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ハロー、シボラ!(第1回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第1回/全3回)

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chapter.6 夕食 


 医療班の面々やメジャーらが話し込んでいる一方で、テントの設営をあらかた終えたヨサークは船員たちと共に晩飯の準備に取りかかっていた。そんな彼らの輪の中に入り、料理づくりを手伝っていたのは七枷 陣(ななかせ・じん)だった。陣は鍋でお湯を沸かしながら、周りと話をしていた。
「去年は島にで色々やらかしたり、雲の谷みたいな珍しいとこ行ったり、色々あったっけな」
 もうあれから一年か、と当時を懐かしむように陣が言う。ヨサーク自身にそこまで深く関わってはいなかった彼だが、ヨサークを取り囲む様々な事件に関わっていた過去が、彼にはあった。
「そういやおめえの顔は、ちょこちょこ見かけてたな」
 野菜を洗いながら陣の言葉に反応するヨサーク。空賊団の団員でなくとも、調理を手伝っているという陣の行動は、ヨサークの態度を柔らかくさせるには充分だった。元々彼は、男には基本的に優しいのだから。
「ヨサークさん、去年の大きな戦いが終わった後、どう過ごしてたんや?」
 和やかな雰囲気の中、陣がヨサークに尋ねた。
「あの後か……飛空艇がぶっ壊れちまったからな、小型飛空艇乗り回して、そこらへんを耕してたな」
「てことは、お宝見つけたら新しいの買う資金に?」
「ああ、まだ空には、未墾の畑がいっぱいあっからよ」
 彼の発する、やや特徴のある言葉を聞いていた陣は、「久しぶりやな、この感じも」と感慨深いものを味わっていた。が、ここにもうひとり、彼以上に「久しぶり」という実感を覚えていたものがいた。それは、陣のパートナー、ジュディ・ディライド(じゅでぃ・でぃらいど)である。
「そう、久しぶりなのじゃ!」
 陣が無意識のうちに発していたその言葉に、全力で反応するジュディ。どうやら彼女はヨサークと同等か、それ以上に久しく生徒たちの前に出てきていなかったようである。
「まさか一年も依頼に参加させてもらえず放置プレイを食らうとは、悲しみが止まらぬわ……お主も、そう思うじゃろ?」
 顔を手で覆いながらも、ちらっと指の間から目を覗かせジュディが言った。その目が捕らえていたのは契約者の陣か、それとも境遇の近いヨサークか。なにやらジュディが、「オハギよ」とか口にしているのでもしかしたらどのどちらでもなく、別な誰かなのかもしれない。それが誰かは分からないが。いや、きっと彼女は、オハギでも食べたかっただけだろう。
「のうヨサーク、同じ放置仲間として、切なくはならんか? これほどまで出番がなかったことに」
「あ?」
 話を振られたヨサークは、怪訝そうな顔を見せた。
「うっせえな、おめえみてえなメスは延々キャラクエだけやってろ」
 乱暴な物言いをする彼だったが、ジュディは動じる様子を見せない。去年あった空賊の戦いで、「ただのツンデレ親父キャラじゃろ」と悟っていたからだ。
「ふふふ、残念ながらこれからはまたほどほどに依頼へ参加する予定じゃよ。そうじゃな……たとえば、たとえばじゃが、こことは違う遺跡や、即売会などがもし今後あればそのあたりにでも出向こうと思っておるぞ」
 にやり、と笑ったジュディは、逆にヨサークに問いかけた。
「そういうお主こそ、今回のシボラ探検が終わった後、また出てくる予定があるとは限らないじゃろ? どうじゃ?」
「あぁ!? てめえ、そんなに耕され……」
「ま、まぁまぁヨサークさん、落ち着こうか。ほら、味噌汁つくる準備も出来たことやし」
 頭に血が上りかけたヨサークを、陣が静まらせる。ヨサークはその言葉と、鼻をくすぐる出汁の香りで本来の役割を思い出す。今していたのは、晩飯の用意だということに。
「いい匂いじゃねえか」
「料理はそんなに得意じゃないんやけどな、まあオレなりに本気出してみるから、見ててくれ」
