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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』

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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』
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 ●イルミンスール:校長室

「動くにしても、色々と分からない事だらけなんでな。いくつか質問させてくれぃ。
 まず一つ目、『深緑の回廊』を通じて龍族・鉄族の人たちをこのパラミタに招待する、避難させるってことは可能なの?」

 校長室を訪れたアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)の問いに、ミーナがしばらくの間うーん、と考えていた。既にアルツールとアーデルハイトとの会話は、ミーナとコロンにも届いている。情報を伝えないわけにはいかないが、言葉は選ぶ必要があった。
「ま、もし可能だとした所で、両種族の意思も聞かないとダメだろうし、どのくらいの規模なのか分からないし、シャンバラ政府にも確認を取らないといけないだろうし、崩壊寸前の大陸よりまだ向こうの方が安全かもしれんけどな」
「うーん。出来ないよ、ダメだよ、ってことはないだろうね。
 可能性は君たちが生み出すものでもあるんだ。それも1つの、戦いの終わらせ方だしね」
 ミーナの回答に、アキラはふーんと呟く。聞いた割には、本人の中ではさほど重要ではなかったようだ。
「んじゃあ、2つ目。これが今んとこ、いっちゃん重要だな」
 そのように前置きして、アキラが2つ目の質問を口にする。

「今回の目的は、ウチラが天秤世界に介入することにより事件を解決し、イルミンスールの力の減少を防ぎ、寿命を延ばす事だと思うんだけど……逆にウチラが介入することで戦況・状況が悪化・激化、イルミンスールの力の減少を防ぐどころか逆にイルミンスールの使う力が予定よりも増加、寿命を延ばすどころか逆に減らしてしまう……最悪、ヘタすりゃこの事件でイルミンスールが枯れちまう可能性もありうるって認識でいいのか?」

 瞬間、スッ、と、場の雰囲気が重くなったような気がした。
「アキラ……おまえ、何の意図でその質問を口にした?」
「ん? そうだなぁ……興味本位?」
 アーデルハイトの険しい表情から放たれる言葉も、アキラは意にも介さず飄々と言ってのける。
「…………、僕がさっき言った言葉とだいたい同じ、かな」
 そんなアキラに対し、先程よりも長い沈黙の後、それだけを答えるのが精一杯といった様子でミーナが答える。
「……ほう、ほうほう。なぁるほど。
 ……おぉもしれ〜ことになってきやがったじゃねーか」
 にへら、と笑うアキラ、その顔は悪役のテンプレートとでも言うべき様だった。
「よし、そんじゃーちょいと行ってくるかい。その今をトキメク『天秤世界』とやらによ!」
 すっかりやる気満々といった様子で、アキラが一行に別れを告げ、『深緑の回廊』へと向かう。
「……どうだと思いますかぁ?」
「分からん。何かを企むにしてはあからさま過ぎる。
 ……まあ、ここまで来ればもはや、契約者を信じるしかあるまいて。結局私達にはそれしか出来んよ」
 去っていった後を見つめ、アーデルハイトが深く息をつく。


「世界樹はね、起きている事を最終的に解決する力を持っているんだよ。出来事がどうしようもなく拡散していこうとする時に、収束する方向に力を振って物事を終わらせられる。天秤世界で起きている2つの種族の戦いは、世界樹がそれを完全に収束させるのにすごい力を必要とさせたみたいだね。結果、解決はしたけどイルミンスールは疲弊して、やがて枯れてしまった、ってわけ」

