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リアクション
一人の女武芸者とその従者と思しき女性が、小舟で、大河を東岸から西岸へと渡っていく。
武芸者は一見、侍か……と思えば武装の所々がメタリックである。従者は、メイドの女の子らしい。奇妙な取り合わせであった。
西岸に至ってもやはり尚暗いままのコンロンの土地。廃墟となった都の建物の影がひっそりその中に静まり返って佇んでいる。
このような姿の二人であるが、やはり、教導団の調査班として内地に入った。調査班の中では初めて西岸に移動したが、西岸からはそのまま南西に進めばクィクモに至りそこには教導団の本隊が到着している頃だ。
廃墟になった旧都ミロクシャの各所で、夜盗たちが新勢力化し暴れている。彼らが、龍騎士と結んだという話を東岸で聞いた。旧軍閥が、それに対抗すべく、戦士を集めているという。(そしてその旧軍閥は、これは定かならぬことだがミロクシャの旧帝を隠しているという噂もあった。)
ナナ・マキャフリー(なな・まきゃふりー)と音羽 逢(おとわ・あい)は、これに接触を試みるつもりであった。
「ナナ様とご一緒なのはいいで御座るが、拙者が主でナナ様が仕えるなど……」逢は道中、何度かそうぶつぶつと呟いていた。「うぬぅ、通常ならば反対致すところだが」
逢は契約者であるナナの機晶姫(パートナー)なのであるが、教導団である身分を隠すため、侍である逢が主人、教導団のメイド科であるナナがその従者として行動している次第であった。
「どうかしました? 逢様」
「何でも御座らぬ……おお、ナナ様。この辺りでは御座らぬかな?」
崩れ落ちてはいるが、そうでなければ立派だったであろう豪奢な建物が並んでいる通りに来た。幾らか先に、寂しい灯が燃えている。番人らしき武者が二人、壊れかけた門の前に立っていた。
「戦士を募っていると聞き、参ったで御座る」
「入るがよかろう」
さすがに屈強そうな者たちと思えた。この付近には、夜盗らしき輩の姿は見かけない。どれくらいの力が残っているのかしれないが、もし旧帝の噂が本当なら、ここから勢力を盛り返し、夜盗らを動かしコンロンを狙っているエリュシオン帝国を退けることを考えているのだろう。無論、戦士を募るくらいなので、戦力不足なのは確かだろう。
ナナは、集められた戦士たちのいるところへ入った。
数は、少ない。
ナナは、殺気看破を行ってみた。腕に自信のある猛者たち、殺気に満ちているが……怪しい気はないか。
背に刀を差した者、長槍を抱えた者……皆、相応に手練れらしいが。古びた冑の者、ただ者ではなさそうだ……殺気看破が若干、乱される気がするのだが……
と、ナナは、はっとした。その冑の男の隣の位置に、目を閉じてじっと座っている者。この者の発する気のためであったか。
それは、前田 風次郎(まえだ・ふうじろう)であったのだ。共にいるのは、これまで見たことがない。彼は実は、風次郎の魔鎧当世具足 大和(とうせいぐそく・やまと)である。
声をかけがたい雰囲気ではあった。
先に、コンロン入りしていたのか。教導団とは関わりを保ちつつも、すでに、ただの軍人とは言えず独自の規範で動いてきた彼である。戦のにおい、をかぎつけここへ来たのだろうか。
無言で、俯いたままの風二郎。大和の方は、ナナが見ているのを感じとってか、少々いぶかしげにこちらを見てくるが。ナナは慌てて、顔を背ける。
「風次郎殿。いやはや、このコンロンにどれだけ強き者がいると考えると、とても楽しみですな」
「……」
しかし、ナナの感じとるように、実際そうであった。
風次郎は、すでにより強い者と戦う、という己の行動方針によって動いている。
コンロンに戦いの気配があり、帝国の影がある。弱っている旧軍閥のもとにくることで、それを潰そうとしている強者と戦える。彼にとって重要なのはそこであったのだろう。
相応しい戦士を見極めるために、武芸を見せてもらうと聞いていたが、彼らの前に引き出されてきたのは……捕われの、傷ついて尚獰猛な飛龍であった。帝国の紋章をつけている。帝国の飛龍か。
「我々への忠誠を示して頂く。そのために、敵である帝国の飛龍と戦ってもらう。
この飛龍は、我々旧軍閥の残党狩りをするのに夜盗に貸し出されていた、というわけだ。低級の飛龍だが、幾人もの同士がこいつの牙にかかった。
すでに飛行能力はないが、牙と爪は残っている。知能も低いようだが、元来の闘争本能によって最後まで襲いかかってくるだろう」
「な、何。相手が人ではない、しかも龍だと!」「せっかく募兵に応じてきた俺たち戦士を死なせしまっては、もともこもねぇんじゃ……ぐはっ」
二人の戦士が飛龍の伸ばしてきた爪にかかった。
「どのみち手負いの飛龍に勝てぬような者は話にならぬ。龍騎士を相手にしても戦う意思があるか、最初に問うたはずだ!
