リアクション
メカ小ババ様走る 「学長は御在室であられるか?」 空京大学の拡張室の前で、リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が呼びかけた。 ピッという電子音と共に校長室の扉のガラス部分がモニタに変化し、パルメーラ・アガスティア(ぱるめーら・あがすてぃあ)の映像が現れる。 『アクリト・シーカー(あくりと・しーかー)学長の今日のスケジュールは、蒼空学園への出張となってるんだよ。また来てねー』 言い終えると、プツンとモニタとなっていた窓ガラスが元の半透明の状態に戻る。 「蒼空学園がメカ小ババ様に襲われたから、こちらも注意するようにと進言に来たのであるが、入れ違うように蒼空学園に行ってしまうとはな……」 どうしたものかと、リリ・スノーウォーカーが、手の中の青いデータカードを軽く握りしめた。 これは、メカ小ババ様の残した唯一の手がかりだった。小ババ様捕獲機である改造掃除機の中に吸い込まれたメカ小ババ様が自爆したときに唯一残っていた物だ。 他の破壊されたメカ小ババ様は丁寧に中枢回路が焼かれていたのだが、掃除機という密閉空間で爆発したのが幸いしたのか、はたまた何か他の要因があったのか、この一体だけが奇跡的に無事な状態でデータカードが残っていたのだった。 はたして、この中に何かのデータが残っていれば、いったい何か起ころうとしているのか解明できるかもしれないのに……。 「しかたない、自分で調べるしかないのであるな。ここでなら、蒼空学園以上の設備があるであろう」 それを求めて、リリ・スノーウォーカーは空京大学の施設内を歩き回り始めた。 ★ ★ ★ 「んっ? 数値がおかしいじゃねえか。誰だ、医療機器の近くで磁気や電波を発信する物を持ってる奴ぁ!」 医学部で、医療機器実習を行っていたラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が、実習用ダミー人形のライフモニタが異常値を示すのを見て怒鳴った。 「ゴパ?」 その声に反応して、診察台の陰から小さなゆる族が姿を現す。 「なんだお前、見かけない奴……小ババ様!?」 そのちっちゃなゆる族を見たラルク・クローディスが、どういうことだと声をあげた。 ゆる族に見えたのは、ピンクの兎の着ぐるみを着ていたからである。 「なんでこんな所に? ……んっ?」 訊ねかけて、ラルク・クローディスは、小ババ様の顔が異様にでかいことに気づいた。頭身がおかしい。 「まさか、あのときの、ロボットか! うらぁ! てめぇか!! 何、電波妨害してんだよ!!」 ラルク・クローディスが手をのばすと、すかさずメカ小ババ様が、てってってーっと逃げだしていく。 「逃がすかあ! 捉えた! そこだぁ!!」(V) 廊下に飛び出したラルク・クローディスが、ピンクのもこもこに対して容赦のないドラゴンアーツの一撃を放った。 べちっ……。ちゅどーん。 あっけなく潰れたメカ小ババ様が自爆する。 「しかし、なんでこいつらがうちの大学に……」 ラルク・クローディスが怪訝な顔になる。 「一匹ってことはねえよな。このままじゃ、研究はできねえは、調べ物もできねえはで、大変じゃねえか。くそう、すべて見つけだして駆除してやるぜ」 使えそうな磁気センサーなどを持ち出すと、ラルク・クローディスはメカ小ババ様を探しに行った。 ★ ★ ★ 「ふう、食ったのだ♪」 ちょっぴりふくらんだポンポンをさすりながら、満足気に毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が言った。 ここ空京大学の学食で食べられるカレーは、本場のインドカレーということで、空京でも知る人の知るグルメスポットなのだ。大学の学食が、キャンパスにさえ入れれば部外者でも食べられることを知っていれば、格安で本場のカレーを堪能することができる。 「あれ? あれは何をやっているのだ?」 さあ帰ろうとキャンパスを横切っていた毒島大佐は、何かちっこい物体を追いかけているラルク・クローディスの姿を見つけておやっと思った。 「逃がすか、メカ小ババ様め!」 神速で追いついたラルク・クローディスが、容赦のない拳で仔猫の着ぐるみを着たメカ小ババ様を叩き潰す。 素早く離れると、バラバラになった残骸が炎をあげて燃えかすとなった。 「発火装置で証拠を残さないようにしているのか。念が入りすぎているぜ」 犯人は何を考えているんだろうかと、ラルク・クローディスが顔を顰めた。蒼空学園から盗まれたのは気象データだというが、この空京大学からは何を盗み出すつもりなのだ。 「まだいるのだよ!」 少し考え込んでしまったラルク・クローディスのそばで、毒島大佐が叫んだ。素早く刀を抜いてアルティマ・トゥーレでそばにあった立木の枝を凍りつかせた。 ぼとりと、子リスの着ぐるみを着たメカ小ババ様が凍りついて落下してくる。 「ふっ。たわいのない。貴様のせいでこの前は……」 蒼空学園で山葉 涼司(やまは・りょうじ)にボコボコにされた恨みだと、毒島大佐が地面に転がるメカ小ババ様を踏み潰そうとする。 「危ねえ!」 素早く動いたラルク・クローディスが、毒島大佐をかかえるようにしてその場を離れた。 直後に、メカ小ババ様が自爆する。 「活動停止と同時に、自爆装置が残っていれば自爆、そうでなければ発火焼却か……」 用意周到すぎると、ラルク・クローディスが舌打ちをする。 「ちょっと、放すのだ!」 太い腕にかかえられた毒島大佐が、じたばたと騒いだ。 