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リアクション
『昇龍の頂』
人と龍、2つの姿を持つ種族、『龍族』が本拠地、『昇龍の頂』。
いくつかの層で形成されており、最も低い層は天秤世界の地面で、多少の自然や畑が広がる。層は荒々しい岩で構成されており、地面が隆起したというよりは、空から巨大な岩が連なって落ちてきたような印象を与える。この辺りから龍族の住居と思しき建物が増え、そして今の龍族の長『『古の白龍』ダイオーティ』が住まう建物は地上からかなりの高さの層にあった。建物は主に石造りで、大きさは人間のそれと大差ない。電気は使われてなく、風や水、火といった自然の力を生活を営むために必要な力として利用しているようであった。
「だ、ダイオーティ様!」
建物の内、ここ天秤世界においては貴重である木々や草木が美しい中庭に、側近の慌てた声が響く。
「どうなさいましたか?」
中庭の一角から、声が返ってくる。やがて一人の女性――二十代後半から三十代前半に見える――が立ち上がり、ゆったりとした足取りで自分を呼んだ側近の元へ歩み寄る。
「大変です! その、龍が……龍が、こちらへやって来ます」
側近のたいそう慌てた様子から、彼の言う『龍』が龍族ではない別の何かであるとダイオーティは理解する。
「鉄族の新型である可能性は?」
「いえ、それはありません。外見はほぼ、我々と酷似しています。攻撃の意思もありません。
観測班の報告によれば、龍は下層からほぼ垂直に上がって来、『龍族の長に会いたいヤツらを連れて来た』と話したとのことです」
一通り話を聞き、ダイオーティは一瞬瞑目し、思考をまとめる。
「降下場所への誘導、出迎えの準備を。……昨日、鉄族の勢力範囲との境界線上で、不思議な現象が観測されたとの報告もありました。その現象に関係する方々であれば、会ってみる必要はあるでしょう」
「ハッ! そのように伝えます、では!」
側近が一礼してその場を後にし、ダイオーティも突然の来訪者を迎える支度に取り掛かる――。
(ニズちゃんと他の人達は、無事に着いたかな。……ふーん、こんな風になってるんだ。なんだか街の作りが、イルミンスールに似てるかも)
層を一つ上がった場所で、五月葉 終夏(さつきば・おりが)が周りに視線を向けてそんな感想を心に思う。枝葉を岩壁に変えれば、なるほどイルミンスールの構造に似ていた。
「この世界は天秤。天秤の上には莫大な富が乗り、天秤を傾けた者が富を得ることが出来る……か。
さて、龍族はこの世界に自分達から来たのか、はたまた呼びこまれたのか。資料として残っていない物ならば、当人達と話すのが一番だろうな」
隣に立ったニコラ・フラメル(にこら・ふらめる)の言葉に、終夏も同意の頷きを返す。
「文献とか資料はなくても、お伽話とか、童歌とか、そういう何か昔から伝わっているものがあればいいな。そういうのは子供がよく知っていると思うんだけど……」
辺りを見回し、その目的の子供たちがいないか探している所へ、複数の甲高い声が響く。
「おまえたち、でぷりけーたーだな! かくごしろ!」
口調こそ幼く舌っ足らずなものだったが、しかし動きはいわゆる人間の子供とは段違いに鋭かった。
「おおっと! 油断すると怪我をしてしまいそうだな」
繰り出される棒切れを避け、ニコラが終夏を庇う位置に立つ。その動きで、目の前の人物が相応の力を持っていると悟ったのか、子供たちはそれ以上襲い掛かってはこなかった。
「私達はデュプリケーターじゃないよ。この世界じゃない別の世界から来たの」
「べつのせかい……? オレたちと同じか?」
「そうだ、私と君は同じだ。……良かったらお兄さんに、君たちがいつこの世界へ来たのか、どうやって来たのか話してくれないか」
爽やかな笑顔を浮かべるニコラを、子供たちは穴が開くのではというくらいにじっ、と見つめる。
「……わかった。でもオレたち、おまえがいったことはわからない。かあちゃんならしってるかも」
子供たちのリーダー格と思しき子が、案内する、と言って駆け出す。終夏とニコラは見失わないよう後を追う――。
「……私達はかつての世界で、迫害を受けていました。人の姿を取りながら龍に変じる事のできる龍族を、嫌悪する者も多かったのでしょう。
そして、当時の長であったダイオーティガ様は決心なされました。迫害され、支配される立場からの脱却を果たすための戦いを、私達は起こしたのです」
そんな前置きで始まった子供の母親の話は、やがて龍族が支配者であった種族をもう一歩で滅しようかという所まで進んだ。その時突如、大きな揺れが起こり意識が途絶え、気付けば住んでいた街ごとこの天秤世界へ『落ちてきた』のだという。
「……それは、いつの事ですか?」
尋ねる終夏に、母親は正確な日数は分からないとしつつも、夜を5000回ほど繰り返していると話す。
「パラミタの換算でいくと、14年前後か。鉄族も同じ頃にやって来たのか?」
「同じかどうかは分かりませんが、この世界に来て間もなく、鉄族とは戦いを始めていたと記憶しています」
「ふむ……少なくとも龍族が天秤世界に来た時には、鉄族も来ていたということになるな」
ニコラが納得したように呟き、頷く。龍族について知りたいことのいくつかを知ることは出来たが、話の内容が内容だけにどうしても重い雰囲気になってしまう。
「ねえちゃん、さっきからきになってたけど、それなんだ?」
と、子供が終夏の手にしていたケースを指差して言う。
「ヴァイオリンを見たことないかな? こうやって弓で弦を引くと、綺麗な音が出るの」
そう言い、終夏が実際にやってみせる。空気を震わせ音が発されると、子供たちからおぉ、と歓声が飛ぶ。
「終夏、話を聞かせてもらったお礼に、一曲披露してはどうだろう。私も未熟ながら演奏に参加しよう」
重苦しい雰囲気を打破するきっかけとばかりに、ニコラが終夏に演奏を披露してはどうかと持ちかける。
「……そうだね、それじゃあ、一曲。君たちは音楽に興味はあるかな?」
「うーん、となりのじっちゃんがよくおしえてくれたけど、オレはあんまうたったりしないなー」
「そっか、うん、歌ったり演奏したりを強制はしないよ。ただちょっとだけ音楽に触れて、ちょっとでも興味を持ってくれたら嬉しいかな」
やがて室内に、聞く者を落ち着かせるような柔らかな演奏が響く。
「うん? 鉄族の事をどう思っているか、だって?