 今回調理を手伝うと決めた時から、陣は味噌汁をつくることに力を注ごうと誓っていた。なぜ彼の気持ちをそこまで駆り立てるのかは分からない。ただ、陣は味噌汁について本気出して考えていたのだ。
「出し汁がもうちょっと煮え切るまで、大根でも切っとくか。ちなみに今鍋に入ってんのは、いりこ出汁と昆布出汁、鰹出汁の粉末を1対2対3の割合で投入して溶かし込んだものや。分量を間違えないよう、気をつけんとな」
 どこかの料理番組のごとくひとりで解説を始めた陣。ここから彼の七枷クッキングは、さらにヒートアップしていった。
「大根は一口大にぶつ切りした後、カッチカチに凍らせてそっから解凍、っと。大根は、凍らせて戻すって工程を踏むことで、数倍味が染み込みやすくなるんや。これ、ワンポイントアドバイスな」
 氷術や火術で素早くそれを実行しながら、テキパキと彼は調理を続けた。
「さて、解凍した大根はさっきの鍋に入れてしばらく煮込んで……と。その後は普通の味噌を適量より少し少なめに入れるんや。なんでそうするかって言うと、白味噌をここで継ぎ足すから。ほんのり甘い白味噌を隠し味として入れることで、味わい深くするというわけや。ここまで来たら、最後に弱火で馴染むくらいに煮て大根味噌汁の完成、と」
 七枷クッキングの真骨頂はしかし、この後にあった。ヨサークや船員らが、陣の味噌汁が完成するのを待っていると、なんと陣はごそごそと荷物から器を取り出した。そこには、既に完成された味噌汁があったのである。
「まあ、今回は時間の都合上こうして出来上がったものを用意して……」
「最初からそれ出せば良かったじゃねえか!」
「じょ、冗談やって! 冗談!」
 流れ的にどうしてもやりたくなったのだろう。もちろんこの後陣は、先程までつくっていた味噌汁を無事完成させた。

 ヨサークと陣が味噌汁をつくっているすぐ近くでは、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)がヨサーク空賊団のコック、クレッソンを手伝いお芋を使った料理をつくっていた。
「まさか、またクレッソンさんに会えるとは思いませんでした」
「いやあ、こっちだって、まさか生徒さんたちの中で俺なんかのこと憶えてくれてるヤツがいたなんてびっくりだよ」
 ほくほくの芋をご飯と混ぜながら、ふたりはお喋りしていた。アリーセは、そういえば、ともうひとつ思っていたことを彼に言う。
「それと、飛空艇がなくなってもまだ空賊を名乗って活動していることにも」
「俺ら、他に行くとこもないからな。それに、頭領ならいつかまた船を手に入れてくれるって信じてるんだ、みんな」
「……そうですか。船がなくなってから、色々苦労もあったでしょうに」
 眉を少し下げ、静かにアリーセが言った。クレッソンは目の前で、自分たちのことを心配に思ってくれている人がいるのだと思うと心が動かされた。
「なあに、開墾に苦労はつきものだからな」
 だがしかし、クレッソンは知らなかった。彼らの飛空艇が大破した真実を。
 そう、ヨサークの船がなくなったのは、彼が多くの生徒たちを乗せてあるゲームを行った時、ゲーム中に船内で爆発が起こったからという理由が大きい。そしてその爆発を起こしたのは、他でもない、アリーセだったのだ。別にヨサークに恨みがあったわけではなく、アリーセはゲームを純粋に楽しむためやったにすぎない。とはいえ、「さすがにこの場でそれを口に出来ないなあ」と判断し、アリーセは当たり障りのない言葉を口にした。
「美味しいものが出来ると良いですね」
 クレッソンはそんなアリーセの胸中など知る由もなく、「任せとけ」と笑顔で答えるのだった。
「どうだ? ご飯はもうすぐ出来そうか?」
 そんなアリーセらの元に、調理の様子を見に来たのはレン・オズワルド(れん・おずわるど)だった。その直後、パートナーであるノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)も元気に駆け寄ってきて、陽気なノリでアリーセ、クレッソンに挨拶をした。
「ハローシボラ!」
「はい?」
 アリーセがよく分からない、といった様子で聞き返す。しかし彼女は、再度同じ言葉を繰り返した。
