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The Sacrifice of Roses  第二回 タシガンの秘密

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The Sacrifice of Roses  第二回 タシガンの秘密

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終章

「無事、発見されたそうだ」
 薔薇の学舎校長室では、佐々木 八雲(ささき・やくも)が、弥十郎からの連絡を受け、ジェイダスに報告をしていた。
「今のところ、妨害といったこともないそうで、おやっさ……いえ、校長に伝えてくれと」
 弥十郎がいつもジェイダスを『おやっさん』と呼ぶのにつられて、うっかり口にしかけた八雲は、じろりとラドゥに睨まれて慌てて言葉を直した。
「そうか……いよいよだな」
 ジェイダスが感慨深げに呟く。
「魔道書も、まもなく到着するそうだ」
 教導団の動きについては、先んじてハルディア・弥津波(はるでぃあ・やつなみ)などから報告があった。その後は、ルドルフからの連絡もあり、顛末についてはおおよそを把握している。
 今回の件に関して、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、シャンバラ政府に対し、鋼鉄の獅子部隊のタシガン駐在の任を解くように提言するという。
「魔道書も眠っている状態だ。一度、私の屋敷に預かってやろう」
 ラドゥはそう言うと、ルドルフたちを出迎えるために、校長室を出て行った。八雲も、報告を終え、一旦は退室する。
 そこへ、ほぼ入れ替わりにやってきたのは、柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)と、柚木 瀬伊(ゆのき・せい)の二人だ。
「失礼します。最近こちらに入学した、柚木貴瀬です。本日はお時間を頂き、ありがとうございます」
「柚木瀬伊だ。以後、お見知りおきを」
 二人はそう挨拶を済ませると、ジェイダスに向き直る。
「単刀直入で申し訳ありません。けれど、どうしても…貴方に尋ねたい事があって」
 貴瀬の澄んだ瞳が、まっすぐにジェイダスを見つめる。
 入学したての自分に対し、ジェイダスが全てを素直に話すとは、最初から思っていない。しかし、どれが嘘であるのかは見抜けるはずだ。
 そんな貴瀬の真剣さを、傍らの瀬伊はどこか感心していた。
 ジェイダスが全身から発する威圧感をものともせず、堂々と話を切り出せるのはすごい。
 それに、興味以外で彼が初めて動いたのは、おそらく自分のためでもあるのだろう。そう、瀬伊にもわかっていた。
「先日の調査で判明した、事実。【13の星を散らし、捧げよ】。『13の星』が何を意味するか…貴方達には検討がついているんだよね?」
 一旦ここで言葉を切り、貴瀬はさぐるようにジェイダスを観察する。
 しかし、ジェイダスはただ、黙っているばかりだ。
「13…。貴方が寵愛している薔薇、イエニチェリと同じ数。これは、偶然の一致…で済ませられないと、思わない? ……装置を起動するには、貴方が大切にしている者たちを捧げないといけない可能性が少なからず、ある。それが分かっていて尚、貴方は装置の起動を求めるの?」
 ジェイダスはややあって、しかし、きっぱりと答えた。
「そうだ」
「…………」
「エネルギーを奪い合い、争いに巻き込まれ、死んでいく子供達がいた。薬があったとしても、輸送する手段も金もなく、死んでいく人々もいた。私が私財をなげうてば救われるというのならば、それでもいい。だが、現実には、それには私の力はあまりにも貧しいのだ」
 ジェイダスは、目を伏せた。かつての日々と、このパラミタに来た理由、それらに思いを馳せているようだった。
「より豊かな世界とは、飢えや貧困にある者がいない世界だ。私はそのために、力が欲しい。万を、億を救うための、13の心の犠牲だ」
「そう。貴方の考えは分かった。……けど、生憎俺は納得していないから。何の代償なく起動する方法がないか…俺達は調べるよ」
 貴瀬はそう言うと、一礼をした。
 どんな小さな犠牲であれ、許すわけにはいかない。
「本日は時間を取っていただき……貴瀬の話を聞いてくださり、ありがとうございました」
 瀬伊もまた礼を述べ、二人は校長室を後にした。
「これから、色々と調べなくては……な」



