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リアクション
情緒溢れる街並み、入り組んだ通路。
進むのが困難になるほどの人で一杯のその道の上空を、すいすい進む人影がある。
「うわー、まるで人がゴミみたいじゃねーか」
眼下の光景を見て、しみじみと呟いたのは日比谷 皐月(ひびや・さつき)だ。
皐月は《海賊のフック》と《流体金属槍》を併用し、槍を伸長させてホテル「黒猫亭」の屋上の縁に引っ掛け、短縮させて自分を運ぶことで移動していた。
彼は手に槍を掴みながらも器用に、腕に人喰い勇者ハイ・シェンに関する三冊の文献を抱えている。その文献はプレッシオの一番大きな図書館から借りたものだ。……何故か、ほとんど貸し出し済みで無かったのだが。
「いよっと」
皐月は槍が短縮し切ると、その勢いを殺さず跳躍。
そして、建物の屋上へと着地すると、借りてきた複数の文献を床に広げた。
「んー、これから何か分かればいいんだけどなぁ」
皐月は地べたに座り、その文献を見渡す。
三冊のタイトルは『人喰いハイ・シェンの伝説』、『人喰いハイ・シェンの生誕祭の由来』、『人喰いハイ・シェンの御伽噺の考察』といったものだ。
「……にしても、『人喰い』に『勇者』ねぇ。
『勇者』って言葉が持つのは正のイメージで、『人喰い』って言葉が持つのは負のイメージだ。
歓待されるものと忌避されるもの両方の名前を持つってのは、御伽噺にしちゃ些か異常に過ぎるよなぁ」
皐月はボリボリと後ろ頭を掻きながら、考える。
(ハイ・シェン自体が一つの術式。或いは奈落人だったとか。
『わたし』が死んでも『ハイ・シェン』は死なない。
――肉体が死んでも関係無い、と言えば、フィジカル以外を術式化するか、ハイ・シェンが奈落人であるかの二択。
だとすると、人喰いってのも、他者の体を奪って存在する事に対する畏敬を込めた呼び名。
でもって、『ハイ・シェンはまだ生きている』。それを利用するってのがコルッテロの企みだ、ってのがオレの見解だけど……)
「……ま、全部ただの勘なんだよな」
皐月は三冊の本から視線を外し、動かない時計塔に目をやった。
街を睥睨するかのように、天に届けとばかり聳え立つ。しかし、時間を刻むべき文字盤の針は十二時を刺したまま止まっていた。
「時計塔が怪しくは有るんだけど……そこまで手を回せるかどうか。
ま、地盤を固めるのが先決で、手が空いたら時計塔に向かう程度で良い、か」
皐月は三冊の本に視線を戻し、うしっ、と気合を入れる。
「企みを阻止する為にも、ちょっとばかり頑張りますか」
そして、本を読み始めた。
――――――――――
動かない時計塔プレッシオ。
悪王からの解放を記念してつくられたその塔は、街の建造物の中で飛びぬけて高い。
そして風の吹きぬける文字盤の上、鋭角な屋根を張った塔の頂上には巨大な鐘楼があった。
「わー、すげぇ。こんなに高い時計塔を見たのは初めてかも」
「すごいヨ! びっくりするほど高いネ!」
「ふわー、高すぎて、遠近感が狂いますね」
「ふむ、確かに。街の名物なだけはあるのじゃ」
祭りを心から満喫していたアキラ一行は正面入り口付近で時計塔を見上げ、それぞれの感想を洩らした。
「よし行ってみるべし! ゴー!」
「応ッ! 行くぜぇ、超行くぜぇー!」
頭の上に乗るアリスの言葉を受けて、アキラはびゅんと走る。
しかし、入り口の目と鼻の先で二人の警備員に止められた。
「申し訳ありません。時計塔は立ち入り禁止なんです」
ヨンとルシェイメアはその時の二人の顔を一生忘れないだろう。
まるでサンタクロースにプレゼントの代わりに膝蹴りを入れられた子供のような顔をしていたのだから。
「……ま、あの人達のお陰ですんなりと入れたねぇ」
アキラとアリスが警備員に止められたのとほぼ同時。
<隠れ身>で隠れつつ<ピッキング>で施錠し、すんなりと内部に侵入した八神 誠一(やがみ・せいいち)は入り口の扉を音もなく閉めた。
「さて、ここが、観光名所の裏側ねぇ」
誠一は底から、時計塔の内部を見上げる。
内部は中空の楼閣となっていた。縦横に交差する支柱や梁、補修用の足場が幾何学的な構造になっている。
階ごとに設けられた窓から、陽光が光の筋となって差し込む。交差する光は、幾何学的な支持構造に複雑な陰影を加えていた。
