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ハロー、シボラ!(第1回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第1回/全3回)

リアクション


chapter.2 子供のような 


 メジャー教授が前回の探検で持ち帰った古文書によれば、この遺跡は地下4階まであり、道中は迷路やトラップなどで溢れているらしい。
 そして彼らは、遺跡へと入るや否や、早速その迷路に悩まされていた。
「思ったよりも入り組んでいるね……」
 頭をぽりぽりと掻きつつ、メジャーが言う。
 既に遺跡へ入ってから2時間ほどが経過しているが、未だ地下へと続く階段は見つからない。どうやら1階全体が、巨大な迷路となっているようだった。手分けして正しいルートを探そうにも、この入り組んだ道では逆にバラける方が危うくなる。一行は止むなく、ぞろぞろと行進をするしかなかった。
「んー……次はこっちに行ってみようか!」
 何度目かの分かれ道に差し掛かった時、先頭を行くメジャーが、すっと右の道を指差した。ちなみに今までもすべて、分岐路は彼がこうやって進路を取ってきた。
「あれ、ここ、さっき通らなかったか……?」
「なんか同じ道なような……」
 生徒たちの何人かは、ちらほらと不安そうな声を上げている。そしてとうとう、後ろを歩く生徒からメジャーに声がかかった。
「教授、何か当てがあって進んだりしているんですよね?」
「え?」
 その声に足を止めたメジャーは、生徒たちの方を振り返ってあっけらかんとした口調で答えた。
「いや、勘頼みで進んでいるよ。なぜなら、そっちの方が危険なことが起こりそうな気がするからね!」
「もう起きてるよ! この迷子な今の状況がまさに危機的事態だろ!」
 思わずメジャーにつっこんだのは、彼のすぐ後ろを歩いていたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)だった。彼は遺跡を前にしていた頃こそ「秘宝を探す!」とノリノリだったものの、いざメジャーと共に行動してみると、その妙な性格とテンションについていけず、すっかりひいていた。
「なるほど……そうか! もう危険は訪れていたのか! いつの間にかドキドキが自分の身に起こっている……まるで恋のようだね!」
「いやいや、恋のようだね、じゃねぇから! どれだけロマンチストだよ! そもそもおっさん、いい歳なんだからそんな思春期のポエムみたいなこと言うのやめろよ!」
 このおっさん、間違いなくトラブルメイカーだ。考古学者とか言ってるけど、ただのドMだドM。
 トライブは心の中で溜め息と共に軽く毒づいた。遺跡に入る前フレデリカが言ったことは、今思えば正しかったのではないだろうか、なんてことを思いながら。当然、そう感じていたのは彼だけではなかった。多くの生徒が、ここにきて「この人についていって、大丈夫なのだろうか」と考えを改め始めていたのだ。
「え、迷子!?」
「ここから出れなかったら、どうしよう……」
 不安はやがて広がっていき、生徒たちがざわつき出す。メジャーはそんな生徒たちの様子を見て、落ち着かせるべく言葉を口にした。
「みんな、落ち着こう! 大丈夫、僕は今まで色々な場所を探検し、そして迷ってきた。でも僕はこうして生きている。だから……最終的には、なんとかなるさ!」
「適当か! それを大丈夫とは言わないから!」
「いや、大丈夫大丈夫」
「おっさんの大丈夫がこの世で一番信じられない言葉だよ」
 つっこみ疲れたトライブが、その場に座り込む。メジャーは明るい声で彼を元気づけ立たせると、分かれ道を右へと進み始めた。
 生徒たちが不安そうな足取りでそれを追う中、そのゆっくりとした歩みを追い越し、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)とふたりのパートナー、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)がメジャーの後ろについた。
「やっぱり、こうなっちゃったな……」
 こうなることを予想していたとでも言うように、エースが呟いた。
「エオリア、ちゃんと地図は描いてる?」
「はい、完璧に正しいものかはちょっと自信がないですけど、一応は」
 エースの問いかけに、エオリアが答える。その手には、デジタルビデオカメラがあった。どうやら後々のため、遺跡内を撮影しているようだった。
「教授、きっと危険なことを危険だって分かってないと思うんだよな。だから自分たちでしっかり察知して気をつけていかないと、俺たち帰れない気がする。だから教授のお守り……じゃなかった、フォローを一緒に頼むよ」
 すぐ目の前にいるメジャーに聞こえないよう、小声でメシエに話を振るエース。メシエは、自分には関係ないと言わんばかりの態度で答える。
「こんなこともあろうかとエオリアを連れてきて正解だったね。早速きびきびと動いているようだから、それだけでも私は立派に貢献したと言っていいだろう。あとはまあ、頑張りたまえ」
 自分は働かないつもりか……。
 エースは心の中で小さくうなだれた。しかし隣でせっせと地図作成と遺跡撮影を行うエオリアを見て、すぐに自らもメジャーのフォローへと回る。
 具体的に彼が取った行動は、メジャーがひとりでどんどん先へ行ってしまわないように、後続の生徒たちとの連結役を担うことだった。
「デパートで迷子になる子供みたいな行動傾向なんだろうから、しっかりマークしとかないとな」
 エースは心配しながらも、教授の奔放さを見張り続けた。教授に何かあっては一大事だ、という心配もあるのだろうが、彼が最も心配していたのは、もしかしたら自校の先生が他人に迷惑をかけてしまうことだったのかもしれない。
「お守りやフォローというより、教授の無茶に付き合わされているようにしか見えないが……エース、君がそうすると決めたのなら仕方ないねぇ」
 どんどん先を行くメジャーと、不安そうに追う生徒たちの間に入って皆がバラバラにならないよう忙しなく動くエースを眺めつつ、メシエはそんな感想を漏らしていた。念のため、ディテクトエビルである程度周囲を警戒しながら。
 もっとも、一番警戒しておくべきことがメジャーのフリーダムな行動であることは、誰の目にも明らかではあったが。



