は恨みがましい顔で見た。
「ご、ごめん」
 アレキサンドライトのように露骨に飛翔して進まず、足場になる岩から岩へ、飛び移るように移動しつつも、何故か謝ってしまうコハクに手を借りながら、更に先に進むと、少ししてアレキサンドライトは、
「ここから上だ」
と、あっさりと言った。
 道が2つに分かれている。
 このまま真っ直ぐ進む道と、そして、上に行く道と。
 真っ直ぐ進んだ道の先には、”深淵の穴”があり、魔獣は、そこから這い登って来た。
 そしてアレキサンドライトが示した”上”を見て、美羽達の表情は引きつった。
 登り道、ではない。
 天井だ。
 あまりに高くて暗くて見えないが。
「上って……待って、ちょっと、上って上!?」
「階段や梯子があると思ってたのか?」
 飛ぶことができる彼等に、そんなものは必要なかったので存在しない。
「美羽、僕が運ぶから……」
 コハクが苦笑してそう言った。

「……この聖地は、地下世界、ザナドゥを封印していたわけではないの?」
 暗く見えない先の道を見て、フレデリカが訊ねた。
 その封印が、何らかの原因で失われ、魔獣が現れることとなったのでは、と。
「さあな。意識して封印をしてたわけじゃねえ。
 だが、封印の役割があった、って解釈はできるかもな。
 聖地の清浄な力を嫌って、奴等は今迄近づいてこなかった」
「では、今、魔獣が、こちらの世界へ登ってきたということは……」
 ルイーザが言うと、アレキサンドライトは、複雑な笑みを浮かべる。
「……今、この世界は大変なことになってやがるんだろ?」
 そうとだけ言って、
「行くぞ。誰から運べばいいんだ?」
 と訊ねた。

 女に運搬係をさせるわけにいかねえだろ、と、手伝いを申し出た和泉 真奈(いずみ・まな)に言って、真奈はパートナーのミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)だけを運ぶにとどまり、代わりにコハクやアレックスがこき使われて、ようやく全員を上の階層まで運び終える。
「コハクに運んでもらいたかったのにな〜」
と、ミルディアは思ったのだが、何度も上下を往復しているコハクを見て、そんなことは言えなかった。
「ごめんなさいね」
と真奈は苦笑する。
「あ、真奈が嫌ってわけじゃなくてね!」
「わかっていますよ」
 病み上がりの状態でありながら、両肩に1人ずつ担ぎ、更に首に一人ぶら下げて運ぶ、という荒業をやってのけ、半数以上はアレキサンドライトが運んだものの、全員を運び終えた時には、流石にコハクもアレックスも疲れて息が切れている。
「大丈夫? コハク」
「うん。ありがとう。
 ……大変なのはむしろ、これからなんだし」
 顔を上げたコハクは、心配そうに声をかけたミルディアに礼を言う。
「そっちも、大丈夫!
 コハクも、あ、皆も、あたしが守るから!」
 攻撃はあまり得意な方ではないが、攻撃に専念する人達を、護ることならできると思う。
 聖地も、コハクも、自分が知っている人達も、護りたい。
「……あまり、無理はしないで」
 コハクの言葉に、ミルディアは朗らかに笑った。
「無理。
 だって人を護りたいって、理屈じゃなくて気持ちの問題でしょ?
 好きな人なら尚更……」
 はっ、とミルディアは両手で口を押さえた。
 ぽかん、とコハクがミルディアを見つめる。
「ごめ!」
 慌ててミルディアは、先の方に走って行き、
「ミルディ」
と真奈が慌てて後を追う。
「ほらほら、色っぽい話後だ後」
と、ラルクにどんどんと背中を叩かれ、コハクは我に返った。

 この階層の方も、立って歩いたり飛んで進んだりするには困らないだけの充分な高さと広さがあり、鍾乳石は光源に照らされてぬらぬらと光っている。
 先に運ばれた者は、待たずに先に進み、ドカドカと何かにぶつかっている、あるいは体当たりか何か、攻撃を仕掛けている音を耳にした。
「……血の臭いがするよ」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)が呟いた。