リアクション
第五章 空路第二陣は、タシガンで補給を終え、雲海の魔物を排除しながらクィクモに近づきつつあった。 「暗い……何だか、不吉な暗さだよな」 「不吉な、だなんて。エル、そんな不吉なこと、い、言わないでよ!」 雲海を眺める雲雀とエルザルド。 これまではまだ、本格的な戦闘にはなっていない。群れからはぐれて漂ってでもきたような魔物に数度出会った程度だ。 雲雀は雲海が濃くなってから禁猟区をかけっぱなしなので、だいぶ張り詰めている様子だ。 「少し、休んだら?」 「ん……えっ。何かの、声……魔物?」 一匹や、二匹ではない。今度は、いよいよ来た、か。 雲が更に濃さを増し、甲板の皆様すら確認しにくく……っ、そう雲雀が思ったときだった。第一陣が襲撃を受けたときも、このようであったと聞く。 「ああっ。やっぱり、来た……!」 すぐに、警報を鳴らす。 全艦は、戦闘態勢に入った。 「俺に任せろ!」 不意の襲撃にも対処できるよう、湊川も準備は万端だった。 機関銃をありったけ食らわし、それを撃つと、剣の花嫁、高嶋 梓(たかしま・あずさ)から光条兵器を受け取り、甲板に乗りかかってくる空の魔物に、切りかかった。 「気をつけて! 亮一さん!」 ヒールが使える彼女は、いつでも湊川を補助できるよう後方に控える。 「この船は先に行った先輩たちの大事なもんたくさん積んでんだ。沈められてたまるか!」 雲雀も魔物を払いのけつつ、この数にはきりがない、と思うと船首に向かって走った。 「危ない雲雀! あんまり離れちゃ……!」 「バニッシュ!」 放たれた魔法の光が、行く手をさえぎる魔物たちを一掃する。 「やった!」 傷を負った魔物が尚、爪を向けて、船首に立つ雲雀のところへ飛びかかってくる。 エルザルドが、翼を広げて飛び、その爪から彼女を救った。 「あ、危なかった」 「……そうやって無茶すると思ったから、あの日も無理に起こさなかったのに」とエルザルドは呟いて、「でもよかった。それによくやったよ」 前方にはもう魔物の姿は見えない。 甲板に幾匹か魔物が乗ってきたが、とりわけ強く、知能のある敵でもなく、湊川や、タシガンから乗った城 紅月らの奮戦ですぐに押さえられた。 「俺の鞭を食らいたいの? 大した変態だね!」 「ピー!ピー!」 魔物の残党をいたぶる紅月。 ロンデハイネも甲板に出て指揮を振るった。 「他の艦はどうだ。損傷はないか。必要なら、小型艇を出し援護に出させよ」 「あっロンデハイネ中佐危ないです!」 「ピー!ピー!」 紅月のいたぶっていた魔物が突然飛び上がり、艦の旗を折ってそのまま飛び去っていった。 「むう」ロンデハイネは落ちてきた旗を避け、怪我はなかった。 「何、一匹くらい逃がしたところでどうということはなかろう」 他の艦も、被害はほぼなかった。 魔物の多くを、旗艦が引き受けたということもある。 付随していた商船の一隻では、鬼院尋人らも実力を発揮した。 尋人は騎士として、商人や物資をしっかりを守りきったし、雷號は甲板の上を駆け回り、いちばん多くの魔物を仕留めた。 「私は、あまり弓の腕はよくないのですよ」 西条もリカーブボウを抱えて応戦したが、雷號に差をつけられそう言い訳めいた言い回しで呟いた。 「……」雷號は、商人らその腕を誉められても、ただ静かに任務に戻った。「こうして人の役に立っても、それで自分の過去の行為が許されるとも思わないが」 各艦は、航行を続け、クィクモへもうひと息のところまで来た。 「もう魔物の襲撃もないな。間もなく、教導団が落とした小島へ着く。 今晩はそこで休める。翌日の内には、クィクモに入るぞ」 ロンデハイネの言葉に、一同はほうっとする。戦闘もあり、緊張続きだった。 「小島では、クレーメックが迎えてくれるぞ。しっかりと軍隊式で、な……あれは何だ?」 横合いの雲間に、何か黒い点々が見える。 「あぁっ」 緊張が解けかけていたので、禁猟区もかけ忘れていた。雲雀が、叫ぶ。 「て、敵でありますっ!!」 再び、警報が鳴る。 しかし、 「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」 警報をかき消すほどの、魔物の大群だ。 いつの間にか、すっかり艦を取り囲んでいる。 「むうう……」 「これは、ちょっと、まずいですよね? ですよね……」 紅月は汗りながらぽつりと言った。 きゃぁぁ。全艦が悲鳴で埋め尽くされる。それもまた、魔物の大群にかき消される。 「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー!」「ピー!ピー! ………… 「? 何」 隊を整列させ、小島に到着する艦隊を出迎える準備を整えていたクレーメック・ジーベック少尉は怪訝な顔をした。 