「僕の今までの経験から言うと、そろそろ違った景色が見えても良い頃なんだけどなあ」
 さらに迷路をさまようこと1時間。遺跡に入ってから、アイボリーの壁に囲まれた細い通路以外を見ていないメジャーが不思議そうに呟いた。生徒たちも疲弊してきたのか、文句を言うことすら面倒になっていた。ただ大勢の足音だけが、空しく響き続ける。
 そこに新たな音を混ぜたのは、黒崎 天音(くろさき・あまね)だった。すぐそばではパートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)も同じ速度で歩いている。天音はメジャーの横に並ぶと、彼が言った言葉に興味を示した。
「今までの経験、か。そういえばさっきも、今まで色々な場所を探検してきたと言っていたね。良かったら、そのあたりのことを詳しく聞かせてくれないかな?」
 正確に言うならば、メジャーの言葉というよりも、彼の冒険遍歴に興味を持ったのだろう。天音の表情は疲労よりも、期待に満ちていた。
「僕がこれまでしてきた冒険の話を聞きたいのかい? そうだなあ、どのみちまだ当分はゴールに着かないだろうし、歩きながらで良ければ話そう」
 一体どんな壮大な物語が出てくるのか。天音は急かすような目で彼を見つめる。が、メジャーの口から出た言葉に、天音は眉をひそめることとなる。
「僕が前行ったところで、ここと同じように苦戦した迷宮があってね。『シンジュク・ダンジョン』という場所なんだけど」
「……うん?」
「シンジュク・ダンジョンさ。あれには僕も参ったよ。入口も出口もあんなにたくさんあるとは思わなかったからね」
 若干嫌な予感がし始めた天音。しかしメジャーは楽しそうに、話を続けた。
「おまけにそこには、JとかRとかよく分からない謎の暗号もあってね」
「それは、え……」
「それ駅だろ! 新宿駅だよ! 暗号じゃねぇから! 電車! 鉄道会社!」
 天音が言い終える前に、トライブが我慢しきれず再びメジャーに突っかかった。メジャーは「何を言っているんだろう」といった表情で両手を広げ、不思議そうな顔をしている。それを言いたいのは、天音の方である。
「……他には?」
 いくらなんでも、もっと引き出しはあるだろう。そう思った天音が今一度、メジャーに話を促す。メジャーは少し考えた後、ふたつ目の冒険記録を話した。
「あとは、ウエノ・ダンジョンっていうのが……」
「だから駅だよ! 上野駅だよ!」
「ちなみにウエノ・ダンジョンを頑張って出ても、ウエノジャングルというのが」
「あれは公園! あの規模でジャングルって、よくシボラから1回戻ってこれたな!」
「ウエノジャングルを馬鹿にしてはいけないよ。あそこには遺跡もあったからね」
 どうせ美術館あたりと勘違いしてるんだろう。トライブはもうそれ以上、口を挟みはしなかった。
「あそこは驚きの連続だったよ。屈強そうな像や底なし沼のような池まであって、さすがに死を覚悟したよ」
「……口数の多い男だな。言っていることの大半が、誇張されている気がするぞ」
 イラついたような口調で、ブルーズがぼそっと天音にだけ聞こえるボリュームで言った。
「それは、どこまで彼が本気で言っているかにもよるね。もしこれが本気なら、彼の中ではすべて立派な冒険の舞台なのかもしれないよ」
 それを確認すべく、天音はもう少し深く踏み込むことにした。