「なによ、メカ小ババ様って自爆するのか?」 「知らなかったのか?」 ちょっと驚いたように聞き返すラルク・クローディスに、毒島大佐がこっくりとうなずいた。確かに、直接メカ小ババ様と戦った者でなければ、細かいことは知らないかもしれない。しかたないので、ラルク・クローディスが、蒼空学園で起こった事件の裏事情を説明した。 「ふっ、そういうことであれば後腐れなくていいではないか。奴らは、この我が、この世からすべて抹殺してくれるのだ」 話を聞いて大義名分を手に入れた毒島大佐が、少し残虐な笑みを浮かべて言った。この状況でなら、どんな手を使ってメカ小ババ様を破壊しても、誰に文句を言われる筋合いではない。 「どうやら、着ぐるみを着てごまかしているらしいが、分かってしまえば逆に見つけやすいってもんだ。だが、くれぐれも、本物の小型ゆる族は襲うなよ」 なんだかちょっと心配になって、ラルク・クローディスが毒島大佐に釘を刺した。 「事故は、しかたないのだよ」 そこまでは知らないと、毒島大佐がとぼけた。 とにかく手分けして駆除しようと言うことになって、別々にメカ小ババ様を探し始める。ラルク・クローディスとしては、もっと他の学生の協力を仰ぎたいということもあった。 実際、蒼空学園に次いで情報処理施設が充実していると思われる空京大学に、メカ小ババ様の解析を頼もうと考えて訪れている者もいる。また、次に狙われるのは空京大学だと目星をつけて、警告に来ている者たちもいた。 影野 陽太(かげの・ようた)もそんな一人だ。 「メカ小ババ様をコントロールしていた電波の周波数が分かれば、重要な手がかりになるはずです。これ以上、蒼空学園を乱させはしません」 一つの決意をもって、影野陽太は蒼空学園を守るために動いていた。 携帯電話のことであれば、スマートフォンを提供している空京大学に細かい資料があるだろう。 だが、事態は彼の思惑を超えて推移していた。すでに、空京大学はメカ小ババ様の襲撃に遭っていたのだ。 ラルク・クローディスの警告は素早く学生たちに伝わり、そこかしこでメカ小ババ様の駆除が行われ始めていた。 「こんなに敵の行動が早かったとは……」 一緒になってメカ小ババ様を探しながら、影野陽太はつぶやいた。 「そちらの方はどうですか?」 携帯電話を改造した探知機を持ってゆっくりと身体を回転させながら、リース・バーロット(りーす・ばーろっと)が戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)に言った。 「反応がありますね。むこうの方です」 同様に身体の前に掲げた探知機を校舎の方にむけながら戦部小次郎が答えた。 以前の事件で、どうやらメカ小ババ様が発生させている電波が、携帯電話と干渉してノイズを発生させているという推測がたっていた。それに則って、リース・バーロットが探知機を作ったのである。もちろん、干渉している信号が確定できないため、特定電波発信源を探知するような高い精度の物は作れない。そのため、常時データ通信を行っている携帯電話のパケットエラー回数をカウントするアプリを走らせて、探知機のような物を作ってみたのだ。 「いつの間に探知機を作ったんですか?」 それを見た影野陽太が、ちょっと驚いて訊ねた。 「簡易版ですから、たいした精度はありませんが」 ちょっと自慢げに、リース・バーロットが説明をする。 「なるほど。でしたら、なんとか一体捕獲して、正確な信号を解析できればパッシブレーダーのような物が作れますね」 「ええ、その通りです」 影野陽太の言葉に、リース・バーロットがうなずく。 「そうなれば、確実な防犯体制が敷けるっていうものです。協力してもらえますか?」 「もちろんです」 戦部小次郎に言われて、影野陽太は快く協力を申し出た。 探知機のハードウエア自体は携帯電話その物なので、アプリケーションのインストールだけで効果が発揮できるのはありがたかった。 人数が増えた分、精度が上がる。より干渉を受けている者の方向にメカ小ババ様がいるはずだった。 「いました!」 包囲を狭めていき、戦部小次郎たちは、情報処理準備室でついにメカ小ババ様を発見した。 ミドリガメの着ぐるみを着たメカ小ババ様は、部屋の中にあったノートパソコンに自らのケーブルを繋いで何やら操作していた。 すかさず、影野陽太が冷線銃でメカ小ババ様を倒す。 「よし、これでサンプルの調査を……」 影野陽太が近づいてメカ小ババ様を確保した。 「自爆信号が来るといけない。これで遮断しよう」 戦部小次郎が、用意してきたアルミホイルを氷結したメカ小ババ様にグルグルと何重にも巻きつける。これで、外部からの電波は遮断できるはずだ。 「一安心ですね」 リース・バーロットが言ったときだった、テーブルの上におかれたメカ小ババ様が突然発火した。 「危ない!」 戦部小次郎が、リース・バーロットの手を引いて下がらせる。 「外部からの命令じゃないのか……」 「自立的に判断するか、機能停止で自滅するように設定されているようですね」 メカ小ババ様の残骸を見つめる戦部小次郎に、影野陽太が言った。 「アルカリ金属系の反応装置が組み込まれているみたいですね。氷結は水と反応させるので逆効果のようです」 困ったようにリース・バーロットが言った。 「とにかく、他のメカ小ババ様を探しましょう」 影野陽太は、そう二人をうながした。 |
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