 セリスの『天秤世界で起きている事件が何故イルミンスールの力を削っているのか』という疑問に回答したミーナが、ふぅ、と疲れた様子で息をつく。隣のコロンも、時折カクン、と首を折っていた。
「休んできたらどうですかぁ? そういえば、『深緑の回廊』を開いたことであなたたちに影響はないんですかぁ?」
「影響はないとは言わないけど、大したものじゃないよ。
 ……そうだね、色々あって疲れてるんだと思う。エリザベートさんの言葉に甘えて、休ませてもらおうかな」
 眠たそうに目をこするコロンを連れて、ミーナは校長室を出、彼らのために用意された部屋へと向かう。
「あれ、ミーナちゃんにコロンちゃん。……なんかお疲れみたいだけど、大丈夫?」
 その途中で、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)に出会う。この2人、最初の出会いでは『事の発覚を遅らせるために閉じ込められる』という決して好ましくないものだったが、その後の会話で思うところがあったようで、特にシルフィスティは自分が元保育士(実際の所は不明だが)だったのもあってか、ミーナとコロンを気遣うようになっていた。
「ああ、うん。今日は天秤世界への最初の旅立ちの日だからね。色々あって疲れちゃった。コロンなんてすっかり――っとと」
 ミーナが言ってる途中で、コロンが眠気に負けて膝から崩れ落ちそうになるのを、辛うじてミーナが抱き止める。
「そっか。じゃあ、コロンちゃんは私が部屋まで運んであげる」
 微笑み、コロンを抱き上げ、シルフィスティがリカインに目配せする。
(「こっちは任せておいて。情報のまとめの方、お願いね」)
(「うん、分かった。そっちの方はエキスパートがいるみたいだし、あんまり出番ないかもだけどね」)
 2人だけに聞こえる会話で言葉を交わし、リカインは校長室へ向かう。シルフィスティはミーナと一緒に部屋へ行き、まずはベッドにすやすやと寝息を立てるコロンを寝かせて、布団をかけてあげる。
「……なんかこの部屋、殺風景じゃない? ぬいぐるみの1つもあっていいと思うけど」
「あはは。僕たちもうそんな年じゃないよ」
 笑うミーナ、外見は10を少し過ぎたかといった風にしか見えない二人だが、実際はその数倍は生きているのだという。
「ぬいぐるみは嫌い?」
「……嫌い、じゃないかな。どっちかといえば好きな方かも。コロンは「猫のぬいぐるみがほしい」って言ってたっけ」
 言った矢先、ベッドからコロンが「ねこさん……」と寝言を漏らす。
「ふふ、猫が好きになったみたいね。分かった、今度2人にぬいぐるみをプレゼントしてあげる」
「えっ、僕も? 僕は……うーん、まあ、そうだね……じゃあ、ありがたく受け取る事にしようかな。ふわぁ……」
「うん、楽しみにしてて。ミーナちゃんも眠いなら、寝た方がいいよ」
「……ふわぁ。そうしようかな……」
 コロンの眠っている横に潜り込んで、布団を引き寄せるミーナ。瞳が閉じられ、眠りに落ちる間際、

「僕たちのしていることは、良くないことなのかなぁ……」

 そんな呟きを残して、すぅ、すぅ、と寝息を立て始める。
(…………、校長室で、何があったのかしら)
 二人の頭をそっと撫でてやりながら、シルフィスティはリカインに、自分たちが来る前に校長室で何があったか調べてもらえないか頼む。