「違うのなら失礼な質問になってしまうけれど……もしかして、独特の方向感覚を持っている、なんてことはないかな?」
「ああ、僕はそう思っていないけれど、よく周りからは言われるね。メジャーは希代の方向音痴、旅をするなら巻き尺のメジャーの方が役に立つ、って。ははは、面白い学者ジョークだろう?」
 もちろん、笑っているのはメジャーだけである。どうりでこんなに長時間道に迷っているわけだ。生徒たちは、メジャーに先頭を行かせることの危うさを改めて強く認識し直した。
「まあ大丈夫、僕はさっきも言ったけど、今まで時間はかかっても大抵の迷路は攻略してきたからね。僕が過去にクリアできなかったダンジョンは、『トーキョー・ダンジョン』だけさ。さすがにあそこは難解すぎて、1週間さまよった挙げ句他の教授に連れ戻されたっけ」
「てか、なんで駅ばっかなんだよ……」
 トライブが呆れ顔で言った。その横から天音が、もうひとつ質問を投げる。
「ちなみに、この迷路は無事攻略できそうなのかな?」
「駅構内で手こずっている男に、できるはずがないだろう」
 ぼそっと言ったブルーズの言葉を無視し、天音は答えを待った。メジャーはそれに、明るい声で即答する。
「もちろんだよ! 僕は危険ともうひとつ、悪運にも愛されているからね!」
 とんでもないダメ教授っぷりが露になったメジャーだったが、捻った言い回し、それとなんだかんだで彼が結果的に今日まで生きているという事実は、驚くことに一部の者の好感を呼んだ。
「さ、さすが通称不死のジョーンズ! ドクター梅に続き、こんな素晴らしい方の話をこうして聞けるなんて感動だ!」
 興奮気味に彼の元へ駆け寄ってきたのは、ルーツ・アトマイス(るーつ・あとまいす)だった。
 どうやら彼は大学合格後、メジャーの噂を聞き会う日を楽しみにしていたらしい。ちなみにもちろんだが、メジャーが不死と呼ばれたことはないしドクター梅とやらが素晴らしい人物なのかどうかは判断に悩むところである。まあ少なくとも、ルーツにとってはどちらも素晴らしい人物なのだろう。
 そしてもうひとり、メジャーの話に食いついた者がいた。
「やっぱりジョーンズ教授はすごいな! そんな破天荒な教授に憧れるぜ!」
 目を輝かせながらそう言ったのは、木崎 光(きさき・こう)だった。若干12歳という若さながら、今回の探検についてきた勇敢な子供である。
「ジョーンズ教授のことは、俺様が守るぜ!」
 グッと拳を握り、光が宣言した。この発言と光の行動が後にある事件を起こすことになるが、それはまだ少し先の話である。
「……なんか、この流れだと普通なはずの俺がおかしいみたいな感じになってるよな、これ」
 ルーツや光の様子を冷静に見つめていたトライブは、腑に落ちない様子で首を傾げていた。

 メジャー教授衝撃の発言から少し経った頃だろうか。
「お……アレはもしかして……?」
 彼の言葉通り、どうやら悪運が味方したらしい。
「おおっ」
「な、長かった……」
 生徒たちもその存在を目にし、口々に安堵の声を漏らす。
 そう、一同の前に姿を現したのは、地下へと続く階段であった。ただ、生徒たちはほっとする一方で、「ここから先もこの調子だと、遺跡内で何泊するんだろう」と心配にもなった。そんな彼らの気持ちなど気付く様子もなく、メジャーは元気な足取りで階段を降りる。ドタドタと鳴る足音はやはり、子供がはしゃぐ時のそれに似ていたのだった。