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リアクション
『それぞれの思惑の元に』
(……さて、この辺りで情報収集を、と思ってはみたが……想像していた以上に、人の数が少ないのぉ。
これはアレか、この辺りに細々と生活していた者は皆、デュプリケーターとやらに駆逐されてしまったのかの。縄張り争いは世の常、そこに割り込むものの存在も常、じゃな。カッカッカッ!)
龍族と鉄族の勢力範囲の境目と思われる場所で、情報収集を目論んでいた鵜飼 衛(うかい・まもる)だが、なかなか営みを見つけることが出来ずにいた。龍族と鉄族が主で、他、過去の戦いで生き残った種族が細々と暮らしている様を想像していたものの、この場所に限ってはそうではないようだった。
『衛様、聞こえますか? 妖蛆です』
「おぉ、聞こえとるぞ。おぬしは今……ふむ、随分と奥まで踏み込んだようじゃの」
ルドウィク・プリン著 『妖蛆の秘密』(るどうぃくぷりんちょ・ようしゅのひみつ)からの通信を受けた衛は、彼女が龍族の本拠地に近い所まで進んだことを知る。
『この辺りでようやく、小さな街を見つけることが出来ました。ここで情報を集め、帰還したいと思います』
「おぅ、気ぃつけてな。……さて、わしはどうしようか――む?」
通信を切り、今後の行動を思案していると、前方から不穏な空気が漂う。
「……良くないのぉ。わしでも嫌悪する臭いじゃ。弱き者を寄ってたかって虐める……見過ごしてはおけまい」
ルーン術式の書かれた札を忍ばせ、衛は気配のある地点へ飛ぶ。
「な、なんなのこの人たち……怖いよぅ」
雨宮 七日(あめみや・なのか)の身体を借りたツェツィーリア・マイマクテリオン(つぇつぃーりあ・まいまくてりおん)が、日比谷 皐月(ひびや・さつき)の背中に隠れる。3人は数十の、様々な格好をした者たちに囲まれていた。
「話を聞いてくれる……気は感じられねぇな。蹴散らすにしても数が数か……面倒臭ぇ」
武器を構えつつも、皐月はなんとかこの場を逃れる方策を検討する。『争い以外での戦争の終結を目指す』を目標としている手前、自ら血を流す真似は絶対に出来ない。
『――――!!』
瞬間、背後から一刃の閃光が飛び、囲んでいた者の一体の首を撃ち抜く。周りの注意が一斉にその撃ち抜かれた者へ向き、次いで閃光の飛んで来た場所へ向く。
『――――!!』 『――――!!』
するとなおも二発、三発と閃光が飛び、地面を穿つ。皐月を囲んでいた者たちは状況の不利を悟ったのか、包囲を解き北の方角へ撤退していく。
「……ふむ、奴ら、知性はあるようじゃな。ただ闇雲に向かってくるかと思って準備しとったが」
現れた衛の足元には、即席ながら大火力の術式を展開できる魔術結界が構築されていた。相手の反応に意外なものを覚えていると、皐月とツェツィーリアが駆け寄る。
「すまない、助かった。オレらだけでは逃げるのもキツかったからな」
「なに、流石に見て見ぬ振りは出来なかっただけじゃ。……ところでおぬしらは、何用でここにおったのじゃ?」
「ボクはね、皐月に歌を歌えって言われたの。戦いを戦いで終わらせようとするのは良くないって」
ツェツィーリアの言葉に、衛は特に私情を挟まなかった。先に妖蛆が向かった街へ行けばいいじゃろう、と場所を教え、礼を言って去るその背中を見送る。
「……考える所は人それぞれ、じゃからな。……む、今度はメイスンか」
端末が反応する、相手はメイスン・ドットハック(めいすん・どっとはっく)。
『衛か。自分の位置が分かるか?』
「何じゃ、随分と急いておるな。あぁ、把握しているぞ」
メイスンの位置は、妖蛆のとは拠点寄りの位置にあった。しかし内容は妖蛆のに比べて深刻であった。
『契約者が戦闘機に追跡されとる。どうすればいい?』