 ラドゥの屋敷にて、魔道書はいよいよその封印を解かれた。
 ラドゥの力によって呼び覚まされた魔道書が、青い光とともに、その姿を変える。……幼い少年の姿に。それはまさに、ウゲンとうり二つだった。
「……またいけ好かんガキを起こしてもうたんかな」
 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が苦笑する。実際、その場にいた者は、ほぼ全員が、その姿に警戒を覚えた。
 薔薇の学舎の制服を身にまとった少年は、目を開く。その瞳の色だけが、ウゲンとは違う緑だ。
「ここは……?」
 ぼんやりとした口調のまま、魔道書はラドゥを見上げた。
「貴様の名は?」
「……レモ。そう、だった気がする……」
「だーいじょうぶ。怖くないよー」
 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が、明るく話しかけると、レモは瞬きをして彼を見る。表情は、ウゲンのそれとはかなり違うようだ。
 流行る気持ちを抑え、レモから話を聞き出すが、レモはまだ目覚めたばかりのため、あまり詳しいことまでは思い出せないらしい。なにより、『お友達』……彼が言うには、装置のことのようだが、それが、まだ眠ったままのせいという理由もあった。
「少し、休ませてやろうや」
 暫くして、そう提案したのは、泰輔だった。……それには彼なりの思惑もあったが。
 レモは一旦、ヘルとナンダ・アーナンダ(なんだ・あーなんだ)に付き添われ、別室で休むこととなった。ナンダは、やはりウゲンにうり二つの少年に対し、敬意を払っているようだ。
 その間、泰輔はその場にいたイエニチェリ……ルドルフ、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)を呼び集めた。……が、中に、一人、見慣れぬ薔薇の学舎の生徒も混ざっている。もっとも、危険はないようなので、とりあえず泰輔は口を開いた。
「校長はんはキレもンや。肝もあるし頭もええ。けど『有史以来一番上等に賢いか?』と問うならば『一番ではない』方に、悪いけど僕は賭ける。迷宮の奥にわざわざ隠したあるのは、隠す必要が、ヒトの手には触れさせないでおく必要があるからや」
 一旦そこで言葉を切り、泰輔は彼らを見回した。そして、続ける。
「僕かて『ブラックラビリンス』について、知りたい…好奇心の結果、イエニチェリになってもぉたけど、ここまで来て思い浮かぶのは『好奇心は猫を殺す』っちゅう言い草や。多分キケンや、取り扱い注意」
 両手をひらひらとさせ、泰輔はお手上げのポーズをした。
「あんなとこに眠らせたのは、それだけキケンやっちゅーことやろ。寝てる子を起こしてしもたもんは、そらしゃーない。……もう一度、眠ってもらえばええ」
「つまり、装置は封印したほうがいい、と?」
 クリスティーがそう確認する。
「ま、そういうこっちゃ」
 泰輔は肩をすくめて認めた。
「その通りだな! ロイヤルガードとして女王様の為、そして何よりタシガンの民の為、装置と、そしてウゲンを再封印する!」
 気炎をあげたのは、あの謎の学生だ。
「ところで……あんた誰や」
 ずっぱりはっきり尋ねた泰輔と、そのほかの視線に、はっとしたように彼は瞬きをした。
「俺だよ、俺! ヘンリー熊田!」
 そう言うなり、ばさりと制服が脱ぎ捨てられ、宙へと舞い上がる。……そして、そこには、ロイヤルガードマントに遮光器をつけた、いや、それしか身につけていない、変熊 仮面(へんくま・かめん)の姿があった。
「なんでまたそないな……」
「うん……、仮面無くしちゃったから制服着てた」
 普通に制服を着て、素顔でいたほうがわかってもらえないというのも、ある意味すごい話だ。
「でもやっぱり、こっちのほうが落ち着くな!」
 変熊は、さわやかな風を全身に感じながら、そう胸を張る。
「ともかく。危険なエネルギーに頼るぐらいなら、現状のままでいいと思うが。エネルギー装置の復活に利用されてるのは、むしろ校長の方なんじゃないのか?」
 変熊は改めてそう主張し、一同を見渡した。
「発見された以上、あとは、作動させないというしかないでしょうね」
「終末の喇叭手を見かけたら、喇叭を壊し、吹き手を眠らせておきたいですね。合図が発されない様、終末が来ない様」
 レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)の言葉に、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が歌うように同意した。
「タシガンは、ウゲンが作りあげた装置、作りあげた街。では、ウゲンの見る夢、なのだろう。タシガンが存在する所以は。夢を見る主人が、目を覚ましたとあっては「夢」は崩れ去る。……再び眠ってもらう他、ないであろう」
 讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)も、そう同意する。
「ウゲンの再封印に関しては、同意だね。だけど、僕は、装置に関しては反対するよ」
 ルドルフはそう言い切った。
「未知のもの、恐ろしいもの、だから手を出さない。それは賢いようだけど、停滞への一歩でしかない。そして僕は、それを美しいとは思わないね」
「せやけど、わざわざ争いの種を芽吹かせる必要もないっちゅー話や」
「争いにしないための方法、そのための知恵は、僕らが薔薇の学舎の生徒として、力を貸し合うことで実現は不可能かな? エリートとして薔薇の学舎にいる以上、できないことではないと、僕は信じるよ」
 それはただの理想論だ。そう反論が出る前に、ヘルが呼雪を探してやってきた。
 レモが、装置の起動方法をついに思い出したというのだ。
 それは。

