リアクション
卍卍卍 首領・鬼鳳帝の事務におさまった聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)は、帳簿を開いていた。 数字を見るかぎり不自然なところはなさそうだ。 例えば、日本での販売価格より首領・鬼鳳帝での価格のほうが高いが、輸送費などを考えると妥当な値段といえる。 新幹線を使うにしろ、メガフロートから天沼矛を使うにしろ、無料というわけにはいかないはず、という聖の考えはその通りであった。 また、仕入れた商品のほとんどが地球ではあまり売れなかった品であることもわかった。しかしそれも、キマクのような土地では大変珍しいものであるため、売れる商品となる。 「……」 しかし、商品の取引先が引っかかった。 ダミー会社というのではなく、何となく闇のにおいのする会社に思えたのだ。そういう世界が身近だったせいか。 (もしかしたら、もしかするかもしれませんね……) 会社名だけでは確信は持てないが。 それから聖は、ダンボール箱の中に適当にまとめられている伝票の山の整理に取り掛かった。 お嬢様はレン様と仲良くやっているでしょうか、と案じながら。 聖のお嬢様、キャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)は首領・鬼鳳帝内の飲食店フロアにあるカフェに、蓮田レンを引っ張ってきておしゃべりに興じていた。店は閉まっていたが、レンに言われて舎弟が臨時店員をやらされている。 キャンティはレンを見るなり、 「蓮田レンと書いてレンレンですわね! レンレンと呼ばれるために生まれてきた男なんですわ〜」 と、レンを引きずるようにこのカフェを目指したのである。 呆気に取られたレンは気がつけば薄暗いカフェのソファに座らされていたというわけだ。 さらにキャンティは、 「イケてる男はレディにお茶をおごるものですぅ! 細かいことを気にしていたらモテませんわよ〜」 と、わがままコンボをくらわせた。 「レディはもっとおくゆかしいものですぅ〜」 と、キャンティの口真似をしながらも携帯で舎弟を呼び、にわか店員にした。 そして、キャンティはショートケーキに豪快にかぶりつきながら質問を飛ばす。 「ところでレンレンはパラミタに何しに来たんですの〜? 単なるお商売ですの? 地球から物を持ち込んだら諸経費もけっこうかかりそうですし、割りに合わないことも多いのではないかしらん?」 「いっぺんに聞くな。それと食うかしゃべるかどっちかにしろ」 質問の最中もケーキを口に運ぶ手が休まることがなかったキャンティは、レンの注意もさらりと流し、ミルクティーをごくごくと飲んだ。 それから、店の隅に待機しているにわか店員を片手を上げて呼びつける。 「ミルクティーとショートケーキおかわりですぅ!」 「聞いてんのかひとの話し!」 「もちろんですわ。で、どうなんですの?」 「最初に言ったろ。パラ実とりに来たって。カネ勘定はミゲルに聞いてくれ。そういうお前はあのグッズ売って何がしたいんだ?」 問われたキャンティはケーキに乗っているイチゴを食べながら、かわいい笑顔で壮大な夢を言った。 「キャンティは一山当てて、自分達の国を作るのが夢ですのよ」 その様子を、伝票整理を終えた聖が店の入口からそっと眺めていた。 (お嬢様はレン様が気になるようでございますね……。そういえば、同世代の男の子とおしゃべりするのは久しぶりなのでしょうか。さて、レン様はふつうの契約者の男の子ではなさそうですけれど) しかし、聖の懸念などどうでもよさそうなキャンティを見ているうちに、彼の口元にも笑みが見える。 ふと、キャンティは席を立つと、店内BGMを鼻歌でうたいながら聖の脇をすり抜け軽い足取りで行ってしまった。商品巡りにでも出かけたのだろう。 