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三つの試練 第二回 咲かせて、薔薇色吐息

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三つの試練 第二回 咲かせて、薔薇色吐息

リアクション

2.


 ――館は、禍々しい空気に包まれていた。
 立ちこめた霧に、あたりは薄暗い。朽ちた館の、荒れ果てた庭に、しかし血に飢えた気配は満ちている。
 そんな空気を切り裂くように、ひときわ凜とした声が響き渡る。
「我こそは女王陛下のジャスティシア、薔薇の学舎、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)。密議は全て露見した。おとなしく縛につくんじゃん!」
 あらかじめ【勇士の薬】でボルテージを高めていた南臣の声は、【警告】となって響き渡った。「ならびにそれがし、オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)
 傍らに直立する錦鯉が、物々しくそう言い添える。
 彼らは、自ら先陣を切って、この館に乗り込んでいた。いや、彼らだけではない。
 厳しい表情を浮かべたクライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)と、ローレンス・ハワード(ろーれんす・はわーど)の姿もそこにあった。そして、彼らの背後のように隠れるようにして、サフィ・ゼラズニイ(さふぃ・ぜらずにい)が、どこかこの場を楽しむような、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「有象無象に用はない。命より名こそ惜しむ者があれば今宵の我が好敵手に相応しい。名乗り出ーい!」
 南臣が、さらに語気を強めた。しかし。
「……愚かな小童どもが」
「貴様らに名乗る名などない」
 霧の中、ざわざわと影が答える。その数は、次第に増していくようであった。
「んー、けどさクライス君ってまだパラミタに来て1年。かくゆうあたしも産まれて18年。何百何千年生きてるあなた達から見たらどっちも赤ん坊でしょーに。赤ん坊が礼儀が出来てなくて怒る大人ってかっこ悪いと思わない?」
 その気配に怯える気配もなく、ゼラズニイがそうちゃちゃをいれる。
「貴方がた、吸血鬼の誇りはどうしたのです!」
 クリンプトが、彼らを見据え、高らかに呼ばわる。
 四人を取り囲む輪が、じわじわと小さくなるのを、彼は肌で感じていた。
 その間合いをとりながら、さらにクリンプトは言葉を続けた。
「女王に誓って自らの行いに恥ずべき点がないのなら、堂々と来ればいいでしょう! 聞く耳位は持っています、物申す口もありますが! さあ、貴方の正義に基づき糾弾してみてください! 篭絡される用意は整っています!」
 クリンプトは、なるべくならば争いは避けたかった。ただのテストで、人を襲わせるのはやりすぎだ。なにより、自らが剣を捧げるのはシャンバラであって、ジェイダスではない。
(やはり、あの校長は信頼できません)
 ――そう、彼の胸中には、ジェイダスに対する不信感が強まっていた。
「単刀直入に言わせて貰えば、貴方達が何故今薔薇の学舎を排除としたのか、その理由をお聞かせ願いたい」
「先達らしく寛容な精神で答えてやったらー?」
 ハワードがさらに尋ねる。笑いながら、ゼラズニイもそう口にした。
 一度は和平も進んだというのに、何故今になってという疑問はある。なにより、ハワードには、以前より続く排斥とは少々毛色が異なる気がしたのだ。
「気の毒に……あの男に利用されているだけとも知らず……」
「どういう、意味ですか……?」
 クリンプトの眉が寄った。
 それに対する返答は、嘲笑のみだった。
「タシガンの地と、その宝は、我々だけのもの」
「この地を捨て、早々にどこぞへと消えるがいい」
 言葉は、それが最後だった。
「来るぞ」
 ハーマンが呟いた。霧の向こうから、影は確かな形となり、彼らに襲いかかる。
「仕方がありませんね」
 説得交渉が成り立たなかったのは残念だが、こうなっては致し方がない。クリンプトの身体が重力から解き放たれ、常人を遙か越えた速度で動く。同時に閃いた腕が、襲撃者たちをなぎ払った。その背中を、ハワードが護る。
「光一郎!」
「おう!」
 ハーマンの祝福で、南臣の一撃の威力が高まる。三尖両刃刀を振り回し、南臣は彼らを蹴散らした。さらに、ハーマンが輝く光でもって彼らを追撃する。
 南臣の目的としては、迎撃に待ちかまえていた一団を排除することと同時に、騒ぎによって敵をひきつけ、他の生徒たちが侵入するのを容易にするためだった。
 種を使う気は、最初から無い。薔薇の学舎の命令を違えた罰は甘んじて受ける覚悟だった。
 ラドゥは彼らを殺す価値すら認めず、薔薇の苗床としろと命じた。さすが【闇の帝王】、敵対者を殺さず後々まで辱めるとは容赦のないことだ。
 それだけのことが、この裏にはあるということなのか。
 しかし今は、そのことについて深く考察する余裕はないようだった。
 狂信者めいた瞳で襲いかかる吸血鬼は、一人一人の力は弱くとも、数という力でもって四人を苦しめる。
 一方で、素早くその場を離れたゼラズニイは、戦闘を後方から見物していた。どうやら、彼女の目から見ても、そうすぐには決着はつきそうにない。
(けど、クライス君達薔薇の事すっかり忘れてるわねー。イエニチェリなれないのはいいけど、0点だと最悪卒業できなくない? ま、あたしは関係ないけど)
 金色の三つ編みを揺らし、彼女は肩をすくめた。

