校長室
星影さやかな夜に 第一回
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十六章 悪意の啓治 光の届かない、どこかの路地裏。 ヴィータは落書きだらけの汚い壁に背を預け、借りた《腕時計型携帯電話》で通話を行っていた。相手はアウィスだ。 「聞いたわ。結構を追い詰められてるらしいわね」 『……ああ、クソッタレ! このままじゃあ、計画に支障を来たすかもしれねぇよ!』 アウィスの声は荒れていた。 ヴィータはクスクスと笑い、余裕な様子で言い放つ。 「あら、そうかしら。わたしにはとても楽しめる状況だと思うけど」 『あ゛あ!? なにが言いたいんだテメェは?』 「まあまあ、そう焦んないでよ。きちんと話してあげるからさ」 機嫌良さそうにクスクス笑いながら、ヴィータは片手に握ったボトルに口をつける。 中身はポーランド産ウォッカ、スピリタスと度数の変わらないプレッシオ特産の名酒だ。 「ぷはぁ〜、やっぱるこのお酒は美味しいわね。何百年ぶりかしら? 久しぶりに飲んだわ」 『……なんだ、テメェ。酔っ払ってんのか?』 「多少はね。でも、まぁ、頭は冴えているから安心してよ」 『チッ、で話すことってのはなんだ?』 ヴィータはその質問に、酒臭い息を吐きながら答える。 「ねぇ、今は輸出用の子供は何人いるの?」 『は? テメェはいきなり……』 「いいから答えてよ」 『……チッ、今のところ倉庫に閉じ込めているのが七人だな』 「へぇ、結構いるのね。大丈夫なの?」 『大丈夫さ。そいつらは全員、身寄りのない子供になってもらった』 「悲しくも、猟奇事件に両親を失った子供たちってわけ?」 『っひは。そうだ。お涙頂戴だろ?』 「きゃは♪ そうね。で、その子たちの内訳は?」 『全員が殺害動画(スナッフ・フィルム)かそれに似たポルノ・ムービーの出演者、ってところだな』 「そう。なら、その全員を人質に使いましょ」 一拍遅れて特徴的な笑い声が受話器越しにヴィータの耳に届く。 『ひひひ、っひは。そうかそうか。そういうことか』 「そ。まぁ、後はあなたが趣向を凝らしなさいな。自分が楽しめるように」 『っひは。分かった。そうさせてもらうぜ。ありがとよ、傭兵』 その言葉を最後に、通話は切れた。 ヴィータは赤ら顔のまま、つまらなさそうに呟く。 「ちょろいわね。 あんなバカがトップで成り立つんだから組織って不思議よねぇ。……ま、後は特別警備部隊の連中をどうするか」 ヴィータは考えながら、灯りのない道へと歩いていく。 そして、闇に溶け込むかのように、消えていった。 ―――――――――― コルッテロ、アジトの近く。 「……アウィス様から召集のご連絡だ。 ついてこい、託。ついでに貴様を紹介してやろう」 コルニクスはアウィスからの通信を切ると、隣の託にそう言った。 託は了承の意味を込めて頷き、肩を並べて歩きながら、問いかけた。 「ところで雇い主さん、これからいったい何をするつもりなんで?」 「なにをする……? 計画のことか?」 「ええ。こういうことを聞くのはご法度とは思っているんですが、私は見ての通り肉体派じゃなく頭脳派なんでねぇ。 ……やることさえわかればやりやすいですし、効率を上げる提案だってできるんですが」 託の言葉を聞き、コルニクスは片眉を吊り上げる。 そしてしばらく考えてから、ゆっくりと口を開いた。 「……分かった。 どうせもう計画は止まらない段階まで来ている。今さら誰に知られようが、問題はないだろう」 コルニクスは言葉を続ける。 「端的に説明するぞ。 我らコルッテロの計画は、カーニバル最終日に動かない時計塔を動かすことだ」 託はその説明を聞き、コルニクスに問いかけた。 「……へぇ、そうするとどうなるんですか?」 「そこまで教える義理はない。 