「ハローシボラ!」
「じょ、嬢ちゃん、俺の名前はシボラじゃなくてクレッソンって言うんだよ」
「ハローシボラ!」
 駄目だ、完全に耳に届いていない。クレッソンとアリーセは、顔を見合わせ、互いに首を傾けた。そんなふたりの様子をまったく意に介さず、ノアはまた跳ねるような足取りで走り出す。向かった先は、味噌汁をつくっていたヨサークや陣のところだった。彼らの前で彼女がした挨拶は、もちろん先程のものだった。
「ハローシボラ!」
「……?」
 突然の挨拶に味噌汁の味見をする手を止める陣。ヨサークに至っては、突然女の子にわけの分からない挨拶をされてご立腹だった。
「あぁ? おめえいきなりなんだ、俺はヨサークだぞ!」
 しかしノアは、ノリノリで周囲の船員に挨拶して回り続ける。どうやら彼女は、この言葉がすっかり気に入ってしまったようである。おまけに格好も完全なる探検家ルックと、探検を楽しむ気満々である。一方のレンは、服装こそいつもと変わらぬ赤いコートを着ていたが、その心中はノアと同じく、今回の冒険を満喫しようという意思に溢れていた。
「未知との遭遇、危険と隣合わせの緊張感……戦場に立つのとはまた違った、心地良いものがあるな」
 レンは目を閉じ、その空気感を存分に味わう。と言っても、今この場で彼が真っ先に感じ取るのは、夕食の美味しそうな香りである。
「味噌汁に、芋ご飯か。確かに栄養のありそうなメニューだ。だが、こういう場面にはお約束というものも必要だろう」
 言って、レンは持ってきた荷物の中から何かを取り出すと、ヨサークたちの目の前にドン、と置いた。なかなかの重量を持っていたそれは、ボンレスハムであった。
「おお、なかなかいいもん持ってきたじゃねえか!」
 肉という要素は、確かに今夜の献立に不足していた。ヨサークの言葉に黙って頷いたレンは、豪快にそれを切り、火にかける。そして彼は、どこかで聞いたことのあるフレーズをまるで自分の言葉のようにドヤ顔で口にした。
「ワンパクでも良い。たくましく育ってくれればな」
 間違いなく彼は、これが言いたかっただけだろう。しかし肉が食えるならいいかと、誰もそこにはつっこまなかった。



 やがて、鍋いっぱいの味噌汁と大量の芋ご飯、そしてボンレスハムという、野営にしてはなかなかバランスの取れた晩ご飯が一同の前に並んだ。
「さあおめえら、晩飯だ! 好きなだけ食え! もちろん男はおかわり自由だ!」
 ヨサークが大声で生徒たちに告げると、それを合図にそれぞれが手を伸ばし、食べ物を胃に収めていった。空腹感が次第に薄まり、腹が満たされていくにつれ生徒たちに笑顔が戻っていく。ヨサーク自身もまた船員たちと円を成してご飯を頬張っていると、そこにひとりの女性が近づいてきた。女性は、ヨサークが振り向くと同時に名を名乗る。
「お初にお目にかかります。私は、葦原明倫館から来ました秋葉 つかさ(あきば・つかさ)と申します。この度は野営の取り仕切り、及びここまでの護衛活動ありがとうございます」
「あぁ? おめえのためにやったんじゃねえ! 葦原帰れ!」
 丁寧に挨拶したつかさだったが、女性である以上ヨサークの返す言葉は厳しい。普通の女性ならここで腹を立てるか、涙を浮かべるかのどちらかだろう。しかし、つかさは普通の女性ではなかった。彼女は、被虐趣味の持ち主だったのだ。とはいえ、あまりに露骨に性癖を出すのもまずいと思ったのか、とりあえずは真っ当な返事をするつかさ。
「ヨサーク様が邪険にされましても、野営を仕切っておられるのは貴方様なのですから、この探検中は誠心誠意、お仕えさせていただきます」
 そう言ってつかさは、ヨサークにお酌をしようとする。が、当然それはヨサークに拒まれた。
「勝手に俺のに入れようとすんじゃねえ! おめえの汚ねえケツの穴にでも注いでろ!」
 下手をしたら誤解されそうなほど危険な言葉、だがそれは、つかさにとってえも言われぬ快感となった。
「あぁ、そんな暴言を吐かれたら……あぁ、ああっ!」
「……あ?」
 様子がおかしいつかさに、眉をひそめるヨサーク。しかしもうスイッチの入ってしまったつかさは止まらなかった。
