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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』

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古の白龍と鉄の黒龍 第1話『天秤世界』
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『いざ、『天秤世界』へ』

「この先にあるのは、パラミタとは違う世界……」
 呟いたリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)の眼前には、緑色のどことなく重々しい扉があった。『深緑の回廊』に入る前、ミーナが言っていた言葉が思い出される。

「深緑の回廊を進んでいくと、緑色の扉がある。その扉を開くことで、イルミンスールと天秤世界は繋がった事になるよ。
 2回目からは決まった時間のみ繋げるようにするけど、最初は君たちの手で開けてもらおうかな。その方が雰囲気出るでしょ?」

「うぅー……き、緊張しちゃうなぁ」
 扉を押そうとした手が、ふるふる、と震えている。この扉を自分が開ける事で、今後イルミンスールは大きな、とても大きな出来事の波に飲み込まれる事になる。そのような重大な事に、果たしてみんなを巻き込んでしまっていいのだろうか――。
 スッ、と、リンネの手に博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)の手が重なる。
「大丈夫、大丈夫ですよ」
 見上げたリンネの目には微笑む博季の顔、そして手には博季の温もり。
「……うん。ありがとう、博季くん。
 じゃあ……押すね」

 確かな重量感を覚えながら、リンネが目の前の扉を開ける――。

「…………、ここが、天秤世界……」
 砂埃をあげる地面に足を着け、フィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)が辺りを、そして空を見上げて呟く。
 大地は表面を見る限りでは、水分を失いひび割れているように見える。吹き抜ける風は暖かくもなく冷たくもなく、そして空は昼間の時間帯(少なくともイルミンスールは)であるはずのに薄暗く、オーロラのようにかかる光が明るさを提供するばかりであった。
「あっ、見て、フィル君。あれがコロンさんが言っていた、拠点になりそうな建物じゃない?」
 フィリップの傍に居たフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)が指差す先、多少の風化が見られるもののしっかりと原形を留めている建物が見つかった。確かにこれを整備すれば、当面の活動拠点にはなりそうであった。
「じゃあ、早速整備しちゃいましょ。デュプリケーターとかいう変な化け物から、守れるようにしとかないとね」
 カヤノ・アシュリング(かやの・あしゅりんぐ)の発言に、セリシア・ウインドリィ(せりしあ・ういんどりぃ)サラ・ヴォルテール(さら・う゛ぉるてーる)が頷く。他の者たちも、これからこの世界で活動するために必要な準備に取り掛かる――。


「この先が、天秤世界に繋がっているのですか……。
 新しい世界には、新しい未知、新しい知識……選り取り見取りですね、ふふふ……」

 『深緑の回廊』を前に、東 朱鷺(あずま・とき)が新しい世界に対する期待を表情に浮かべる。
「……さて、天秤世界ですが。……そうですね、どこに行っても面白そうですから、運を天に任せてみましょうか。
 八卦の有名な言葉にもありますし。「当たるも八卦、当たらぬも八卦」

 そうして、朱鷺は『深緑の回廊』の先端から、天秤世界へ飛ぶ――。

「……ん……ここは……おや、あれは確か、話にあった建物。
 つまりここは、拠点となるべき場所……でしょうか」

 目を開けた朱鷺の視界に、ミーナとコロンが言っていた建物が入る。まだ手が入っていないということは、どうやら自分は契約者よりも先に入ったのだろうと推測する。
「これは、零から始めろ、ということなのでしょうか。いやはや……。
 そうですね……まずはここから探索に出かけるとしましょう。どの方角に行きましょうかね……」
 方角を決めるに当たり、朱鷺は得意とする八卦の呪符で決める事とした。【乾・坤・震・巽・坎・離・艮・兌】の八枚をそれぞれ【北・東北・東・南東・南・南西・西・北西】と見立て、最初に引いた一枚で方角を決めるというものだ。
「呪符の向くまま、気の向くまま、この天秤世界を探索しましょう」
 ……そして、朱鷺が引いた札は【坤】――。

「北東の方角にやって来ましたが……おや、地面が向こうから先、スッパリと途切れていますね」
 札に従い、北東の方角を目指して進んできた朱鷺は、しばらく行った先からまるで何も存在していないように、地面から先が途切れているのを見る。
「そういえば、2つの種族の争いで、天秤世界が崩壊しているという話がありましたね。つまりはこういう事ですか」
 崩れた先を覗き込む朱鷺、視界の先はただただ闇で、何も見通すことが出来ない。この先に何があるのかすらも分からない。
「…………」
 しばらくそこを見つめていた朱鷺は、その後――。