 そこに、助太刀に現れた者たちがいた。
 金色の髪をなびかせ、颯爽と駆けつけたのはヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)。そして、その対のように付き従う、銀の髪。キリカ・キリルク(きりか・きりるく)だ。
「待たせたな!なに、ただの通りすがりの帝王だ」
 ニヤリと笑い、ゴライオンはそう口にすると、栄光の刀と絶望の剣を両手に構える。そして、南臣たちを護るかのごとくその前に飛び出した。
 蠢く吸血鬼たちが、呪詛の言葉を吐きながら、彼へと襲いかかる。キリリクはゴライオンの背後を護りつつ、巨大な盾を構えた。
 南臣はそれに乗じて、数歩後ろへと下がる。そして。
「光一郎よ、それがしとの契約の証があるぞ」
「ああ!」
 オットーの言葉に、南臣が応じる。そして、渾身の力をこめた一撃を放った。
 ドオォォン!!!
 轟雷が視界を白く染め、耳をつんざく大音響が鳴り渡る。
 巻き添えに吹き飛んだ木々や、土埃がおさまるころ、ようやっと周囲は元通りの静けさを取り戻していた。
「はぁ……」
 南臣は息をついたが、すでに疲労困憊だ。それは、ハーマンやクリンプト、ハワードも同じことだった。
 そんな中、ゴライオンは歩を進めると、かろうじてまだ息のある吸血鬼の一人の傍らに立つ。
「立てるか」
 ゴライオンはそう尋ねた。
「……例の、種とやらか。好きにするがいい」
 嘲笑を浮かべた吸血鬼に、ゴライオンはただ首を横に振った。
「情けをかけられる事を恥とする心があるならば、そこに追い詰められた自分を恥じて、己への戒めとして今一度、膝をついて欲しいだけだ」
「…………」
 相手は答えない。万が一の場合に備えているのだろう、彼らのやりとりを見守るキリリクは、自らの主のために警戒を解いてはいなかった。
「永き命で生き方を変える勇気は俺には想像もつかない。足りなければ頭も下げよう。血も差し出そう。だから、テロなんて行為はやめてくれ。各々が想いを込めて育てた、薔薇を一輪もらえないか。テロに賭けた貴方がたの想いは、この大輪の薔薇と共に、俺が必ず校長に伝える」
 しかし、その言葉への返答は、頬への唾棄だった。
「……!」
 ぴくり、とキリリクの眉が鋭くつり上がる。しかし、ゴライオンは激昂することはなかった。
「誇りはない、と?」
「……貴様らに理解されようとは思わぬ。そのうち、怒りと疑いを抱きあい、それぞれに食い合いをはじめるがいい……」
 不吉な言葉を最後に、吸血鬼は自ら舌を噛み切り、その命を絶った。
「…………」
 立ちつくすゴライオンに、背後からキリリクが「ヴァル」と声をかける。それから、自身の袖口を破りとると、彼に差し出した。頬を拭え、と。
「ああ」
 それを受け取りながらも、ゴライオンの眼差しは、息絶えた男から外れることはなかった。