「もっと、もっと続けてもいいんですよ? さあ罵ってください……いえ、むしろ叩いて、縛って、吊るしてくださいっ」
 ついに本能の赴くまま言葉を並べたつかさは、しまいに「私が酒器になりましょうか」などと言い出した。
「も、もういいからあっち行ってろ」
 これにはヨサークもひいたのか、しっしっと彼女を追い払い、どうにか平静さを戻そうとする。邪険にされたことすらプレイの一環と捉えたつかさは、ヨサークから離れながらも「さすが、噂通りのお方です……」と恍惚の表情を浮かべていたのだった。



 夕食が終わり、思い思いの行動をそれぞれが取る中、秘宝の管理をしていた真はメジャーやその付近にいた人々に囲まれ、再び入手した秘宝の価値を見定めていた。
「これは……饅頭かな?」
 地下1階を下りる時に手に入れたふたつの秘宝のうちひとつをまじまじと見て、真が言う。既に夕食を終え満腹ではあったが、やはりここは腹に入れてみないことにはその価値を見極めることは出来ないだろう。
「そうだ、君、先程のロロママン錠のように少し口にしてみたらどうだい?」
 メジャーが無邪気に提案する。真は自分が管理するといった立場上、その指示に従うのが妥当だと判断し、持っていた饅頭に似たものを小さくちぎる。
「……」
 すると、なんと中からネバネバしたものが糸を引きながら出てきた。納豆だった。まったく良い結果が思い描けないが、一度決めたことはやるべきだ、と真はそれを口に入れた。
「……」
 まさかのノーリアクションである。外を包む皮はパサパサしていて味気ない上、中の納豆が口の中でまとわりつき食べづらいことこの上ない。吐き出すほどまずくもなかったが、美味しくないことも明らかだった。周囲の期待の目に、申し訳なさそうにする真。沈黙が生まれる中、それを破ったのは皮肉にも、彼の持っていたヘーデタースだった。晩ご飯に芋を食べた真は、既に相当のガスが溜まっており、それが今食べた饅頭によって押し出される形となったのだ。ブッ、と比較的大きな音が周りに響き、メジャーを含めた全員が鼻を摘む中ヘーデタースから音声が鳴った。
「おなら出たよ!」
「わ、分かってるから言わなくていいよ!」
 真が赤面しながらヘーデタースを地面に置く。ただ、驚くべきはヘーデタースの機能である。実はこれには、おならの音を数値化する機能が搭載されているのだ。ヘーデタースに、数字と記号が表示された。
「ただいまのおなら、61hts」
 ちなみにhtsとは、ヘーデタースという単位だ。つまり真の今の記録は、61ヘーデタースということになる。
「な、なあ! もうひとつ秘宝があっただろう? そっちもこの際だから、試そうか!」
 この微妙な空気を入れ替えるべく、メジャーがもう片方の秘宝を真に渡す。饅頭と共に見つかった、何かの野菜っぽい形状をしている白い固体である。真がそれの被験者となるのはもはや、ここにいる全員にとって暗黙の了解となっているようだった。そういうポジションなんでしょ? という視線が真に集まる。真は渋々それをちぎり、口に入れた。途端に、彼の体からぶわっと汗が吹き出す。
「かっ、辛っ……!! げほ、ごほ、辛いっ!?」
 どうやらこの固体は、何かしらの野菜を唐辛子と塩でたっぷり漬けた、キムチのようなものらしい。ただ、外見が全部白いことから、相当量の味付けがされていることは間違いなく、真の喉は大ダメージを負った。
「げ、げほっ……」
 水は、水はないか。混乱ぎみに周囲に手を這わせる真。彼の手が触れたのは、ついさっき自分が置いたヘーデタースであった。そして最悪なタイミングで、真は二発目を発射してしまった。
「おなら出たよ!」
「ごっほ、ちょ、ひどいっ……」
 涙目で頭を抱える真は、その後これらの秘宝に「あまり価値ナシ」とタグをつけていた。余談だが、そのタグには一行によって命名された秘宝の名前も記入されており、真が食べたふたつの食べ物は、「シボラまんじゅう?」「お塩キムチ」と表記されていた。
 次に見つかる秘宝は、食べ物じゃありませんように。すっかり夕食の味を忘れてしまった真は、そう祈りながら眠りについた。夢の中で彼が数々の秘宝に唸らされたのは、言うまでもない。