この程度で怯む者を食わす余裕はないのだ。決意のない者は、早々に立ち去れ」
負傷した二人と、続いて飛龍に怯んだ二人が場を離脱し去った。
残ったのは、逢にナナ、風次郎に大和、他には三人の手練れと見える者ら七名だった。
「むう」
風次郎は武器を抜かず、飛龍の爪を避けた。大和も同じくして身を避ける。
「どうした! かような手負いのけものに、勝てぬのが貴様らの実力なのか!」
「うわぁぁ!」
後ろにいた一人の戦士に、飛龍の攻撃対象が移る。
それを、逢が抜いた刀で受け流す。
「ほう。やるな、女の武者か」
「く、拙者、帝国の飛龍といえ手負いの囚われを斬りたくはないで御座るが……!」
「逢様!」
両側から迫った飛龍の爪を、一方にナナが回って仕込み竹箒を抜き受け止める。
「あのメイドも戦えるのか」
戦士の一人が飛龍に一撃を加えたが、浅い。二撃目で刃がこぼれてしまった。ナナに救われた一人も、気を取り戻し槍を投げつけた。飛龍の目に突き刺さる。飛龍は雄叫びを上げた。
「うむ、まがりなりにも戦えるようだな。武器がなくなった二人は下がれ」
風次郎、大和、ナナ、逢、それに古びた冑の一人が残った。
「女武者とメイド以外の三人は、戦う気がないのか。それとも、帝国の龍に刃を向けられぬというならば、帝国のスパイと見なすぞ!」
「むう。勝手なことを」風次郎が、飛龍との一戦を取りしきる軍閥の男をぎろりとにらんだ。
「俺が相手を斬るのは、仮に己が斬られて死しても構わない、という覚悟を持てる相手に出会ったときだけだ。このような手負いの飛龍を斬ることはできない」
「な、何〜!?」
「俺が帝国のスパイだと。いいだろう、なら、見ろ……」
風次郎は素早い動きで体の三倍はある飛龍の腹の下に潜りこみ、うぉぉという声と共に、飛龍を投げとばした。
「何という……」
飛龍は、尚牙をむくが、もう立てる状態ではなかった。
「……」
風次郎は無言で背を向ける。
「おい! とどめを刺さぬか!」
「あ、あの……帝国の飛龍といえ、生きもの。もう、ここでやめてください……私たちが少しでもお役に立てることは、わかったのでは?」
ナナは、そう言った。
が、次の瞬間、古びた冑をかぶった男が、背の長剣を抜くと、一瞬で飛龍の喉をかき切った。
「むう。よくやった。
よし、いいだろう。おぬしらを、帝国を敵として我らと共に戦う意思のある者と認めよう」
ナナは、「ああ……」と声をもらし飛龍に寄った。逢は、ただ手を合わせる。と、「許せ」。ナナは、飛龍に止めを刺した冑の男が小さくそう言ったように聞こえた。
「えっ」
帝国はコンロンに手を伸ばしてきており、各勢力に接触しているが、彼らにとって旧都の勢力は消すべき存在でしかない。
そう、軍閥の男は述べている。帝国にとって、旧コンロン帝の存在は、彼らがコンロンを乗っ取り治めるのに邪魔だからだ。と。
「実はもう、旧帝の家臣はほとんど残っておらん。
夜盗相手に、……情けない話であるが、我々はもう滅びの寸前にある」
軍閥の男は神妙な面持ちでそう述べた。
「今度、コンロンの月が最も暗くなる宵に、旧帝を守りながら、ミロクシャを落ち延びるつもりである。