聖はテーブルに残されたレンに近づくと、 「レン様、お嬢様が失礼を……伝票はこちらでお預かりいたします」 錘の下から伝票を抜き取り、品良く微笑む聖へレンはやや同情のこもった眼差しを向ける。 よくまあアレに付き合ってるな、と。 が、まったくそんなことを感じていない様子の聖に、レンは投げ出すように短く笑うのだった。 卍卍卍 空京。 弁天屋菊からのメールを確認した朱 黎明(しゅ・れいめい)は、お礼のメールにあまり無茶をしないように、と書き添えて返信すると静かに携帯を折り畳んだ。 パラ実イコンに乗り込んで働く車と決闘しに行ったかもしれない熾月瑛菜にも同じような内容を送っていた。 『そっちも空京だからって油断すんなよ!』 と、すぐに返信が来た。 菊といい瑛菜といい、最近の自分はずいぶんと他人のことを気にかけている、と苦笑がこぼれる。 レンがヤクザから『坊ちゃん』と呼ばれていたことを耳にした黎明は、彼はヤクザの組長の息子の可能性があると考えた。 そこで、地球との玄関口である空京へレンとヤクザの繋がりを示すものはないか探しに来たのだ。 しばらくは人の流れのままに通りを歩いていた黎明だったが、ふと脇道に目をやった時に気づいた。 (ヤクザが増えている……?) 裏の世界の者はどこにでもいるものだが、やけに目についたのだ。 黎明はややうらぶれた通りへと足を向ける。 華やかな大通りとはまるで違う、昼の日差しが差し込んでいても空気そのものが澱んだような通り。時々、道の端に寝転んだ浮浪者が濁った目で黎明を見送る。 そして、彼は見た。 チンピラが一般人相手に何かを手渡しているのを。 パラ実では珍しくない『自称小麦粉』だ。 建物の壁を盾に売買の様子を見ていると、不意にチンピラが黎明のいるほうに鋭い目を向ける。 黎明は素早く踵を返し、足早に表通りに出た。 彼の表情は浮かない。 あのチンピラがどこの者かはわからないが、空京を通りキマクに侵食してきているのは確かなようだ。 はじめ、黎明は日本から来た不良の集団に対抗するには四天王が力を合わせる必要があると思ったが、事態はそれほど単純ではなさそうだ。 (考えてみれば、渋谷だけで首領・鬼鳳帝ほどの店を構えるのは無理ですね) だがヤクザがバックについているなら納得がいく。 (ドージェ様……) 黎明にとってドージェは唯一の神であり、絶対的な力の象徴だった。 ハスターがパラ実を支配することはかまわないが、ドージェ信仰に成り代わり、首領・鬼鳳帝信仰がキマクに浸透するのは許せなかった。 たとえ、もうドージェがいないのだとしても。 卍卍卍 パラ実イコン部隊を迎撃する態勢を着々と整えるミゲルに、元気いっぱいな機晶姫が訪ねていた。 物怖じしない性格なのか、戦闘を前にしたピリピリした空気をものともせず、ミゲルに話しかける。 「ねえ、屋上に遊園地とか作ったりする予定あるの?」 「ありませんが、それがどうかしましたか?」 メリエル・ウェインレイド(めりえる・うぇいんれいど)に答えたミゲルが今度は聞き返す。 「地球にあるこの手の店の屋上に遊園地建設の話しが上がった時、近くに病院があるとかで問題になったんだよね」 「そうでしたか。ですが、ここは」 「うん。まるっきり荒野だから関係なかったね」 メリエルの言う通り、現在の首領・鬼鳳帝周辺は工事現場を除けば荒野が広がるだけの殺風景な世界だ。 「あとさ、迷路みたいに物並べるのもいいけど、換気には充分注意してね」 というのも、これも地球で似たような店内の店で放火事件があったからだそうだ。 「留意しておきましょう。ところで、一人で来たのですか?」 「ううん。エリオットくんと一緒だよ。ただちょっと追い越しちゃっただけで……あ、いたいた! おーい!」 働く車の陰から姿を見せたエリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)に、メリエルが大きく手を振って呼びかける。 気づいたエリオットはため息をつきたそうな顔でメリエルを軽く睨んだ。 