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The Sacrifice of Roses  第二回 タシガンの秘密

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The Sacrifice of Roses  第二回 タシガンの秘密

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2.


「さ、大丈夫?」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)の言葉に、上月 凛(こうづき・りん)はすまなそうに頷いた。
 あの後、アンデットの攻撃を受け、凜は負傷してしまっていた。北都は凜を抱え、宮殿用飛行翼で一旦洞窟外に退避したのである。
 ここは、洞窟入り口に設けられた薔薇学の天幕だ。
 南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)もまた、先ほど藍澤 黎(あいざわ・れい)ルキア・ルイーザ(るきあ・るいーざ)に連れられてここに戻っており、今はひたすら眠り続けている。天幕で待機していたマーカス・スタイネム(まーかす・すたいねむ)が、彼の介抱にあたっているようだ。
「……迷惑、かけた」
「気にしないで?」
 凜の言葉に、北都は穏やかに微笑む。そこへ。
「おー、怪我人アルか!? りーさん、大丈夫アルよ。我が烏龍様のお力で治してやるアルー!」
 ご機嫌で駆け寄ってきたパンダもどき、マルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)が、さっそく凜の傍らに丸くなる。だが。
「……ただし、お布施は弾む必要がアルよ。それから当然、お宝を見つけたら分け前をもってくるアル。世の中はそーゆーものアルよ、リンリン!」
「え……」
 凜が目を丸くする。というより、りーさんだのリンリンだのが自分のことだとは、一瞬理解しきれなかったようだ。
「わかったら……」
 言葉を続けようとしたマルクスを、背後からごつっと北条 御影(ほうじょう・みかげ)が殴りつけた。
「な、何するアル! 暴力反対アルよ!」
「うるさい。お前は下がってろ」
 渋い表情でマルクスを追い払うと、御影はため息をつき、凜に向き直った。
「悪かったな、上月」
「ううん……」
 凜は首を振る。
 そこへ、教導団のチェックを終えたハールイン・ジュナ(はーるいん・じゅな)が戻ると、てきぱきと凜の手当を始める。
「なかなか手強いみたいだねぇ」
 北都はそう口にしてから、もう一度洞窟へと戻るようだ。
「気をつけろよ、清泉」
 御影は北都を送り出し、それから、やや怪訝な目で辺りを見た。
(教導団のチェック、か)
 そうなるだろうとは思っていた。
 そもそも御影は、新エネルギーなんてものには反対だし、懐疑的だ。
 たしかにパラミタも地球も問題を抱えてはいるが、ナラカから得るエネルギーなど信用ならないと思う。第一、上を求めれば限度などないではないか。足る事を知らない限り、幸福なぞ手に入らない。少なくとも御影にはそう思えた。……身近に欲望を楽しむ存在がいるからかもしれないが。
「仕方がないアルねー。……まぁ、あの花とやらは、なかなか使えそうアルが」
 にやり、とマルクスは笑う。世の東西を問わず、幻覚剤は危険が故に高価であるのは事実だ。先ほど、ルキアたちがサンプルを手にしたことをマルクスは知っており、あとは手に入れるのみだ。
「マルクス、いい加減に警備を手伝ったらどうじゃ!」
 よからぬ企みを巡らせるマルクスに、微動だにせず虚空を見つめていた豊臣 秀吉(とよとみ・ひでよし)
が、きーきーと尻尾を揺らして叱りつける。
「どうせ無駄アルよー。我なら、危ないところに突っ込むくらいなら、全部準備が整ってから頂くアルねー」
「……なんということを申すかっ! ここは校長殿の悲願のカラクリが眠る洞窟。ここを護り、御影殿に手柄をたてて頂くのが、臣下としての務めじゃ!! さぁ賊どもよ、幾らでも湧いて出て来るが良い!!」
 マルクスはとうに聞いちゃいないが、秀吉は血気盛んに刃を振り回している。
(やれやれ……)
 あっちはあっちで、御影としては頭が痛い。
「けど、熊猫君の言うことにも一理はあるねぇ」
 御影の頭に乗っかったまま、トカゲ姿のフォンス・ノスフェラトゥ(ふぉんす・のすふぇらとぅ)が言った。
「……まぁな」
 わかりやすく突っ込んでくるほうが、まだ対処もしやすい。教導団にしてもそうだし、薔薇学の内部にしても、そうだ。右手で握手をしながら、左手で剣を構えているも同様の関係。
 それほどに、新たな力は、新たな危険でもあるということだ。
 黙り込んだ御影に、ふふっと楽しそうにフォンスが笑みを漏らす。
「そうやって、なんだかんだと葛藤しつつも関わらずにいられないなんて、ハニーは相変わらず面白いねぇ。いやぁ、これぞ青春という感じかな?」
「仕方がないだろ。あいつらを放ってもおけねぇんだから」
「そういうことにしておこうかねぇ。まぁ、個人的には洞窟へ向かってスライムまみれになるハニーの姿も見てみたかったのだけれど、それはまた別の機会のお楽しみとして置く事にしようか」
「…………」
 そんなもの、冗談じゃない。御影は辟易しながら、ため息をついた。するとその視界の端に、新たな脱出者の姿が映る。
 エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)に肩を貸されて戻ってきたのは、シグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)だった。アルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)の姿もある。
「シグノー君! 大丈夫!?」
 マーカスが驚きの声をあげ、シグノーにかけよる。
「……面目ないッス」
 いつも『何情けないこと行ってるんスか!同じ獣人として、根性入れてやるッスよ!』と先輩風を吹かしているシグノーは、やや恥ずかしそうだ。
「応急手当はしてあるよ。ただ、あの場だと危険かと思って」
 エールヴァントがそう説明する。
 実際、シグノーは足を痛めてはいるが、骨などには異常はなさそうで、あとは軽い火傷や擦過傷といったところだ。
「痛くない?」
「平気っす!」
 おろおろと手当をするマーカスに、シグノーはあくまで強がってみせる。
「それより、こんなところにいたっスか」
「だって、中は怖そうだし……」
 困った顔でそう言うマーカスに、シグノーは「そんなことでどうするッスか!」と勢いよく立ち上がりかけ、痛みに「ぐ」と声をあげて座り込んだ。
「ほら、じっとしてて」
「………はいッス」
 エールヴァントにそう答えつつ、シグノーはふと、マーカスに向かって口を開きかける。
「あのさ……」
「なに?」
「……や、なんでもないッス」
 一瞬。ほんの一瞬だったが、幻覚の花の匂いを嗅いだとき、ふとマーカスの姿を見た気がする。だがそれはあまりにも短い間のことで、シグノーは深く気にとめることはなかった。