「皆さん、あんな残酷な種の養分になんてなる必要はありません。苗床というのはもっと未来に繋がるような、思いやりのある行いのはずです。体に薔薇を咲かせて皆さんの志が遂げられるとは思えません。排斥運動には賛成できませんが、種の方が許せないのです。戦って勝てるかもしれませんが、どうか身の安全を優先して下さい!」
 ストルイピンは、ユシライネンとともに館に侵入を果たすと、気配に気づいて現れた吸血鬼にそう説得を試みた。ユシライネンは、少し後ろに控えている。地球人である自分が言うよりは、効果があると踏んだからだ。しかし。
「逃げるくらいならば、貴方たちが来る前に、とうに引き払っていると思わない?」
 妖艶な笑みを浮かべ、女吸血鬼はそう言うと、ストルイピンの兎耳を冷えた指先で撫でた。
「ねぇ、それより、私たちの仲間になったらどう? 可愛い兎さんたち」
 くすくす……。笑うその声が、次第に増えていく。説得を試みるうちに、どうやら彼らは囲まれつつあるようだった。
「こっちだ!」
 そのとき、突然ユシライネンは強く腕を引かれた。驚きに振り返ると、身を潜めていた北条 御影(ほうじょう・みかげ)の青い瞳が目の前にあった。
「御影殿、ここはわしにお任せ下され〜!」
 勢い込んで身を躍らせた豊臣 秀吉(とよとみ・ひでよし)は、正面を見据えるなり、そのぎょろりとした目をむいた。
「あらぁ、今度はお猿さんなの?」
「それも悪くないかしらね」
 てっきり男ばかりと思いこんでいたが、予想外の女吸血鬼たちの匂い立つような色香に、「おお!」と思わず豊臣の口から声をがでる。
 彼は忠義に厚い家臣ではあるが、唯一の弱点といえば、大の女好きだということだった。
「いやその、わしは……」
「なにやってんだ、秀吉!」
 北条の一喝に、慌てて手にした剣をかまえなおす。しかし、ユシライネンが「だめだ!」と、戦おうとする彼らに反対した。
「…………」
 あくまでユシライネンが戦いたくないのを察したのか、北条はひとまずその場を去ることにした。どちらにせよ、状況はあまりよくない。
「ハニー、こっちだよ」
 半ばおもしろがってついてきたフォンス・ノスフェラトゥ(ふぉんす・のすふぇらとぅ)が、さりげなく退路を示す。
 心許なくはあるが、とりあえず秀吉に背後を任せ、北条は一旦姿を隠した。
 北条としても、ユシライネンの気持ちもわかるのだ。
(排斥運動をしてるからって、こっちも力尽くで何やっても良いってもんじゃねーだろ……)
 どんな相手だろうと、他者を貶める行為は控えるべきだ。特に、タシガンの連中が地球人を目の敵にする心理も、北条には解らないでもなかった。
 よって、最初から種も携帯しておらず、好戦的に挑むつもりもない。
「また随分と悪趣味な課題だねぇ。さて、どれだけの者が課せられた通りに実行するのかな?」
 そうノスフェラトゥが言うのも、もっともな話だ。
 とはいえ、課題を完全に放棄するのも気が進まず、彼ら一行はとりあえずこの館へ来ることにはしたのだった。
 いや。『彼ら』といっても、正確には一人(?)、館の外にとどまっているものもいた。
「君子危うきに近寄らず、アル。我はテストなんかに興味ねーアルよ〜」
 そう呟いたのは、自称『パラミタパンダ』のマルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)だ。
 その手には、北条をはじめ、生徒達が放棄した件の種がある。
 見たところ、黒みがかかった、至って普通の種だ。しかし、その効果を知っている者からすると、なんとも禍々しい……が、ブルータスにとっては、重要なのは一点のみだ。
「それより、この珍しい種は高く売れるアルかねー?」
 まぁ、適当な効能書きだの伝説だのをくっつけてしまえば、問題はないだろう。しかも、こう見た目になんの変哲もないということは、おそらくほかの種を混ぜてかさ増ししたところで、バレないのではないだろうか。つまり、楽して儲けを増やせるかもしれない。
「最後に笑うのは、烏龍様を信じる者アルよ〜」
 そう呟き、にまにまとブルータスは頬を緩めるのだった。