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第四師団 コンロン出兵篇(第2回)

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第四師団 コンロン出兵篇(第2回)

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クィクモとヒクーロ
 
 クィクモ本営では、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)少尉がクィクモ軍閥長のもとを訪れていた。教導団は元々、クィクモの要請でこの度の出兵を行っている。そのクィクモの軍閥の意向を無視するわけにはいかないだろう。もちろん、各決定は参謀長がクィクモ側とすり合わせを行った上で行ってはいた。現在、危うい状況含めヒクーロとの接触が本格的になりつつあるが、そのことに対し、クィクモ側はどうなのであろうか。クィクモのヒクーロに対する敵対感情は、ヒクーロが雲賊と関わっているという憶測からあるように思われた。そのわだかまりを解けば、両者間の関係も多少改善されるのでは……
 リリ マル(りり・まる)が、二人の会話をじっーと拝聴している。
「現在のクィクモは貿易も縮小しており、いたずらに襲撃しても収穫はほとんどありませんよね。
 ヒクーロと雲賊がつながっているのなら、利益の少ないクィクモを襲撃するよりも、その分の戦力を、ヒクーロも悩まされている魔物退治に回した方があちらにとって合理的であると。この二点から、今、ヒクーロと雲賊とは関わっていないのでは?」
 さきのセレンフィリティとは逆で、一条はそう推測していた。
「うむ。確かに今は、かつての飛空船貿易じたいが行われていない故、雲賊の被害というのもなくなってはいる。私どものヒクーロへの敵対感情というのは、昔に雲賊に悩まされたことから根強く残っているものである。当時、雲賊はヒクーロが裏で動かしているとされていた。現に、幾つかの証拠も挙がっていた。
 話が少し飛ぶが、そなたらの暮らすシャンバラは急速に活性化した。コンロン地方も、いつまでも今の紛争をちまちま続けているときではないな、と。戦争が終わらぬことには物流も戻らぬ。
 先の話で恐縮になるが、私らは帝国やコンロンにはびこるよからぬ勢力を退け、シャンバラとの間にかつての貿易を復活させたいと思っておる。私どもも、シャンバラと共に栄えたい、と思っておる。コンロンにはコンロン独自の文化や特産品がある。シャンバラとはいい交流ができる筈だ。是非、協力し合っていきたいものである、と私は思う。
 しかしそこで、だ。貿易が復活すれば、ヒクーロの輩の存在は再び邪魔になるのは間違いないのではないかな?」
「なるほど……クィクモにとって現状、ヒクーロはやはり、邪魔ですと。
 ともあれ、現時点においては、戦力的に教導団としてもヒクーロとまともにぶつかることは避けたいと考えています」
「うむ。私どもの彼らへの感情というものも、何が何でも今、潰しておこうというものではないのだ。先々の問題にはなってくるかもしれぬが……。無論だが、戦を起こさぬに越したことはない。が、あるいは……
 そなたらの血気に逸る武官らが、ヒクーロの飛空艇を戦力としてほしいと言ったと聞いた。そのとき、ヒクーロの戦力をもぎ取ってしまうということなら、私らにとっては都合がいいなどとも思ったが……ははは。それはちと、過激に過ぎたかな。さようなことは、教導団の評判にも関わるかも知れぬしな。
 うむ。コンロンの民は私どもクィクモだけではない。彼らもまたこの土地に生き抜いてきたもの。新しい道を探っていくべきかも知れぬ」
「帝国や、他の勢力に関してはどうお思いですか?」
「帝国が夜盗や亡霊といった勢力に肩入れしているのは、力を与えつつあれらをいいように使ってコンロンの旧軍閥を攻め滅ぼした後は、あれらを滅ぼすことなど造作もないから、滅ぼしてしまうかあるいは、いいようにこき使いつつ、帝国が主体にコンロンを治めていくという考えがあるからだ。帝国のやり方には、賛同できる筈もない」
「クィクモはあくまで教導団側に味方してくださる……はい。協力し合いこの状況を切り抜けていきましょう」
「うむ。一条少尉は貿易方面の担当でもあると聞いた。今後はその話も進めてゆけるようにしたい」
「はい。是非」
 クィクモの方の意向はわかった。あとは、ヒクーロで活躍している人頼みだな、と一条は思った。なるべく上手いふうに事が運べばいいのだけど……?
「リリマル。記録はOk?」「勿論であります!」
 リリマルを連れて軍閥長の部屋を出た一条とすれ違いに、部屋に入っていく騎士。「ん?」と一条は一瞬気になるもすぐに扉は閉じてしまった。「誰でしょう?」