 【シリウスの心】をもって、13人が13度、捧げものを刺し貫く。その命と血が、新たな装置の元となる。
 その捧げものの名は、すでにウゲンによって、キーとして固定されていた。
 ……ジェイダス・観世院。
 イエニチェリ13名が、その手によって、ジェイダスを殺す。
 それこそが、装置の鍵。ジェイダスの悲願を叶える唯一の方法なのだ。
 まさに、ウゲンが最後に残した【呪い】だったかもしれない。

「……やはりそうだったな」
 ラドゥは呟いた。
 最初から、ある程度はわかっていたことだ。ウゲンはそのことを、ほのめかしていた。
 ジェイダスが消えれば、ラドゥもまた、消える。あの男のいない世界に未練などはない以上、受け入れるのは容易なことだが。
 果たして、生徒たちはこの『力』を前に、どのような選択をするのだろうか。

 タシガンの霧の中。答えはまだ、誰の目にも見えない。

担当マスターより

▼担当マスター

篠原 まこと

▼マスターコメント

●ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。
 いよいよ、ひとつの結末にむかってきたなという感じですね。

●装置に関しては、前回私のマスターコメントの書き方も悪かったと思うのですが、作りとしては太陽光発電に最も近いものです。また、太陽光発電によって太陽のエネルギーが減少することはないのと基本同じで(長い目で見れば太陽そのものも終息にむかいますが、それが太陽光発電のためとは思えません)、それによってナラカのなにかが減少するということは無いです。

●シナリオの上で、それぞれに思惑があるのは当然のことです。反対行動といったものも、物語の上では重要なものだと思います。ですが、それはあくまでシナリオ内のことです。プレイヤーさん同士は、掲示板などでご協力の上、楽しんでいただければなによりです。

●次回シナリオガイドは、6月上旬になります。詳しい日程は、決定次第マスターページにて告知いたします。

●いくつか修正を致しました。私の不手際により、ご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした。

●ご参加いただき、ありがとうございました。次回はいよいよ最終回です。最後までお付き合いを、なにとぞよろしくお願いいたします。

▼マスター個別コメント