「中佐から、間もなく到着するとつい先ほど連絡があった。 しかし、艦は軌道を逸れ、応答もしなくなった」 クレーメックは腕組する。 「……小型艦を出してくれ。私が指揮を執る。 おそらく、近海にいるはず。何かがあったのだ」 「ジーベックが直々に?」 島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)は心配する。 「ジーベック。私が行くわ」 島本 優子(しまもと・ゆうこ)が言う。クレーメックはここ最近、司令部など後方での勤務が続き、前線から遠ざかっている。万が一カンが鈍っていてはいけない、と思ってのことだ。 「しかし、中佐に身に何かあってはまずい。だが、君の気持ちはわかる。私をしっかり、補佐してくれ」 「ジーベック。私も行きますわ。中佐にはこれまでの戦いからお世話になっています。放ってはおけない」 三田 麗子(みた・れいこ)もそう言ってクレーメックの前に立つ。うむ、とクレーメックは頷く。 「ジーベック……」 「ヴァルナ。君は、ここで我々の帰還を待ってくれ? いいな」 「ジーベック……!」 「何。すぐのことだ。心配することはない。ヴァルナ、君を信頼しているのだ。後方で、私にしっかりと指示を送ってくれ」 「は、はい! わかりましたわ」 「……」「……」優子、麗子はクレーメックがヴァルナを信頼している、というときに、一番……という含みがあるか気にしつつも、クレーメックに従った。 「少尉! 艦の準備ができました!」 「行こう」 クレーメック少尉は、クィクモ近海で魔物の群れに襲われていたロンデハイネ中佐ら空路第二陣の艦隊を見つけると、周到に、少数の小型艇を展開させ、魔物を打ち払った。魔物の数は多かったが一体一体は脆く、一部が剥がれ落ちると後はそこからずるずると剥がれるように、雲海へ流されていった。 そのまま、クレーメックは艦隊を先導し、小島へ誘導した。さいわい、艦の損傷は少なかった。 「ジーベック……!」 ヴァルナは、すぐに駆け寄りたい気持ちを抑え、中佐に敬礼し出迎える彼を見守った。 新星の隊が整列し、島に下り立った隊員らを迎える。 安堵の様子で、島の砦に入っていく雲雀、エルザルド。湊川、高嶋。紅月「はー。危なかった何だったんだあの、ピーピー鳴く魔物は」、レオン「……」。尋人ら教導団以外も者も、ここでは同じ砦で休むことになる。 「何? 胸騒ぎ?」 「はい」ロンデハイネに真面目な顔でそう打ち明けるクレーメック。「胸騒ぎとは我ながら非科学的な理由だとは思いましたが、迎えにきて正解でした」 ロンデハイネは、ははは、と笑い、しかし、「本当だ。ありがとう、クレーメック少尉」彼も真面目な表情で、返した。「クレーメック少尉が、胸騒ぎとは、ふふ」と少しだけ、微笑も付け加えた。 「ですが、雲賊などのよからぬ輩が待ち伏せをしている可能性はある、くらいは読んでいたのですよ。 絶えず、周囲を調べさせていたが、それはなかった。それがあのような小鳥じみた魔物の脅威があるとは、調査では予測できなかったことです」 クレーメックは言う。 「うむ。あのような小物にやられたとあっては名折れだ。それに、わしはやはり、戦場で死すとしても慣れ親しんだ陸地でそうありたいと願うよ」 そう返すロンデハイネの言葉に、クレーメックは……真面目に「はい」とだけ返したが、どうしたことだろうと思った。 また、胸騒ぎがした気がしたのだ。 「ジーベック?」 部屋に戻るクレーメック少尉に、ヴァルナは語りかける。ヴァルナには、何だかクレーメックが疲れて見えた。勿論、司令仕事に、久々の戦闘に……となればそうであろうが。 「ヴァルナ? どうかしたか」 「いえ……」 「ふむ。しかし無事に戻れてよかった。クィクモに着いたらまた司令に復帰せねばならん。今後の更なる作戦を練らねば……。 中佐はクレセントベースへ赴くらしいな。香取は上手くやっているだろうか。この遠征、必ず我々教導団にとって有益なものとなるよう力を尽くそう。……」 翌朝、クィクモから連絡が入る。 ヒクーロ方面へ進めた鋼鉄の獅子の艦が、ヒクーロの飛空艇団と接触し、砲撃を受け損傷した。そのままヒクーロの郊外に不時着したという。ヒクーロ側は、ヒクーロの国境線に接近したため発砲したと言い、誤って損傷させてしまったが、謝罪する意思はないようだ。許可なく国境を侵そうとした教導団が悪いということらしい。 味方は捕縛などもされていないが、修理のための救援を待っている。突貫工事を行った艦はすでにミカヅキジマへ向かい、修理や兵の回収に向かわせるに足りる艦がないので、第二陣の艦を幾つか、向かわせて頂きたい、とのことであった。 だが、事態は悪化する。不時着した艦が、龍騎士に発見されたのだ。 |
||