 軍閥長は、内外の軍事関連のことに忙しい。連日、教導団本営の士官と会わねばならない。今、一般の面会者に会っている暇がないので、確約はできないが……と言われていたが、何とか今日それが叶った。
「クィクモ軍閥長のレブサと言う。そなた、シャンバラから来たが教導団の者では、ないということだが? さて私にいか用であろうかな」
 海空の港を持つクィクモらしく翼と波の模様に象られた鎧に身を包んでいる。年の程は長というには若く見えるが、幾らか髭を蓄え、経験を経ている生真面目な軍人と見えた。状況が状況だけにこのような格好をしているのだろう。
 ともあれ、やはり身分は問われた。
 タシガンの聖騎士です、と答え、鬼院 尋人(きいん・ひろと)と名乗った。
「はい。教導団ではなく、教導団と共にコンロンに来た商船の警護をしてきた者です」
「うむ。商船の方は? お払い箱になったか」
 真面目な顔で問われた。
「い、いえ……そういうわけでは……。警護をしてきて思ったのですが、近海にはあんな魔族の襲撃は多いのか? って」
「うむ。……」
「あ、ええ、あのような、魔族の襲撃は多いので、しょうか(軍人さんとの会話に敬語がいまいち上手くいかない……)。今、コンロンにおいて帝国側と教導団との関係が緊張感を伴う中で、ああいった魔族の動きが不要な戦乱を招く事態になりかねないと。そこで、できればこの地で魔族討伐の任に就けないかと思っているのです」
「うむ。空の魔物については、昔からおったものであるが、確かにここ数年、年ごとに増えてきているようではある。私どもにも当然、警備はあり、魔物は町にまでは入って来れぬし、国境なども私どもと教導団とで協力し、一層固めている。このような事態で、警備に協力してもらえるのはありがたいのだが……
 私どもの協力者である教導団が外部の傭兵などを雇っていることは知っているが、その者らには、教導団の指示のもと、行動してもらっている筈。そうでなければ、個人で動かれるのは本来、危険であるし、独断で行動したがために、個人の軽率で事態を悪い方向に持っていってしまうこともある故な。その場合の責任は個人では取れぬ。
 ……と、軍閥長の立場としての私からは、そのようにしか言えぬのだ。あくまで、教導団と連携して動いている故な。
 つまり立場上、雇い入れるわけにもいかぬのだ。私としては……純粋そうなそなたを一見して信頼できると思うたし、見込みがあると思うのだがのう。時が時。状況が状況だけに、残念なことではある。よい仕官先が、見つかるといいのだが」
 教導団と接触せずに行動しようと思うとなかなか難しい。ここクィクモではすでに軍閥と教導団が連携して体制を敷いている。
「はぁ……」
 ちょっとため息しつつな町を歩く尋人。
「そちらは、駄目でしたか?」
「……。はぁ……」
「やはり、交渉事は苦手ですね」
 霧神、雷號らが合流してくる。雷號は隠密性を生かし町の様子を探り、西条は情報集めによさそうな話があれば交渉をと、町を回っていた。それにしても……
「それらしく見えるか?」
 クィクモのどこの露天商で見つけたのか黒い革ジャン系の、盗賊に見えなくもないスタイルになっている雷號。
「似合いすぎ……というか人相悪すぎ」「怖い」
 尋人、霧神からそう口々に言われてしまう。
「町で聞けるのはやはり、隣のヒクーロのことですね。酒場には教導団の傭兵も屯しているので、現在の状況も知れます。
 あくまでその中から浮かび上がることですが、ヒクーロと帝国の関係は嫌な感じですねえ。ヒクーロの軍閥はそれだけ交渉事に長けているということでしょうか。難しい相手ですが、何か方法はある筈。
 それから、教導団の傭兵らの本部でもある湖賊のところにも行ってきました。……って、聞いてます? 尋人」
「ヒクーロかぁ。ヒクーロなら、雇ってもらえるだろうか」
「……仕官先を探す騎士の物語ですか? 景気の悪いコンロンで就職先を探そうというお話でしょうか?」
「い、いや。違うよ。本気で、ああいった魔族らを放っておけない。クィクモにはもう、警備体制が敷かれているし、それに年々増えているって魔物はどこから来ているんだろ。ヒクーロでも魔物に困らされているなら、ヒクーロで……」
「その通りです。魔物は、ヒクーロの空の滝から溢れてきているらしい。そこで、その方面に向けても、討伐隊が派遣されるらしく」
「えっ。もうそこまで。さすがの交渉術だな」
「どうです。パワードアーマー隊に混じっていけば。パワードナイトっていうのも、カッコよくありませんか?」
「か、格好よくない。やっぱり俺は今は教導団とは行動できない。勿論、邪魔にはならないようにするけど」
「意地ですね」
「違う。自分で何かを求めて行動……うん。やはり、ヒクーロに行く、か。あれ、雷號……?」
「おや。雷號はいませんね。確かにちょっとばかり、会話は長かったといえ、許容の範囲といったところかと思いますが……。ともあれ、どうします。」