今や、夜盗相手にさえ、切り抜けられるかもわからぬ。そなたらには、旧帝直々の手厚い礼が送られる。何卒、頼む。
落ち延びる先は、廃都群の中のとある寺院である。
そこにも、我々、旧家臣の同志がわずかばかりではあるが、兵を帯びて滞在している。まずはそこに合流する。
その後は……クィクモもヒクーロもかつてはミロクシャの臣であったが、力をつけて以来、互いに相争う歴史を繰り返し、それは東のシクニカでも同じであり、信用ならぬ。ヒクーロやシクニカは盗賊とつながっておるという噂さえ聞く。
クィクモへ向かい、旧縁を頼みにシャンバラに助けてもらうのがいいかもしれぬ。
難しい状況ではあるが、夜盗ども……それにもしかしたら龍騎士も来るかもしれぬ、よろしく頼むぞ」
風次郎は目を閉じ無言で聞いていた。
「風次郎殿?」大和が聞くと、静かに頷く。
冑を含めた三人の戦士も手練れだ。龍騎士の名を聞くと、さすがに恐れか、ぴくっとする者もあったが、夜盗相手に負ける気はないようで、自信はあり気だ。
同じく帝国を敵とするコンロンの旧帝。ナナは思う。教導団の名をいきなり出すのは得策かどうかわからないが、ここまで窮地になるのなら、力を貸してくれる勢力がある、とはほのめかしておいた方がいいかもしれない。
誰か、来たようだ。門の方で、何事かもめている。
「えっ。もう戦士の募集は打ち切った?! せっかく、来たのに……何とかなりませんか」
「……ねぇ、戦力がもっとほしいと思わない?」
「ううむ……しかし、貴殿らいかにも弱そうだしなぁ」
ナナは、顔を覗かせてみる。四人の旅人ふうの男女だ。
「失礼ですねぇ。これでも腕は立つ方なんですよぉ」
「雇いなさいよ。立ち塞がるものは全て銃をもって排除してみせるから。
……ちょっと言い過ぎたかしらね」
あっ。ナナは彼らの顔には見覚えがある。交流はないが……獅子のライバルである新星の若者だ。
アクィラ・グラッツィアーニ(あくぃら・ぐらっつぃあーに)、クリスティーナ・カンパニーレ(くりすてぃーな・かんぱにーれ)、アカリ・ゴッテスキュステ(あかり・ごってすきゅすて)、パオラ・ロッタ(ぱおら・ろった)たちであった。
「ええと……その、私の知り合いです。強いですよ、彼ら」
ナナはおずおずと言ってみる。
「何。メイド殿か……ふぅむ」
こうして、アクィラたち四人が加わった。
「ありがとう。ナナさん」
「はい。本隊の方も、もうクィクモに到着しているのですね」
「そうですよ。どうですか、彼らはシャンバラには友好そうでしょうかねえ?」
「旧縁を頼って、という言葉がありましたから。しかし教導団が来ているということに対しては、どうか……
とりあえず、彼らの仲間がまだ廃都群にあるそうで、そこまで落ち延びるとのことです。そこなら、本隊の方に近いですし」
「なら、連絡はしておいて、彼らに告げるのは様子を見ましょうか。
へんに勘ぐられて、せっかく向かおうというクィクモを避けられるようなことがあっては、まずいかな?」
旧軍閥の家臣は、十数名に過ぎない。これに、手練れの戦士たち十一名。夜盗の占領する街を抜けられるか。