メイスンの報告に、衛は一瞬の思案を自分に許す。先程は相手がデュプリケーターであったからまだいいが、今度は相手が戦闘機……鉄族。迂闊に手を出せば中立の立場が崩れ、今後の活動に支障をきたす。しかしここで見過ごすような真似をして、契約者が死亡する事態になれば、それはそれで目覚めが悪いし、やはり活動は上手くいかなくなるだろう。
「メイスン、こちらから手は出さず、気付かれぬよう後を追え。……妖蛆、聞こえているな?」
『ええ、衛様。わたくしも至急駆けつけますわ』
端末を身体に固定し、乗り物であるドラゴンに乗った衛は、ポイントへ急ぐ。
「マイクテスマイクテス、こちら迷子の子猫。こちらに交戦の意思は無し。出来れば道を教えて頂きたくー」
風森 望(かぜもり・のぞみ)の呼びかけに、しかし黒を基調とした戦闘機は回答を寄越さず、代わりに機銃掃射で応答する。『操舵手ギュルヴィ』の巧みな操船により致命的なダメージは免れるものの、とかく的が大きいためどこかしらは射抜かれ、欠片が地面に落ちていく。
「お嬢! このままじゃあいつか落とされちまいますぜ!」
「そこを何とかするのがギュルヴィ、あなたの役目でしょう? それにわたくしのことはマムと呼べと何度言ったら分かりますの?」
「アイアイ、マム!」
海賊船に襲われた商船の気分を味わいながら、懸命に回避行動を続けるギュルヴィ。彼を横目に、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)は『砲撃手ハール』にレーザーマシンガンで戦闘機を追い払うよう指示する。
「よっし! 俺の出番だな!」
「撃墜は厳禁ですわよ。ストーカー気質の彼に、お灸を据えてやりなさい!」
ハールの管制の元、シグルドリーヴァに装備されたレーザーマシンガンがレーザーを発射する。必中を期した掃射はしかし戦闘機の変態飛行で回避され、同じく非実弾の機銃掃射の反撃を浴びる。空を2つの飛行体と、無数の光の線が彩る。
「おーおー、こりゃすげえや。まさか生でこんな体験するとは想像しなかったぜ――うひゃあ!」
甲板上ではウルフィオナ・ガルム(うるふぃおな・がるむ)が吹き荒ぶ風を浴びつつ、ドッグファイト(自分も当事者だが)を楽しげに見物していた。
「う、ウルさん……うぅ……中に避難した方がよろしいのでは……?」
柱にしがみつき、青ざめた顔でレイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)が言えば、傍に寄って飛ばされないように支えてやりつつウルフィオナが答える。
「いや、ありゃあ遊んでんな。こっちを本気で落とすつもりはねぇ。それよかこっちが迷子の身ってのが問題だ。こうやって追い回されて途方も無い場所に迷い込もうものなら……」
「?」
見上げてくるレイナに、ウルフィオナは首を横に振る。
「いや、なんでもねぇ。ま、腕利きが揃ってるみてぇだし、なんとかなんだろ」
言葉を紡いで、ウルフィオナは支えている腕に力を込める。
(レイナに無茶させねぇように気をつけねぇとな。なーんか、兆候が出かかってるし……。
それに、また駄メイドに問い詰められたくねぇし。なんであいつはこう、レイナのことになると対応つーか性格変わるんだか……)
彼女らが行動を共にすることになった経緯は、まず望とレイナは共に、『深緑の回廊』の根本からではなく、先端から入ったことから始まる。
ミーナ曰く、「根本から入ればちゃんといつもの場所に行けるけど、先端から入った場合はその保証は出来ないんだ」とのことであった。望とレイナは別々のタイミングで入ったが、幸運というべきかほぼ同じ場所に降り立ったため、合流すること自体は簡単だった。
「……ここは……どこでしょう?」
「いやー、ものの見事に迷子ですねぇ」
しかしそこにいた誰も、今自分たちがどこにいて、どの方角に向かえば契約者の拠点候補地に辿り着けるのか分からなかった。とりあえずイルミンスールには連絡が取れたので現在の状況を伝え、一行は移動を開始する。