「……アルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)エールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)、それとシグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)の三名が帰還済みだぜ」
「了解。協力に感謝する」
 月島 悠(つきしま・ゆう)に報告を終えると、アルフは彼らに背を向けた。すると。
「ねぇ、君」
 背後から声をかけてきたのは、教導団側で警備にあたっているトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)だった。
「中はどうなってるの? 大丈夫そうかな」
「……ああ。まぁ、なかなか手強いけどな」
 アルフは気さくに答え、トマスへと向き直る。
「そっかぁ。ウゲン側の奴らを捕まえられたら、色々聞きたいことがあったんだけどな」
 今のところ、不審者の影はない。トマスは残念そうだ。
「だいたい、ウゲンはなんで自分で装置を発掘しないんだろう」
 薔薇学を利用するというのも、ひとつの考え方だろう。しかし、まだるっこしいことこの上ないではないか。それが、トマスには疑問だった。
 パートナーの魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)にもその疑問をぶつけたことはある。子敬の答えは、こうだった。
「何か「行くことができない」理由があって、我々に装置を持ち出す、もしくは止められた装置を動かして欲しい、というところでしょうか」
「行くことができない、か。危険すぎるってことかな? でもそうだとしたら、自分で造った罠に自分がひっかかってるようなものだ」
 納得いかない、とトマスは渋面をつくる。
「それほどに、火中の栗、ということなのでしょう。一番良い選択肢は、彼の思惑に乗らないで、栗を拾わないという行動ですが……」
 そうはいかないだろう、と子敬は言外に告げる。
 そしてそのことは、トマスとしても同感だった。
 とりあえず、ウゲン側の人間を尋問することがかなわないなら、せめて薔薇の学舎の生徒からなにか聞き出せないかとトマスは声をかけたのだ。
「起動する方法に問題があるからじゃないか?」
 アルフはそう口にしてから、やや表情を陰らせた。
「起動方法?」
「はっきりとは、俺らも知らねぇけどな。なんでも、13の星を散らせ……だとか」
「13……」
 それがイエニチェリの数だということは、トマスにもすぐに思い浮かべられる。だが、そうだとしたら、ジェイダスは薔薇の学舎を作り、そこに優秀な生徒を集め、そして捧げ物にしようとしているのか?
 知らず知らず、トマスが険しい顔つきになっているのに気づいたのだろう。アレフは彼の肩を叩き、「どういう意味かは、わからねぇよ。ただそれが、ウゲンが自分でしない理由かもしれねぇってだけだ」と続けた。
 エールヴァントに呼ばれ、アレフは薔薇学のテントに戻っていく。礼を告げてから、トマスはまた暫し、考え込んだ。
(ウゲンは、世界の破滅を望んでる。……そして、この装置の解放も。それらが全て同じベクトルを向いているとしたら、この地下にあるものは、ひどく危険なものってことなんじゃないのかな……)
 だとしても、何故なのだろう。
 破壊願望というものが人間にはあるということは、子敬に教わってはいる。けれども、ウゲンのそれは、あまりにも強い。
 あれほどの力を持つ人間……いや、人間かどうかすら怪しい存在というものは、その孤独故に、他のなにもかもをも孤独におとしめずにはいられないのだろうか。
(……そんなわがままに、つきあってあげるわけにはいかないけど)
 トマスはそう思いながら、自身も踵を返した。