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The Sacrifice of Roses  第二回 タシガンの秘密

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The Sacrifice of Roses  第二回 タシガンの秘密

リアクション

4.

「……なんだか、ぼんやり明るいねぇ」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が、洞窟の先を見やり、呟いた。
「うん。でも、罠はないみたいだよ」
 真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)は、注意深く周囲を確認しながら答える。
 弥十郎の言うとおり、傾斜の緩い通路の先が、薄ぼんやりと明るくなっていた。いよいよ、辿り着いたということなのだろうか?
「油断はできないけどな。また、お化けが来るかもしれないし」
 スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)の言葉に、アレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)が長い耳を震え上がらせ、スレヴィにぴたりと貼り付いた。
「暑っ苦しい」
「人間、我慢も大事ですよ」
 眉根を寄せるスレヴィに、アレフティナはそう言い返す。
「鬼が出るか、蛇がでるか……だねぇ」
 弥十郎はそう言いながら、慎重に足を進めて行こうとした。……しかし。
「ああ、追いついたみたいだね」
 魔鎧の軋んだ足音に、彼らは振り返った。
 そこには、ヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)とその一行が揃っていた。
「無事だったんだね」
「ええ。そちらも、ご無事でなによりです」
 真名美の言葉に、ウィリアムが答える。
 それから、一行は注意深く洞窟を進んだ。そして、最後の角を曲がったところに、『それ』はあった。
「うわぁ……」
 アレフティナが思わずと言ったように声をあげる。
 巨大な吹き抜けの空間は、天井付近がどれほどの高さなのか、ここからはわからない程だ。四方もかなり広い。そして何より、その壁に、一柱の偉容をほこる水晶があった。
 自らぼんやりと光り輝くその石は、機晶石の一種のようでもある。
「すごいなぁ、おっきいね」
 真名美もあれこれと装置について想像はしていたが、予想外の巨大さに目を丸くしていた。
「本当にねぇ」
 天を突くそれを見上げ、弥十郎は腕組みをする。できれば確保の上、持ち帰る、あるいは搬出ルートを考えるといったことを想定していたのだが、これでは動かすのは難問だ。
「ここへの安全な道筋を考えたほうがいいのかもねぇ」
「そのようだね」
 相槌を打ちつつも、ヴィナは油断なくブルタの挙動も注意していた。だが、今のところ、これといって不審な動きはない。
 ボア・フォルケンハイン(ぼあ・ふぉるけんはいん)が一歩を踏み出し、水晶を見上げる。
「なにか、感じられる?」
 ザウザリアス・ラジャマハール(ざうざりあす・らじゃまはーる)が尋ねた。
 吸血鬼であるボアは、いってみればこの装置と同じ、ウゲンに創られたものだ。共鳴するものもあるのではないかと期待していたが、ボアは静かに首を横に振った。
「いえ。しかし、『無い』というよりは、『眠っている』ようにも感じられます」
「眠っている、ね……」
 封印されている現在は、いってみればただ巨大な水晶、にすぎないらしい。人格や知性といったものがもしあれば、説得または情報源とできないかと期待していたのだが。ザウザリアスは腕を組み、赤い瞳を思案げに細めた。
 しかも、これを実際に使うとすれば、ナラカの人々はどうするのだろうか。その権利について、主張をしないとも彼女には思えなかった。それに第一、本当にこれは『動く』のだろうか。長い年月で、正常に稼働しない可能性もある。
 その一方で、アレフティナがさっそくぴょんぴょんと周囲をはね回り、スレヴィもついていく。
 周辺に、どうやら制御装置と見られる機械はいくつか存在しているが、いずれも今は静まりかえっていた。
「なにか、説明でもあると良いんですけどね」
「そうだな」
 答えつつも、スレヴィの視線は他に向いていた。
 もしかしたら、ディヤーブ・マフムード(でぃやーぶ・まふむーど)がその姿を現すかもしれないと思っていたのだ。おそらくは、装置を破壊するために。だがそれはどうやら、杞憂だったらしい。
(聞いてみたいこともあったんだけどな)
 彼の今の、正直な気持ちが、スレヴィは知りたかった。
 何故、ジェイダスの元から、親しいイエニチェリが姿を消すのか。
 それは、結局は、校長がバカな夢を見ているからではないのか。
 ……巨大な水晶を見上げ、スレヴィは思う。
(こんなもん、壊したほうがいいんだ。仮にこれが理想の装置だとしても、ウゲンはきっと校長の理想を破壊するんだろうから。そういう奴だ)
 ただ、破壊するにしても、下手に刺激をするのは得策ではない。もう少し、観察の必要はあるだろう。
「機能そのものは、やはり停止しているようですわ。……いえ。封印、のほうが近いかもしれませんわ」
 アレフティナとは別に、装置を見聞していたステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)が、冷静に口にする。その見立ては、ボアのそれと一致していた。
「すぐに実用化ってわけには、いかないだろうからねぇ。まぁ、その間に、タシガンの吸血鬼たちを説得できるといいよねぇ」
 ブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)はそう言いつつ、少し離れた場所に留まっている。
「とりあえず、校長に報告しなきゃね」
 弥十郎は、自身が道中に作成したマップを広げ、携帯を耳にあてた。どうやら、最短距離で辿り着いたのは彼らのようでもあるし、道中で幻覚植物に出会うこともなく、モンスターも少なかったことを考えると、限りなく正解には近かったのだろう。
 弥十郎の兄、佐々木 八雲(ささき・やくも)は、薔薇の学舎に残っている。兄を通じ、校長へと報告を頼むつもりだった。
(だけど、動かせないとなると……確保っていっても、洞窟の入り口に監視をつける他にないかなぁ。発見したはいいけど、横取りされるのは嫌だなぁ。この天井から、最短の出入り口を作れるかもしれないけど……)
 まだ、問題は山積しているようにも思える。
 そしてなによりも、この装置が生み出すものはなんなのか。
 ――達成感により勝る不安感は、どうしようもなく彼らにつきまとっているようだった。