「中立区域なら兎も角、どちらの勢力圏内ですと下手な行動は命取りになりますけど……動かなきゃどうにもならない状況ですからね。資材の運搬もありますし、とりあえず移動しましょう」
移動を開始してしばらくすると、イルミンスールに寄せられた情報から、自分たちが鉄族の勢力範囲内に飛ばされたことを知る。
「……周りの雰囲気から、何となくそうではないかと思いましたが……やはり、この辺りが鉄族の勢力範囲ですか」
『シグルドリーヴァ』に乗り込む前、そして今上空から時々見える明滅する物体が、飛行機に現在位置を知らせるマーカーの役割を果たしているのだろうとレイナは想像し、それを書き留めていく。このマーカーを辿ることで、本拠地である“灼陽”に辿り着けるかもしれない、そんな事を思う。
「さてと、やってきました天秤世界、ってか。……しっかし、聞いてた以上に荒れた景色だぜ……」
隣にいたウルフィオナが、船の外から見える景色を見ての感想を口にする。
「ここに龍族と鉄族、デュプリケーターってのが住んでんのか……。ま、龍族と鉄族はともかく、デュプリケーターくらいならあたしたちでも対処出来そう、かな?」
「……そうですね……私とウルさんなら、大丈夫でしょう」
レイナがそう口にした直後、瞬時にして部屋の空気が冷たくなったような感覚に、ウルフィオナがレイナを見る。
「それに、“私”があんな出来損ないのような木偶どもに遅れをとるわけがないしね、フフ……」
「……まさか、お前……」
「……? どうしましたか、ウルさん?」
きょとん、とした顔を浮かべるレイナ、先程の感覚は既に消え去っていた。
「レイナ……なんともないか? おかしな所はないか?」
「? ……特には……一瞬意識が飛んだような気がしましたが――」
直後、船が急に傾き、バランスを崩したレイナがウルフィオナの胸に飛び込む形になる。
「おっと! 大丈夫か、レイナ」
「あ、はい――」
次いで二度三度、船が傾く。何かから逃げるような動きをしていることに気付いた矢先、後方から鉄族と思しき戦闘機が来ているとの放送が流れた――。
戦闘機の見舞った機銃が、『シグルドリーヴァ』のマストの一本を撃ち抜く。上半分の帆を失ったことで、船の速力・機動性はさらに悪化する。
「お嬢、速度、高度共に落ちていきやす!」
「気合で維持なさい!」
「マシンガンの弾が切れました!」
「気合で補充なさい!」
戦況の悪化に、ノートが忌々しげに歯噛みする。大型飛空艇と戦闘機のスペックを考えれば、これでも十分以上に抵抗しているのだが。
「! 敵機、離脱していきます!」
『観測士ブラギ』の報告通り、戦闘機はそれまでの追跡を止め、“灼陽”の方角へ飛び去っていく。
「フ、フフフ……わたくしに恐れをなして逃げ出しましたのね」
「単に燃料切れとか、他に目的があってのことだと思いますけどね。お嬢様、完全にナメられましたね」
「お黙りなさい!」
一人優雅にくつろいでいた望へ、ノートの罵声が飛ぶ。
その後、安全そうな場所を選んで着陸し、被害の状況を確認している所へ、それまで隠れて追跡していたメイスンに合流する形で衛と妖蛆が現れる。
「ふむ、その様子じゃと、何とか戦闘機の方は撒いたようじゃな。どうせおぬしらは拠点へ行くのじゃろう? 道案内をする代わりに乗せてってはもらえぬか、カッカッカッ!」
衛の申し出を望は了承し、『シグルドリーヴァ』は拠点の方角目指して再び飛行を始める。そして船内にて、衛と妖蛆、メイスンはそれぞれ持ち帰った情報を交換、共有し合う。
「よしよし、なるほど。龍族の勢力範囲には多少なりとも他種族の街があり、反対に鉄族の勢力範囲には殆ど無い、か。龍族と鉄族の精神性というか、習慣についても一定の情報を得られた。これだけ情報を集めれば、調査班としてまずまずの成功かのう」
「そうか、指示は果たせたようだな。しっかし、今回は調査なんて地味なことをやっとるけど、こんなことに意味はあるんじゃろーか?