「俺としては、無論建物の整備は最優先事項だが、外壁、通信設備、備蓄庫の三つを今後増設していきたいと考えている。同時に拠点整備に参加している契約者にも、構築予定の施設や拠点に希望する機能を聞き取り調査しておこう。完璧で難攻不落な要塞! ってのは流石に冗談としても、多少の攻撃では落ちない拠点にするためには、設計図は必要だろう」
「えっと、そうですね。まずはあの建物を中心、本丸としてその周囲に物資の保管庫とか周辺警戒用の櫓があれば良さそうです?
 土塁とか堀、柵とかも、龍族さんや鉄族さんに対しては効果薄いかもですけど、デュプリケーターさんには効果あるかもですね。僕はセリシアさんと皆さんとで本丸の整備に着手、設計図が出来たら備蓄庫とか外壁の整備に当たれたらと思うのですよ」
「よし、じゃあ俺は通信・電気関係の設備を整える事にするぜ。イコンとかの大型物の整備場も用意できればって思ってる。
 必要な機材とか道具は、アニマがウィスタリアで運んでくる手筈になっているから、用意が整い次第作業を開始する予定だ」

 閃崎 静麻(せんざき・しずま)土方 伊織(ひじかた・いおり)柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)の3名が拠点の整備について協議を重ね、方針を確認して解散する。拠点の整備に携わるおよそ30名ほどの契約者は、今挙げた者たちの方針に従い、あるいは独自の考えでもって作業を行い始めていた。

「はわー……来ちゃったのですね、天秤世界に」
 セリシアの下に帰って来た伊織が、改めて、といった様子で呟く。
「お話を聞いた限りではすっごく殺伐ーな所だと思ったんですけど、今はそんな感じしないです。不思議な感じがするです」
「私もですよ、伊織さん。今は不思議な気持ちです……私が見てきた世界の他に、こんな世界があるんだって。この世界のことを、もっと知ってみたい、そんな気持ちです」
 二人、ごく自然に寄り添い、辺りの光景にしばし視線を彷徨わせる。
「そういえば、伊織さんはどうして、天秤世界に行こうと思ったのですか?」
 セリシアに見つめられ、伊織は主に恥ずかしさから目を逸らす。
「そ、それはその……最初にこっちで拠点を作るって話でしたから、僕でもお役に立てると思ったのですよ。
 …………後は、その……セリシアさんも行くって聞きましたし……恋人さんだけに危険なことはさせられないのですよ」
 言い終えた伊織が、セリシアの接近に気付いて振り向くそのタイミングで、ぽむ、と包み込まれる。
「伊織さんは十分、皆さんの力になっていますよ。自信を持ってください」
「あ、は、はいです……」
 頷いた伊織が、セリシアの背中に腕を回そうとして、
「最近思うのだが、セリシアは抱きつき癖があるのではないかの?」
「――――!!」
 ひょい、と姿を見せたサティナ・ウインドリィ(さてぃな・ういんどりぃ)の言葉に慌てて腕を下げる。
「ふふ、そうかもしれませんね。……ところでお姉様、どうしましたか?」
「……むぅ、伊織はすっかり萎縮しておるのに、我が妹は微塵も動じずか……。我が妹ながら強敵よ。
 あぁ、べディから連絡があった。伊織、おぬしが受けた方がよかろう」
 サティナから端末を渡され、伊織がサー ベディヴィエール(さー・べでぃう゛ぃえーる)からの通信に応える。

「……ええ、物資につきましてはアーデルハイト様の許可が取れました。輸送管理につきましても目処がついておりますので、そちらは私の方で滞り無く」
『よかったですー。べディさん、一人で待機してもらってすみませんです』
 自分を心配するような伊織の声色に、ベディヴィエールはふふ、と微笑を浮かべ、話しかける。
「ところで、そちらの方はいかがですか? セリシア様とはよろしくやられておいでですか?」
『こっちの方は今の所特には……って、べディさん、何がよろしくなんですかー』
 抗議の声に、またも笑みを漏らす。“いつも通り”な様子に、安心感を覚える。
「それを聞いて安心いたしました。頑張りくださいませ」
『うー、はぐらかされた気がします……。
 はい、頑張るです。べディさんも頑張ってくださいです』
 通信を切り、端末を仕舞う。
「さて……では、お仕事をいたしましょう」
 凛とした表情で、ベディヴィエールが目的の場所へと歩を進める。


 ●ザンスカール

「あたし達が静麻に頼まれたのは、天秤世界に送る物資を集めるのと、集めた物資を保管する場所の確保。物資の調達先は、いくつか目処がついているわ。これから船で向かうつもり。
 ルーレンにお願いしたいのは、保管場所の確保よ。イルミンスールには十分な場所があるだろうけど、なるべく分散させた方がいざという時に対処できる、って静麻が言ってたから」