ただ、この街の全てを壊すことに繋がる、とだけ言っておこう」 「それで、動かない時計塔を動かす鍵をあの獣人が持ち出して逃げている、と」 「ああ、そうだ。 ……全く、あの獣人さえいなければ既に時間の問題だったのだがな」 コルニクスは大げさに肩を竦める。 その少し後をついて歩きながら、託は考えをめぐらせた。 (カーニバル最終日に動かない時計塔を動かすこと。 コルッテロの企みはハイ・シェンの伝説がらみのことじゃないのか……?) 託は手に入れた情報を整理する。 (……コルッテロの目的は、この街を掌握すること。 それが、カーニバル最終日に動かない時計塔を動かすことで可能になる。 しかもそれは、この街の全てを壊すことに繋がるっている……か) 託は不快感に顔を歪め、小さな声で呟いた。 「いたずらは好きだけど、シャレにならないことは嫌いなんだ」 「……何か言ったか?」 コルニクスが振り返る。 しかし、託の顔には先ほどの表情など微塵も残さず、営業スマイルが広がっていた。 「いえいえ、何も言っていませんよ。さあ、早く行きましょうか」 ―――――――――― コルッテロのアジト、ロビー。 ルベルは鈴蘭畑に向かっていた構成員の報告を聞いて、愕然としていた。 「嘘だぁ! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! ベリタスがそう簡単に死ぬはずがない!!」 ルベルが叫びながら、会社の壁に拳をたたきつける。 ドゴンと鈍い音がして壁がへこむ。叩きつけた拳に傷が入って、血がぽたぽたと床に落ちる。共に赤の双眸から涙も落ちた。 「嘘だぁ……ベリタスが……あのベリタスが……死ぬわけなんてない……死ぬわけなんてない……」 ルベルは俯いて、自分に言い聞かせるよう弱々しく呟く。 しかし、頬を伝う涙は止まらない。ベリタスはこのロビーにどこにもいない。心のどこかでは受け止めているのだろう。 「……殺す」 ルベルは口にした。 それは心の深い深い底、暗い暗いところから引き出した言葉。 「殺す。絶対殺す。確実に殺す」 ルベルは顔を上げる。 赤い瞳からは黒い血のような涙が流れていた。 「ベリタスを追い込んだ奴らを皆殺しにしてやる……ッ!!」 仲間を殺された獣の恐ろしい咆哮が、ロビーに響きわたった。 「ベリタスって、あのベリタス・ディメントのことか?」 「……多分、ね」 ニゲルとアルブムはロビーでルベルの絶叫を耳にし、会話をかわす。 「そうか。なら、あいつにも連絡をしなきゃな。めんどくせぇな……で、あいつ今どこに居るんだ?」 「……里帰り。イグニートの背中のゲヘナフレイムの集落」 「なるほどなるほど。それじゃあちょっくら連絡をしてくるかい」 ニゲルはそう言うと、玄関に向かって歩き出す。 それは連絡をするためだろう。マナーを守るのはいいことだ。 「……待って、ニゲル」 「ああ? なんだよ、アルブム」 「……外、出るならベリタスの遺体も回収してきて欲しい」 「あー……、そうか、今、おまえは仕事道具がないんだったな」 「……いえす、先日腐った」 「任せとけ。ついでにとってきてやんよ」 ニゲルは片手をひらひらとさせ、外に出て行く。 二人の会話が終わったのを察知して、朱鷺は疑問を解消するためにアルブムに問いかけた。 「あいつってのは誰のことですか?」 「……そうか、知らないもんね。あいつはルクス・ラルウァ」 「ルクス・ラルウァ……。その方とベリタスに何の関係が?」 「……ルクスは、ベリタスの実の弟だから。 それで、元ゲヘナフレイム。最近、ラルウァになった一員なの」 朱鷺は疑問を解消してうんうんと頷いた。 「なるほど。なので、ご連絡をするのですか。 身内が死んだと聞いたら、誰でも悲しむものですからね。早めに知っておいたほうがいい」 朱鷺の言葉を聞いて、アルブムは首を横に振る。 「……違うよ、ルクスはきっと喜ぶ」 「喜ぶ?」 「……いえす、ルクスは狂ってるから」