そりゃああんた、『滅ぼすべき敵』さ。奴らは前の長、ダイオーティガ様を殺した。我々はダイオーティガ様の仇を取らなくてはいけない」
「滅んでほしい、とまでは思ってないけど、仲良くしようとは思わないわね。ふざけてて、野蛮な感じがするから」
「闘い続ける事への不満……ですか。
確かに、ダイオーティガ様がお亡くなりになられてからというもの、私達は防戦一方。人々の間にも厭戦思想が広がりつつあるのを感じます。ですが、相手もまた大打撃を受け、無傷ではありません。必ずやこの戦いに勝利し、私達は富を得て元の世界に帰るのです」
「そうなのよねー。最近あちこちで地面が崩れただの無くなっただの聞くから、大丈夫なの? って思うわ。
もしあんたの言う手立てがあったら……そうねー。多分、誰かはやってみよう、と思うかもしれないけど、鉄族との戦いに影響を及ぼすならしない、ってなるんじゃないかな。手立ての方にかまけて鉄族に攻めこまれて負けました、は最悪だから」
「……ふぅ。ここらへんで休憩にするか」
息をつき、相田 なぶら(あいだ・なぶら)が聞き込みの内容をまとめる。『昇龍の頂』にやって来た彼は、街の龍族にあくまで個人の意見としてという前提で、
・鉄族の事をどう思っているか
・闘い続ける事に不満は無いか
・もし敵部族を滅ぼす以外の世界の崩壊を防ぐ手立てがあったものとし、可能性の大小に関わらずその手段を選択したいと思うか
を聞いて回り、部族全体の民意を調査していた。
(鉄族の事は、総じていい印象を持っていない。そりゃあ、前の長を殺されたとなれば憎んで当然か。後は見たところ真面目そうな感じだから、鉄族と相性が合わないんだろうな。……鉄族が陽気な気質なのかは分からないけど。
やっぱり非戦闘民は、闘い続ける事に疑問を感じているみたいだ。反対に戦闘民は、相手も弱っているからみすみす諦められない、って具合なのかな。世界の崩壊は気にしてても、鉄族との闘いを放棄してまで取り組む気はない……ってところかな)
聞いた話の内容から、龍族はまだ闘う気でいることを感じ取ったなぶらが、思ったことを書き留めていく。
「なぶらー、鉄族んとこ行こうで、鉄族ー。メカやでメカ? 絶対カッコイイやん。なぶらも興味深々やんな?」
と、なぶらの腕をブリジット・クレイン(ぶりじっと・くれいん)がぐいぐいと引っ張る。重度のメカオタクである彼女の興味は、専ら鉄族に注がれていた。
「龍やったらパラミタでも見れるやんか。折角の異世界であんなカッコイイもんの所行かんとか勿体無いやんかー」
「ああ、うん、そうだね。鉄族の方は次に行けたらね?」
「次っていつ? いつなん?」
なおも食い下がるブリジットを「ほら、ダダこねない」と引き剥がし、まとめ作業を続けるなぶら。
(思いっきり対立関係にある部族間を、そう易々と行き来は難しいよね……。俺も天秤世界は知らない世界だし、隅々まで観光……違った、調査はしたいところだけど。
ま、深く考えても仕方ない。行けたらラッキー程度に考えて、まずはここでの聞き込みを充実させよう)
よし、と頷いて、まとめた資料を仕舞い込む。「わいはメカが見たいんや……」と呟きながら地面になるとを書くブリジットの頭をポン、と叩いて急かす。
「ほら、いじけてないで行くよ。聞き込みが早く終われば、それだけ早く鉄族の所に行けるんだからさ、頑張ってよ」
「ホンマか!? うっしゃ、わい頑張ったるでー!」
行ける、と分かった途端(行けるかどうかは分からない)、ブリジットが元気を取り戻して聞き込みに当たる。その様子をなぶらが苦笑して見守り、後を追いかける。
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