 世界樹イルミンスールの周りを囲むように広がる都市、ザンスカール。その一角に新しく建てられたザンスカール家邸宅にて、神曲 プルガトーリオ(しんきょく・ぷるがとーりお)レイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)はザンスカール家現当主であるルーレン・ザンスカール(るーれん・ざんすかーる)に面会し、自分たちが集めた物資の保管・管理を融通してもらえるよう頼んでいた。
「…………、分かりました。ザンスカール内とイルミンスールの周りの森に保管場所を定め、管理を行わせましょう。場所を決め次第、お知らせいたしますわ」
 プルガトーリオの申し出を、ルーレンは全面的に受け入れ、協力する事を約束する。用件を終え部屋を退出し、数歩歩いた所でふぅ、とプルガトーリオが息をつく。
「疲れたわ〜。今の段階から物資を集める理由が、必要になってから集めていたら時間が掛かり過ぎ、時と場合によっては天秤世界の状況悪化になりかねないから先手を打つ、だったわよね。
 拠点の拡張案についてもそうだけど、ホント、色々先の備えを考えすぎよね〜」
 凝った肩をほぐすような動作をしつつ、プルガトーリオが呟くのを傍らでレイナが聞き、思いを口にする。
「普段は何も考えていないようでいて、こういう時は頭が回り過ぎるほど回るので、付き合う私達は大変です。
 けれども、備えあれば憂いなし、と聞きます。備えは多い方が安心できるでしょう」
「ま、言う通りだけどね。……で、調達品と調達先について目処はついてるの?」
 こくり、と頷いたレイナが、メモのようなものを渡してくる。そこには主な調達先と、現時点で想定された調達品が記載されていた。
「ふんふん……食料、日用品、資材、イコンパーツ、マジックアイテム……たくさんあるわねぇ」
「この他にも、契約者から要望があればそれも、調達に走れればと思っています。
 調達先はそこにあります通りですし、先程ルーレン様より信任状をいただきました。あるとないとでは大分違うでしょう」
 帰り際に受け取った筒を見せ、レイナが言う。パラミタ六首長家の一柱、ザンスカール家現当主の信任を得ている事は、交渉事において優位に働くはずであった。
「そうね。それじゃ、行きましょっか」
 二人互いに頷き合い、乗ってきた船ツインウィングへ向かう。

 ●天秤世界

(……地質に関しては問題なし、か。これなら、特殊な工程を必要とせず備蓄庫を掘れるな)
 静麻が、土木・建築技術に詳しい技師から受け取った地質調査結果を確認し、満足気に頷く。計画では備蓄庫を地下に作る予定であり、そのためには地面の質を調べる必要があった。ここがパラミタとは違う世界である以上、そういう所も確認をしておかねばならない。
(外壁は土方が、通信・電気設備は柚木が主導してくれている。このまま何も襲撃がなければ、数日中にはそれなりのものを揃えられるはずだ)
 それまでに大規模な襲撃などあってくれるなよ、そう思いつつ結果の書類を仕舞った静麻の前方に、巨大な戦艦が姿を表す。
 それはアルマ・ライラック(あるま・らいらっく)が操縦する、機動戦艦ウィスタリアであった。


(ここが、天秤世界ですか。レーダーは……機能するようですね)
 ウィスタリアを拠点となる建物のなるべく近くに停泊させ、レーダー等の哨戒機器の動作を確認していると、桂輔から通信が入る。
『お疲れ〜アルマ。出発直前に色々追加してもらって悪いな』
「いえ、問題ありません。資材は早急に必要と思われる物を優先してトラックに積み込みました。
 移送、及び残りの資材の優先順位付け、積み込みは桂輔の方で行なってください」
『ああ、了解。電気設備を整えるにしても、電気が流れてないんじゃ話にならないよな。
 ま、これに関しては蓄電池でやりくりするしかないな。これからウィスタリアとの往復が多くなりそうだ』
 天秤世界を調べて分かった事の一つに、『発電施設がほぼ見当たらない』事があった。電気設備を使っていたような面影はあるものの、発電施設も送電線も見当たらない。結果、桂輔はアルマに通信設備やその他、電気を必要とする設備を動かすための蓄電池を大量に用意させた。電池の充電は本拠地であるウィスタリアで行い、都度移送する形になる。
「……、これだけの巨体です。先に住んでいる種族には、いずれ気付かれてしまいますね」
 龍に変じる龍族、変形を可能とする鉄族。『複製された者』の意を持つデュプリケーター。彼らは新たに現れた自分たちに、どのように接そうとしてくるだろうか。
『だろうな。ま、それまでにこっちもやる事やっちまうしかないな。
 うし、着いた。アルマ、開けてくれ』
 ウィスタリアに到着した桂輔を迎え入れるため、アルマがパネルを操作、入り口を開放する。