(うーん……。分かる範囲だと、ちょっと前に契約者が質問に来たこと。前日にもやっぱり何人かここに来てるみたい。何を話していたかまでは分からないけど……)
 校長室に着いたリカインが、情報をまとめる手伝いをしつつ空いた時間に、校長室であったことで分かったことをシルフィスティに報告する。そこでの話の内容が、ミーナを弱気にさせたのかなと想像しながら、リカインは端末を操作する。
「エリシアとノーンは、無事に天秤世界に着いたわ。今は他の契約者と一緒に、龍族の本拠地『昇龍の頂』へ向かってるって」
「そうですか、それは良かったです。
 あ、お茶を淹れてきましたよ。ずっと根を詰めていましたし、休憩にしませんか?」
 天秤世界へ、龍族の長に会いに行ったエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)の無事に安堵し、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)御神楽 環菜(みかぐら・かんな)の夫妻がひとときのティータイムに入る。イルミンスール校長室でのこの光景は、既に珍しいものではなくなっていた。陽太は『イルミンスール生を差し置いて出しゃばらないように』と言ってはいるものの、彼らは決して邪魔をしているわけではなくちゃんとエリザベートの助けになるような仕事をしているし、エリザベートも特に気にしていなかった。……たまに二人の世界に没頭する事があるのは、それはご愛嬌である。
「あなたもよくやりますねぇ。その腕ならここのお茶汲みとして十分やっていけますよぅ」
「いえそんな、仕えている方々に悪いですよ。……それに、俺がお茶を淹れるのは、環菜だけですから」
 言った陽太の腹に、脇から環菜の肘が刺さる。
「公衆の面前で恥ずかしいこと、堂々と言わないで頂戴」
「っぐ……ご、ごめんなさい……」
 うずくまる陽太を見つめる環菜、けれど実際どう思っているかは、ほんのり紅く染まった頬が全て物語っていた。

 ●天秤世界

「この辺りは、地質調査の結果作物が育つ可能性があるとのことです。ピヨさん、お願いしますね」
 拠点となる建物から少し離れた、比較的平坦な土地が続いている場所で、セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)ジャイアントピヨに土地の開墾をお願いし、任せろとばかりに頷いたピヨが物凄い勢いで土を掘り返し始める。見た目は可愛らしいピヨが、地面にパイルバンカーのようなものを打ち込み、爆発の如く掘り返す様はギャップ満点だが、効果は絶大であっという間に種を植えられる準備が整った。
「どこに何を植えたか分かるように、柵で囲って……。
 ここには何を植えましょう。ふふ、考えるのも楽しいですね」
 そんな事をセレスティアが思っていると、向こうから黄金に光る種籾戟を担ぎ、溢れんばかりの種モミを携えた志方 綾乃(しかた・あやの)がやって来る。
「あら、既に開墾がされていたとは。すみませーん、私も便乗して植えさせてもらっていいですか?」
「はい、いいですよ。種モミ……お米ですね」
種モミ剣士たるもの、種モミを撒いてなんぼよっ!
 ……それはともかくとして、早い段階で食糧自給が可能になるようにしたかったのよね。ほら、いつまでも回廊の入り口があるとも限らないじゃない? 万が一回廊が閉ざされた場合の事も考えてみたわけ。拠点の方も備蓄庫作ってるみたいだし、そこに収めさせてもらおうかなって。これならそうね……2日もあれば出来ちゃうはずだから」
 袋から、まばゆく光る種モミを取り出し、地面に撒く。通常の種モミの100倍の早さで成長するというそれは、地面に埋もれてしばらく経つともう芽を出していた。綾乃の言う通り、本当に2、3日もあれば収穫出来そうだ。
「そして収穫の時はこの、黄金の種籾戟でバッサバッサと刈り取る!」
 担いでいた戟を綾乃がヒュン、と振ってみせる。名前こそ『種籾戟』だが、実際にそれは武器としても十分通用するような雰囲気を醸し出していた。
「頼もしい感じがします。……さあ、こちらも張り切って野菜や果物を育てましょう。
 ハナウシさんもカモスゾーさんも、一緒に頑張りましょうね」
 セレスティアの言葉に、背中から植物が伸びている不思議な牛『ハナウシ』と、何でも醸したがる不思議な魔法生物『カモスゾー』がそれぞれ鳴き声をあげて応える。セレスティアは魔力をシャワーにして放出出来る如雨露を持ち、撒かれた種にたっぷり栄養を注いでいく。
「一段落ついたらお茶を淹れますので、休憩しませんか?」
「ええ、ありがたく頂くわ。じゃ、農作業の開始よ!」

 荒れ果てていた大地に、少しずつ、命の実りが宿っていく。