そして彼はミゲルの前に立つと瞳の奥に好奇心をのぞかせて、契約した長身の英霊を紹介した。 「アロンソ・キハーナという。卿はこれを見てどう思う?」 立派な騎士のいでたちのアロンソ・キハーナ(あろんそ・きはーな)を目にしたとたん、ミゲルはひどくショックを受けたように表情を強張らせて立ち尽くした。手が小刻みに震えている。 やがて軽く頭を抱えて喉の奥から絞り出すような呻き声をもらすと、 「うおおおおっ! 貴様何者だー!」 人が違ったような叫び声を上げてショットランサーを振り回し始めた。 それに触発されたように、ミゲルを観察していたアロンソもランスを構える。 「無礼者が! 我輩はドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャなるぞ!」 「この偽者めが! ──いや、これは私を陥れようとする悪の魔法使いの仕業か!?」 ふと、ミゲルとエリオットの目が合う。 半ば錯乱を起こしかけているミゲルの目には、プリーストもウィザードもごっちゃになって映った。 くわっ、と血走った目を見開き目標をエリオットに変える。 アロンソがとっさに間に割り込んだ時、ガツンッ、といい音が響いた。 「何やってんだてめぇは」 カフェから出てきたレンだった。トン、と肩に担いだのは金属バット。 叩かれた衝撃によるものか、ミゲルは正気を取り戻していた。 「これは失礼しました。あなたも私と同じ憂い顔の騎士の分霊なのですね。どうぞよしなに」 錯乱前の丁寧な物腰に戻ったミゲルに、アロンソは大仰に頷いてみせた。 ところで、とミゲルはエリオットに視線を移す。 「わざわざ悪の魔法使いのふりをしてまで彼を私に会わせたのは、単なる暇つぶしですか?」 「悪の魔法使いのふりをした覚えはないのだが……まあいい。私がこうしてここに来たのは……そうだな『好奇心』というものだ。方やハスター神、方やドン・キホーテの作者。卿らがこのパラミタに何を夢見ているのか、何を成し得るのか。私はその『行く末』に興味があるのだ。卿らに協力はしないが代わりに敵対もしない。できれば傍観させてもらいたいのだが、かまわないだろうか?」 「邪魔をしないならどこにいてもかまいませんが、とばっちりを受けてもそれはあなた自身の責任ですよ」 頷くエリオットにミゲルも頷き返し、そして続けた。 「それと私は作者ではなくそちらのドン・キホーテと同じですので。あなたにもしその気があるなら、これからのレンの偉業を英雄譚として残してもいいのですよ」 ミゲルは自信たっぷりに言った。 二人の会話の内容にたいして興味のなさそうなレンに、同じく手持ち無沙汰になっていたヴァレリア・ミスティアーノ(う゛ぁれりあ・みすてぃあーの)が妖艶な笑みを見せて近づいた。 「日本の不良のトップにもなったら、やっぱり女に困らなかったりするの……?」 「……そうだな。向こうから勝手に来て勝手に要求してきて、めんどくせぇことゴチャゴチャ言ってきたから放り出してやったよ」 「そう。なら、あなたにとってはクトゥルフやらハスターやら周りが騒ぐのも、めんどうなことなのかしら」 「呼び名なんかカンケーねぇな。要は御人良雄を沈めて俺がパラ実のトップに立つ。その後のことはそれからだ」 レンはそうとう御人 良雄(おひと・よしお)が気に食わないようだ。名前を口にするのも嫌そうだった。 ヴァレリアはというと、クトゥルフやハスターには最初から関心はない。 「私は……そうね。うまくヤれそうな男なら歓迎ね……。あなたはどう? 女の扱いは……ああ、めんどうな女は嫌いだったわね」 妖しく微笑むヴァレリアだが、特にレンに取り入ってやろうという気はない。 レンも彼女のそんな気配に気づいているのかいないのか、冷めた目で鼻で笑った。 |
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