そういえば衛は元傭兵じゃったのう。その時の名残で情報を収集しておるのか?」
「まあ、一つはその通りじゃ。勝ち馬に乗った方が報酬はおいしい。じゃから、事前に相争う勢力のことは徹底的に調べる。その上で雇用関係を結ぶのじゃ。
それとは別に、こうやって相対する二つの勢力の話を聞くことは重要じゃ。特にわし等が中立勢力の者であれば、な。
相手は少しでも自分達の戦いを有利に運ぼうとする。ならばわし等を味方にしようとするのは必然。ならば自分達のことを耳障りのよい言葉で飾り、相手のことを批難する。その情報を比べれば、争いの火種はわかる。原因が推理しやすくなるという寸法じゃ。これはもちろん、勢力が決まっていない中立じゃからこそできることじゃ。じゃからこそ今、やっておかねばならぬことなのじゃて」
「なるほど。それでわたくし達に中立の立場ということを明かして、情報を集めさせたというわけですね。人間、どうしても口を閉ざせば印象が悪くなってしまいますからね」
メイスンの疑問に対する衛の回答に、妖蛆が感心した様子で頷く。
「おそらく数日中に、双方のそれなりの地位の者がわしらに接触を図るとわしは読んでおる。そこでの対応が今後のわしらの立ち位置を決めることになるじゃろうな。
ま、まずはこの情報をイルミンスールに持ち帰るとしよう。情報というのは共有できなければ意味がない。妖蛆、報告書の作成を頼んでよいか?」
「ええ、お任せください、衛様」
早速、妖蛆が今回の情報をまとめた報告書の作成に入る。
「さて、本営はどのような判断を下すのかのう。決断するのはトップの仕事じゃからのう、カッカッカッ!」
今後の事を思うと、自然と笑みが溢れる衛であった。
その後『シグルドリーヴァ』は無事拠点に到着し、コンテナに満載した生活物資、拠点構築用の資材の運び入れが行われる。
拠点は確実に、長期の滞在に耐えうる機能を備えつつあった――。
拠点から北西方向に進んだ先、丘と丘の間に挟まれ、隠れるようにしてその街はあった。
「着いたか……」
疲労の色濃い顔を浮かべた皐月が、街の入口に刺さっていた看板に描かれた文字を見る。おそらく街の名前を示しているのであろうそれは、『possibi city』と読めた。
「ぽ……ぽすしび?」
「ポッシビ、じゃないか。あるいは響きを良くして『ポッシヴィ』とか。それだとbじゃなくてvだろうけどな」
「それだ! 今日からこの街はポッシヴィに決定!」
ツェツィーリアがビシッ、と指差して元気よく宣言する。デュプリケーターからの逃避行を経てなお元気さを失わないその姿に、皐月は疲れた身体を奮い立たせ、この世界に来た本来の目的を果たさんとする。
「マイ、ここに俺達が来た意味……分かるか?」
「よくは分からないですけど、いつも通り歌を歌えばいいんですよね?
任せてください! 憎みあって戦うよりも素敵な事が有るって、皆さんに教えてあげます!」
自信ありげに言い切るツェツィーリア、その様子に皐月は満足気に頷く。
「すげえミュージシャンがいてさ。オレ、そいつになりたかったんだよ。
……なれなかったけど、さ。今じゃギターも弾けやしねーし」
かつてあった腕の方を見、自嘲的な笑みを浮かべる皐月。けれどその憂いは消え、ツェツィーリアを見る目には彼にしては珍しく、情熱が宿っているように見えた。
「だからマイ、お前がなるんだ、英雄に」
背中に手を添え、スッ、と前へ押し出す。その日をなんとか暮らしているような雰囲気の街の住人が、何事かと目線を向けてくる。
(その“富”が何なのか、ボクには分からないですけど! 犠牲を積み上げてまで手に入れる物では無い、と思います!)
どんなに遠回りになったって、歩き続ければ必ず、目的地に辿りつける。
ボクはそう信じてますから――)
「だから、」
息をめいっぱい吸って、握り締めたマイクに向かって、“最初の一歩”を踏み出す。
「人を、命を、明日を信じる為に、全力で歌います!」
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