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リアクション
一章 プロローグ
自由都市プレッシオ。カーニバル、五日目。
深夜二時を過ぎると、昼間の喧騒とはうって変わって街は静かに眠っていた。
耳をつく車のいななきは存在しない。路地裏ゆえか建物の光も届かず、月の明かりも星の瞬きもささやかな夜。
「クソッ、どこに行きやがったあのガキども」
「あっちに行ったのは間違いないんだが……チッ、見失ったみてぇだな」
しかし、そこに人の姿はあった。目つきの悪い、角刈りと金髪の二人組。
吐き捨てるように悪態をつくその二人組は、見るからに厳つくその筋の人間であることが一目で分かる。
「おいおい、勘弁してくれよ。あいつらを捕まえれば報奨金と昇格が約束されてるってのに」
「愚痴をこぼしてんじゃねぇよ。どうせ遠くには行ってないはずだ。近くを探すぞ」
物騒なチンピラ二人組は路地裏の奥へと進んでいく。
その足音が遠ざかるのを耳にして、地面のマンホールがガタッと動いた。
「……ふぅ、やり過ごせたか」
一人の少年が蓋をずらして上半身を出し、二人組がいなくなったことを確認する。
クセ毛混じりの黒髪ショートカットに泥や土だらけの平凡な服装。幼さの残る顔立ちは可愛い系で、銀縁の眼鏡がその雰囲気を一層強めている。
「よっと、もう大丈夫みたいだよ。リュカ」
そんなどこにでもいそうな地味な少年――彦星明人は外へ出て、マンホールの中の少女――リュカへ手を伸ばした。
「う、うん。ありがとう、明人くん」
リュカはその手を掴み取り、明人にゆっくりと引き上げられる。
雪のように白い肌にふわりとした亜麻色の髪。深い緑の瞳に、ふさふさの狼の耳が二つ生えている小柄な獣人だ。
「さてと、とにかくここを離れようか。でないと、またあの二人組と出会っちゃうかもしれないから」
明人の提案に、リュカは了承の意味を込めて可愛らしい顎を手前に引いた。
「よし。それじゃあ――」
行こうか、という次の言葉は口から出なかった。
それは彼女の愛くるしい顔に申し訳なさそうな表情が広がっていたからだ。
「……もしかして、また、「明人くん、ごめんね」とか思ってる?」
リュカはびくっと身体をすくめた。それは自分の心情を当てられたからだろう。
明人は呆れたようにため息を吐くと、彼女の小さな額を人差し指でコツンと押す。
「初めて出会った三日前も、一昨日も、昨日も言ったけど君を助けたのは僕の勝手。
だからこんな風に巻き込まれたのも自業自得なんだから、君が気にすることじゃないよ」
「で、でも……私に出会わなくちゃ、君は命を狙われなくてすんだのに……こんな酷い目に遭わなかったのに」
リュカのパチリとした大きな瞳に涙がうっすらと滲む。その涙のしずくを見て明人は思った。
(こんな状況でも、他人の心配を第一にするなんて。
聞いた話では、この子の過去は僕では考えられないほど凄惨なものなのに)
年下で、自分より一回りも小さな身長に、辛うじて出血は止めているだけの傷だらけの身体。
ほんとは立ってるだけで精一杯のはずなのに、弱音を吐かず、それどころか自分のことを案じてくれている。
(ほんとに……どこまでも健気で優しい子だなぁ)
そう思うと、より一層と強く決意が出来た。
自分はこの子を守る。どこの誰が来ようと、必ず守る。
少し悔しい話だが、明人はこの小さな女の子のことを、気に入ってしまっているのだ。
出会ったのは四日前だけど、この気持ちに嘘偽りなどあるものか。
「……酷いことばかりじゃないよ。出遭ったのは酷いことばかりじゃない」
「え……?」
「ううん、なんでもないよ。
朝までやり過ごせればカーニバルの人の群れに紛れることが出来る。頑張ろう」
明人は手を伸ばし、リュカの手を握った。
小さくて、華奢で、柔らかい手だ。それは本当に暗殺者の手なのか、疑いたくなるほどに。
「……そろそろ行こうか」
「う、うん」
返事をしたリュカは、細い指に力を込め、しっかりと明人の手を握った。
だから、明人も彼女が痛みを感じないよう優しく握り返す。
かけがえのない宝物を扱うように、大切に、大切に。
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