「……この景色はすごいねぇ。
外観は完成された美しさがあるけど、内観は絶妙なバランスで成り立つ風韻を感じさせる」
誠一は思わず感心して、独り言を洩らした。
と、本来の目的を思い出し、首を左右に振る。
(おっと、感慨に浸ってる場合じゃなかった。やること、やること――っと)
支柱や光の遥か上方に、巨大な歯車や機械が見えた。あそこが時計を動かす機械なのだろう。
誠一はそれが分かると、<殺気看破>で周囲を警戒をしつつ《ブラックコート》を被り、頑丈な四方の壁に備えられた階段を昇っていく。
(……人喰い勇者ハイ・シェン、ねぇ
文字通り人間を喰ったからそう呼ばれているらしい。けど、もしかしたら、全く別の意味があるのかもしれないよねぇ)
誠一は考えながら、階段をのぼっていく。
(伝説の最後の言葉も、比喩表現であれば、自分が死んでも志を継ぐものが現れる、って意味に聞こえる。
けど、それだとなんで人喰い勇者と呼ばれているのかって疑問はまるで解消されない。もし人を人足らしめてるモノってのが、その人間の意思を表しているなら、一寸ばかし厄介な事になる)
カツーン、カツーンと誠一の足音だけが内部に反響する。
(今までの推測を最悪の方向で纏めると――)
見上げれば、最上階はまだまだ遠い。
(人喰い勇者ハイ・シェンは、自らが死ぬと他者の意識を喰らって、その身を乗っ取る事で復活する。
つまり、人喰い勇者ハイ・シェンってのは、人を人喰い勇者ハイ・シェンに作り変える感染魔術、って事になる)
誠一はこのままだといつ着くかどうかも分からなかったので、足を速めた。
(んで、動かない時計塔が出来たのが勇者が大活躍した直後。
動かない時計=止まった時を意味するのであれば、あの時計塔を無理やり止める事で、人喰い勇者ハイ・シェンと言う厄介極まりない術式を止めてるのかもねぇ)
やがて、誠一は階段をのぼりきり、天井の出口の前で止まる。
もし、自分の予想が正しければ、この先にはとんでもない秘密があるはずだ。
(当たってればそれはそれでよし、外れてても、観光名所の裏側が見れるからよしとするかねぇ)
誠一は息を飲み、最上階へと上がった。そこは時計を動かすための巨大な機関室だった。
「…………」
誠一は辺りを見回す。
大小さまざまな精巧な歯車の群れがある。
一番小さくても人間よりも大きな歯車。大きいものでは巨象よりも巨大な歯車があった。
しかし、そこに魔術らしきものはどこにもなかった。それどころか歯車以外はなにもない。
「……予想は外れ、かな?」
誠一は骨折り損か、といった疲れた表情を浮かべた。
そして、踵を返して機関室を後にしようとした時。
――ふと違和感に気づいた。
(よく見ればこの歯車達、新しすぎやしないかねぇ……?)
まるで使ったことのないような、歯も全く摩擦していない新品の如き歯車の群れ。
そして、その中でも最大の威容を誇る歯車の中央には四角い窪みがあり、
(ここに何かを嵌めこむのかねぇ……?)
まるで、そこを埋めれば今にも歯車が動き出しそうだったのだった。
――――――――――
ホテル「黒猫亭」の屋上。
「はぁー、やっと終わったかー」
皐月は三冊の本を素早く読みきって、パタンとその場に仰向けに倒れた。
(……文献の限りじゃあ、ハイ・シェンが奈落人だったっていう線はなさそうだな。
で、『人食い』ってのは本当に人を喰ったわけね。しかも、夫を。……なるほど、中々ハードじゃねぇーか)
残念ながら、皐月の当初の予想の一方は外れてしまったようだ。
しかし、収穫は一つあった。それは『人喰いハイ・シェンの生誕祭の由来』に書かれていた文章。
『人喰い勇者ハイ・シェンは、我らプレッシオの民にとって紛うこと無き勇者だ。
しかし、それ以上に……いつの日か時計塔が動き出さないためにも、プレッシオに祭りは必要だった』
皐月は身体を起こし、街の中央の動かない時計塔プレッシオに目をやった。
時を刻むことのない文字盤は相変わらず静止している。鳴ったことない鐘楼は押し黙っていた。
「時計塔が動き出さないためにも……って一体どういうことなんだ? 動き始めたら何か起きるのか?」
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